第9話 少年の正体と蜘蛛人

「この村、ヴォルムエントでは内密にある捜査を行っていました」


 フローリアがまるで白状するように話し始めた。


「捜査? それはいったい何のですか?」


 レファエナが鞠問するように訊く。


「以前、ドルンド王国で龍種が暴れていたというのはご存じでしょうか?」


「それなら、私が倒したが? それがどうかしたか」


 暗黒騎士からの慮外な返答に唖然としてしまったフローリア。


「云っておきますが、彼女が云ったことは事実です。あの日、ドルンド王国に現れた炎龍を倒したのは紛れもなく彼女です。疑う余地など持たず、話の続きをお願いします」


 面倒なことなどよこすなと、レファエナが目で訴える。


「か、かしこまりました。――その件で、今までその姿を隠してきた龍種が行きなり現れた理由は何かと、村の中で話が浮上しました。理由は簡単です。私たちは怯えているのです」


 怯える。その言葉の意味を介さないほどに、レファエナの目の前の蜘蛛人は毅然と言い放った。


「嘗て、私たち蜘蛛人アラクネは龍種の吐く灼熱によって、そのすべてを灰にされたのです。20ほどあった蜘蛛人の村も、今ではたったの3つしかありません。それでも、私たちはこうして隠れたところで密かに暮らしてきました。ですが、再び龍種の復活ともなれば、私たちは再び過去を繰り返してしまうのではないかと怯えることになります。だから、龍種が復活したなどという眉唾な話は、私たち蜘蛛人にとって非常に敏感な物なのです」


「だから、その真相を知るために捜査をしたということですか? 具体的にはどのようなことをしたのですか?」


「蜘蛛人は個として非常に暗躍に優れた種族です。その中でも特に腕の立つ者たちに頼み、情報を集めてもらうようにしました。その中で、北の大地。ベゼブブで有力な情報を得たのです」


「それは?」


「ベゼブブには大きな街はなく、小規模な街が幾つも点在するようなところで、北東に広がるギーザス寒冷地よりも気候は厳しく、常に雪が舞う大地なのです。そんな大地に構える街の中である噂が広まっていました。どこから広まったかわからないそれは、身分不明の、目深に外套を被る子供がいたる街で出没したという噂です。その者は外套から龍の猛々しい尻尾を零しながら街を徘徊していたといいます。その噂が立ち始めたのが、例のドルンド王国襲撃の前になるそうです。そして子供の目撃情報が消えたと同時に龍種が現れました。これは、何かあると思った私たちは、さらに調査を進めたのですが、そこで私たちは大きなミスを犯してしまったのです」


 表情が一変して悪くなる。


「噂の子供を追ってその足取りを探っていました。しかし、その途中で、私たちは新たな龍種と遭遇してしまったのです」


「他にも龍種がいたのですか?」


「はい。噂が立ち始めたのはベゼブブですので、そのあたりをもっと調べれば何か手がかりが見つかるのではないかと考えていたのです。私たちはきっとその例の子供と龍種が関係していると思っていたので、なぜ今さら龍種が活動を始めたのか。そして今現在、姿を隠していた龍種たちはどこにいるのか。それを探るために、ベゼブブの大地を探っていました。しかし、ベゼブブに聳える霊峰ギリリアシスへ数人が調査にに行ったのですが、そこで二体の龍種を発見し二人が残り、一人が村に報告へ帰ってきました。けれど、その後、一向にあとの二人が帰ってこなかったのです。後日、村へ報告に帰った者が再び龍種を目撃した場所へ確認に行ったところ、そこには黒焦げになり、雪に埋もれる仲間の姿があったそうです」


「探られたことへの報復」


「私たちはそう考えました。結局、それ以上は踏み込まないように決め、今日までいましたが、一度怒らせてしまえば歯止めが利かなくなるのが絶対位階アプソリエンスの龍種なのです。そして今回、村に現れたのはきっと、龍種の中でも最上位に存在の一人でしょう。姿――龍種の中にはその身を自在に変化させることができる者がいると聞きます」 


