第20話 デモンの告白

 私の発言により、その場に漂う空気が一変した。

 デモンからディアータのことが好きかと聞かれ、好きと答えた私に対して、他の守護者たちが、吃驚に表情を固まらせていた。

 ディアータは私が作り出した大事な配下だし、嫌うはずがない。

 なのになぜみんながそんな顔をするのか、私は頭を悩ませる。


「やっぱり……ディアータ様と魔王様はそういう御関係だったのですね。私の入る余地なんて、最初からなかったなんて……」


 次第に語気が弱まっていくデモンが終いには涙目を浮かべていた。


「ちょ、ちょっとまって。なんで貴方が泣くの? 私いま、貴方を泣かせるようなことを言ったかしら?」


「いえ、私の恋が叶わないと知り、気持ちがつらくなっただけです。決して、魔王様がどうというわけではございません」


 こい?


 ……恋?


 もしかしてさっきの質問ってそっちの意味!?


「デモン違うわ。私の好きは家族としての好きよ。ディアータに対して恋愛感情は持っていないから安心して。私と彼女がそういう関係じゃないのは誤解しないで」


 デモンの涙は私の言葉でピタリと止まった。


「……つまり、関係はできていないというわけですか?」


「そうよ。彼女はとても優秀だけれど、あくまで彼女は私の忠実な配下なのよ? 家族とそんな関係、あるはずがないわ」


 私は自分の言葉に、なんて信用の薄い言葉なんだと心中で嘲笑してしまう。

 家族とか言いつつ、私は一帯何度彼女たちと体を重ねたのだろう。

 弁明することがあるとすれば、あれはあくまで魔力補充のためであり、私自身の私情は介入していないということだけかしら。


 ……これも言い切れないわね。


「あなたが執拗に接してきたのはそういうことだったのね。安心しなさい。彼女の身に穢れはないわ。貴方が彼女を心底思ってくれているのは非常にわかったわ。デモン。貴方、ディアータを本当に好きなのね。ありがとう」


 屈託ない笑みを彼女に向ける。

 安心させたかったのだ。

 それの効果はあったみたいで、彼女は安堵の溜息を吐き胸を撫で下ろした。


「マリ様っ、あまり驚かせないでください。とても心臓に悪いです」


 ハルメナの顔が迫ってきて、私は少し身を引いて笑って返す。


「ごめんなさい。思った以上に伝わらないものね。今後は軽はずみに答えないように気を付けるわ」


「確かにさっきは驚きました。まさかと思ったが、思い過ごしで本当に安堵しました。吾ながら非常にお恥ずかしい。御身の発言の真意に気が付かないとは……」


「あ、安心しました。……本当に」


 頭の蛇が彼女の表情を隠しながら、隙間から覗かせる紅い瞳は優しく垂れていた。


「マリ様が誰かのモノになるなんてありえないから、僕は端から心配なんてしていないけど……でも、よかった」


 皆が一様に安堵する中で、申し訳なさに苛まれる。

 軽率なことは彼女らの前では口にしない方がいいわね。

 私はひとり頭を下げる。


「それにしても、デモンといいましたか? なかなか興味深いものですね。貴方、見るからに人間でしょう? それなのに、亜人であるディアータをそこまで好いているなんて」


「確かに……。本来だと同種族にばかりそういった感情が芽生えるはずだよね? 僕なんて、たぶん同種でも感じないのに、君、変わってるね?」


「そ、そもそも、私たちは未だ、同じ種族の方とはあったことがないから何とも言えない気がします。わ、私のような石目蛇の頭メデューサは女性しかいませんので、他種族から相手を見つけるしかないから、多分モルトレの言うところには当てはまらないと思います」


「まあ、例外はあるが、基本的には同種同士、異種は稀有ということに変わりないだろう。吾は正直、そういった気持ちは他者より希薄だろう。吾はマリ様だけいればそれで十分」


「それは皆同じ意見よ。(あなただけマリ様の好感度を上げようとしたって無駄よっ)」


 ハルメナ。ここでは音の反響でヒソヒソ話も筒抜けよ。


「そうでしょうか? 誰かを好きになるのに、種族なんて関係ないと思います。他人に心が動くことなんてよくある話ですし、人生を救い出してくれた相手を想うのは当然のことだと思います」


「でも、貴方娼婦でしょ? そういった感情は他の人より希薄なものではないのかしら?」


「確かに娼婦をやっていれば、恋愛感情なんて生まれないですね。いえ、そういった感情をお客相手にする者は少なからずいますが、けれどそれに溺れた者は等しくその身を破滅させています。そういった事情を知っている者たちは日々感情を殺して、相手に最善の奉仕を尽くすのです。だから私たち娼婦には縁遠いものだったはずでした。けれど、そんな私に心を締め付けられるような気持ち抱かせてくれたのです」


「デモンは本当に彼女のことが好きなのね」


 横で体をこちらに向けて座っていたデモンは勢いよく立ち上がり、小波が私へと押し寄せてくる。


「はい! 私は私を救ってくださったディアータ様を愛しています! かなわなくても、ディアータ様のお傍でずっと共に居たいと、そう思っています!」


「分かったわ。なるだけ貴方のその思いが叶うように私も対応しましょう。今後、貴方がディアータの身の回りのお世話をするよう頼むわ。――でも、その前に、最低限の教育は受けてもらうわよ」


「メイドの心得ですね! 分かりました!」


 毅然と答える彼女はなんともまあ凛々しくも、なかなかそうして……


「それより、早く前を隠しなさい」


 全く、目のやり場に困ってしまうわ。


「あっ……申し訳ございません」


 ちゃぽんとデモンは再び湯にその身を浸からせた。


 彼女がディアータのことをどれだけ好きなのかは、初めて顔を合わせた時に十分わかっていた。けれど、こうして改めて彼女の告白を聞いて、その思いを再確認できた。

 私は魔王だけれど、悪魔じゃない。

 好きな相手との仲を裂くような野暮な真似はしない。

 彼女の恋に私は陰ながら助力していくとしよう。


 デモンが私たちと話すのを周りで見ていた者たちが、その雰囲気に慣れてきたのか、徐々に私たちの元へと寄ってきて、終いには随分と楽しく会話をすることができた。

 こうして大勢で風呂で話をするちうのは本当に久しぶりな感覚だ。

 前世の時もほとんど自宅の風呂で済ましていたため、滅多に銭湯もいかなかった。

 そう考えると、何年振りというレベルでの経験になる。

 大勢で入る大浴場はやっぱりいいものだ。

 しかも、なんといっても、一緒に入っている相手がこれまた美女揃いとくれば、極楽の極楽。


 ……っと、すこし自重したほうがいいわね。


 この世界にきて同性に惹かれ始めてから、私の思考はなかなかに危ないものに変化している気がする。

 これは果たしていい方向に行っているのだろうか?


 まあ、いまは考えるのをやめよう。


 私は皆が和気藹々と話す光景を眺めらながら、その心地よさに少しばかり浸ることにした。





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