第13話 報告と魔王の寵愛

 カレイドが玉座の間まで着いた時、そこにはダンジョンの化身である燕尾服姿のエルロデアしかいなかった。


「マリ様たちは、会議室カンファレンスルームにてお待ちしております」


 二人が姿を見せるなりそう告げる。


「分かりました。すぐに向かいます」


 カレイドが言葉を返し、二人は会議室へ転移した。


 扉を開け中へ入ると、そこには守護者一同と魔王マリが席に座していた。

 扉を開けた正面に座るマリが、二人を確認して指示を出す。


「そこにかけてもらえる?」


 マリはレファエナの隣に2脚の椅子を用意していた。


「かしこまりました」


 二人が席に着くと、マリは話を始めた。


「随分と綺麗になってよかったわ。それで、カレイドから件の少年について話してもらえるかしら?」


 魔王マリは既にレファエナから大体の話は聞き及んでいる。

 だが、彼女が現地に到着する前の状況は把握できていない。だからこそ、カレイドに詳しい話を聞く必要があった。

 カレイドは記憶を遡り、受けた痛みを思い出しながらマリへ報告した。


「私たちがヴォルムエントに訪れたとき、無残な蜘蛛人の死体の傍らで返り血で染まった手を美味しそうに舐めとっている少年がいました。健康的な肌の色に、長い薄紅色の髪を後ろで結上げた風采をして、恰好は貴族が身に着けるような小奇麗な革製の防具を身に纏、冒険者か旅人のような様相をしていました。彼自身、自らを旅人だといっていました。それから少しのやりとりを交えたのち、彼は私たちに攻撃を仕掛けてきました。しかし、その初撃を私たちは抗うことも、反応すらできずに昏倒させられてしまいました」


 カレイドは牛人ヴァッカ。敏捷力に関してはそれほど高くない種族であるから、それは理解できる。しかし、鬼人オーガであるアカギリは、敏捷力に関して低い方ではない。寧ろ高いだろう。カレイドが見切れなくても、アカギリなら見切れる。アカギリの速さは守護者より少し低いといったほど。だから、彼女が見切れないほどの速さを有しているというのはそれだけで驚異になり得ると判断できるものだった。


「注意を欠いていたんじゃないのか?」


 竜人ドラゴニュートのアルトリアスが訊く。


「そんなことはありません。私たちは二人とも相手の出方に最大限注意を払っていました。相手から漂う異様な雰囲気から、相手の実力が自分たちと同等か、それ以上の存在だというのを瞬間的に理解したのです」


「なら、本当に相手の動きが早かったっていうことか……。それって結構すごいよね。だって、二人は僕やメフィニア、ゼレスティアくらいの速さなら見切れるでしょ? そんな二人が見切れないなんて、僕らよりも早い他のみんなと同等レベルなのは間違いない」


 悪魔使いハントハーベンのモルトレがそう提言した。


「確かに彼の攻撃を私たちは見切れませんでした。けれど、あれはなんと言いますか……。早さとはまた別次元の域のように感じました。視界に捉えていたはずなのに、気が付けばすぐ横に居た感覚でした。呼吸をする間に移動したような……」


「……転移」


 ぼそりと石目蛇の頭メデューサのオーリエが云う。


「転移ともなれば早さとはまた別の話ですね。そもそも転移魔法を使われたらかなり厄介なものです。そもそも転移が使える時点で、相手も相当魔法に長けているのでしょう」


 淫魔のハルメナが加える。


「相手の攻撃は魔法ばかりだった?」


 マリの素朴な質問にカレイドが答える。


「いえ、寧ろ魔法はほとんど使っていませんでした。肉体の強化といいますか。蜘蛛人の堅牢な外殻を素手で砕くほどの力で攻撃を繰り出してきました。一撃をもらえば確実にこちらの身が削られてしまうほどです。現に、私は攻撃を強化した両腕で防ぎましたが、骨と肉を容易く抉られましたし、角も片方を砕かれました。それほどまでに相手の腕力といいますか、膂力が埒外でした」


