第19話 裸の付き合い
広々とした脱衣所で私は配下と共に身に纏う服たちを脱いでいく。
大衆浴場のように個人用ロッカーがあるわけでも無く、この城の浴場に隣接する脱衣所は広い空間の中央に少々着飾った台が置かれており、そこに衣類などを入れるための籠が置かれている。部屋の側面には鏡が備え付けられていてカウンターとこれまた着飾った椅子が並べられていた。
それだけを見れば大衆浴場を彷彿とさせるけれど、中央に置かれた台を皆で囲って脱衣するというのは何ともなれないと戸惑うものだった。
初めてここのお風呂を使ったときは誰も私と一緒に入ることはなかったけれど、配下が増えてからは一緒に入ることも度々になり、最初は戸惑いもした。
幾ら風呂の文化が発達した日本育ちの私とはいえ、人間以外の、しかも美人揃いの中で、わが身を晒す行為は流石に抵抗があった。
明らかに彼女たちより劣るのに、それを曝け出さなければいけないという羞恥心は筆舌に尽くし難いものだった。
この世界に来て初めて会ったコーネリアに裸を晒したとき並みに恥ずかしかった……。
とはいえ、これもまた習慣なのか。元居た世界の感覚が私の魂に染みついているからか、二回目以降からは殆ど見られることに何も感じなくなっていた。
なんと恐ろしいことなんだろう。
広い風呂で私一人入るというのはどうにも落ち着かず、配下に頼んで一緒に入ってもらうようにしたけれど、今だ、全員とは入ったことがない。
だから、今回こうしてみんなとここへ訪れるのは初めてのことになる。
私が服を脱ぎ始めると、ハルメナが私の服をわざわざ受け取ろうとしたので、それはしなくていいと告げると、なぜか捨てられた犬のような表情する。
全員を待つこともせず、私は先に浴場へと向かうと、先に入っていた人たちが私に視線をむける。
これはいったいどうしたのだろう。
私の存在を視認した者はなぜかそれまで愉快に話していた会話を中断してじっと私の方を見るではないか。
別に私は見つめられるほどの肉体美など持ち合わせていないはずだけれど……。
彼女たちが私に熱い視線を向ける理由が思い浮かばない。
とりあえず、私は体を洗うことにした。
大きな柱が中央に立ち、この大空間を支える形となっている大浴場には、既に先に入ってもらっていた村人や娼婦たちがいたけれど、彼女ら全員が入ってもあまりある広さのため、たとえ私の配下が入ってこようとも全然狭く感じないのがこの大浴場すごいところだ。
私がそんな風にこの浴場の凄さを想っていると、後方から聞き覚えのある声が聞こえ振り返る。
「魔王様も一緒にお風呂に入られるのですか?」
そこにいたのはディアータにべったりだったデモンという女性だった。
ディアータから話は聞いていたけれど、高級娼婦なだけあり、なかなか見惚れる体をしている。
私の配下同様、彼女もまたなかなかに美人であり、度し難い体を持っている。
私もあれほどのモノがあれば、きっと人生楽しかったのかな?
