第11話 ダンジョンへの帰還

 蜘蛛人アラクネ三人を連れ魔王マリがいるダンジョンへと帰還したレファエナ達はダンジョンの入り口に構える石門の転移門ゲートをくぐり、城内へと戻った。

 玉座の間まで通じる廊下に出た彼女らは、広く長い廊下を進み玉座の間まで急いだ。

 彼女らが玉座の間の扉が目と鼻の先まで近づいた瞬間、扉はゆっくりと開き、その奥から商人の貴服アフェールに身を纏う素朴な女性が姿を現し駆け寄ってくる。

 その瞬間、レファエナたちは直ぐに身を止め、その場で膝を折った。


「マリ様、ただいま戻りました」


 レファエナがそう告げると、彼女たちを心配そうに見つめる魔王マリは皆の安否を確認した。


「無事に帰ってきてくれて本当に良かった。連絡をもらったときは直ぐに応援をと思っていたら、そのあと直ぐに警告音鳴り響いたから焦ったわ」


 魔王マリは、その身をぼろぼろにさせたカレイドに近づき、優しく彼女を抱きしめた。


「ま、マリ様!? いけません! 体が汚れてしまいます!」


 しかし、そんなことなど気にすることなく、彼女は一層に強く抱きしめた。


「本当に無事でよかったわ」


「……はい」

 

 それから数分間の抱擁が続き、魔王マリはカレイドから身を離した。


「急いでいると思うけれど、まずはその体と服を綺麗にしてきてから話を聞くわ。メアリー。お願いできるかしら?」


「かしこまりました」


「レファエナは私と来て事の次第をはなしてもらえる?」


「はい」


 魔王マリの言葉通り、カレイドはメアリーに連れられ、一度体を綺麗にするため浴場へと向かい、レファエナは魔王マリの後ろをついていき、玉座の間まで向かった。その後方を蜘蛛人たちが不安そうな面持ちでついていく。


 玉座の間に入ると、そこには多種にわたる種族の美麗で可憐な美女少女たちが立ち並んでいた。

 魔王マリが玉座に戻ると、レファエナは姿勢を正して口を開く。


「報告させていただきます。今回、仲間を傷つけ瀕死の状態にまで追いやったの者について、想像の域を出ませんが、絶対位階アプソリエンスである龍種であると思われます。カレイドから事前に連絡があったように、その者の姿は人間の少年の姿をしていました。しかし、その実力は私たち守護者に匹敵するものだと思います。この世界の力バランスを熟知していない私たちでは判断つきかねるのですが、実際に炎龍を倒したディアータが、炎龍よりも強いといっており、片腕が使えない状態で、私とディアータを相手に大分の余裕を見せていたことから、私はそう判断いたします」


 一同がレファエナの報告に目を見開いた。


「龍種はともかく、貴方たち二人を相手にできるなんて、恐ろしい存在だわ。この世で私たちの脅威となりうる存在が明確に現れるなんて。しかも、漸く街づくりが軌道にのったというこの大事な時に」


 少し悩まし気に顔を歪める魔王マリ。

 そして顔をあげ、レファエナの後ろでずっと静かに立っている三人を見て、漸く尋ねる。


「時に、そちらの者たちは?」


「こちらは、救援に向かったヴォルムエントの住人たちです。今回、一緒にここに連れてきたのは、ヴォルムエントに住むすべての蜘蛛人の移住願いのためになります」


「移住?」


 レファエナは事の次第を魔王マリへ報告した。

 襲撃を受けたヴォルムエントに住む蜘蛛人たちがどのような状況に直面しているのかを。




「なるほど……。状況はよく理解したわ。ただ、彼女たちを招くことでダンジョンに脅威が降りかかると思うのだけれど、そこのところはどう考えているの?」


 彼女たちを引き入れるのは魔王マリも大いに賛成だ。しかし、彼女らを引き入れたことでそれを追ってくるだろう龍種の存在は安易には見過ごせない。ダンジョンを管理し、発展を考える魔王マリにとって、極力ダンジョンへの脅威を除きたいのだ


「そのことですが、もし仮にここへ例の者が来たところで、ダンジョン街には入ることはできないでしょう。ダンジョンへの侵入者に関して、マリ様は常に管理することができます。どのような姿となって現れようとも、異常なまでの魔力の波動は騙せません。そうなれば、ダンジョンを直接進むしかありません」


「だが、ダンジョン事態に敵が現れるのは同じだろ。それじゃあ、脅威を回避したとはいえない」


 立ち並ぶ竜人ドラゴニュートの女性が憮然にレファエナにいう。


「ええ。ですが、街に被害がなければまずもって問題はないと考えます。ダンジョン本来の場所での戦闘でなら、街の被害など気にせずに相手をすることができます。しかし、ダンジョン街へ侵入を許し、その場での対処となると、折角マリ様が作り上げた街が、戦闘によって破壊されてしまいます。この場合の、最も危惧すべき事案はそのことだと思います」


