第2話 新エリアの開拓

「魔王マリ様!」


 上空から降り立ったのは翡翠色の翼腕をもつ女性は、見た目こそ人のなりをしているが、腕が鳥の翼となり、膝から下も鳥脚になっている。

 彼女らは魔王ヒーセント様の配下たちで、妖鳥人ハーピィという半人半鳥の亜人だ。

 成人してもその体は私のような大人よりも少しばかり小さいものばかり。

 小柄な種族としても有名らしい。


「どうしたの?」


 カリカリと石の道を鳥脚で歩きながら私の近くで膝を折る。


「居住区の方で子供がケガを!」


「いったい何が?」


「家の窓から子供が落ちたのです。幸い命に別状はありませんが、打ち所が悪かったのか、意識が覚めないのです。ともに来ていただけますか?」


 子供といえば、光国の村で暮らしていた者の中にいたはず。

 私は幼鳥人の案内の元、現場まで急いだ。

 商店街の脇へと入っていき、奥に続く道を走ると、住居密集する居住区が姿を現す。

 そんな居住区の一つに幼鳥人は入っていく。

 続いて私も中に入り、奥の部屋へと案内された。

 寝室だろう部屋には子供の親だろうものと近所の者が集まりそわそわしていた。しかし、私を見るなり、その場の皆が安堵の息を零した。けれど、私が来たところでけがを治せるだけの魔法を使えるわけでもない。期待されても困ると言うもの。

 とりあえず、私は子供の様子を見るために傍まで行くと、子供の体を子細に見やる。

 少しの擦り傷と、打撲痕のようなものが見られるが、それ以外で特に目立つ大きな外傷はないようだ。


「マリ様! 私の子供は助かりますか?」


 息はある。乱れている様子もない。

 意識が戻らないというのは、きっと脳震盪のようなものかもしれない。

 私の持てる術で治るかはわからないけど、やらないよりはいいだろう。

 私はアイテムポーチから回復薬を取り出すと、小瓶の蓋を開け、子供の口へとゆっくり注ぎいれ飲ませる。

 流れ込む薬の影響だろう。子供についていた外傷がみるみると消えていく。

 この世界の回復薬というのはなかなかに万能なもので、その効果は基本的にはその者の自然治癒能力を向上させて、傷の治りを急がせるもの。だから、今みたいに目を見張るほどの治癒能力が発揮されるのだ。


「うっ……」


 傷が治りはじめ、打撲痕も見る見るうちに消えていくなかで、子供の声が静かに聞こえた。

 どうやら回復薬でどうにかできたようでよかった。

 これで一安心。


「ひとまず、まだ安静にしておいた方がいいかも。あくまで薬での治療だから、完全じゃないわ。あとでメアリーを呼んでおくから、その時、確りと治療を受けてもらって」


 感謝の言葉を多大に頂き、私は家を出た。


「お見事です」


 家を出て、玄関が閉まり切ってから幼鳥人が云う。


「それはこっちの台詞よ。貴方達、幼鳥人が空からの見回りをしてくれなければ、ケガ人をそのままにしてしまっていたわ。ありがとう」


「いえいえ。他の亜人や、人間のように、手先で器用にものを掴めない私たち幼鳥人のできることはこういった巡回関係の仕事か、空からの物資運搬が主な仕事になります。むしろ、それすらしていなければ、私たちを派遣した魔王様に顔向けができません!」


 眼前で両翼を大きく開く幼鳥人ハーピィの女性は、魔王ヒーセント様が派遣したくださった配下の一人であり、他にも他種族の者がこの街で力を貸してくれている。


 この街はまだ動き出したばかりで、大きな問題はないため、巡回というのも必要はないのかもしれないけれど、こうして見回ってもらうだけで、さっきみたいな事故を速やかに対処することができるので、私としては非常に助かっている。


「でも、本当に助かったわ」


 とりあえず、私はメアリーに連絡を入れて、先ほどの子供を診てもらうようお願いしておいた。


「では私は巡回に戻ります。また何かありましたら直ぐにお知らせに伺います」


「わかったわ」


 幼鳥人の彼女はそのまますぐに飛び立ち、上空へと姿を消した。

 居住区に一人となった私は改めて、メイン通りに出ることにした。

 彼女のようにこの街で暮らすものからの声というのは、必ず私の耳に届くようにしていきたい。

 云ってしまえば、ここは私のための街。私の独りよがりにならないためにも、ここで暮らす者たちの小さな声も確り聞き答えるようにしなければ、上に立つ者として失格だ。

 ここをよりよくするためにも、いろんな人の意見を柔軟に取り入れる。それがこの街を発展させていくのに重要な要素だと思う。

 ヒーセント様からの派遣で、この街には空を自在に飛べる幼鳥人もいるけれど、ずっと彼女らがいるわけではないので、彼女らがヒーセント様の元に帰った後のことを考えなくてはいけない。単純に考えれば私の力で配下を増やせばいいだけの話だけれど、みんなからあまり魔力消費の大きい配下の創造は控えるように言われているから、別口を探すしかないけれど。まあ、それが難しいようであれば、押し通してしまうしかないかな。

