第4話 殺戮の少年
森を抜け聳え立つガガ山の袂まで着くと、そこには簡易的に作られた坑道があった。今はもう使われていない様子のそれを使い、この森へ来たのだとバランは云った。
明かりもなければ、まっすぐ貫通した通路でもないため、坑道内は真っ暗だった。蜘蛛人の目は明かりのない夜でも鮮明に見えるため、問題なくここを通ってこれた。
そんな坑道をバランの案内の元、一同は急ぎ進み短時間で山を越えた。
山を抜けると、そこは何もない平原が広がり、山を迂回するための道が遠くに見える。その道をなぞると、遠くの方で再び森の姿が見えた。
バランの説明によると、その森の奥が
「もう大丈夫ですので、私自ら歩きます」
腹部を抑え、バランはよろめきながらも自分の足で立ち、村の方を見据える。
「もう少しで……」と、小さく呟く。
「本当に大丈夫か?」
「はい。私を背負ったままですと時間をかけてしまいます。今なら走ることもできますので……」
自分の足で立ち、堂々としているバランの表情は、時折苦悶が垣間見える。
「あまり無理しないでね。貴方に倒れられたら私たちも困ってしまうから」
「でも、今無理をしないと、村のみんながっ!」
彼女の意思は固いようだと、諦念に彼女の意思を尊重した。
「それじゃあ、急ぐぞ」
アカギリはそういって、走り出した。
とはいっても、ある程度力を抑えている。バランが付いてこれるだろう速度で彼女は走っていく。
舗装された道を横断して、そのまま森へと直進する。
ヴォルムエントへと続く道はなく、基本的に他者を寄せ付けないようにしているため、森のいたるところに蜘蛛人の糸が張り巡らされていて、村に近づこうとするものを捕らえたり足止めをしたりしている。
だが、一同が村に入ってバランの案内の元進んでも、一向に蜘蛛人の糸の罠が現れることはなかった。
「おかしい……」
ぼそりと走りながら零すバラン。
鼓動が早くなり、危惧していたことが起きてしまったのではないか? そう焦りを感じ、彼女の足は次第に速くなっていく。痛みなど吹き飛ぶほどに、彼女は焦燥感に襲われていた。
早く! 早く! 早く!!
心胆で叫び、己の足を鼓舞する。
そして、密集していた木々がなくなり開けた空間に出ると、そこには森に囲われた大きな村が静寂に構えていた。
「静かだな」
アカギリがその異様さに言葉を漏らす。
一同は村の中を散策するも、人の気配は一切しなかった。
抜け殻の村を子細に見やる。
「警戒して身を潜めているのかもしれないわね。蜘蛛人は闇の狩人ともいわれるほどでしょ? なら、気配を消すこともできるはず」
「もしかしたら、私たちが最初に例の化け物と対峙したときに、危険を察知した他の者が村全体に知らせて地下の
「それじゃあ、そこへ案内してくれ。ひとまずお前の報告を済ませた方がいいだろう」
「分かりました」
バランは村中を進み、住居が密集する通りを途中で折れて、そのまま森へと再びつながる細い道を進む。すると、その森と村との境の地面に、木箱が数個置かれていた。木箱の下には大として使われているだろう木の板が敷かれており、バランはそれを躊躇なくどける。そして、敷かれた木の板を持ち上げると、そこには大きな穴が空いており、地下へと続く簡易的な階段が設けられていた。
「私が先頭を進みますので、そのあとに続いてください」
「分かっ――」
アカギリが返事をしようとした時だった。
カレイドがそれを制した。
「ちょっと待って」
「どうした?」
「もし仮にこの地下に貴方の仲間が隠れているのだとしたら、最後にここを閉じたのは誰?」
「ん? ……確かに、全員ここへ潜ったのだとしたら、木の板を被せることはできても、その上の木箱を乗せることはできないはずだな」
「つまり、まだこの村に隠れ切れていない者が残っている可能性があるということですか?」
アメスがカレイドの言わんとしていることを口に出して確認する。
「もしくは、既にこの穴の中で殺され、襲ったものによって蓋をされたか」
ベネクが最悪の可能性を口にした。
「どちらにせよ、ことを急いだほうがいいだろう。――私とカレイドは村を見回ってくる。アメスとベネクはバランと共に地下へ潜ってくれ。もしこの村人の安否の確認が取れたら、そのまま皆の保護を頼む」
「かしこまりました」
「了解した」
バランの後に続き、アメスとベネクが地下へと降りていくのを確認してからアカギリたちはその入り口を塞いだ。彼女たちが行った後、他の者の侵入を防ぐためだ。
万が一、二人が街に取り残されている村人を確認しに行っている間に、犯人が入れ違いでこの入り口を見つけてしまっては大惨事になりかねない。だからこそ、入り口は塞いでおく必要がある。
無事入り口を塞いでから、アカギリとカレイドは再び村の通りに出た。
やはり閑散とした雰囲気は変わらない。
建物の窓をのぞいても住人の影もなければ気配もない。
村は広く、建物だけを見てもかなりの人数いるのがわかる。
そんな村を進んでいくと、村の最奥と呼べる場所が視界の端に見え始めた。
その時だった。
鼻腔を劈く異臭を察知した二人は瞬時に獲物を取り出し駆け出す。
