第15話 食材は魔物の肉
守護者たち視線が刺さる。
言いたいことはわかる。
どうして呼んでくれなかったのか。
皆が言いたいのはそれだろう。
純粋に忘れていたとは言えない。
それにしても、流石は階層守護者たち。私の居場所をすぐにかぎつけるところは脱帽ものだ。
まあ、外でこんなにも騒いでいれば当然か……。
「これはマリ様がおっしゃっていた事が実現した後いうことでしょうか? あそこで冒険者を生かしておいたお陰でこうして外界の者が訪れる」
ハルメナの言葉に私は肯定を返す。
「そうね。こんなに早く効果が出るとは思ってもいなかったけれど、これはこれでうれしい誤算ね。彼らのお陰で街づくりも進むことだろうし、今のところ順調だわ」
「ただ、この光景はなかなかに不思議なものですね」
村人と冒険者たち、それから職人である岩窟人たちが談笑している姿を見てサロメリアが言う。
「なにが?」
「光側である人間やその他の種族が、闇側である種族とも混じって楽し気に話をしている光景がすごく珍しいと思いまして。とはいえ、私たちもそういった括りを無視した種族で形成されていますので、一概には言えないのですが、こうして別の視点から改めて見ていると不思議な感じがしてなりません。でも、これがマリ様の目指す街の光景なのでしょう」
「そうね。勢力なんて関係ない。みんなが笑って暮らせる街を私は目指したいわ。――それより、食事の準備ができたから、みんなも一緒に頂きましょ? 席は十分にあるわ」
料理長のエネマを筆頭に他の料理人たちも食事を各テーブルに運び終え、すべてが十全に整い、後は私の合図を待つばかりといった様子だった。
私は階層守護者を連れて、皆に彼女らを紹介した。
冒険者や村人、街の娼婦たちはそれぞれ異なる種族が混じっているけれど、私の配下のほうが珍しいようで、希少な種族だとギルドマスターのホーキンスさんが言っていた。
私の座る席は守護者たちに囲まれる形となり、いつもの食事と何ら変わらないものになってしまった。
「マリ様。みな席につきました」
ディアータが私の元まで来ていう。
「分かったわ」
それを聞き、私は挨拶をする。一応、既にここにいるみんなには簡単な挨拶を済ませているので、いまさらという感はあるけれど、改めてしておくとする。
「本日は遠路はるばるやってきてくれた方たちがこの場には多くいます。わざわざここを目指してくれたこと、このダンジョンを代表してお礼を。ありがとう。――これから、長くここに滞在してくれることを私は望んでいます。まだ建設中ではありますが、ここが完成したら、きっとどの街にも負けないくらい大きな街になると思います。今ここにいる人たちのように様々な種族が隔たりなく暮らせる街ができればいいと考えています。そんな夢のための第一歩。私から今夜は存分に楽しんでいってください」
随分と長いスピーチをしてしまった……。
OL時代も飲みの席で音頭を任されたことなんてないからなんて言えばいいかわからなかったけれど、今の私の立場で言えるのはきっとあれくらいだろう。
みんな退屈にしていないだろうか?
私はちらりと周りを確認すると、存外誰も気にしていない様子だった。
音頭を終え、皆それぞれのテーブルで食事を始めた。私も最初は自分の席で、食事をしていたけれど、直ぐに席を離れ別の席へと移った。
せっかくに機会に守護者といつもの食事をしてしまっては全くこの場を生かせないからだ。
私が席を離れようとしたとき、守護者たちは何とも言えない表情を向けてきたけれど、私はあえて彼女たちに命令を下すことにした。
「これは私からの命令よ、みんなも他の者たちと話をするように。少しでも私たちに対するイメージをいいものにする必要があるわ。特に冒険者にはね。彼らは一時的に来ているだけだから、直ぐに外界へ出てしまうから、そんな彼らには好印象を与えておかないと、悪い噂が広まってしまっては街を訪れてくれる人が少なくなってしまうわ」
私の訴えに、皆了承に首を縦に振ると、それぞれ各テーブルに分散した。
一先ず、私はギルドマスターがいる席に向かった。
偉い人から仲を深めていくのは定石よね?
