第23話 変異種

 蔵書室へ入ってから、どれくらいが経ったのだろうか。

 立ちながら私が本を読んでいるのを掃除の巡回にきたメイドの一人が、机と椅子を持ってきてくれたため、私は書架の傍で、ゆっくりと並べられた本を読み漁っていた。

 天井まで伸びる書架の大体3分の1までは読み終わっていた。

 机にはまだ未読の本が積まれていて、消化させなければいけないノルマはまだまだあるなとため息を吐いてしまう。

 とはいっても、相当に集中して読んでいたらしく、いつの間にか机上には紅茶とお菓子が置かれていた。もちろん、紅茶は冷めきってしまっていた。


 こんな所まで種族に関して本を読みふけっていたけれど、その甲斐はあったと思う。

 一応、管理ボードでキャラクターメイク時に種族選択画面で、種族の説明が記載されているけれど、それでもそこに記載されている情報はそれほど多くなく、簡易的にまとめられているだけだった。

 でもここにある本にはそれよりさらに細かい情報がのっている。

 これまでに読んだ本の内容を完璧とまでは言えないけれど、かなりの割合で記憶できた。

 種族には大きく分けて二つあり、人の姿を模した亜人デミレントと、異形の姿をした異形なる存在ゲシュペンストがいる。

 今まで読んできたものはすべて、亜人に関する書物で、大体30種族くらいは確認できた気がする。


 そんな中、少し気になるものを見つけた。

 それは、種族の中でも、同系統での下位種や上位種族が存在するということだ。

 まあ、そうはいっても、これについては前々から知っていた情報ではある。

 エルロデアから、龍種についての話を聞いた時に種族に下位種、上位種があることを知った。

 とはいっても、それが全ての種族にあるかというと、どうやらそうではないようで、基本的にはないらしい。けど、変異種として、発生する場合があるとのこと。

 この蔵書室にあるモノはすべて、ダンジョンの化身であるエルロデアの持ち得る知識のすべて。とどのつまり、その上位種について書かれていると云ことは私もその種を生み出すことができるということだ。


 現在、私が確認できているものは3つ。

 しかも、そのうちの一つを既に私は生み出していたと云ことに驚いた。

 それが妖鬼フェアリーオーガだ。

 確かに鬼人オーガと読みは似ているし、見た目も似ているからそうかもしれないけれど、こうして改めてそういう情報を得ると、また認識が変わってくる。

 鬼人の下位種が妖鬼である事実を知ったけれど、だからといって、どうこういうわけではない。

 アカギリもレイも私にしてみれば十分頼りになるし、二人もとも可愛い。

 下位種だろうと、私には関係ない。

 まあ、あまり上位種だろうが、下位種だろうが気にせずに配下の選別を行っていくつもり。

 っと、それはさておき、もう一つ上位種のなかで気になるものがあった。

 それが、【蜘糸姫フィーレ】という種族。

 この種族は最近ダンジョンへ越してきた蜘蛛人の上位種に当たる存在で、その見た目はほぼほぼ私たち人間と変わらない見た目をしている。蜘蛛人の特徴である下半身の蜘蛛姿もなく、一見してはまるで分らない容姿をしているらしい。上位種ということで、蜘蛛人よりも優れた能力を保有しているとのこと。

 上位種というのは基本的には個体数が少なく、希少な種族だということ。

 私の扱える管理ボードでも、種族は低域位階フェブリエンス高域位階フォーリエンス絶対位階アプソリエンスの区分で分けられているけれど、この上位種というのは基本的に、高域位階に値する種族だ。

 この高域位階に属する種族たちは基本的に数が少ない希少種族が該当する。

 私の配下は概ねそれにあたる。

 死兆の影ドッペルゲンガー流水の天使リオネイアなど、階層守護者たちは皆そういう存在から構成されている。

 とはいえ、竜人ドラゴニュートはそこまで他の守護者たちと比べて希少価値は高くないらしい。

 まぁつまり、この蜘糸姫フィーレという種族は数が少なく、エルロデアの知識内の情報ではこの世界に6体しか存在していないらしい。

 でも、情報はあくまで情報。実際、現存はどれほどいるのかは不明。

 それでもやはり数は少ないと理解できる。

 この蜘糸姫は非常に礼節を重んじる種族らしく、その見た目からも社交的な者たちらしい。蜘糸姫の名はいい種族として知られている。

 能力自体も蜘蛛人よりも数段上をいくため、蜘糸姫の名を出した後は一律に武器を下ろすとか。

 蜘蛛人自体も、それを見た者は一目散に逃げだすと言われているらしいけれど、ここで彼女たちをみていると、果たして本当かと疑ってしまう。

 ここが闇側に属するところで、同じ勢力同士だから、そこまで怯える者が少ないのかもしれないけれど、それでも、ここには光側出身の人間やその他の種族がいるのに、彼らはそれほど意識していない気がする。

