第15話 守護者への役割

「レファエナ、貴様! またマリ様とに及ぼうとするとは!」


 アルトリアスが憤慨しながらレファエナを指さす。


わたくしも流石に少しやりすぎだと思います」


 呆れ顔を見せるサロメリア。


「正直、その行動力が羨ましいです。私も、もっと……」


 羨ましそうに見つめるオーリエ。


 そんな彼女らの言葉に弁解をするレファエナ。


「いや、私はまだ何も――」


 そんな彼女の言葉も空しく、アルトリアスにより、強制的に距離を離される私たち。

 渋面な彼女を気の毒に感じながらも、その光景に私は思わず笑ってしまった。


 彼女の行いを天は赦さなかったということね。


 まぁ流石に可哀想だからまた今度埋め合わせをしてあげよう。


 引き離される私とレファエナ。

 少し騒がしくし過ぎてしまったようで、たった今寝たばかりのグラスが目を覚ましてしまった。


「アルトリアス、貴女が騒ぐからです」


 その身を抑え込まれながら、レファエナはアルトリアスに罪を被せる。


「貴様!」


「はいはい。もうそこで終わりにして。グラスも起きてしまったし、少し落ち着きなさい」


「ですがマリ様! レファエナは――」


「まあ、さっきのは私も悪いところがあったから、その件に関してはもうお咎めはなしということで」


 そもそも咎める内容でもないけれど。

 とりあえずはこの場を収めないことには埒が空きそうにない。

 一向にレファエナを離す気配のないアルトリアスを差し置いて、丁度いい所にオーリエがいてくれて助かる。


「ママ?」


 グラスが目をこすりながらよたよたと歩いてくる。

 その愛くるしい彼女を優しく迎え入れると、そっと身を寄せたまま、オーリエに向き直る。


「オーリエ。貴方に頼みたいことがあるのよ」


 不意を衝かれ、小首を傾げるオーリエ。


「わ、私にですか? どういったご用件でしょうか?」


「まあ、立ち話にしては少し長い話になるから、一度みんな座りましょう」


 先ほどまで話していたテーブルに皆を招くと、私は椅子を三脚追加した。


「さ、座って」


 レファエナの愚行に怒りを覚えながらも、アルトリアスは彼女を離し席に着いた。

 やっと解放されたレファエナは私から一番離れた席に座らされた。


「オーリエに頼みたい仕事というのは、魔王テステニア様の所へ行ってもらいたいという話よ」


「わ、私が、そ、外へ!?」


「守護者であるオーリエを外に出すのですか?」


「まあ、既に先日レファエナが出たし、今後のことを考えても可笑しくないと思うがな」


 サロメリアのもっともな意見に、慮外にも理解を見せるアルトリアス。


「な、なぜ私なのでしょうか? ほかにも選ばれるべきものは多いと思うのですが……?」


「実際、外界ともなれば戦闘沙汰になる可能性はあるだろう。そうなれば気の弱いオーリエよりも他の守護者の方が適任かと思いますが」


「いいえ。この任に最も適しているのは、オーリエ。貴方だけよ」


「私、だけ……?」


「魔王テステニア様が住む南東の大森林には幻惑魔法がかけられているため、普通の者では森に入っても迷うだけで一向に彼女の住むところへはいけないそうなの。でも、貴女なら幻惑魔法の類は効かないでしょ? まともに魔王に合えるのは貴女だけなの。だから貴女にこの仕事を任せたいのよ。頼めるかしら?」


「た、確かに私は幻惑魔法の類は一切効きません……」


 すこしの沈黙が流れ、オーリエは答える。


「かしこまりました。マリ様から頂いた任。しっかり果たさせていただきます」


「そう。よかったわ。とはいっても、オーリエだけを送るのも気が引けてしまうのよね。先日の件もあるし。まだ顔を知られているのはごく少数だから問題はないかとも思うけれど、心配事の一つかな」