 魔力の回復にもだいぶ慣れてしまっている自分がいるのは少し考え物だけど、そのおかげで最近は大分、魔力の消費と供給がうまく運んでいる気がする。だから配下の一人や二人くらいなら特段問題なく行えるだろう。

 とはいえ、彼女たちが私を心配して言っていることだ、あまり無碍にはできない。

 一先ずは外界から新しい移民を探してきてもらうしかないか。それまでは今いる子たちで巡回をしてもらおう。


 通りに出て、私は再び街の入り口へ向かう。


 特に問題はなさそうで、道行く人は必ず私に挨拶を送ってくれる。

 店の者が私を見かけては、そこで販売しているものを差し出そうとしてくるが、流石に善意でもタダでもらうわけにもいかないため、丁寧にお断りをしながら、私は歩みを進める。


 時折すれ違う蜘蛛人はみな荷台を引いて資材の運搬をしている。


 なんだか、来て早々に色々と働いてもらってなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。私にできることならなんでもするよ? って声をかけたいけれど、魔王としての威厳が損なわれるからダメとハルメナ他一同から釘を刺されているので、思いを押し殺して、私は彼女たちに精一杯の笑顔を向けるのだ。


 そうこうして私は街の入り口までたどり着いた。

 今ではもう使われていない小屋群がまだ入り口近くに点在している。

 管理ボードで撤去をすることもできるけれど、また移民を受け入れることになったとき、住居が不足していた場合、再びここで一時的に暮らしてもうためにあえてとっておいている。……決して、管理ボードで1つずつ撤去していくのが面倒臭ったわけではない。断じて。


「おや? マリ様、こんなところまで何しにいらしたんですか?」


 加工場で資材の加工をしていたルドルフが声をかけてきた。

 ここへ来たときはまだ服も綺麗だったように思うけれど、今見れば現場職人の証が沢山刻まれている。


「すこし街の様子を見ていたところ。特段、何か用があるわけではないわ。気にせず作業をしてていいわよ」


「そうでしたか。……あ、それでしたら1つマリ様に頼みがあるのですが?」


「頼み? 私にできることならいいけど」


 ルドルフは髭いじりながら無垢に笑う。


「寧ろ、マリ様にしか頼めない内容ですよ」


 徐に私の後ろに視線を送るルドルフにつられて、私も同じ方向を見る。


「ここも大分形になり始めてきたと思います。今後、ますます発展させていくにしても、今の工房のままではいずれパンクしてしまいます。今でこそ、人員が少なく、街の規模もさほど大きくないので回ってはいますが、これが増えていけばどんどん生産が追い付かなくなっていきます。ですのでそうなる前に、工房の拡大を視野に入れておきたいのです」


「なるほどね。確かに、この規模の作業をここだけで賄っていたこと自体すごいことよね」


 あまり現場のことはよくわからないけれど、メインストリートや居住区の規模を見るに、あれだけの建物や道を建設するのに、そのすべての資材をここで生産していたとなると結構無理をしていたかもしれない。

 事務所で鎮座しているお役所が現場を知らないでああだこうだ云うのは、前の世界ではよくあることだった。

 現場を知りもしないくせに文句を言うなと、怒号を浴びせられたことだってある。

 あの時は、確かに現場のことなんて知らないし、気にもしていないからああいわれても仕方のないことだけれど、この世界でも、そういった下の者たちが必死に私のために働いているのに、すべてを下に丸投げしてしまっては慕ってくれるものも愛想をつかしてしまう。

 それに、私が望んでここに街を創ろうとしているのに、私がそういったことを確りと考えないでどうするというのだ。

 だから、今一度考えなおしたほうがいいかもしれない。

 親身に彼らの意見を聞いて、今後の方針を明確に示してあげなければいけない。


「わかったわ。もう少し工房を増やしましょう。以前、ギエルバから見せてもらった街の設計図があったと思うけれど、それは今どこにあるの?」


「それなら工房の中にあります」


「少し見せてもらってもいいかしら?」


「勿論ですよ。どうぞこちらへ」


 工房内へと案内され中へ入ると、熱気もさることながら、鉄や油の臭いが漂っていた。そんな工業臭がする中で、驚くほどに整理された工房内は驚きを隠せない。

 もっとこう、散らかっていて、どこでも手の届く範囲に道具が置かれているのかと思っていたけれど、どうやらそれは私の偏見だったみたい。

 工房内はそれほど広くはないけれど、決して狭いというわけではない。ただ大人数、10人は入れないだろう。

 そんな工房内ではルドルフのほかにポントスと、村の男たちが5人いた。

 彼らは私が工房内に入るなり作業しつつも活気のいい挨拶を送ってくれる。


「こちらです」


 ルドルフは壁に貼り付けられた紙を指さす。

 そこには現在の進行状況を書き足した街の設計図があった。

 私の住む魔王城を中心とした設計図は、魔王城の南に今あるメインストリートが伸びており、その両脇を商業区画が囲うような形になっている。そして、魔王城の東側、西側にも、南と同様の大きな道が伸びている。こちらも先ほどと同様に両脇に商業区が囲っている。そうして東西南に大通りと商業区が並ぶ中、東通りと南通りの間を扇型に居住区が描かれている。これは西通りと南通りの間にも同じように描かれている。

 端的に言えば、魔王城を囲う街は、下半分を商業区と居住区が占めており、上半分が生産を担う工業区になっている。

 そうした街の設計図には赤い線で囲われているところがある。


「これが現段階で工事が完了している範囲を示しています。図面上ではたったこれだけのように感じるかもしれませんが、実際見てもらっていると分かるように、これだけでも大分広い範囲の工事が完了しているのがわかると思います」


 確かに、メイン通りとその裏路地の居住区だけでもかなりの広さに建物が立っているため、あれだけでも十分に感じていたけれど。こうして設計図に進捗を書き記されていると、まだまだ、このダンジョン街の工事は終わらないのだなと理解する。

 この、魔王城や街がある101階層の広さはダンジョンという次元を超えた規模の広さになっている。これだけ広い範囲に建物を建てても、まだこの階層の端にはたどり着かないのだ。

 管理ボードで操作した時、この階層を抽象的な尺度で一番大きいものにしたけれど、今となっては、真ん中のサイズでも十分足りたのではないかと思う。

 まあ、具体的な面積を割り出されても、無知な私ではそれを理解することができ何ので、抽象的なもので助かったかな。

 とはいえ、この広さを作り上げるにはまだ当分時間がかかるというのは明白だった。

 図面を見る限りだと、まだ1割にも満たないレベルだ。

 いったいここにどれだけの人が暮らすことを想定しているのか……。

 ギエルバが、この階層の地図を見て練り出した街構図は非常に細かく内容を記載している。

 どのくらいでどこまで終わらせるのかなど、そういった工程に関してのメモ書きがそこかしこに散らばっていた。


「まだ道は長そうね。でも、そこは人口に比例して進めてけばいいと思うわ。それで、工房の件だけれど……」


 私は図面を見て工業区と示されているエリアを指さしながら続ける。


「まずはこのあたりから作っていけばいいんじゃない? でも、これは私の口出すことじゃないと思うから、そこは担当のギエルバに相談して工事を進めるようにしてね。私ができるのは開発の許可を出すことくらい。工房に必要なものなら管理者権限で何かしらはできるけれど、それだけ。あまり力になれないわ」


「いえ、工房拡張の許可を頂けたうえに、指示までしていただけたんです。十分すぎますよ。なら、このことをギエルバと他のみんなに伝えておきます。工業区の開発は商業区や居住区とは違い、少しばかり騒音が酷くなるかもしれませんが、大丈夫ですか?」


「そこは心配しなくていせいわ。城の中ではほとんど外の音は聞こえないから」


「そうですか。わかりました。ではこちらで工事は進めさせていただきます」


「頼むわね」


「ああ、それとマリ様」


 私を引き留めるように、ルドルフが話をつづけた。


「ちと小耳にはさんだんですけど。また新たに別の魔王様にコンタクトを取られるとか?」


「ええ。そのつもりよ。魔王ヒーセント様と会談して同盟まで結んでいただいてから結構経った気がするし、今後すべての魔王と話をするのだから、済ませれるうちに済ませておきたいじゃない」


「とはいいましても、魔王様は皆、あのお二方のように素直に話を聞いてくれるかどうかわかりませんよ? 非常に短気で、怒らせたら街1つ簡単に消し飛ばす魔王もいるとか……」


「そうなの? まあ、大丈夫だとは思うわ。次に声をかけるのは、森に住むという第二魔王テステニア様だから。ヒーセント様からは非常に常識人と聞いているし問題はないわ。何かあっても、私の配下ならそう簡単にやられたりしないもの」


「魔王テステニア……苦獄くぎょくの魔女ですか」


「苦獄の魔女?」


「はい。魔王テステニアの別名です。噂話の域での話ですが――」


 その時だった。

 どすの利いた声が後方から飛んできた。


「帰ったぞー! って! マリ様!? なんでこんなところに!?」


 そこには汗だくになった皺顔を手拭いでふき取るギエルバの姿があった。
















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