「でも、相手はレファエナさんよりも強いんですよね? そんな相手をダンジョンに入れて大丈夫なんですか?」


 石目蛇の頭メデューサの少女が不安そうな顔をしながら訪ねる。


「私より強いわけではありません」


「だが、ディアータと共闘しても殺すことはできなかったんだろ? しかも手負いの相手に」


「確かにそうですが、だからといって相手が私より強いかどうかは繋がりません。あの時点では殺し損ねただけであり、私もディアータもまだ十分な余力を……。いえ、何でも。ですので、ダンジョンの守護者であり最初の砦を任された私で相手を対処しますので、問題はないと考えます」


「確かにレファエナの言うとおり、街に被害が出なければ、私も一安心だけれど、貴方だけで相手をさせるのは少しばかり心苦しいわ。だから、その時は皆で対処するとします。それでいいかしら?」


 魔王マリの言葉に、レファエナは深々と頭を下げた。


「ということだから、貴方たちの移住の件は了承します。ここが貴方たちにとって安全かどうかを確認するのなら自由にみてっていいから。何なら私が案内しても――」


 言葉を言いかけたところで、立ち並ぶ美女たちが一斉に身をひるがえし、蜘蛛人の方を向く。


「それには及びません。私たち守護者が彼女たちを案内いたします。マリ様はゆっくりなさってください」


 立ち上がりかけた腰をすとんと玉座に戻すと、魔王マリは優しい笑みを浮かべた。


「なら、貴方たちに任せるわ」


 とはいえ、全階層守護者がこぞって彼女らを案内するのは効率が悪い。

 だから、二人ほど選抜し、彼女らを案内した。


 玉座の間から蜘蛛人と、階層守護者である流氷の天使リオネリア首無し騎士デュラハンが抜けた。


 場が改まったところで、魔王マリは考えた。


「エルロデア」


 そう呼ぶと、玉座の背後からそっと姿を現したのは漆黒の燕尾服姿の中世的な造形の女性だった。


「自らの姿を変化させる。つまりは【形態変化】のことよね。それって、古の大龍しか持ち合わせないのじゃなかったかしら?」


 その質問に、エルロデアは首を横に振った


「いえ、形態変化は龍種の中でも、持ち合わせる個体は多く存在します。確かに、そのほとんどが、龍種の中でも力の強い個体が多いですが、必ずしも古の大龍だけが持っているわけではありません」


 魔王マリは考えた。

 古の大龍がもし仮に例の村を襲ったものだったなら、守護者相手で何とかなるレベルであると判断できたが、他の龍種でも形態変化を持つ者が存在しているのだとしたら、村を襲撃したのは最強ではないその下の者。ただの龍種の実力が魔王マリの中で覆される。

 情報収集係のディアータが炎龍を倒したときは、龍種とはそのレベルかと安堵を見せたが、今回の件で彼女の中での脅威レベルが跳ね上がった。


「もう少し、龍種について調べておく必要があるわね」


 魔王マリは守護者に視線を移すと、その表情を和らげる。


「貴方たちにはこれから緊張を強いるかもしれないわ。ごめんなさい」


「何をおっしゃいますか!」


「そうです!」


「マリ様の方が私たちよりも大きな負担と緊張を担っているのに!」


「私たちは守護者として、マリ様の配下として、その懸念材料を少しでも減らせられるように尽力するだけです。だから、その時は容赦なく、御髄にこの身をお使いください!」


 淫魔サキュバスの美女がそう告げると、一同は膝を折り忠誠の姿勢を見せた。


「ありがとう」


 玉座に背中を預け、静かに目を閉じた魔王マリに、隣に立つエルロデアが無表情のまま声をかける。


「お疲れのようですね」


 魔王マリは目を閉じたまま答える。


「そんなこと……あるかも」


 立て続けにダンジョンへ訪れる訪問者の対応に、日課のダンジョンの管理を行い、なおかつ、突如訪れた救援の対応。

 知らず知らずのうちに精神ともに疲労していた。


「カレイドが戻るまで少し休んでくるわ」


「その方がいいかと」


「カレイドが戻ったら会議室に呼んでくれる?」


「かしこまりました」


 エルロデアに任せてから、魔王マリは自室へと転移した。

 玉座の間から王が消えてから一同は立ち上がり、皆顔を見合わせた。


「だいぶお疲れのご様子でしたね」


「無理もない。このダンジョンを管理するのに、いったいどれだけの魔力を必要とするか。私たちには想像できない」


「想像以上の魔力消費を強いられているのですね」


「何とかできないのでしょうか?」


「マリ様の疲れが魔力消費によるものだとしたら、私たちにも十分できることはあるわ」


「それって……つまり!」


「僕、そういうのは初めてだけど、うまくできるかな?」


「心配はいらないわ。私の真似をすれば何も問題はないから」


流石淫魔サキュバス! こういう時は頼りになる!」


「では、みんなっ」


 淫魔の言葉に、一同は意思を固めた。


 そんな姿を玉座の横で見ていたエルロデアは、ダンジョンの管理者である主の姿を想像して苦笑を浮かべた。

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