「角をっ!? 大丈夫だったの?」


 身を乗り出し、心配そうに見つめるマリにカレイドは慌てて言葉を返す。


「あ、安心してください! この通り、メアリーのお陰で砕かれた角も腕も全て回復いたしました。心配してくださりありがとうございます」


「当り前じゃない。でも、牛人の命とでもいうべき角を折られるなんて……つらかったでしょ?」


 牛人に限らず、身体的特徴を有する種族はこの世界では多く存在する。そういった種族たちのその特徴は、その種の象徴であり、個の象徴でもある。それらを失えばその種の証を失うのと同時に、個としてのアイデンティティをもなくすことになる。だから、それらを失う、または傷が深くつくといったものはそういった種族にとっては何にも代えがたいものになってしまう。

 カレイドが今回の件で角を一度折られたというのは、単に折れたということでは済まされない問題だ。

 種族間の抗争などでも、相手の戦意を消失させるために、相手の誇りをまず先につぶしにかかるといったやり方をすることもある。

 大概の者は角を折られた段階で、戦意を失い放心状態に陥るほど精神的ダメージを負う。

 魔王マリは、彼女ら配下を創造するとき、それら種族の特徴を確りと把握していたからこそ、今回の件に関して酷く心配していたのだ。

 人間の身では計り知れない、例えようのない誇りと証なのだ。


「角くらい平気です。私の未熟さが招いた結果です。それを受け止めることができないようでは、マリ様の配下である資格はありません。角を失うよりも、あの場で何もできぬまま死んでしまうほうが何よりも恥ずべきものだったと、感じております」


 深々と頭を下げて言葉を紡ぐカレイドに、マリは優しいまなざしを向ける。


「そんなに重く考えなくていいわ。私が一番心配しているのは、貴女たちが傷つき倒れてしまうことなのよ。成果なんかよりも、貴女たちが無事に私の元まで帰ってきてくれるだけでいいの。危なかったら直ぐに戦線を離脱してほしいわ」


「ですが、それではマリ様に仕える者としての有用性がなくなってしまいます」


「カレイド。マリ様の配下であるなら戦況に応じて退くのも視野に入れておくことだ。戦いに勝つのは大事だが、マリ様は吾ら配下の命を最も重んじておられる。それを蔑ろにしての成果など忠義に値するのか?」


 堂々たる竜の尾を地面に叩きつけ一喝するアルトリアス。


「……」


「ま、僕も倒すべき相手を目の前にして引き下がるのはなかなか難しいと思うけどね。いくらマリ様の願いが僕らの安全だとは言っても、本来の僕らの使命はここを死守する存在。その本来の任を放り投げておめおめと退散することはできないよ」


「モルトレ」


「しかし、それらは場所にもよるのではないですか?」


 氷雪精妃グラキュースのサロメリアが冷たい吐息を零す。


「というと?」


「私たちはダンジョン内の階層を管理し守護する守護者です。ですのでいくら戦況が危うかろうと目の前の敵から逃げなくても、瀕死になればマリ様の守護のお陰で自動的に治療役のメアリー様の元まで転移され命の安全は保障されます。しかし、外界での活動を主にしているカレイド様たちはそういった守護を受けられない。だから、戦況に応じて撤退を考える必要があるのだと思います」


「ダンジョン内か外界か。確かにそうですね。外界ではそういった状況判断が重要になってきますね」


「つまり僕たち守護者は敵前逃亡をする理由はないってことだね」


「みんなの言う通り、ダンジョン内では私の助けがいつでもできる状況下にあるから問題はないけれど、外界は私の力が及ばない場所になる。そういった場所ではあまり無理をしないで。みんなが笑って帰ってきてくれるだけで、私は幸せだから」


「マリ様……。かしこまりました。マリ様の意思、アカギリたちに確りとお伝えします」


「お願いね。――ごめんね話をそらしてしまって。続きをお願いできるかしら?」


 件の少年の報告をカレイドは始めた。

 相手の特徴、相手の使う技、彼女があの戦いで体験したものすべてをマリに報告した。


「自己再生能力って、どういうものなの?」


「治癒魔法の一種です。とは言いましても、魔法を行使するというよりも、その者が持つ能力になります。負った傷を己で再生、回復させる能力です。与えた傷が数分後には完治しているようなものです」


「マリ様マリ様! 私の能力も似てるものですよ。【完全復元】も、元の姿に復元するというもので、自己再生能力と同種になります」


 擬態液スライムのシエルが元気に手をあげる。


「つまり、カレイドとアカギリ、それとベネクが負わせた傷を立った一瞬で直してしまったのね。その自己再生能力というのはそんなに早く管理させることができるの?」


 その問いにメアリーが答える。


「いえ、基本的には早くても数分から数十分。一般的には時間単位で完治するものです。カレイドのいうように数秒で、しかも己の意思で自己再生能力をコントロールできるなんてまずありえません。自己再生能力は有能ではありますが、一定時間一定量の魔力を使い続けるため、自己再生を行っている間に魔法を行使すればあっという間に魔力は尽きてしまいますし、魔力が尽きれば自己再生も働きません。もし仮に一瞬で完治できるほどの再生能力であるなら、それ相応の魔力を消費したと思います。折れた片腕と、切断された腹部を治す。相当の魔力が使われたと考えます」


「そういえば、カレイドたちに魔法を放ってからはその再生ができなかったようね。先ほどのレファエナからの報告では自己再生したという報告は受けていなかったわ。負った傷はそのままで片腕を損傷させたまま戦っていたらしいわ」


「そうだったのですか……」


「自己再生能力は厄介だけれど、どうやら相手にも色々と制約があるようね。無限に再生されてはこちらも流石に勝ち目はないけれど、終わりがあるなら話は別ね。――とはいえ、相手の脅威は変わらない。基本的には関わらないように動くのが得策。正体が判然としない中、相手にするのは不利。情報がなければ勝てるものも勝てなくなってしまうわ。ひとまずは相手の情報が欲しい」


「そうしましたら、誰かに動かせますか?」


 ハルメナが訊く。


「いや、今回は相手が相手だからね。下手に動いて感ずかれでもしたら、再び戦う羽目になってしまうわ。だから今回は基本的にはこちらから色々と動き回らないようにするわ。こういうのは他力本願で行くべきよ」


「他力本願ですか? それはつまり?」


 小首をかしげながらカレイドが訊く。


「このダンジョンは今まさに街の建設に取り掛かっているわ。先日、冒険者、魔王オバロン様と魔王ヒーセント様の配下の方たちが建設の増援に来てくれて、人員は非常にそろったわ。そして進捗も概ね良好。交易大国であるドルンド王国には借りもあるし、城塞都市ウィルティナにも大分世話になっているわ。だから、このダンジョンに関わる他国の人たちを使って、間接的に情報を集めていくのよ」


「なるほど、それは確かに安全な方法ですね。しかしうまくいきますかね? 外界でもほとんど情報のない相手です。集まるかどうか……」


 アルトリアスが賛同するも悩まし気な顔を見せる。


「集まれば儲けもの程度で考えていればいいわ。折角できた繋がりを活用することに意味があるのよ。構築した関係が関係という形で終わらないようにしなくてはいけないの。私たちはまだこの世界にとってはみ出し者。馴染むためにはそうした積み重ねをしなくてはいけないわ」


「そういうことでしたか」


「なら、近々ドルンド王国に行くということですか?」


「そうね……。お話程度だし、行くのは一人にして、他の者にはまた別の任をお願いしたいわね」


「私たちも外界へ出てマリ様のお役に立ちたいですね」


「僕も外出たい。レファエナはいいよなー。今回外へ出たんだもん」


「……」


 モルトレの妬みに憮然に無言を貫くレファエナだったが、ちらりと彼女の方を見て口元を静かに吊り上げる。


 コンコン。


 その時、会議室の扉の向こうから音が聞こえる。


「ゼレスティアです。ただいま帰りました」


 蜘蛛人の視察に付き合ったゼレスティアたちが帰ってきた。

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