ギルドマスターがいる席には多くの冒険者が座っていた。とはいえ、全員が全員冒険者というわけではないようで、岩窟人と村人も混じっていた。
「私も一緒にいいですか?」
私が静かにギルドマスターであるホーキンスさんに声をかけると、一同が吃驚の表情を浮かべるなか、ホーキンスさんだけは朗らかな表情で招き入れてくれた。
「どうぞ。少し狭いかもしれませんが。それにして、この料理、非常においしいですね? これはいったいどんな食材を使っているのですか? なかなか高級食材でも使わないとこれほどの味は出ませんよ」
眼前に並べられた料理に絶賛を向けるホーキンスさんに、私は彼の質問に答える。
「この宴に出される料理はすべてこのダンジョンで採れたものを使っています。一応、配下が外界へ食材や素材なんかを買ってくることはあるのですが、基本的にはこのダンジョンで採れるものを利用して生活しています」
「食材すべてをダンジョンにあるもので賄っているのですか!? このダンジョンにはそれほどまでに高級な食材があるお言うことですか?」
「高級かどうかは私ではわかりませんが、そんな大したものを使ってはいませんよ。今回の料理で何を使っているのか、この料理を手掛けた者に訊けばわかると思います」
そういって私はテーブルから少し離れたところで、皆がおいしそうに料理を食べている光景を満足そうに見ているエネマを呼んだ。
「はい」
すぐに駆けつけてくれたエネマに今日の料理に使われた食材に尋ねた。
「本日は先日マリ様たちが討伐してくださった魔物の肉と、一緒に採ってきてくれた山菜や、果実などを使用しています。他にも多くの食材をこのダンジョンから収穫しています」
エネマの言葉を耳にした者たちは一同に吃驚に目を見開いて眼前の料理を凝視し始めた。
「これが魔物の肉? 魔物の肉なら、私どものギルドでもよく出されますが、これほどの旨味は一切ありません。家畜と比べると非常に安価で手に入るので、食卓なんかでは珍しくもないですが、それだけあってやはりおいしいモノとはいえないものばかりです。ですのでこれが本当に同じ魔物の肉というのかは正直信じられません」
「魔物は調理するのに少し工夫が必要なんですよ。魔物の肉は非常に筋肉質な上に獣の独特な臭みと似たモノがありますので、まずはそれを取り除く必要があるのです。ただ魔物を解体して、そのまま料理に使うというのは食材としては欠陥そのもの。ダメです。いくら腕の立つ料理人を揃えても、使い方を知らなければ宝の持ち腐れです。とはいいましても、魔物すべてが全ておいしいとは限りません。どう調理しても救えない食材というのもあります。残念です」
「では、この料理も方法を知らない者が作れば不味くなるということですか?」
「そういうことです。知っているかどうかの違いです」
「ほほう。もしよろしければ、その方法とやらを教えてはくれませんか? 私もギルドを経営している身。少しは客足を増やせるように何かないかと考えていたところでして」
「それはできません。この知識はすべてマリ様のものになりますので、他者へ容易には流せません。ましてや現状、このダンジョンの特権的存在ともいえるこれは、ますます外界の方にお伝えすることはできません。おいしい料理が食べたいときは、是非このダンジョンに訪れてください」
「なかなかどうして難しいですね。まあ、そう簡単にはいかないとは思っていました」
エネマがうまくダンジョンの優位性を伝えてくれてうれしい。
「ありがとうエネマ。もう大丈夫よ」
そうして彼女は所定の位置に戻っていった。
「マリ様は商人をやられていたのですか? なかなか優秀な部下をお持ちで」
「私は商人ではありませんよ。ダンジョンでひきこもる、ただの魔王です。まあ、そんな私にはもったいないくらいに優秀な子たちばかりです。私なんかより十分頭の回る子たちばかりでうれしい限りです」
そんな私とホーキンスさんとの会話に、そっと手をあげて入ってきた者がいた。
「こんな席だから聞きたいことがあるんですが……」
手をあげていたのは冒険者ガビルだった。みると、その隣にはあの時一緒にいた二人もいた。
狼人のガビルは耳を垂らしながら恐る恐るといった風に、私に向かって口を開く。
「魔王様は、勢力争いについてどれほど興味を持たれておられますか?」
それはいたって普通の質問のようだけれど、今の私には慮外なものだった。
「勢力争いというのはつまり勇者との対戦ってこと? それとも光側の聖王騎士団のこと? あまり私は外界のことには詳しくないのよ。だから、現状勇者や聖王騎士団がどういった動きを見せているかなんて全然わからないわ。まあ、それでいても勢力争いについては、あまり気にしてはいないといってしまえばいいかしら?」
「つまりは、余裕だってことですか?」
ガビルの隣に座っていた大男がいう。
あの時はモニター越しで気が付かなかったけれど、彼はどうやら
「そういうことではないけれど、きたら迎え撃つという感じかしら? 私から向こうへ手を出すことは多分しないわ。私はこのダンジョンで平和に暮らしていきたいだけだからね。それを邪魔する者であれば容赦するつもりはないわ。徹底的につぶすまでよ」
「既に聖王騎士団とは退治したことがあるそうですね。その時も返り討ちにしたと聞きました」
隣の女性がいう。
「そうね。冒険者として外界に出したアカギリとカレイドが絡まれた時もそうだし、貴方たちをここへ案内した暗黒騎士の彼女もまた聖王騎士団と事を交えたわね。それを踏まえて言えば、現状は余裕であるのは確かね。けれど、あまり戦いたくはないのよ。争いというのは小さな火種から大きな火事になりかねないものだからね。いずれこれらが大きな戦争の火種になってしまうんじゃないかっていう危惧はぬぐい切れないわ」
「もし、その時が来れば俺は是非参加させてもらいます!」
「それは助か――」
「君じゃただの足手まといにしかならないから、やめておいた方がいい。せめて僕の悪魔と戦って30分持つくらいは強くならないと話にならないよ」
いつの間にかモルトレがガビルの後ろに立っていた。
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