第8話 隠穴

 蜘蛛人アラクネの一人が崩壊した街を見てから、それを成した者たちへ視線を変える

 意識を失ったまま、暗黒騎士に担がれる鬼人と、樹妖精によってお姫様抱っこされてる牛人。そしてそれらの先頭に立つ修道女。


「こちらは私の仲間で、あの少年からこの村を守ってくれた方たちです」


 アメスはベネクを抱えたまま蜘蛛人に説明する。


「初めまして。私はこの村で自警役を務めてるカミレと言います。今回は村を救ってくださりありがとうございました。村の長がお話があるとのことなので着いてきてもらってもいいですか?」


 蜘蛛人カミレの元、一同は隠穴シェルターに案内された。

 暗澹とした階段は明かりなど一切なく、戦闘を歩くカミレが蜘蛛人のため、問答無用で進んでいく。とはいえ、他の者は暗視ができるわけではないので、カミレの後ろを歩くアメスが魔法で道を照らす。

 それほど長くない階段を降りきると通路が現れる。簡易的とはいえ、確りと天井を支えるための柱や壁といった骨組みはされており、森の木材を用いた作りとはいえ、手入れが行き届いているのか老朽さを感じさせないものだった。

 蜘蛛人が使うために広くつくられた通路を進んでいくと大きな扉が現れた。


「こちらです」


 カミレがそういって扉を開けると、通路とは違い、眩い光が差し込んできた。

 扉の先には青光石によって光に満たされた部屋が広がっていた。

 部屋というと少しばかり語弊がある。

 そこはどちらかといえば広間といえばしっくりくるだろう。

 その大空間の天蓋には青光石が備え付けられており、全体を照らすその光の下に多くの蜘蛛人の姿があった。とはいえ、その数は些か少ない気がした。

 そんな蜘蛛人たちがアメスたちの訪問に視線を集めると、一人の蜘蛛人が前へと進み出た。

 その場のどの蜘蛛人よりも煌びやかに着飾っているその蜘蛛人は、云うまでもなく長たる風格を出していた。

 しかし、その容姿は非常に若々しく、美しさを漂わしていた。


「ようこそお越しくださりました。私は、この村の長を務めております。フローリア・アラクネスと申します。この度は村を救っていただき感謝に絶えません」


「別に構いません。それよりも、村を襲撃した例の少年について訊きたいのですがいいですか?」


 レファエナが淡泊に訊く。


「でしたら奥に個室がありますのでそちらでお話いたしましょう」


 広間には幾つか扉が設けられており、広間のほかにここで数日暮らせるように供えられた生活施設が併設されている。


 フローリアがアメスたちを案内しようと体を翻すと、彼女の元へと二人の蜘蛛人が駆け寄る。

 革鎧を身に纏う二人は装備からして護衛役だろう。


「彼女たちの同行の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」


「構いません」


 フローリアの後に続くレファエナをよそに、広間まで案内してくれたカミレにカレイドを抱える樹妖精が訊ねる。


「この広間に寝台が備わって安息所か、医務室的な部屋はないかしら?」


「医務室なら確かあったと思います」


「案内してもらってもいい?」


「はい」


「レファエナ様。私はカレイドたちをそちらに運び看病したいと思います」


 樹妖精の言葉に少しばかり思案すると、レファエナは答える。


「フローリアさん。もしよければ、医務室でお話を聞かせてもらってもいいですか?」


「はい。それは構いません」


「ではそちらへ行きましょう」


 医務室もまた非常に広く、中央の広間ほどではないが、蜘蛛人規模で造られただけに十分な広さが確保されていた。


「寝台はどれを使ってもらっても構いません」


 十台以上ある寝台を指してフローリアがいう。

 既に医務室の寝台は数台埋まっており、その中には村まで案内したバランの姿もあった。

 彼女の傷はあくまで回復薬で一時的に自己治癒能力をあげただけの応急処置にすぎなかったため、この医務室で傷の療養をしていたのだ。

 樹妖精と暗黒騎士が適当な寝台にカレイドとアカギリを横にさせて、その隣にアメスはベネクを寝かせる。そしてすぐにアメスは部屋に置かれている幅広の長椅子を用意して寝台近くに置いた。

