第5話 魔王との手合わせ
ディアータの合図で真っ先に動いたのは私ではなくアカギリだ。
彼女は一気に間合いを詰めてきた。
相手に攻撃の隙を与えないようにするためだろう。案の定、私は彼女の剣を躱すことでいっぱいになってしまい、うまく技が撃てずにいた。
私は剣なんて握ったことがないから手には何も握られていない。
身体能力こそ魔王という肩書のお陰か、彼女の攻撃を回避するくらいのことはできる。前世の私なら、始めと言われた途端に首が宙を舞っていただろう。
でも、今の私は彼女の動きがゆっくりに見える。躱すことに関しては正直問題ない。
けれど、云ってしまえばただそれだけだ。その先が私はできずにいる。
息を整えつつ、手数を減らさないまま攻撃し続けるアカギリはすごい。
彼女の攻撃を避けるたびに、次の切り返しが上達しているように感じる。
剣が踊るように右へ左へ、下から上に、上から下に。
そんな攻撃を、存外私もうまく避けているじゃない。
俊敏な動きに関しては今のところ見失うことは一度としてなかった。
ただ、私がそういった動きができるかというとどうなんだろう。
……たぶんできない気がする。
とはいえ、だからといってこのまま回避し続けていても彼女のためにはならないわね。
少しばかり余裕が生まれてきたのを感じた。
私は距離をとるために、低威力の魔法を放った。
「
基本的な炎の魔法だ。
私はこの通り剣なんて握ったことなんてないから、今さら彼女たちのような剣術を磨こうとは思わないし、できない。だから、私ができる攻撃手段はこういった魔法だけになる。とはいえ、魔法自体も前世では体験したことはないから条件は同じなんだけれど、どうやら魔法の方が私にはあっているようで、魔法を覚えるのはそれほど難しくはなかった。城の書庫に陳列されている魔法の書を日々読み勉強することで、私はこの半年で十分な魔法を取得していた。
ただぬくぬくと、このダンジョンで暮らしていたわけではない。
ひきこもりなりに私も頑張っていたのだ。
灼熱の炎が私の手に凝縮され、それを一気に相手側に吐き出すようにぶつける。
初級の魔法だけれど、行使する者の魔力によっては十分に力を発揮する魔法だ。
その証明に、私が放った初級魔法はアカギリにむけて飛んでいくと、それを瞬時に剣で弾こうとする彼女を後方へ押し飛ばした。
ただの炎が鬼人である彼女の体を飛ばすほどの威力を持っているのだ。
私の放った炎の攻撃を受けて押し切られる形で後方へ下がった彼女の表情は驚きよりも笑顔に満ちていた。
態勢を崩している彼女に対して、私はつづけて魔法を放つ。
「
捕縛系の魔法。
相手の動きを止めるための魔法だ。動きが早い相手に魔法攻撃をあてるには一度相手の行動を止める必要がある。そのための手段。
それがこの漆黒の影の手が伸びる不気味な魔法だ。
しかしそんな私の攻撃を予期していたのか、アカギリはクリスタルの床盤から突如として現れたその影の手を容易く回避して直ぐに剣を向けてくる。
ごくりと唾のむ間に彼女がむける剣の切先が今か今かとまじかに迫ってくる。
けれど、それが私のところに来ることはない。
彼女が避けた影の手は二つ。
彼女の両の足を封じるために伸ばされた捕縛の手は間一髪のところで彼女には届かず、その後すぐに跳躍し私の元へと向かってきていた。だけど、私の魔法は終わっていなかった。
認識できたものは二つだったはず。しかし、私の行使した
云うまでもない。
足を掴まれ態勢を崩したアカギリは無残にも床盤へと叩き落される。
そして、掴まれた足を解こうと剣で影の手を切ろうとしたところで、残りの影の手で彼女の腕を抑えこんだ。
鬼人の巨躯が影の手によって成すすべなく抑え込まれているのを確認してから、私は
魔法をつづけて放つ。
「
すると、天蓋を埋めんとする光の雲が出現し、怒りに震える怒号のような轟きが階層内を蹂躙する。次第にそれは激しくなり、稲妻が忙しなく光の雲から迸る。そして、私の意思の元、光の雲から大出力の雷撃がアカギリに向けて無慈悲にも落とされる。
床盤が砕け飛び、飛散した岩礫にも雷撃の余韻がとどまり、岩礫同士に雷の橋がかけられる。
雷の嵐が渦巻くその空間は光の明滅が激しく中の様子をまるで視認できないでいる。
そんな空間に居るだけで、かなりのダメージを負うのは間違いない。
下手をすればこれだけで死ぬ可能性だってある。
でも、私は確信していた。
こんな状況下にあってもアカギリはそれを切り抜けてくれると。
光の明滅が落ち着き、次第に視界が良好になったとき、そこには毅然と立つアカギリの姿ともう一つ。アカギリと同じ形を模した影がそこにいた。
まるで合わせ鏡のようにそっくりな形をしているその影は雷撃の霧が晴れた途端、私に向かって走ってくる。
私はそれが近づかないように魔法で距離を保とうとした。
まだ上空に漂う光の雲から今一度鬼人の影に向けてそれを落とすも、まるで埃を払うように直撃する直前で手にもつ黒い剣で弾き飛ばした。
うそっ!?