「なら、吾が付添で行きましょうか?」


「アルトリアスはダメよ。貴方はここを護る最後の砦なのよ。守護者一人を外界へ派遣するのに、さらに最高戦力であるアルトリアスまでも居なくなっては、いくら現状、一時的に戦力が集結しているとはいえ、危険が過ぎる」


「かしこまりました」


 酷く聞き分けのいいアルトリアスだったが、その顔には不敵な笑みを携えていた。


 何ともわかりやすい子だ。


「ともなれば、守護者からの選出は無しということですね。ですと、他の配下からの選出となるかと思いますが、今動ける者はいるのでしょうか?」


「そうなのよね。そこが問題なのよ。残念ながら今動けそうな者がいなくてね」


「それなら、例の件。私たち守護者に専属の従者を創造していただけるという話。今、オーリエだけにそれを実行すればよいのではないでしょうか?」


 以前話をしていたことをサロメリアが提案してきた。


「それはできません。マリ様は今回の件で、魔力消費を抑えるために適任者を今いる者の中から選出することにしています。改めて配下を創造しないで済むようにです。ここでオーリエの従者を創造してしまっては本末転倒です」


「そうでしたか。申し訳ございません」


「では、いったいどうしますか? このままオーリエを一人で行かせますか? まあ、気弱とはいえ、オーリエもマリ様の手によって生み出された吾ら守護者の一人。実力はそれなり。そう簡単に外界の者に負けるとは思いません」


「私もオーリエの実力は信じているわ。でも、慢心はよくないからね。備えに関して多くて困ることはないわ」


「としても。やはり人員がいませんよね? どうされるおつもりですか?」


「守護者以外で誰か一緒に行ってくれる子はいないかしら……」


 私たちが頭を悩ましている中、耳元で囁く女性の声。


「マリ様。適任者が一人」


「エルロデアね。それで、適任者って誰?」


 その場にいる誰もが、もう彼女の突然の出現に慣れ始めていた。


「コーネリア様です」


「コーネリア? どうして?」


「魔王テステニアは闇妖精ダークエルフです。同種族の方が話をするのに円滑に進むかと思います」


「なるほどね。確かにそれはあるかもしれないわね。でも、当の本人はどうだろう。行ってくれるかしら? 今はしばしの休息期間中。そんな中、彼女だけまた仕事へ駆り出すのには少しばかり気が引けてしまう」


「それは私にはわかりかねる内容です。私はあくまで持つ知識と情報による提案をするだけですので」


「それだけでもしてくれるだけで助かるわ」


「光栄です」


 私とエルロデアが話していると、グラスが嬉しそうに私とエルロデアの服を引っ張る。


「やはり、この子は私たちの子供のようですね。マリ様」


 腰を折り、私の顔を覗き込むエルロデア。

 青い瞳に吸い込まれそうになる。


 ガタッ!


「どうしたんだ?」


 隣で椅子を倒し立ち上がるレファエナを見てアルトリアスが訊く。


「いえ、何でもありません」


 倒れた椅子を戻して座りなおすレファエナにちらりと視線を向けてからエルロデアは話をつづけた。


「それでどうされますか? 今すぐ彼女をここへ呼びますか?」


「そうね。頼めるかしら?」


「かしこまりました。では直ぐに」


 エルロデアが姿を消してから、アルトリアスが口を開く。


「マリ様。オーリエたちが外界へ出た後、吾ら他の守護者は今まで通り、管轄する階層の管理をすればよろしいのでしょうか?」


「そうね。とりあえずは管理をしつつ、この子と同じような存在が他に居ないかを調べてくれるかしら?」


「かしこまりました。では、吾らはこれで先に失礼いたします。この先の話、オーリエとコーネリアだけの話になりますので、子細な話は聞かない方がいいかと。それに、先の件。悠長にしていられません。そのこのような存在がもしいるのだとしたら、早めに見つけ出さないと、このダンジョンでの生存は厳しいかと思いますので」


