第5話 敵となりうる存在
砕破した地面に埋もれ、吐血するアカギリとカレイド。
自身の身に何が起こったのか理解することができないまま、意識を昏倒させてしまう。
少年は崩れ落ちた二人を嘲笑いながら一言。
「彼我の戦力さもわからぬ小娘たちでしたね」
二人の意識が飛んでいても、二人はまだ生きていると確認してから、少年は手を尖らせて、彼女らの顔面目掛けて突き刺した。
しかし、それが彼女たちに当たることはなかった。
昏倒している中、迫りくる殺気に意識を回復させ、瞬時に獲物でその攻撃を防いだのだ。
「おやおや? まだそんな力が残っていますか?」
獲物でそのまま少年を弾き飛ばす。
口の中に広がる血だまりを吐き出し、口元から滴る血を手で拭いながら、アカギリとカレイドは眼光を尖らせる。
「大層美しいであろうその顔を、そんなに殺気で歪めてはもったいないですよ」
悪意を込めた笑いを浮かべる少年。
「カレイド、大丈夫か?」
「ええ、問題ないわ。でも、服が汚れてしまいました」
「服の心配とは、随分と余裕じゃねーか。ま、頼もしい限りだ。これは本気で相手しないと、マジであぶねえぞ」
アカギリは魔王オバロンの配下との戦闘のことを思い出した。
あの時、なすすべなく敗北した苦い思い出。
しかし、彼女はあれからそれなりに研鑽を積んでいる。あの時よりは強くなっている。そう彼女自身思っていた。けれど、それでも眼前の少年の動きは全く持って見えなかった。見える見えないという以前に、瞬間的に移動していたようにさえ思えるほどの尋常じゃない速さだった。
「なら、最初から全力で行きましょう」
「無論だ。
アカギリを中心に炎の柱が立ち、その炎を凝縮させた2つの剣が彼女の手に握られる。
「魔法剣ですか? でも、そんなものを出したところで、僕に当てられなければ意味はありません。ま、当てたところでどうということもないですが」
「余裕ぶっていられるのも今の内だぞ」
そういって、アカギリは少年へと、迸る灼熱の剣を叩き込む。掠ればそれだけで重傷を負うそれを、よける隙など与えないほどの剣戟で少年へとぶつける。しかし、その攻撃をたやすくかわし切る少年は、彼女の攻撃の隙を見つけ、手を突き刺していく。彼女の攻撃は当たらないのに、少年の攻撃だけは彼女の体を刻んでいく。
それでも攻撃を畳み続けるアカギリの背後で、カレイドは補助魔法と強化魔法を重ね掛けしていた。
「
そのおかげか、アカギリは次第に少年の攻撃をうけなくなっていった。
「私もそろそろ行きましょうか。あまり使いたくはないけれど、
その瞬間、カレイドの体の一部が獣化し始め、華奢な美しい足は、屈強な牛の足へと変わり、手から腕にかけて鋼鉄の毛で覆われ、剣の一撃など一切通さないほどの強度を持っている。そして、側頭部から生える角が大きくなり、額の先で相手を串刺しにするが如く、鋭利に伸びていた。
「力は増すけれど、これを使うと醜くなってしまうのよね」
そんな愚痴をこぼしながらも、カレイドは大斧を構え、アカギリの攻撃を避け続ける少年へ駆け寄り、後方から超重量級の一撃を食らわす。
しかし、そんな攻撃を華麗に避け切り、跳躍して二人から距離をとった。
少年はふと後方を見ると、先ほどカレイドが放った一撃の余波で建物が消し炭になっているのを確認して感嘆した。
「これほどの力があるとは。真面目に受け止めなくて正解だったようですね」
「逃げるだけか? 随分と拍子抜けじゃねーか」
アカギリが少しだけ煽ってみせる。
「逆に君たちも力技ばかりですが、魔法は使ってこないのですか? 単調で飽きてきました」
「生憎と、私たちは力任せな戦い方しかできないからな。退屈で悪かったなっ」
アカギリは地面へと剣を突き刺して少年を見据える。
「何のつもり――っ!?」
すると、少年の足元が次第に煌々と光出して、地面が灼熱によって融解してバランスを崩した少年は跳躍してその場から離れようとしたが、一歩遅く、灼熱の業火の柱に飲まれてしまった。
「カレイド」
「分かってるわ」
カレイドは異空間魔法により、もう一つの大斧を取り出して、両手にそれを構え、その底上げされた膂力によって、大斧を炎に飲まれた少年めがけて投擲した。
斧を投擲したことによって斧自体が凄まじい勢いで回転し、凶悪な回転刃の様に少年へ降り注ぐ。堅牢な岩も大木も、紙切れの様に切り裂くそれを、炎の柱に閉じ込められた状態で躱すことなどできるはずもなく。少年はこれでその身を両断させるだろう。
「なにっ!?」
しかし、カレイドの斧は少年を両断することなく炎の柱の中からはじき出されてしまった。
「まさか、あの状態であの攻撃を防ぐのか!?」
そんな吃驚を一蹴するように、少年は平然とした表情で炎の柱を振り払った。
「なかなかいい連携だったと思いますよ。でも、この程度じゃあ僕を殺すことなんてできません」
「あの強さ、まるで守護者様と同等か?」
「ねえアカギリ、いったんマリ様に連絡を入れたほうがよくない?」
既にマリ様の前で敗北を見せてしまったアカギリにとっては、再びマリ様に助けを求めてしまうのは非常によろしくない状況だった。マリ様からの信用が地に落ちてしまう可能性がある。だからこそ、それは避けたかった。
でも、ここで何か手を打たなければ、万が一カレイドもやられてしまってはもっと酷い状況になる。
だったら、今ここで連絡をしておいた方がいいのではないか。