「ま、それが妥当な意見だろ」


 フローリアの話に暗黒騎士が答える。

 実際龍種と対峙した彼女は、強さは違えど、どこか似たものを感じていた。

 だからこそ、フローリアの話を素直に信じた。


「先ほどのお話」


 レファエナが引っ掛かりを感じて訊く。


「龍種の中でも最上位の存在の一人といっていましたが、龍種の中で最上位の存在というのは古の大龍エンシェントドラゴン、一人だけではないのですか?」


「たしかに龍種の王として君臨するのは古の大戦から龍種を率いている、古の大龍だけです。しかし、その直下に王の元で猛威を振るっていた大龍たちが存在します。その詳細を記したものはありませんが、私たち蜘蛛人にはそれらが伝えられてきました。その実力は先日ドルンドを襲った炎龍の比ではありません。炎龍でさえ私たちのような存在にとっては叶う相手ではありませんが、そんな炎龍すらを一捻りにできてしまうほどの力の差を誇るのが、王を護りし5体の老龍オルドドラゴンです。けれど、現在ではその数を3体へ減らしています」


「寿命で死んだのですか?」


「いえ。古の大戦時に勇者と魔王によって討伐されたと聞いています」


 レファエナはそれを聞いて安堵に似た感情を抱いた。

 その老龍が魔王でも叶わなかったなどと言われれば本格的に、マリ様の脅威になる存在だと認めなければいけないが、過去の魔王によって討伐されるレべうなら、マリ様の脅威にはなり得ないと確信できたからだ。

 今現在、武闘派である魔王オバロンを退け、仲間にしたマリ様からすれば、敵にはならない。


「そうですか。では今回の襲撃は、その老龍の人間に化けたものだったということですか?」


「話を聞くだけではそうとしか判断がつきません」


「――それで?」


 安堵によって少しばかり笑みを浮かべたレファエナだったが、直ぐに淡泊な顔つきに戻り、突飛に訊く。


「はい?」


「協力とはいったい何のことでしょうか?」


「あ、はい。それなのですが、今回、こうして例の少年を退けていただいた貴女方の実力を見込んで頼みがあります――」


「霊峰ギリリアシスへ行ってくれってことか?」


 暗黒騎士がフローリアの言おうとしたことを先取りした。


「はい。その通りです。一度は調査をやめましたが、それはそれ以上首を突っ込むと身を危険にさらすと思っていたからです。しかし、こうして既に逃れられない状況となった以上、調査を続行させても事態は変わらないと思うのです。けれど、それでも私たち蜘蛛人の実力では、再び遭遇してもすぐに殺されてしまうでしょう。ですので、勝手なお願いだとは重々承知の上で頼みたいのです。今後、私たちが安全に暮らしていくための手助けを、どうかお願いいたします! お礼は確りと支払わせていただきます。ですのでどうか……!」


 上半身を折り、深々と頭を下げるフローリアに続き、後ろにいる蜘蛛人の二人も同じように頭を下げる。


 これ以上この件に関われば、きっともっと大きな被害を生むのは明白だ。

 だから、ここで簡単に分かりましたと了承をするわけにはいかなかった。

 彼女らの手助けをして自分たちまで世界すべてに恐れられる存在に喧嘩を売ってしまっては、必ずマリ様に迷惑が掛かる。自分の命の有無などどうでもいい。ただ、敬愛するマリ様に迷惑をかける行いをするというのは何があっても赦されない。そして赦さない。

 逡巡の末、彼女は蜘蛛人たちの頼みを断ろうとした時だった。

 背後で暗黒騎士が彼女へ耳打ちする。

 そして、レファエナは改めて彼女たちにこたえる。


「種族の安全を守るのが大事ですか? それとも、調査を進めることが大事なのですか?」


「もちろん種族の安全が何よりも大事です。そのための調査協力です」


「なら、私たちは貴女方の調査には協力は致しません。こちらも仲間が負傷しました。そんな危険なところへ赴くわけにはいきません」


 レファエナの言葉に落胆の色を見せるフローリアだった。

 仕方がない。命を懸けて他人を助けるなんて、普通はしないだろう。

 諦念にため息でも零れそうになったフローリアに、レファエナは言葉をつづける。


「調査協力は致しませんが、私たちが貴女方の安全を確保することは協力いたします」


 顔をあげるフローリア。


「どういうことですか?」


 レファエナの無機質な表情がその真意を隠す。

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