第4話 護る決意
第102階層の闘技場へ降り立つと、青白いクリスタルの闘技場で、二つの影が私の視界に映りこむ。
キィーンという金属がぶつかり合う音が場内に響き渡る。
あれは……、ディアータとアカギリ?
激しくぶつかり合う二人の姿に、私は焦って仲裁に入ろうとしたが、直ぐにそれは間違っていると気が付く。
バイザーで表情を掴めないディアータと違い、アカギリの表情は高揚に満ちたものだった。
アカギリとカレイドは例の事件の後、メアリーの元で療養をしており、今でもそれは続いている。外相に目立った傷もないうえに、意識もはっきりとしているのでその必要はないと思っていたけれど、メアリーによれば、魔法によって彼女たちの傷はすべて治療しても失った魔力を補うのにはまだ時間がかかるとのことだそうだ。
彼女らの話を聞けば、生命を脅かすほどの魔力を使った覚えはないということだったけど、その者の身に宿る魔力というのは、その生命を支える要。つまり、彼女らが魔法など使わずに、魔力を温存していても、致死的攻撃を受けた時、その身を護るため魔力を代償に命を繋げるようになっているそうだ。
彼女らが今もここに居ていられるのも、魔力に余裕が残っていたからという。
とはいえ、その所為で殆ど魔力がなくなってしまっている二人を、外界へと出すわけにはいかなかったため、現在ではこのダンジョン内で魔力の補填をしてもらっている。
魔力の補填といえば、例の如く幾度も繰り広げられる儀式があるけれど、彼女たちのために、私の魔力をあげようと提案したところ、配下全員が声を揃えて反対してきたのだ。
魔王であり自分たちの主である御方に、その命ともとれる貴重な魔力を分け与えられるなんて、配下失格な上に、存在意義をなくすとまで言っていた。
大仰だと思うけれど、彼女らにとってはそれが普通で絶対の概念だった。
だから彼女たちの魔力を回復するために私ができることは、私の手にあった魔石を彼女たちに渡すことだけだった。
ディアータたちが倒した炎龍の遺骸から取り出した魔石。
オフェスに魔石の半分を渡し、もう半分をもらったけれど、その使い道にあぐねていたけれど、丁度よかった。そのままアイテムポーチの底に眠ってしまう所だった。
とはいえ、オフェスからもらったのは魔石の半分。アカギリと、カレイド、それからベネク。三人分を必要としているのに、あるのは欠片だけ。けれど、欠片といっても炎龍から出てきた魔石は元が大きかった分、三等分したところで十二分な大きさの欠片となるため、支障はなかった。
それぞれに欠片を渡し、肌身離さず持つように命じており、今でも彼女らは常に持ち歩くようにしている。
しかし、そうした魔力回復をさせているとはいえ、あまり無理な行動はしてほしくはないのが私個人の気持ち。
こうして目の前で動き回る姿をみて過ぐに止めたくなってしまうのがその証拠。
私が闘技場に現れようと、彼女らが戦いを止めることはなかった。
黒剣と炎剣がすごい勢いでぶつかり合うその光景は圧巻だった。
割り込む隙を与えないほどの威圧と熱気があたりを支配する。
なぜ彼女らがこんなところでこんなことをしているのかはわからないけれど、これがただの遊びでないことくらいは彼女らの表情を見れば明瞭だ。
彼女らの剣戟がぶつかる度に地響きがするほどの威力。掠りでもしようものなら達では済まないだろう。
そんな死すら間近に感じさせるほどの戦闘を繰り広げる二人。
そうしていったいどれほどの時間が過ぎただろう。
重く激しい剣戟の嵐の中、炎剣が軽やかに宙を舞い、クリスタルの床盤に叩き落される。
そして、黒剣が相手の喉元にその切先を触れさせる。
「なかなかいい動きになったじゃないか」
バイザーの奥から柔らかな声音で言い放つと、丁寧に剣を鞘に収め手を差し伸べる。
「ありがとう。でも、まだまだだ。もっと強くならなければ……」
「焦りは禁物だ。焦燥感に囚われては目指す未来はいつまでも掴めないままだ」
「焦りなど……」
二人の掛け合いを聞きながら、私は二人の元へ行こうとした時だった。私が声をかける前にディアータがカシャリとバイザーをこちらに向ける。
「これはマリ様。こんな所まで、どうされましたか?」
「それはこっちの台詞よ。貴女たちこそ、いったい何をしていたの? なかなか激しい戦いをしていたようだけれど?」
「私の修行に付き合ってもらっていたのです」
「修行?」
「私は負けばかり。あの時も私が弱かったせいで、あの場に居た者たちを護れなかったし、マリ様にも心配をかけてしまいました。こんな弱いままではこれから使命を果たすこともままなりません。ですので、彼女に戦いの術を学んでいるのです」
確かに戦闘特化で創ったディアータよりもアカギリの方が戦闘のおいては劣勢を強いられるだろう。学ぶには確かにいいかもしれない。
それにしても、先ほどの戦闘をみるにかなりの力の差があるのがわかる。
笑顔ながらも、息を切らしながら必死にディアータの剣を捌くアカギリに対して、ディアータは非常に落ちつきはらっていた。まあ、バイザーで彼女の表情が見えないからわからないけれど、彼女の剣捌きがそう訴える。
重いであろう大剣を軽々と片手で持ち、尋常ではない速さで撃ち込まれるアカギリの剣戟もあしらう様に捌き切るその光景は圧巻といわざるを得ないほどだった。いくら表情が見えなくてもその力量に大差があるのは明瞭だった。