村の最奥には少しばかり開けた空間が生まれ、村の村長の屋敷だろう、他よりも少し大きな建物が、森で一番立派な大木に建てられていた。
そんな広間で、手足を無残にも切断されて血を大量に流している蜘蛛人の姿があった。
しかし、惨殺されている蜘蛛人よりも先に目に入ったのは、その傍で返り血に染まった手を舐めとっている少年の姿だった。
その身形は非常に高級そうな革製の防具に纏われており、靴からグローブに至るまで、どこぞの貴族の出かと思わせるほど。薄紅色の髪を後ろで結上げ、ポニーテールを形成させていた。
彼は二人が広間に駆けつけると、ピタリと舐めるのをやめて、静かに振り返った。
髪色と同じ薄紅色の瞳が輝き、二人を見つめる。
「おや? これはこれは、鬼人の娘と牛人の娘がこんなところで何をしているのですか? ここは肉食の蜘蛛人が住まう村ですよ? 餌にでもなりに来たのですか?」
少年は爽涼な笑顔でいう。
けれど、そんな笑顔とは相反した血に染まった口元と尖った歯が異質さを露わにしていた。
「お前が蜘蛛人を襲った犯人か」
「ん――? あ、もしかして、殺し損ねていましたか? いやー、これは失態ですね。僕もまだまだ俗世に甘いようだ。もっと徹底的に息の根が止まったのを確認するべきでした。あ、後処理もしないと、結局同じか。これはいい勉強になりました」
瞬時に事を理解した少年は自身の失敗を笑って見せると、目の色を変えて二人を見返す。
「それで、君たちはここに何しに来たんですか? もしかして、蜘蛛人を助けるために来たなんて馬鹿げた冗談を云うわけではないですよね?」
少年からあふれ出る異様な雰囲気。
心の奥から冷え切るような、そんな感覚に陥った二人は、眼前に立つ少年がただ者ではないと理解する。
獲物を握る手に力が入り、語気を強くして訊く。
「お前はいったい何者だっ」
「僕? 僕は……そうですね。ただの旅人です」
「旅人? 旅人がなぜ訪れた村人を殺しているんだっ」
「単純な話ですよ。強者が弱者を殺す。自然の摂理に従ったまでのことです。僕より弱い蜘蛛人をどうしようと、僕の勝手です」
なんという傲慢さ。そんな勝手が曲がり通るわけないだろ。
そう心で叫ぶアカギリだが、ここで相手を挑発したところで好転はしないだろうと踏みとどまった。
「その理屈なら、お前より私の方が強ければ、お前に何しようと文句はないんだよな?」
少年は目を丸くした。しかし次の瞬間には高らかに笑って見せる。
「ぷっ、はははははははーー!!」
目に涙を浮かべ、腹を抑えながら少年は笑い散らかす。
「僕より強ければ? 何ともまあ命知らずな娘ですかね。鬼人は戦闘に特化した種族ではありますが、あくまで一般的に比べれば強いと括られるだけです。僕の見た目から勘違いをさせてしまったのなら申し訳ございません。ですが、云っておきますが、僕は人間ではありませんよ?」
「そんなことは理解している。人間の子供が、素手で蜘蛛人の外郭を切り裂くことなんてできないだろう」
「ふむふむ。それがわかっていて、僕より強い自信があるのですか。それは自惚れから来ているのですか? それとも、自負を抱くほどの何か別の信頼を得ているのですか?」
「さあな。ただ、どちらにせよ、私はここでお前を止めさせてもらうがな。これ以上この村で好き勝手暴れられては困る」
「そうですか。わかりました」
少年はポケットからハンカチーフを取り出して素早く手に着いた血と口の周りに着いた血をふき取る。
ふき取った血が純白の布を紅く染めていくが、それが次第に純白へと戻っていく。
その光景に二人は驚くが、眼前の少年から目を離すわけにはいかない。
少年は血を拭き取ったハンカチーフを再びポケットにしまうと、貴族たる姿勢で深くお辞儀をすると一言。
「それでは、僕はこれで失礼させていただきます」
その言葉に、拍子抜けくらった反面、少しばかり安堵するふたり。
しかし、少年はそんな二人の安心しきった表情を見て、不敵な笑みを浮かべて言葉をつづけた。
「なんて、言うわけがありません。僕の邪魔をしに来た者を易々と逃がすことなどできませんよ。ここで何もせずに去ってしまっては僕の立場上、下の者に示しが付きませんのでね」
「つまりは?」
アカギリが獲物を構え、臨戦態勢に入って訊くが、刹那、アカギリは眼前で起きたことを理解できなかった。
彼女が訊ね、少年がそれに答えた時、彼の声はアカギリの耳元で囁かれた。
「君たちには、ここで死んでもらいます」
少年はアカギリとカレイドの間に現れて、両手でカレイドの顔とアカギリの首を掴んで、二人が見切れないスピードを維持したまま地面へと叩きつけた。
凄絶な轟音と地響きを生みながら、砕破した地面が方々へ吹き飛び、建物を破壊する。それはたかが石礫でさえその威力を生むほどに、彼女らに向けられた力がすごいという表れでもあった。
叩きつけられた地面は抉れ、クレータが生じていた。
不意に訪れた埒外な衝撃になすすべもなく、二人は地面に倒れ伏した。
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