でもまあ、今となってはそこまで自分に欲しいかと問われれば、NOだろうな。
私にあったところで豚に真珠だ。
配下たちを見ていると思うわ。ああいうものはやっぱりその端麗な容姿にあってこそだと思うのよ。だから、平凡な私にあったところで宝の持ち腐れもいいところよ。
……ちょっとかなしいわ。
「ええ。一応、私も女性だからね。一緒に入らせてもらうわ。それよりも、どうしてみんな私の方を見ているのかしら?」
「そ、それは魔王様が入るのに騒がしくしてはいけないと、皆、魔王様の動向を
観察しているのです」
「べ、べつにそんなこと気にしなくていいわ! こういう大浴場では、むしろある程度騒がしほうが私としては落ち着くの。だから私のことは気にせず話しててちょうだい」
私は奥で私の動向を観察している者たちに向けて伝えておく。
そんな私の言葉だけで効果があったようで、しんとしていた大浴場が次第に騒がしくなっていった。それぞれ好きに話をして心地のいい湯で心も体も安らぐ。それがお風呂の醍醐味。
それを知っている私が、彼女らからその醍醐味を奪ってしまうことは絶対にしてはいけない。
その価値を知っている者が、その価値を無価値にしてしまっては詐欺師でしかない。
私は詐欺師になりたいわけじゃない。
「そういえば、やっぱりディアータとコーネリアは来ていないのね?」
「ディアータ様はあまり他人に体を見られたくないと、入浴の時間をズラすといって出ていかれました。コーネリアさんも同様です」
ディアータが執拗に他人に対して自身の体を見せないのは、創造主である私は知っている。けれど、コーネリアまでも時間をずらすとは思ってもみなかった。
「マリ様早いですよー」
「モルトレ、浴場内で走ると危ないといつも言っているでしょ?」
「毎回同じこと言われてるね、モルトレは」
「これはこれで、マリ様から愛を頂いていると思っているけどねー。シエルもまた同じこと言われるかもね、同化しちゃだめーって」
「あ、あれは擬態液としての性質上、仕方のないものだから、私にはどうしようもできないよ」
「やれやれ。モルトレもあまりシエルを揶揄わないでくれ」
モルトレとシエル。そして、シエルの傍仕えとしての位置付けなのか? 毎回一緒にいるゼレスティアのやり取りは変わらない。
「マリ様! 今私がお背中をお流しいたします! ……って! レファエナ、貴方いつの間に!」
ハルメナが羽をバタつかせて嬉々として私の元へ来ようとした時だった、私も気付かないうちにタオルを持ったレファエナが私の背後に立っていた。
「お背中は私がやりますので統括であるハルメナは自身の体を洗っていてください」
そういってレファエナは私の背中を洗い始めた。
その優しい手つきは、なんとも心地のいいもので、心地よすぎて眠ってしまいそうなほど。
そんな彼女の立場の横取りを受けたハルメナは非常に悔しそうに、でもここで騒いでは私に迷惑をかけてしまうと思っただろう彼女は、静かにその身を引き、レファエナが言った通り、自分の体を流し始めた。
「随分と素直だな」
アルトリアスが彼女の様子に疑問を投げる。
「ここで優先すべきは、マリ様がいかに穏やかに過ごせるかです。守護者統括である私が、それを崩してしまっては統括としての存在意義と言うものがなくなってしまいます。私情を挟むことはできませんからね」
「とかいいつつ、相当顔に出ているぞ。私情が爆発寸前だ。気をつけろ」
「しょうがないじゃない! 私情のまま行動できるのなら、あの場所は私が成りたかったわ。欲を言えば、洗いながら、そのまま私の体を密着させて、マリ様のありとあらゆるところを舐めるように洗いたいわ」
「それは流石に欲塗れだな。強欲が過ぎるぞ。貴様のその、正気を疑う何時もの妄想も程々にしておけよ。こんなことマリ様に聞かれでもしたら、嫌われること間違いなしだぞ」
「そ、それはいけないわ! もうこの話はやめましょう。さ、貴方もさっさと体を綺麗にしなさい。その獣臭い尻尾の臭いを早く洗い落とさなければ、それこそマリ様に嫌われますよ?」
「それは貴様自身にも言えることだ。貴様のその無駄に大きな羽もきれいに洗わないと、相当不味いぞ」
「えっ!? そんなに臭うかしら?」
「ああ、かなり」
「やだ! 早く洗わないと!」
「ふふ」
存外浴場内ではひそひそ話も筒抜けになる。
ハルメナとアルトリアスの話が大分聞え、ハルメナの下心が実行されなくて安心していることは隠しておこう。
てか、なかなかにヘビーな内容だったわ。
守護者統括の二人の隣に座って体を洗うサロメリアとメフィニアの話も聞こえてくる。
「サロメリアはお風呂なんて入って大丈夫なの? 氷雪の体が解けたりしないの?」
「
「私も、まあ、あまり温度の高いものは得意ではないかな。どちらかといえば、水風呂派」
「なら一緒に水風呂に入りましょ? 私はいつも水風呂にはいるのだけれど、誰もいないから入ってくれると嬉しいわ」
「ええ」
確か、サロメリアと入れ違いで風呂に入ったことがあったけれど、そのとき、彼女が入っていただろう水風呂は表面に氷が張っていたような……。
果たしてメフィニアはその温度でも平気なのだろうか?
