第12話 牛人カレイド

 鏡に映る自身の姿を見て、カレイドは奥歯を嚙み締めた。


「なんて綺麗な体なの」


 傷一つ、損傷一つない体からは、本当に死にかけたのか疑いたくなるほどだった。

 透き通る肌に傷跡なんて一つもない。

 何かがあった。そんな痕跡さえ綺麗になくなっている。


 鏡に触れて、カレイドはそっとそこにある角をなぞる。


 少年の攻撃によって粉砕されたはずの片角は、明瞭確固としてそこに毅然と存在していた。


「私の治癒魔法によって当初負った傷はすべて回復させました」


 手をどけると、その陰に立っていた樹妖精ドライアドのメアリーの姿が映る。

 怪我を治癒させたことの自慢をするわけでも無い。誇示する姿勢など、彼女からは一切見えない。

 鏡越しに自らを写すカレイドの、気持ちを押し殺すような表情。そんな彼女の姿を見て、治癒自体が彼女への最良の選択ではないのだと理解しての言葉だった。

 一度癒した傷をもとに戻すことなどできない。

 だからこそ、彼女は言うのだ。

 それを行ったのは私だと。


「ありがとう。あのままでは、二度とマリ様には触れることができなかったわ」


 メアリーへ笑顔を送る。


「この角も……ありがとう」


「それが私の役割なので」


 カレイドは鏡から離れ、新しく用意された服に着替え始めた。


「あの子、きっと傷ついているわね」


 着替えを済ませながらつぶやく。


「……」


 そんな彼女の独白に、メアリーは黙って見守る。


「アカギリはね。酷く私のことを大事にしてくれているのよ」


 それは知っている。

 そう云おうとしたメアリーだったけど、その言葉を飲みこんだ。

 このダンジョンに関わる全ての者の傷を癒すのが、治療係の彼女の仕事だ。

 そんな彼女の元には多くの者が足を運ぶ。

 別に傷などおっていなくても、世間話をしにきたりするものもいる。だから、このダンジョンで唯一といっていいほど、様々な者との面識が多い存在となる。

 それに、外界で活動をするアカギリやカレイドたちも時折、城に戻り報告をしに来ていたため、メアリーと話をする機会も少なくなかった。

 だからこそ、彼女はアカギリがカレイドのことをどれほど大事にしているかを理解していた。


「かなりガサツなところもあるけれど、すごく繊細で素直な子なの。なんで私なんかを大事にしてくれるのか……。多分、私たちは同じ時期にマリ様により創造され、同じ仕事を任された仲。だから、私以外とはほとんど関わる機会も無いし、私といる時間の方が圧倒的に長い。その所為で、私に固執してしまっているのかもしれない。言ってしまえば、あの位置に私ではない誰か他の、例えばメアリーが横に居れば、確実にメアリーを大事にするわ。ただそれだけなの……」


 カレイドは静かに息を吐く。


「そう……私じゃなくて、もっと強く頼りになる者があの子の隣に居れば、きっとあの子があんなに傷つくこともなかったのに……」


「それは――」


「なんて、今のは冗談よ。そんなこと、私を選んでくださったマリ様にも失礼だものね」


 屈託なく笑って見せるカレイド。

 その笑顔に、素直に安心を抱けないでいるメアリー。


「それにしても、やっぱりメアリーの魔法はすごいわね。あんな状態でもここまで完璧に癒せるなんて」


「私というより、私を生んでくださったマリ様がすごいのです。私は受けた恩恵に忠実なだけです。与えられた役割を熟す。それがすごいのであれば、カレイドやアカギリも同様にすごいですよ」


「なら、私はすごくはないわ。与えられた役割を果たせていないもの」


「そんなことはないでしょ。二人は確りと外界での活躍を広め、確実に冒険者としての地位を確立しています。まだ外界に出て半年。同じく外界で仕事をしているロローナやレイも言っていましたよ。この短期間であそこまでランクを上げるのは大変らしいと。私は外界の世情に詳しくはないので、聞き及んだ範囲でしかものごとを言えませんが、認める者が確りといるというのは、それだけで十分に仕事の成果を現しているのではないのでしょうか?」


「物はいいよう……。でも、みんなから頂く言葉を蔑ろにするわけにはいかないし、それは素直に受けておくわ。ありがとう」


 そしてカレイドは表情を一転させ笑って見せる。


「さ、そろそろ戻りましょう。早くマリ様に報告をしなければいけないわ」


「そうですね」


 ボロボロになった服を抱えて、カレイドはその場を後にした。

 静かに視線をずらして視界の端に自らの姿を確認して、彼女はまた一つ、心胆で大きなため息を零す。


 






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