「分かったわ。ありがとう。それじゃあ、頼むわね」


 そういって、アルトリアスは席を立ち、サロメリアも同じく席を立つ。しかし、一人だけ、そのままじっとしている者がいる。


「おいレファエナ。貴様も行くぞ」


 アルトリアスは彼女の肩を掴み無理矢理引っ張っていく。

 そんな途中。アルトリアスの足が止まり踵を返した。


「そういえばマリ様! すっかり忘れていました!」


「何を?」


「ハルメナのことです。あいつ、まだ元に戻らずに、あの中庭で呆けていますので、どうにかしていただきたいのです」


「そういえば、入ってきたときにそんなことを言っていたわね。わかったわ。何とかしておくわ」


「お願いいたします。それでは失礼いたします」


 彼女たちが扉の奥に消えてから少しの沈黙が流れた。


 魔王テステニア。

 苦獄の魔女と呼ばれる森の魔王。

 なぜ苦獄なのか。あの時、ルドルフに詳しい話を聞けばよかった。

 ひっそりと暮らしているだけならそんな噂は立たないはずなのに。少し引っかかる。温厚な魔王ならいいけれど。

 そんな心配ごとが私の心に居座っている。


「戻りました」


 エルロデアがコーネリアを連れて姿を現した。


「お呼びでしょうかマリ様」


「今後の予定は何かあるかしら? 直ぐにしなくてはいけないような予定は?」


「いえ、そういったものは特にありません」


「なら、1つ頼みたいのだけれどいいかしら?」


「是非に」


「よかったわ。ならオーリエと一緒に、魔王テステニア様の元に行ってきてもらえないかしら? 新たに同盟を結ぼうと思うのよ」


「かしこまりました。行くのは私と、オーリエ様だけでしょうか?」


「とりあえずはね。他に行ける者がいればいいけれど、難しいと思うわ」


「では私たちだけでその任を果たすことといたします。出立は何時ごろでしょうか?」


「できるだけ早めでお願いできるかしら? 大陸南東の大森林に居るらしいから、ここからだとかなりの距離になるわ。話が上手くいったら、魔王テステニア様にこの石盤を渡してもらえる?」


「これは確か、魔王会議リユニオンに伴い必要になるといっていた簡易転移装置ですよね?」


「そう。よく覚えていたわねオーリエ」


「と、当然です……」


「これを渡してくれれば、みんな一瞬でこちらへ転移することができるわ。よろしくね」


「かしこまりました」


「これはアイテムポーチに入れておくからね」


「かしこまりました。急ぎというのであれば、本日にでも出立いたしたいと思います」


「分かったわ。必要なものがあったらメイド長のカテラに頼んでくれれば用意してくれると思うわ」


「「かしこまりました」」


「それでは、命により、今より出立致したいと思います」


「ま、マリ様! 私にこんな大役、任せていただき、本当にありがとうございます! では行って参ります!」


「うん。二人とも気を付けてね」


 そして二人は姿を消した。


「さて、次ね。エルロデア、またで悪いんだけど、今度はロローナをここへ呼んできてもらえるかしら?」


「かしこまりました」


 そうしてエルロデアも姿を消し、寝室に残ったのは私とグラスだけとなった。

 先ほどからやけに静かだなと思って横を見ると、可愛らしい少女の寝顔が映り込む。

 さっきはドタバタして起きてしまったものね。仕方ないわ。

 私は再び彼女を寝台へと運び寝かせ、その可愛らしい額へと軽い口づけをして席へと戻った。


 本当に母親になった気分だ。

 まだそんな年齢じゃないのにな。

 生んですらないのにこんな気持ちになるものなのね……。


 私は静かに窓外を見る。


 まだ外は明るい。


 街の建設工事が忙しなく進み、この街に住む者たちと、外界からくる商人たちとで活気が伺える。


 まだ先は長いわ。


 少しずつ、平和で落ち着いたくらしを造り上げていかないとね。

 私や、みんなのために。


「ロローナをお呼びいたしました」


 エルロデアはロローナとともに姿を現した。


「よく来てくれたわロローナ。貴方に、頼みたい仕事があるの。少し話良いかしら?」






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