第7話 災禍の痕

 片腕を魔法によって使えなくした少年は、唯一動かせる片腕さえも、暗黒騎士の斬撃によって斬り飛ばされてしまった。

 溢れる出る命の流動を抑えることもせず、少年は苦い顔を浮かべる。


「これでは戦えないですね」


 瞬時に暗黒騎士から距離を置こうと後方へ跳躍するも、その先の地面が爆発し、あたりを覆いつくす土煙を巻き上げた。


「今度は何です?」


 少年はそのまま土煙の中へ飛び込むも、直ぐに態勢を翻して、上腕がなくなった腕を構える。しかし、そんな防御など意味持たず、土煙の中で少年は何かに体を吹き飛ばされた。その重い一撃に、余裕が崩れた。

 自己再生能力が使えない状態で、防ぐこともままならない状況では先ほどまでの余裕は出せなかった。

 土煙からはじき出された少年は綺麗に着地して前方を見る。

 そこには、土煙から顔を覗かせる巨大な大蛇が三体いた。

 既に戦いの影響で村の建物は破壊され、大分開けた空間となっていたが、その大蛇の巨大さのせいでかなり狭く感じられる。


「まさか、石眼大蛇バジリスクを使役しているのですか? これ程の魔物を召喚するだけの魔力を持っているとは、流石に驚きです」


 感嘆を吐いていると、眼前の大蛇の一匹が襲い掛かる。

 鋭い牙を向け、相手を串刺しにする勢いで迫るも、それを軽く躱しで大蛇の頭に乗る。しかし、もう一匹が頭にのった瞬間を狙い、その巨体を薙ぎ払った。

 巨体のわりに動きが早い大蛇たちの攻撃に防ぎきれず、そのまま少年は体を吹き飛ばされる。そして飛ばされる途中でさえ、もう一匹の上段からの叩き落としによって、少年の体は銃弾の様に地面へと激突した。

 しかしそれでも少年が倒れることはない。

 両腕では、もはや使い物にならない状況で、まともに魔法も打てない状況ではあるものの、彼はそれでも倒れはしない。

 あれ程の攻撃をその身で受けてもなお、漂う余裕の雰囲気は流石に不気味さを周囲に与える。


「やはり異常な強さだな。私の攻撃と彼女の攻撃を受けてもなお、平然と立っていられるとは。しかも、あの負傷状態でここまでやるとは」


 暗黒騎士が少年の異常性に驚く。


「そうですね。本当に虫唾が走ります」


 修道女は変わらず憤慨をあらわにする。


「こちらはもう大丈夫です」


 そんな修道女の後ろで黒焦げになった三人に治癒魔法をかけていた樹妖精が二人に声をかける。


「ありがとう。本当に助かりました。そのまま三人をお願いします」


「はい」


 大蛇の攻撃を次第に見切れるようになった少年は攻撃を最低限の動きで躱すようになっていた。

 極力体力を回復させ、自己再生能力を復活させるようにしていたのだ。

 しかし、そんなことを赦すわけもなく、暗黒騎士が畳みかけるように少年へと大剣の重く速い斬撃を繰り広げる。

 攻撃手段をなくした少年は避けるしかできないが、現状同等の相手を5体まとめて捌くのは流石にできないと悟り始め、諦念した。


「もういいです」


 少年は連撃の隙をついて地面を思い切り踏み込んだ。

 すると地面は轟音と共に爆散し、土礫と砂埃で少年の姿を隠した。


「今回は僕の負けです。ですが、いずれまた会うことがあるでしょう。強者は強者にひかれあう定め。その時は必ず、君たちすべてを僕の姿で蹂躙してみせます。それまでは――」


 その言葉を皮切りに少年の気配と姿が完全に消えてなくなってしまった。


 先ほどまで戦禍の轟きが森中を震撼させていたのが、一瞬で静謐へと変わる。

 相手を取り逃がしたことに心胆から悪態をつく修道女。完全に戦いが終わったのを確認して、彼女は魔法を解き巨大な大蛇を消した。


「あの少年はいったい何者なんでしょう?」

 

 ふと樹妖精ドライアドが訊く。


「分かりません。ですが、あの状態であそこまで戦える様子ですと、私たち守護者と同等の力をもっている存在となるでしょう」


 ため息交じりに修道女が答える。


「以前、ドルンド王国で龍種と対峙した時よりも段違いに強いと感じた」


「あの見た目。人間の少年のようですが、きっと違うでしょう。私の様に自在に自身の見た目を変えられるような種族でしょうね」


「とりあえず、無事彼女たちを護ることはできた。速やかに彼女たちをマリ様の元まで運ぼう」


 暗黒騎士がそういって、樹妖精によって保護されている三人に近づき、アカギリの体を持ち上げようとしたところで、その横で寝ていたカレイドが意識を取り戻し、声を出す。


「……ま、待って、ください。まだ、この村で、やることが……あります」


 樹妖精の治癒魔法によって体の傷は完全に治ったものの、削られた体力までは回復できていない彼女は、苦しそうに言葉をはく。


「やること? その事情は聞かされていないが、いったい何をするつもりだ?」


「そういえば、この黒服の者……、確か護衛係のベネクといったかしら? この子がいるということは行商係のペアがいるはずです。その子は今どこに?」


 修道女がそう訊ねると、遠くから一人の女性が歩いてきた。


「こちらです」


 山羊人カプラトの女性はそういって彼女たちの元まで来ると自己紹介をした。


「私は行商係のアメス・ウェストーラと申します。貴方様は、階層守護者レファエナ・リア・グリステラ様でしょうか?」


「私のことを知っていたのですね」


「勿論です。先輩方の存在はすべて把握しています。マリ様をお傍でお守りする大事な役目をされている守護者様方を知らないわけがございません」


「それは素直に嬉しいですね。ところで、カレイドが云っていたここですべきこととは何ですか?」


「それは一先ず、彼らにお会いしてからでも大丈夫でしょうか?」


 そういってアメスは遠くからこちらを恐る恐る見守る蜘蛛人の方を見ていう。


「この村の者か? 随分と怯えているな」


 そこまで言うと、はたと暗黒騎士は思いあたりを見渡す。


「まあ、ここまで村を破壊されたらそういう反応になっても仕方がないか」


「それで、私たちはどこへ行けばいいのですか?」


 修道女レファエナは漸く落ち着きを取り戻しつつあるなか、いたって冷静に訊く。

 そんな彼女の問いに、アメスは倒れこむベネクを抱え、皆を案内した。


「どうぞ、こちらへ」


 樹妖精ドライアドがカレイドを抱え、暗黒騎士がアカギリを抱え、3人はアメスの後ろをついていく。

 災禍が通り過ぎた凄絶な痕を横目に、彼女たちは向かう。






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