第24話 メイドの願い

「同じ境遇? つまりは娼婦?」


 彼女は静かに首を振った。

 デモンの出自については全く聞いていなかったけれど、彼女の生まれは光国のはず。そんな彼女の故郷も同じく光国にあるはずだけれど……。


「私は娼婦で働くより以前は奴隷でした。このことはまだ、ディアータ様とコーネリア様にしか話していない話です」


 私は彼女が云った言葉を直ぐには飲み込めなかった。

 眼前にいるのは綺麗な容姿をした一人の女性だ。

 少女というには幼さを残さない、大人びた彼女。

 そんな彼女が奴隷だったなんて、正直想像ができない。

 ディアータから、この世界に奴隷なるものが市場に流れているというのは聞いていたし、ここに滞在しているものの中にも奴隷に落ちた者も何人もいる。

 だから、奴隷に関しての認知はしていた私だけれど、デモンにはその様子が全く見えなかった。

 気品ある立ち振る舞いがそうさせていたのか。彼女の出自はきっと良い出だったのだろうと思わせる。

 でも、それはどうやら違っていたようだ。


「私は、光国の一柱であるバルファロッテ王国のギデルスという街で生まれました。街はそれほど大きくもないですが、小さくもない、いたって普通の街です。しかし、そんな街でも、治安はあまりよくありませんでした。光国に属する街だといっても、その庇護下にあるのは権力のある領主が治める街だけなのです。そのため、私の街は、よく盗賊に襲われておりました。私が物心ついてから数年間で10回ほど事件が起きていたと思います。街の建物が荒らされるような物騒なことは起こりませんが、人が襲われたり、商人を狙った強盗などは多くありました。街にはもちろん衛兵がいましたが、彼らよりも盗賊の方が実力が上手だったため、あまり防衛効果なかったです」


「そんなに危険があるのなら、街の人は街を離れなかったの?」


「それはなかったですね」


「なぜ?」


「行く当てがないからです。街の外は、街を襲う盗賊が目を光らせています。一応、街の兵士が、街道の警備をしていますが、先ほども言ったように、その効果は薄いです。そのため、外に出てしまえば安全は保障されません。商人なんかは基本護衛をつけていますので、それほど気にしなくても街へ出入りすることができますが、一般人はなかなかどうして、難しいです。それに、他の街へ移ろうとしても、きっと簡単には受け入れていただけないでしょう。それについては、テテロ村の惨状を目の当たりにすれば明白です。光国は確かに正義の組織かもしれません。各地を回り悪を見つけては裁きを与えています。その活躍は光国に属しているどの国民の耳にも届きます。しかし、すべてを救えているわけではありません」


「まあ、それは仕方がないと思うわ。いくら善人な組織でも、その範囲は限られる。物理的な話よ」


「そうですね。光国における聖なる剣、聖王騎士団も各地を回って問題解決に努めているのは知っています。ですが、そういった救われなかった方たちも、どうにかして救ってほしい……。それが――」


「貴女の願い?」


「はい」


「貴女と同じ境遇っていうのは、つまり――」


「賊によって捕まった人や、奴隷落ちした人たちです」


 それは確かに助けるべき存在ではある。

 こういった考えはあまりよくないかもしれないけれど、命を救われたものは、救った者を疑わずに信じてしまう傾向にある。だから、光側の民であっても、容易にこちらへ取り込むことができるだろう。

 

「分かったわ。でも、それは貴女にも手伝ってもらおうかしら?」


「私、ですか?」


「そう。ディアータとコーネリアと一緒に、各地を回っていくの」


「ディアータ様と!」


「以前にも云ったと思うけれど、ディアータとコーネリアはいずれ再び、外界へ情報を集めに行ってもらう予定だし、それにメイドである貴女にも同行してもらうように話をしていたけれど、すこし、その目的を変更しましょう。主として、苦しむ人たちを救い、ここへ連れてくる。その過程で情報を集めてくる」


