第16話 貿易へ

 テーブルで相対する私とロローナ。

 狼人アンスロープのロローナ・シルファニエッタ。

 彼女の能力を生かせる重要な仕事がある。


「ロローナ。来てもらって早々でわるいんだけれど、ドルンド王国へ行ってもらえないかしら」


「ドルンド王国ですか? 確か以前、岩窟人の職人を迎えに行った国ですよね?」


「ええ。今回は、ドルンド王国へ行って、貿易交渉をしてもらいたいのよ」


「私が交渉をするのですか!?」


 落ち着き払っていた耳がいきなりピンッと起き上がる。


「まあ、別にすべてを任せるつもりはないわ。ただ、向こうの重役を連れてきてほしいという話。貿易交渉の場はこちらで設けておくからそこまで連れてきてくれればいいわ。そして、交渉の場に立ち会ってほしいのよ」


「そういうことですか……。安心しました。私が交渉などと大それたことをするのかとおもいました。かしこまりました。ドルンド王国へ赴き、賓客をお連れしたいと思います」


「いい返事が聞けて嬉しいわ。交渉には嘘を聞き分けられるあなたの能力が非常に役に立つわ。頼むわね」


「はい!」


 尻尾が大きく乱れる。


「マリ様、既に交渉場所は用意されているのですか?」


「いえ、まだ全然準備していないわ。まあでも、商談するのにうってつけの部屋は沢山あるから心配しなくていいわ。それより、交渉相手を見つけたら、この板を渡してもらえる」


 私は先ほどオーリエたちにも見せた転移盤を見せた。


「これは?」


「簡易転移装置といって、この板の上に乗ってもらえれば、対になる板へと転移することができるものよ」


「そんなものがあったんですね」


「そうなの。私も最近知ったわ。最初からこれの存在を知っていれば長距離を行ったり来たりしなくて済んだのにね。ごめんなさい」


「い、いえ! マリ様が謝られることは何一つございません! かしこまりました!」


「準備の方は心配しなくていいから、直ぐに向かってくれると助かるわ」


「はい! では直ぐに向かわせていただきます!」


「何かあればメッセージで知らせて」


「はい! では失礼いたします!」


 ロローナの滞在時間は非常に短かった。

 ものの数分だった気がする。


「ドルンド王国がこことの交易を承諾するでしょうか?」


 エルロデアは私をじっと見て言う。そこに表情の抑揚はなかった。


「貿易大国ともなれば、そういうのは緩い気がするけれど、違うの?」


「いくら多くの国と貿易を交わしているとはいえ、それはあくまで貿易を結ぶに足る大きな利益があるからです。ですが、それに付随して信用できるか否かも重要になってきます。それら両方を兼ね備えることができて初めて交渉が成功するのです」


「なら問題はないんじゃない? 何せこのダンジョンで採れる素材は最高級の品ばかりらしいからね。それに、信用といえば、私たちは以前ドルンド王国の窮地を救った過去があるわ。十分に信用に足る働きをしたのではないかしら?」


「うわべだけを見れば確かに問題はなさそうですね」


「まだ何かあるの?」


「この世界で唯一中立国であるドルンド王国。その同盟国は両勢力にあります。そんな中、正体不明の謎の勢力である私たちにそもそも信用なんてものがあるのでしょうか? 貿易、つまりは商売です。商売にとって最も重要なものは情報になります。その情報が欠如している私たちは非常に危険な存在だと言わざるを得ないでしょう。普通に考えてよくわからない相手と同盟や交易を行うとは思えません」


「情報か……。でも、あれからもう結構経つでしょ? 流石にここの情報くらいは外界に流れているのではないかしら?」


「確かに、この街に来る冒険者や商人なんかの話を聞くと、ギルドによる情報の開示はされているらしいですが、その情報はあまりに極僅かで、最低限の情報しか掲載していないらしいです。ですが、それはそれで助かっているのも事実。今は下手に情報を拡散しない方がいいでしょう」


「まあ、今は地盤を固めることが最優先だしね。例の話し合のこともまだ実行できていないから、それを済ませてからでないと外界の者への情報開示は控えておいた方がいいわね」


「はい。ですので、これから交渉するドルンド王国が果たして信用を獲得するほどの情報を持ち合わせているかどうかは不明だということです」


「そうね。そういわれると確かに不安になってきたわ」


 てか、態々不安を煽らなくてもいいでしょ?


「とは言いましても、です」


 不敵に笑みを浮かべる。


「情報の開示なら、相手をここへ連れてきてからでも問題はないでしょう。交渉の場で、相手に信用させるだけの情報を提供すればいいだけの話です。特段不安がる必要はありません」


「……貴女、最近いい性格をするようになってきたわね」


「ありがとうございます」


「皮肉よ」


「はい。存じています」


 最初は人間味なんて全然なかったように思うのに、最近では本物の人間のような受け答えが帰ってくるようになってきたと思う。

 でもこうしたやり取りを、最近楽しいと思い始めている私もいるのよね。

 少しいじりあう関係というのも、ある種の息抜きに感じられる。


「ともあれ、仕事は山積みね」


「はい」


 まずは外界とこの街を繋ぐ門の設定だ。

 商人とヒーセント様の部下からのありがたい助言を参考に直ぐに取り掛かる必要がある。管理ボードによるデスクワークがまた始まるわ。


「ダンジョンの化身である貴女にも手伝ってもらうわよ」


「無論です。どうぞ御髄に」


 そうして、私は管理ボードを広げて、作業を始めた。

 エルロデアに詳しく操作を聞きながら、速やかに作業を進める。

 ダンジョン街での創造はあまり経験がないうえに、入り口を少し離したところに作るとなると、まずは編集可能範囲を拡張いなければいけない。そういった過去にない作業については彼女無しではできないので、そこは手取り足取り教えてもらい進めていく。

 そうして、1時間ほどして私はダンジョン街と外界とをつなぐ自動転移門を設置したのだ。


「これで交通の面は解決ね。今後は私が関与しなくても入りたいものは入り、出たいものは出れるようになったわ」


「少しは手間が省けられたと思います。これで他の業務に使える時間が増えましたね」


「その台詞、かなりブラックね」


「なにか?」


「いえ、何でもないわ。さ、このことを街の人たちに伝えなくてはね」


「マリ様ご自身でいかれるのですか?」


「……行くわ。人に頼りすぎるのも良くないもの」


「一応マリ様はここの主で魔王なのですので、そこは配下である私や他の者に指示してやらせるのがいいと思うのですが」


「分かっているわ。でもそうしていては体がなまってしまうし、私の性分ではないわ。貴方はここでグラスを見ていて。その間に私は街に降りて商人や冒険者の者と話をしてくるわ」


「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」


「行ってくるわ」


 そして、私はダンジョン街へと降り立ち、外界との自動開通門を広めていった。

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