決してアカギリが弱いわけではない。
彼女の実力も相当なもの。そんな彼女を圧倒するほどのディアータはやはり凄い。
そんな彼女から戦うための術を学ぶ彼女の眼は真剣そのもの。
ここで私がなにか云うのは野暮だろう。
「私にできることは限られます。その中でも、彼女自身が望む強さを少しでも叶えられるように私も尽力している次第です。とはいえ、既に彼女はあの時よりも確実に強くなっています」
「そういうことね。わかったわ。でもあまり無理をしないでね。貴方はまだ完全に治ったわけではないのだから。できることなら安静にしていてほしいところだけれど」
「もしよろしければ、少し付き合っていただけないでしょうか?」
アカギリの言葉に私は疑問符を浮かべた。
「少し前にやっていただいたように、また少し手合わせをお願いできませんか? 今度は、あの時よりも本気でお願いしたいのです! マリ様も以前よりいくつか新しい技を会得されたと聞き及んでいます」
全くどこからその情報が漏れたのか。
……想像に難くないわね。
とはいっても。私の【錬金】で造った新しいスキルに関してはなかなかどうして使う機会の見えないものだったため、創ったはいいけれど、あれから一度として使っていないから正直なところを言うと、うまく使えるか不安だし、規模的にも大きいので、こうした閉鎖的な場所での使用に向いていない気がするのだ。
彼女の希望は叶えたいのはやまやまだけれど、今日のところは引いてもらいたい。
そう思っていると、私の希望に反して好色の声音で反応を示すものがいる。
「私もそれは気になります。もしご迷惑でなければ、私も見せてもらってもいいでしょうか?」
その様相からはなかなかに想像できないほどに、弾んでディアータも賛同するではないか。
いよいよ断りづらくなってしまった。
「私のスキルなんてあまりためにならないわよ? 規模もでかいし……」
「ご謙遜を。マリ様の成すこと全て、私たち配下には最高の刺激になります。上を知らなければ成長は見込めません。是非私たちに最強の一端をお見せしていただきたく思います」
真剣な言葉に返す言葉を見失ってしまったわ。
最強なんて持ち上げられても正直全然嬉しくないわね。
力の有無に関しての称賛程、私に似合わないものはない。美に関してもそうだ。私は自分にないものを彼女たちに投影しているのだ。
だから、私にない全てを持っている者たちから絶賛されても、決して嬉しくないわけではないけれど、全面的に喜べない。
とはいえよ。
こうも言ってくれるものがいるのであれば、その期待に答えなくてはいけないのが上に立つ者の定め。魔王として、彼女たちの主としての威厳を見せなくちゃ。
「分かったわ。そこまで言われてはやるしかないわね。でも1つ条件があるわ。危ないと思ったら、直ぐに避けなさい。無理に防ごうとしないで。万が一にでも防ぎきれなかったら、またけがをしてしまうもの。それと、ディアータ」
「はい」
「もしもの時は確り動きなさい」
「かしこまりました」
自分の力に自信があるわけじゃない。過大評価なんてものは一切ない。けれど、以前、守護者たちを連れての素材調達でダンジョンに潜った際、私の発動したスキルに守護者たちが感嘆したのを私は覚えているし、それによって、その階層の半分ほどが消し飛んだのを私はこの目で目撃している。
眼前に立つ彼女たちは確かに強い。
私なんかよりも断然。
でも、万が一にも私の攻撃がそれを上回ってしまうという可能性がある以上、念には念を入れておかなければいけない。
日々少しだけだけれど、魔法の練習もしていた。けれど、焼け石に水と思うほどにあまりにその成果はないように思う。
だから、彼女たちのように器用に力加減を調整することはまだ私には難しい。
でも本気で強くなろうとしているアカギリに対して、明らかに手を抜くような真似は絶対にできない。
だからこそ、私は私の持てるすべてで彼女の気持ちに答えよう。
私は闘技場内へと歩みをすすめる。
アカギリと相対して立つと、ディアータが彼女へと近づく。
「アカギリ。これを使え」
「これは?」
「前の炎剣は魔力を消費する。マリ様との手合わせに使えば相応の魔力を消費するだろう。だからそれは使わずにこれを使え。武器の性能は引けを取らないだろう。安心して使うといい」
「ありがとう」
ディアータが異空間魔法によって取り出したのは黒い長剣だった。
アカギリはそれを受け取りと、毅然と立ち剣を構える。
こうして真剣なまなざしで配下に剣を向けられると、なんだかたじろいでしまうわね。
「合図をお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
彼女から伝わる強くなりたいという思い。
突き刺さる眼光と洗練された精神によって、それまでの雰囲気ががらりと変わった。
距離をとった位置からディアータも大剣を床盤に突き立てて静かに構えている。
「それじゃあ、お願いいたします」
静寂の闘技場で、ぼそりと呟くアカギリ。
それを聞き、ディアータが私と彼女を交互に一度見てから叫ぶ。
「はじめっ!!」
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