第3話 声
吃驚な面持ちで汗をぬぐうギエルバに、私は答える。
「ちょうどよかったわ。今ルドルフと話をしていて、工業区への建設を開始してほしいのよ」
すると、真剣な顔つきとなったギエルバは訊く。
「なんでまた?」
「今後のことを考えれば、今の工房のままだと手狭で、作業効率は悪くなる一方だ。だから、俺がマリ様に頼んで工房の規模を拡大できないかを相談していたんだ」
「拡大するのは構わないが、マリ様は了承してくれるんですか? 俺的には工業区の建設はもう少し街の運営が波に乗り始めてからでもいいかと考えていたんだがな」
「確かに、今の現状で工業区を建設しても、それに回る人員が不足するのは見て取れるわ。貴方の書いたこの街構図でも、工業区の建設時期が丁寧に記されている。位置としても、今動いているメイン通りからかなり離れた位置に工業区があるから、そこから資材の運搬などを行うとなると、負担がかかってしまうのもわかる。でも、既にメイン通りに関しては工事は完了しているのだから、ここへの資材搬入は必要なくなっているはず」
「確かに、今ここで加工している製材は他のエリアに運び出しているからここからだと少しだけ遠くなっているのは確かだ。だが、まだここの方が距離的にも近い」
「だがよ、ギエルバ。いつまでも街の外に工房を構えるのはおかしいだろ。今はもう単なる建築資材だけの生産じゃないんだ。店が並び、そこに並ぶ商品の生産も行わなければいけなくなる。そうなれば、ここだけでは回り切らない。距離は遠いかもしれないが、早めに街の中に工房を築いておいた方が、後々エリアの拡大もしやすいだろ。ドルンド王国でもそうやって開発を進めてきたじゃないか?」
「……そうだな。確かに街の中にまだ起点となる工房が建っていないというのは少し問題があるかもしれない」
眉根を寄せて腕を組み、小さく唸りながら目を瞑るギエルバだったが、意を決したようにパッと目を開くと、「わかった!」と一言。そのまま、壁にかけてある街構図に手を伸ばし、作業着の胸ポケットからペンを取り出すと躊躇いなくそこへ書き込んでいく。
既に書かれている文字を消し去り、その隣に新しく文字を足す。
「このエリアの建設を早めるとしよう。だが、あくまで起点をつくるだけだ。しかも、今できているメイン通りから大分距離を空けたところの建設だ。時間もかかるだろうし、できた後のルートの整備も兼ねるとなると、まだまだ人員も工期も必要になる。だからよ、マリ様。早いうち、また新しい人手を確保してきてほしいんだが、行けそうですか?」
それができなければ、当分は無理だと言わんばかりの言葉に、私はたじろぐことなくきっぱりと答える。
「分かったわ。それに関してはなんとかする。任せておいて」
「流石は魔王様だ。相当な自身ですね。何か案がおありですかい?」
「これといってはないかしら。でも、貴方たちが頑張ってくれるのなら、私もそれに見合う働きをしてみせなければ、上に立つ者として失格じゃない。だから、私は必ずそれにこたえるようにするわ」
「お願いしますよ! ならそれに合わせて、俺たちもそのための準備を計画していきます。ルドルフっ。言い出しっぺのお前も手伝えよ」
「勿論、そのつもりだ。ひとまず、今晩にでも話し合いをしたほうがいいだろう。どのように分担していくか。皆が皆、工業区の建設に集中するわけにはいかない。効率のことを考えると――」
もう既に私の存在は薄れかけているように、二人は今後のことについて熱く語っていた。私は工房に居る他の者に軽く挨拶をしてから工房を出た。
私が工房を出るまで、二人は私のことに気が付かずに、工房の外まで彼らの声が届いていた。
視界の端に小屋群がちらりと入ったけど、今はそこにだれも住んでいないため、非常に閑散としていた。
ここから見える景色。
街の入り口に立つ私は入り口からまっすぐメイン通りを見ると正面に大きく聳える城が構え、それに続く舗装された道と、綺麗に建てられた建物群が映り込む。
小さいながらも確りと街としての機能を果たしているそこを眺めながら、少しばかり物思いにふけっていた。
「マリ様」
私の耳元でぼそりと聞こえる聞き慣れた低いながらも綺麗な声に、私はびくりと体を硬直させるも、直ぐに治まり、呆れ顔で振り返る。
「何度言ったら分かるのよエルロデア。もう絶対にわざとでしょ?」
「いえ、そのようなことはありません。決して」
パリッとした漆黒の燕尾服を着こなす端麗な白髪の女性は、青い瞳を凛とさせて淡泊に答える。
「ま、いいわ。それで?」
「はい。現在この街に滞在している商人や冒険者からの声で共通するものがありますので、それの対応をしたほうがよろしいかとご提案に参った次第です」
ダンジョンの化身である彼女はこのダンジョンに居るすべての存在を認識することができる存在だ。だからこそ、そういった他の配下たちにはできないような微細な情報収集に関して彼女の右に出る者はいない。
「いったいどんな内容かしら?」
「外界との接続に関する問題です」
「接続……。つまりはアクセスが不便ってことかしら?」
「そのようです」
確かにここと外を繋ぐのは私が設定した石門だけだ。
しかも、あれは一度私のところに連絡がない限り、開かないようになっているので、利便性は非常に悪いのはわかっていた。今はまだ改良しなくても問題はないと思っていたので特に触れてこなかったけれど。そうか、もうそういった声が上がっているのね。
「そう。でも、そうはいっても、どのようにすればいいか私だけでは正直判断がつかないから、人を集めて話し合った方がよさそうね」
私はこのダンジョンの外には出られないから、外界へのアクセスに関してはどいった要望が上がるのかが全然見当がつかなかった。そんな私の独断で造った新しい転移装置に、皆が果たして満足するかどうか。
もちろん、しないはず。
求めている者がいるのなら、その者から要望を聞き出して集まった要望をもとに改良案を考えなくてはいけない。
となれば、私にできるのはアクセスの利便性を求める者たちから話を聞き、まとめることだ。
「そうなれば、さっそく動きましょうか。一通り街の様子も確認できたことだし。エルロデア、声をあげていた人たちから詳しい話を聞き出してちょうだい。それと、この街に滞在している商人の代表と、冒険者の代表を決めて、私の城に来るように伝えてくれる?」
「かしこまりました。すぐに集めてまいります」
そう言葉を残して姿を消すかと思っていたけれど、エルロデアは真っすぐ私の目を見る。
「どうしたの?」
「いえ、外に出られたついでに、一度下に降りられてはいかがかと思いまして」
「下?」
「出過ぎたことだったかもしれません。では、行って参ります」
ぷつりと姿を消したエルロデアの言葉に、私は少しばかり考えた。
彼女の云う下とは何のことだろう。
下に降りる……。
他の階層に出てみるということかな。
それとも、言葉通りこの下の階層に降りるということか……。
とりあえず、私は階下に降りる階段へと向かうことにした。
階段には篝火が幾つも灯り、先の方を照らしていた。
ここに明かりがついているということは、誰かが下に居るのね
第102階層:闘技場
誰かしらが闘技場を使用しない限り、ここに明かりは灯らない。
だから、この先に誰かがいるのは確実だ。
確かにこの先から魔力の波を感じる。
エルロデアのあの言い方……。
私は篝火に照らされた階段の先を見据えながらゆっくりと降りていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます