第13話 テプティノス
蜘蛛人の糸によって編まれる衣服を提供する、【
蜘蛛と糸玉がシンボルマークのその店の扉を開くと、店主であるフローリアさんが私を迎えてくれた。
「いらっしゃいませ……って、マリ様? どうされましたか?」
少し前にも、頼んでいた
「すこし頼みたいことがあってね」
私は隣で執拗以上にくっついているグラスを見て言う。
「実はこの子の服を作ってもらいたいのよ」
「そちらの可愛らしい少女はいったい? 見たことない種族のようですが」
「実は――」
私は事の次第を掻い摘んで彼女に説明した。
「そんなことが……」
フローリアは改めてグラスの方を見る。
「一見、
「魔物に服を作るのは嫌?」
そんな私の言葉に、はっと表情を変えると慌てて言葉を返した。
「申し訳ございません! そういうわけではありません。私たちはマリ様の慈悲でここに住まわせていただいております。そのマリ様が傍に置いている者もまた、私たちにとっては敬愛すべき存在です。それに、私たちはお客様で商品の売買の有無を決めることは一切いたしません。どんな方にでも、私たちの商品を使っていただく。それこそが、【
「じゃあ頼むとするわ」
「それじゃあ早速、採寸させてもらってもよろしいですか?」
フローリアさんはそういって腰あたりに下げているポーチから巻き尺を取り出すと、グラスの体にそれを当てていく。
採寸はものの数分で終わり、服のイメージを私に訊いてくるが、あまり考えていなかったため、直ぐには答えられず考えあぐねた結果、私が出した答えは――。
「任せるわ」
丸投げだ。
言い訳をさせていただけるのであれば、センスの皆無な私が考えるより、服飾を生業としている専門家の方が圧倒的に正解を導き出せるはず。
グラスの初めての服。私の意見を取り入れたせいで失敗したくはない。
それに、私の商人の貴服だって彼女に任せた結果、非常に満足するものが出来上がったのだ。そういった実績をもとに、私は今回も彼女にデザインの諸々をやってもらいたかったのだ。
「かしこまりました。では少しイメージを湧かせるために、グラス様を描かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「そういえば、私の時もしていたわね。いいわよ」
「ありがとうございます」
フローリアさんはウンターに置かれた小さな卓上ベルをチリンと鳴らすと、奥から一人の蜘蛛人が姿を現す。
「この子を描きたいからあの子を呼んできてくれる?」
現れた蜘蛛人はフローリアの言葉を理解して直ぐに奥へと戻っていった。
ほどなくして別の蜘蛛人が現れる。
前髪がやけに長く、それでしっかりと前が見えているのかと心配しそうになる。
しかし、私はこの子を知っている。
なぜなら、私の服を頼んだ時に同じ子が対応してくれたからだ。
「では奥へ行きましょう」
物が陳列されているホールの奥。試着が可能なスペースをさらに抜けると、少し開けた商談用スペースといった場所に出る。2組までなら対応可能らしく、机と椅子のセットが二組置かれていた。
そのうちの一つに案内されると、椅子を1つ机から離し、少し離れた位置に置いてグラスを座らせた。
勿論、彼女は私から一切離れないので、私も一緒に隣に座ることになった。
私たちの正面に先ほど現れた蜘蛛人が相対するように構える。
手にはボードとそれに張り付けてある紙。そして羽ペンが握られていて、何の合図もなしに、彼女はグラスの姿をその紙に描いていく。
淀みなくつらつらと描き続ける彼女の鋭い手先は見ていて感嘆が漏れるほど。
私の時も迷いなく、躊躇いなく描いていたのを思い出す。
服の裾を握るグラスは何処か居心地が悪そうだった。
じっとしているのが苦手なのか。
「大丈夫よ。すぐに終わるから」
言葉を理解したのか、それとも私の声を聴いたからなのかわからないけれど、グラスの強張った表情は少し和らいだ。
そして五分もしないうちに眼前の蜘蛛人の女性は筆をおいた。
「終わりました」
ぼそりと零す女性は紙をフローリアさんに手渡すと、それをみて笑顔で頷く。
「ありがとう。これで十分デザインをねられるわ。グラス様もありがとうございます」
「一応、10着ほど作ってもらえる?」
「かしこまりました。一着目ができたら先にお渡ししたほうがよろしいでしょうか? それともすべて完成してからまとめての方がよろしいですか?」
「そうね……。まとめなくていいわ。少し手間がかかると思うけれど、この子にも早く自分の服を用意させたいもの。それで、一着目はいつごろできそうかしら?」
「明日の夕刻には出来上がるようにできます。どうでしょう?」
「流石ね。じゃあそれで頼むわ」
「かしこまりました」
「貴方もありがとね」
私は先ほどグラスを描いてくれた蜘蛛人の女性に謝辞を投げる。けれど、彼女からの返事はなく、前髪で隠れた目は私を見ているのか不明なまま、少しだけ頭を下げた。
そしてその場を去るように足早に店の奥へと消えてしまった。
「すみません。彼女はマリ様のことが大変好きな子なんですが、どうも本人を目の前にすると緊張してしまうようで」
「そ、そう。慕ってくれるのなら嬉しいわ。そう彼女に伝えてくれるかしら」
「かしこまりました」
座ったままのグラスの手を引い立ち上がらせる。
「それじゃあ私たちは行くわ。服のこと、よろしく頼むわね」
「かしこまりました。さっそく作業に取り掛からせていただきます」
深々とお辞儀をする姿を視界に映しながら、次の瞬間には私の自室の景色が広がった。
転移にはまだ慣れないようで、グラスはキョロキョロとあたりを確認する。
「ここは私の自室よ。そんな恰好のままじゃ嫌でしょ? 私の持っている服で悪いけれど、貴女の服を選んであげるわ」
治療室にあったありあわせの服では流石に可哀想だったので、とりあえず彼女の服が完成するまでは私の衣裳部屋にある既存の服の中で何か着れるものを選んであげた方がいいだろう。
とはいえ、果たしてサイズの合う者があるだろうか?
まあ、最悪オーリエの部屋に行って彼女の服でも貸してもらえばいっか。
グラスを衣裳部屋に案内すると、彼女も私も入り口で思わず足を止めてしまった。
そこには漆黒の衣裳に身を包む美女が毅然と立っていた。
「お待ちしておりました」
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