 普通の椅子などこの村にあるはずもなく、基本的に蜘蛛人専用の物しか置かれていなかった。

 この長椅子も、蜘蛛人の下半身を乗せるための造りになっている。


「レファエナ様、どうぞお使いください」


「ありがとう。貴方もこちらに座ってもらえますか?」


 長椅子に腰を下ろすと、レファエナは隣を指さしてアメスに云う。

 その言葉に少しばかり躊躇いを見せるも逡巡して時間を無駄にしては失礼にあたると判断したアメスは直ぐに彼女の隣に腰を下ろした。レファエナの反対、寝台に最も近い位置に樹妖精が座り、暗黒騎士は彼女らの後ろで毅然と立つ。


「では、さっそくですがお聞かせください。例の少年について」


 レファエナの質問に対峙するフローリアは申し訳なさそうに首を振った。


「私たちも、彼の素性については全く知らないのです。突然村に現れて、いきなり襲ってきたのです。幸い、村の警備をしていた者がすぐに村の外まで彼を遠ざけてくれたおかげて、私たちはこうして隠れられていますが、警備していた者や、ここの入り口を護ってくれた者たちは皆、彼に殺されてしまいました。彼がいったい何者で、何の目的でこの村に来たのかは全然わかりませんが、確かに言えるのは……あれは化け物だということです」


「貴方は例の少年を見たのですか?」


「いえ。ですが、村の入り口で出した異常なまでに大きなさっきを感じればわかります。しかも、村の警備をしていたバランはこの村では非常に優秀な者です。それにお供したレビンとカイネもまた同じく強く優秀な者たちでした……」


 寝台に横になるバランを見ながらフローリアはいう。

 そんな話に、心底失望したレファエナはため息を零すと、寝台で横になるカレイドに話を振った。


「カレイド。貴方たちはあの少年と私たちが駆け付けるまで戦っていましたね。その時の話を聞かせてもらえますか? 戦闘で得た彼の情報を」


 カレイドが上体を起こそうとしたところを、後ろで立っていた暗黒騎士が空かさず手助けする。


「ありがとう」


 淀みない笑顔を騎士に向ける。


「あの少年の強さは、レファエナ様、守護者様方と同等か、もしかしたらそれ以上の力を有していたと思います。戦闘中に零していた言葉をもとに推測すると、私たちと戦っていた時はまだ全力ではなかったように思われます。武器や魔法を使わずに私とアカギリの全力を軽くあしらうほどの実力。それに加えて、自己再生能力。こちらが漸く与えた傷を一瞬で治癒するその能力は正直言って勝てる未来を消失させるほど……。きっと、今後マリ様の敵となりうる存在かと思います」


「自己再生能力……? 私たちが戦っていた時は、負った傷はそのままになっていたけれど、何かしらでその能力が使えなくなったのかもしれない。心当たりはあるかしら?」


「そうだったのですか? ……私たちと戦っていた時は最後までその能力が使えていたように思います。……っ! もしかしたら、最後に放った魔法が関係しているのかもしれません!」


「魔法……。確かに、私たちがここへ向かっている最中、村の中から膨大な魔力を感知しました。では、それを行使したせいで、一時的に再生能力が使えなくなっていたということですか。とはいえ、他にも彼には何かしらの枷があったように感じましたね。それに、最後に云っていた言葉――姿


「本来の姿!? 本当にそういっていたのですか?」


 フローリアが目を見開いて狼狽を露わにする。


「何か気になることでも?」


 質問されて口を紡ぐフローリアに、傍に居た護衛の一人が耳うちする。


(例の少年を退けた方たちです。話をして協力してもらった方がいいのではないでしょうか?)


 そんな小声に、漆黒のバイザーの下でピクリと耳が反応する。


「協力とは、何のことですか?」


 暗黒騎士が語気を強めて言う。

 仲間が瀕死の状態にされたのだ、隠し事など見過ごすわけにはいかない。

 バイザーの奥から赤い光がのぞく。

 フローリアと護衛の一人はびくりと体を硬直させるも、隠し通せないと悟った彼女らは直ぐに諦め事の次第を話し始めた。

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