サウナ室もあるため私も水風呂には入るけれど、流石に氷になるほどの水風呂には入れないわ。
彼女と一緒の時は容易にサウナには入れないと心得ておかないと。
それか、新しく彼女用の風呂を創るというのも手だ!
そうだ、そうしよう。とはいえ、そんな簡単にできるのだろうか。
管理ボードで確認しないことにはわからないけれど、それはまた今度にしよう。
「マリ様、このまま前の方を続けてあらっていきますね」
「ええ、お願い……っ! まえ!?」
私が彼女の行動を想像するよりも早く、後ろから肌を滑らせて、彼女の手が私の慎ましい胸へと押し寄せる。
彼女の柔らかい手が、私の胸を執拗に揉みしだく。
そのやさしい触り方が驚くほどに、私のツボをついてくる。
「ちょ、ちょっとレファエナ、……だ、だめ……」
てか、タオルはどうしたの!?
気が付けば、彼女の手にはタオルがなかった。
私の体を洗う名目はどうした!
せめて名目だけはやり通してくれないと、これを見た他の配下からまた小言を言われることになってしまう。
私は彼女の手を掴み止めた。
「レファエナ、もう大丈夫よ。後は私自身でやるから、貴方は自分の方を洗いなさい」
「……かしこまりました」
レファエナは私から一歩下がると、深く頭を下げ、私の隣で、体を洗い始めた。
私の隣を彼女は確保していたわけでも無いのに、私の右隣には誰も座らなかった。
配下全員が、そこはレファエナの位置だというようにきれいに避けていた。
レファエナの隣ではオーリエが髪の蛇たちに水を与えながら、その髪を優しく洗っているのが見える。
彼女の髪については正直なところよくわかっていない。
お風呂の時も彼女はその首飾りをつけているけれど、それほど大きいものではないため、邪魔にはなっていないようだった。
オーリエはいつも一人で居るように思う。
見た目としてはシエルやモルトレと同じで他の守護者よりも大分幼い容姿をしているけれど、それほど多く三人が絡んでいるところを見たことがないな……。
今も彼女は一人、髪の蛇と会話しながら楽しそうにその髪を洗っている。
誰よりも先に入った私だけれど、体の小さなモルトレや、シエルに先を越され三番目に湯船へと入ることとなった。
以前、シエルと一緒に入ったときは驚いたけど、彼女の体は液体と同化するため、一緒に湯船に入っても、気が付けば、彼女の姿はなくなっているのだ。
彼女を探して呼ぶと、湯船の表面に、彼女のうっすらとした表情が見えた。
その時は驚きと、心配が混在してすごく慌てたけれど、少しすれば慣れてしまい、今となっては面白くさえ思える。
ただ、彼女を大浴場の広い湯船に漂わせるわけにはいかないので、特別に彼女専用の簡易的な浴槽を用意しておいてある。大人3人は余裕で入るほどの大きな木製の湯船に、彼女は足早に向かっていく。
シエルが専用の浴槽に足をつけ、その体を首まで湯に浸からせると、彼女の擬態している人の肌がみるみるうちに色を消失させ、あっという間に透明な体となって、その頭までもがゆっくりと下へと下がり最後には湯と同化してしまった。
その光景を目の当たりにした他の者たちがこぞって浴槽へ近づきその中を覗き見る。
「もしかして
「すご!」
「擬態液って、あんなに私たちとそっくりな姿になれるんだ。全然わからなかった」
完全同化した状態から、シエルは自身の体を形成しなおして、彼女たちに返事を返す。
「私があそこまで巧妙に人の形を形成できるのはマリ様の力のお陰なんですよ。ただの擬態液では多分無理かな。だから、私はマリ様と同じ姿になれる力を頂けてとっても幸せです!」