そんな風にアカギリが逡巡していると、少年は問答無用でカレイドめがけて跳躍した。
「君が補助系の魔法を使っていたのは知っている。魔法は術者を排除すれば効果を失う。なら、君から殺すのが一番得策ですよね」
「カレイドっ!」
少年は武器という武器は一切持っていない。あるのはその身一つ。たかが素手の一撃なはずなのに、その攻撃は非常に鋭く重たい。
強化された両腕で少年の攻撃を防御しても、たやすくその腕を貫通してくる。
少年によって腕の肉を抉られ、苦悶に悲鳴を上げるカレイド。
しかしただでやられるわけもなく、少年の腕を貫通させた状態で、そのまま相手の体を地面へと叩きつけ、反動で腕から少年の手が抜けた瞬間、強靭な足でその顔面を踏み潰した。
カレイドには確かな手ごたえを感じていた。
しかし、舞い上がった土煙が晴れてから見えたのは、少年の潰れた顔面ではなく、少年のひしゃげた腕だった。
少年と目が合ったカレイドは直ぐに距離をとった。
むくりと起き上がる少年は、だらんと垂れ堕ちた腕を見ながら高らかに笑ってみる。
「あらら。これは酷い有様ですね。もう少し上手く動くと思ったのですがね。まだ慣れていないようです。でも、ある程度コツはつかんできましたよ。ここからは容赦はしないので、そのつもりで掛かってきてください」
その余裕綽々な態度が虚言ではないと、アカギリもカレイドも戦闘を交えて十二分に理解できていた。
だからこそ、アカギリとカレイドは意を決した。
「何をこそこそとしているのですか? 殺し合いの最中に上の空ではすぐに死んでしまいますよ」
再びカレイドを狙ってきた少年の鋭い突きを、瞬時にアカギリが炎の剣で弾く。
「私の剣をその身で受けて無事でいられるのは少々驚きだ」
「剣? ああ、そういえば、君は炎の剣を使っていたんでしたね。すみません。あまりにごく自然なことでしたので忘れていました。ですが、もうお分かりだと思いますが、私には炎系の魔法は一切通じません」
「そんなこと、云ってしまっていいのか?」
「ま、云ったところで特段優位性が崩れるようなことはないと思いましたので」
毅然と言い放つ少年にアカギリは炎の双剣を打ち込む。攻撃など打ち込む隙を与えないほどの剣戟を相手に食らわす。
鳴りやまない剣戟の音が村中を響かせる。
彼女の保有する能力はまだあるが、この少年相手では何一つとして効果を出さないため、彼女はこうして剣でのみ戦わざるを得なかった。けれど、彼女の真骨頂は剣技。しかし、彼女の攻撃も持久戦に持ち込まれると苦しい。
いくら剣戟が素晴らしくても、体力が尽きれば隙が生まれる。
それを理解しているからこそ、少年はわざと攻撃をさせて、相手が呼吸を整えようとした時だけ攻撃をするようにしていた。その所為で、一方的に体力を削られてしまったアカギリは次第に呼吸が乱れ始め、致命的な隙を生んでしまった。
「しまったっ!」
ボキッ!!
鈍い音が響く。
「カレイドっ!!」
アカギリの心臓めがけて突き立てた少年の手を、カレイドは地面を凄絶に蹴り上げ、尋常じゃないスピードでその手を己の角で弾いたのだ。しかし、その代償に彼女の立派な角は無残にも折れてしまった。
「大丈夫か!」
「……ええ。問題ないわ」
「でもお前、角が……」
「私の角なんて別にいいのよ。貴方が無事ならそれでいいわ」
カレイドの角を折った少年に怒りを覚えたアカギリは今までにないほどの殺気を放っていた。
「もう済んだのか?」
少年を睨んだままカレイドに訊く。
「ええ。すぐに来てくれるそうよ」
「なら、それまで彼奴を足止めできればいいわけだな」
「待たせてしまってごめんなさい。貴方にばかり無理をさせてしまったわ」
「なに気にするな。その分、お前の傷を増やさずに済むんだ。どうってことない。とはいっても、もうだいぶ傷だらけにしてしまっているがな。すまない」
「そんな台詞。簡単に言わない方がいいわよ」
「なぜだ?」
ちらりとカレイドの方を見る。
武器を構え、少年の方を見据える彼女。しかしその頬には薄紅の化粧がのっていた。
「ふんっ! 負けられんな」
そして再び剣戟の嵐が吹き荒れる。
だが、既に二人とも疲弊しきっていて思うような攻撃を与えることができなくなっていた。
アカギリは連続した攻防の末に体力の限界が近い。
カレイドは体に追った傷により思うように力が入らなかった。
斧を握れば、穴の開いた腕から大量に血が噴き出して苦悶に表情を歪めるほど。
幾ら時間を稼ぐといっても、彼女たちには既にそれすらやり遂げるほどの力は残されていなかった。
連撃の隙を突かれて腹部を思いっきり蹴り飛ばされたアカギリは地面に転がり、直ぐに体制を整えようとしたが、体の限界を迎え、悔しくも膝をついてしまった。
「こいつ、いったい何もんだよっ」
そんなアカギリの横にカレイドも吹き飛ばされてきた。
「やっぱりその傷じゃ難しいか」
「ええ。これじゃあまともに武器も持てないわ。流石にこれは厳しいわね」
「もう限界ですか? では、そろそろ終わらせましょうか――っと、君は誰ですか?」
少年はアカギリとカレイドのさらに後方を見据えて訊く。
「私はその方たちとこの村へ来た仲間です。ここからは、微力ながら私も参戦いたします」
漆黒の軍服に身を包む白髪の美女が、腰に携える刀を抜き少年へと構える。
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