思わず声が出そうになったけれど、心のうちにとどめておく。
あの黒い影。あれは確か、アカギリのスキルの一つ。【鬼影】だったかしら?
自身の分体を影として放つもの。その戦闘力はオリジナルと同等だとか。ただ、スキル発動は連続できないため、基本的に一日一回限りだったはず。これで、当分は【鬼影】を出せなくなった。
とはいえ、影を倒さない限り、私はアカギリを二人相手にすることになる。……ちょっと厳しい気がする。拘束がなければ、私のあの攻撃もあんな簡単に弾き飛ばせるのか。
攻撃を弾き飛ばしてから、影は私へとその足を進める。
正面から振り下ろされる影の剣が私の体を刻もうと迫る。
表情の見えない影の攻撃。
不気味さは常軌を逸している。
私よりも一回り以上大きい影の巨躯は、私を覆い隠す影を作る。
やばいっ!
その不気味さに少し気をそらしてしまったせいで回避するのに一足遅れてしまった。
剣の切先が咄嗟に出た手に掠り、私は傷を負ってしまった。
手から垂れる血を見て、狼狽露わにするのはなぜか私ではなくアカギリとディアータだった。
とはいえ、アカギリの焦りが影に伝わるわけもなく、影の攻撃は一点の意思の元動き続ける。
私を倒すただそれだけのために。
直ぐに後方へ回避して、私も攻撃を返そうとするも、それを赦さなように追随する。
先ほどのアカギリ同様に速い攻撃速度に躱すのが精一杯。
隙を見ては小さな魔法を放つもそれをうまく避けてしまう。
なんて戦闘力の高さなの!
単体狙いの魔法じゃ埒があかないわね!
少し手荒だけど、範囲攻撃で相手の動きを封じよう。
「
私を起点として周りを一気に凍らせる範囲攻撃魔法。とはいってもこの魔法に高い殺傷能力はない。ただ、これは地に足をつけるものには非常に有効な魔法の一つだと思う。
その証拠に、私の放った
無論、それによってこの場に居る者たちにも影響を及ぼしている。
この一瞬での氷結を躱すのはなかなかに難しいだろう。
私に一番近い者ほど、効果の影響は早く回避が難しい。
アカギリの出した鬼影も無論、私の氷河の前には流石に躱すことはできなかったようで、その影の体を半分以上凍らせて止まっている。
その後方に控えていたアカギリも回避しようと跳躍したのだろうけど、一歩及ばす両足を地面と結合させていた。
けれど、一番遠くで私たちを見ていたディアータは私の魔法を難なく躱し切り、凍った床盤の上に毅然と立っていた。
身動きが取れなくなったところで私は過去に一度使ったことのある
私の特殊能力【錬金】によって生み出した技。
「薙風」
腕を振り払うことで、刃の風を生み出して前方へ飛ばす技。
素材集めの時、この技を使って階層のほとんどを薙ぎ払ってしまったというなかなかなエピソードを持っている技だ。
この技に関しては守護者たちと、岩窟人たちしか知らないため、アカギリとディアータは初見だ。
この技の威力を伺っていては命が危ういだろう。
だけど、そんな心配はしてあげられないわ。
私は薙風を放ち、刃の風を前方へ飛ばす。
うっすらとしか認識できないその風を認識しても防ぐことのできない鬼影はそれをまともにくらい、身を半分に分けて凍った床盤へ崩れ落ちた。
「これはやばいっ!」
一瞬で鬼影が撃破され、この技の危険度を理解したアカギリは氷の捕縛からその身を逃がすために、件の能力を使おうとした。
「
能力を使おうとしたとき、ディアータが彼女の前に立ちそれを制した。
「何のための療養だ」
「けどっ!」
「ふんっ!!」
ディアータは力強く大剣を振り下ろし向かってくる風を断ち切った。
しかし、簡単にはいかなかった。
振り下ろした直後、剣と風がぶつかり衝撃波を生み出した。
階層を揺らすような大きなそれは、その威力の重さと強さを物語る。
剣を振り下ろした後も、重く強い風との攻防にディアータ自身も少しずつ後方へ押されていく。
じりじりと押され、アカギリのすぐ前まで来たところで、剣を振り上げて風の軌道を変えさせそれを回避した。
軌道をそらされた風はそのまま天蓋へとぶつかり、クリスタルの雨を降らせた。
「大丈夫か!?」
「すまないな。割って入るつもりはなかったが。どうも見ていられなかった」
「いや、助かった」
「マリ様、これは流石に威力が強すぎるかと。私の剣ですら防ぎきれませんでした」
そういって見せる彼女の剣には大きな罅が入っていた。
「ごめんなさい。大切な武器を壊してしまったわね。あとでドンラさんたちに直してもらうように言っておくわ」
「ありがとうございます」
そういいながら、ディアータは大剣を氷の床盤に突き刺した。
バリバリッ!
氷が砕破する音が響き、アカギリの足元の氷が砕けとんだ。
身を自由にされたアカギリはあたりの光景を少し見てから絶句する。
私が放った魔法と
正直なところ、私も驚きを隠せないでいる。
「とりあえず、どうする? まだ続ける?」
「も、もちろん! お願いします!」
「分かったわ。なら――」
「お待ちください!」
そう私の言葉を遮ったのは階段から姿を見せたカレイドだった。
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