可愛らしい笑顔をそっと私に向けてくる。
「随分と人気じゃないかシエル」
「ゼレス。おそいよ! 待ちくたびれて溶けちゃった」
「シエルが解けないうちに私が行くには同時に入るしかないな。善処するよ」
ゼレスティアは片手に自身の頭を乗せ、シエルの浴槽が置かれているすぐ傍で湯に浸かり、浴槽の淵に頭を置いて極楽の息をこぼす。
この二人のこのポジションはいつもと同じだった。
私もいつもの定位置へと腰を落ち着かせる。
「魔王様。少しお話してもいいですか?」
前を確りと隠しながら淑女たる振る舞いを見せるデモンが声をかけてきた。
「なに?」
彼女は私の隣に落ち着くと、私の方を見て言う。
「マリ様は男性が嫌いなのですか?」
私は彼女の発言に一瞬耳を疑った。驚きのあまり、湯船に沈みかけてしまうところだったわ。
「ど、どうしてそんなことを?」
「仕事柄、私は人の顔色を伺うことが得意になってしまいまして、少しの顔の表情でその人が今何を求めているのかとかがわかるんです。ここにきて、私は魔王様はどんな方なのか失礼ながら、ずっと観察していました」
「それで導き出した結果が……」
「マリ様は男性と話されるときの表情が少しだけ固くなるように思います。対して、女性との会話ではそれが一切見られませんでした。それに、魔王様の周りに仕える配下も今のところ、女性しか見ていません。これは男性を忌避しているのか、それとも別の意味があるのか……」
「別の意味? あなたの見解は?」
「魔王様は、もしかして、同性にしか興味を持てないのではないのでしょうか? 私は異性だとか、同性だとかでそういった価値観を決めつけるようなことは一切しません。それこそ、私も最近では異性よりも同性の方のほうが……好きなような気がしています」
「そうね。ずっと前からってわけではないけれど、男性よりは女性の方が好きなのは確かね」
最初のころはそれを認めたくなかったけれど、今となっては、女性同士の関係を持ちすぎたせいか、それが普通みたいな感覚に陥ってしまっている。
「私にもよくわからないのだけれど、心の深いところで、私は男性をあまり好きになれないようなのよね。何が原因かはわからないけれど。その所為で、自然と配下も皆女性でそろえてしまっているのかもしれないわ」
「やっぱり……」
デモンは何やらぶつぶつといっているけど、私にはそれを聞き取ることはできなかった。なぜなら、他の守護者たちが皆体を洗い終え、湯船に入ってきたからだ。
凄い密集陣形になり、すごい広い湯船の中で、私の周りだけ妙に人口密度が高かった。
一瞬にして喧騒が高まり、彼女の独白も全く聞こえなくなってしまい、配下たちも私に話しかけてくるので一層わからない。
圧倒的な存在たちがこぞって一角を占領している風景に、他の者たちは少しばかり気圧されてしまっている中で、その中心とも呼べる位置から一番近いはずのデモンは一切動じることなく、自分の世界に入り込んでいた。
そして、その世界から飛び立つように、彼女は私の方をじっと見つめていった。
「魔王様は、ディアータ様のことが好きですか?」
その彼女の言葉に、私は素直に答える。
「ええ、好きよ」
その瞬間、私の周りで話し合っていた守護者たちが一瞬に沈黙し、彼女らの視線が私へと鋭利な刃物のように突き刺さる。
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