 蜘蛛人の派生である蜘糸姫は、どうやらこの大陸にはいないらしく、最後に確認されたのはこの大陸の南に位置する別の大陸らしい。普通に遭遇することはまずないとのこと。

 他の種族との関係性を踏まえてみても、どうやら派遣人員としてはかなり優秀な気がする。そういった情報を踏まえて、私は気になっている。

 もうひとつ派生種として【堕人ルチルド】という存在があるらしい。

 人間という身で、多種族の血を多く浴び、神に烙印を押された者がなるそうで、純粋な種族としてではないため、個として生涯を全うする。そのため、堕人自身が繁殖することはないとのこと。

 如何にも闇側の存在らしい。

 とりあえず、私が読み終えた情報の中で特筆すべき内容はそんなところかな。


 あとどのくらいの種族がいるのかまだ分からないけれど、とりあえず、一休憩入れてから、再開するとしよう。


 膝上で寝息をたてるグラスを起こさないように、私は机上に置かれている紅茶を手に取り、口へと運ぶ。

 冷めきった紅茶が口の中に広がっていく。

 冷めても紅茶は美味しい。

 そんな風に堪能していると、蔵書室の扉が鳴る。

 どうぞと中へ促すと、扉がゆっくり開きメイドの一人が中へ入ってきた。


「デモン。どうしたの?」


「紅茶が冷めてしまったころかとおもいましたので、入れ替えにまいりました」


「ありがとう。おねがいするわ」


「かしこまりました」


 グラスが寝ているからか、非常に静かに取り換える。

 新しいポットから、カップへと紅茶を注ぎいれながらデモンは静かに訊く。


「あまりここへはお見えにならないと思うのですが、何か調べ物をされているのですか?」


「ええ。すこしこの世界にいる種族について調べていたのよ」


「種族ですか……? またどうしてですか?」


「今後のことを考えて、新しい配下を造ろうと思ってね」


 そういうと、彼女の手はピタリと止まった。


「……あの話は本当だったんですね?」


「あの話?」


「マリ様が守護者様や、ディアータ様をお造りになられたという話です。魔法で生命を生み出すというのはできないと教わっていましたので、正直話しを聞いていてもにわかには信じられなかったんです」


「そうね。普通に考えればありえない話だものね。でもここではそれができてしまう。このダンジョンの管理者である私には」


「私のような凡人には到底想像もつかない話です」


「何言ってるの。私も変わらない人間よ。ただ、生きている場所が特殊なだけ。ただそれだけのことなの」


「そんなこと……」


 私は彼女が淹れてくれた紅茶を一口飲みながら、彼女に言う。


「もしよかったら、少し付き合ってくれないかしら?」


「私にできることなら、是非」


「そんなにかしこまらなくていいわ。ただ、少しの間話し相手になってもらえないかしら?」


「私なんかでよろしいのですか?」


「ええ。デモンがいいわ」


「か、かしこまりました」


 少し緊張気味にデモンは私の向かいに座った。

 彼女の手が膝上で忙しなく居場所を探しているなか、私は彼女に話をする。


「貴女から見て、この街はどうかしら?」


 デモンはここへ来て結構経つ。

 メイドのお仕事も、大分慣れてきている様子だ。

 ディアータと共に街へ行っているという話を何度か聞いていた。


「とても素晴らしいと思います」


「それはよかったわ。以前も聞いたと思うけれど、あの時から大分経つわ。それでもそう思えるのなら、それは素直に喜ぶべきことよね」


 緊張して強張る表情だったけれど、彼女の声音は穏やかだった。


「私は日々考えるわ。もっとみんなが平穏に暮らせる場所を造りたいと。でも、私は外界へは出られない。だから、直接世界を見て回れないし、状況を知ることができない。デモン。貴方のような人たちを見つけることも、私にはできない。その代わりに、配下のディアータやコーネリアが私の目の代わりに外界で情報を集めてくれているわ。それでも、やっぱり目が足りないと思うのよね」


「目ですか? でも、マリ様には沢山の配下がいらっしゃるではないですか? それでもだめなのですか?」


「そうね。配下はいっぱいいるわ。でも、彼女たちが全員外界への調査に出ているわけではないわ。現に、調査自体に動けているのはディアータやコーネリアを除いて数人だけ。それじゃあ、まだまだ少ないわ」


「そうだったんですね……。それで配下の創造のためにここに籠っていたのですね」


「ええ。単に数を増やせばいいわけではないけれど、でも、多くて困ることはない者ね」


 少し俯きを見せるデモン。


 何を考えているのかしら?


 黙ったままの彼女は何かを決意したように静かに顔をあげて云う。


「マリ様、少し頼みがあります」


「何かしら?」


「私と同じ境遇の子たちを、救ってはいただけないでしょうか?」


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