「なるほど。ですがマリ様、1つ問題が」


「なにかしら?」


「例えば、誰かを救った場合、私の時と同様に、ここまで同行して、再び外へ探しに行くことになります。そうなると、かなり効率が悪いのではないでしょうか?」


「確かにね。そこがネックね。この世界の転移魔法は個人を転移させるものはあっても、範囲的に転移させるものがないのよね?」


「すみません。魔法に関してはあまり詳しくなく、お力になれません……」


「ああ、気にしなくていいわ。ただ、そうなってくると、個として転移を繰り返すしか今のところ、方法はないということね」


「行き戻りを繰り返すよりはまだいいかと思います。それか、自力でここまで来てもらうかですか?」


「そ、それは流石に難しいでしょうね。場所にもよるかもしれないけれど、基本的に、行ってもらう場所はここから離れたところが多いと思うわ。そこから、ここまで自力で来てもらうには酷過ぎる気がする。それに、道中の安全も確保できないしね」


「そうですね。そうなりますと、やはり転移魔法を使うほかないということでしょうか」


「そうね。面倒かもしれないけれど、今のところはそうするほかないわね。とはいっても、もう少し先の話だから。コーネリアには今、他の用事を任せているから、それが終わってからの話になるわ。だから、その間に何か方法が無いか考えておくわね」


「かしこまりました。それまでに、私もメイドとして自身の力を磨いていきます!」


「頑張って」


「はい! あっ、そうですマリ様! 一つお訊きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 表情は一変させて、嬉々としてデモンは私の方に身を寄せる。


「マリ様のような魅力を身に着けるにはどのようにすればよいのでしょうか?」


「わ、私の魅力!? そんなのないでしょう?」


「何を仰いますか! 皆を引き寄せるその魅力。佇まいからあふれる気品高さ。絶対的存在たらしめる雰囲気。何よりも美しいその美貌! 魅力がないなんて言わせませんよ!」


 この子はいったい何を言っているのだろうか?

 この私が美しい美貌の持ち主?

 生涯で一番私のことを見てきたのは他の誰でもない。この私自身だ。その私が断言する。私は美しくはない。いたって平凡な女性である。可もなく不可もない。化粧をすれば、それなりに形にはなるけれど、ただそれだけ。そんな人を捕まえて、貴女は非常に美しいですなんて、逆に猜疑心が湧いてしまう。


 でも、この世界では、私は女神の加護を得たおかげで他人へ自然と魅了の効果を与えてしまっている。その影響で彼女がこう云ってしまっているのだと、今では理解できる。


 突然言われると驚いてしまうけれど、少し経てばこうして冷静に考えることができる。


 そういえば、私は女神についての話をまだ誰にも話していなかった気がする。

 特段いうほどのことではないかもしれないけれど、配下のみんなに黙っているのも、それはそれで後ろめたさもある。なぜなら、私を慕う者たちは私の能力によって気持ちを操られている可能性があるからだ。

 そう考えると、隠しておくのはよくないなと改めて思う。

 眼前の彼女も然り。

 私のことを酷く魅力的に感じているのなら、それは能力が影響している可能性が高いということ。


「あー、そのことだけれど、実は私には少し特別な力があってね」


「特別な力ですか? 魔王様特有の力とかですか?」


「そういうのじゃないわ。これは私の身の上話に付随するはなしだからややこしくなるけれど、端的に言ってしまえば、誰かを引き付ける力があるのだとしたら、それは女神から頂いた恩恵よ」


 そういうと、デモンは口を開けたまま呆けてしまった。


「女神からの、恩恵ですか? それはつまり、マリ様は女神様と会われたことがあるというのですか?」


「まあ、そうね。2回ほど」


「っぇぇええええええええ!!?」


 今にも顔がぶつかりそうなほどに、デモンは吃驚に身を乗り出してきた。

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