第16話 最高峰の冒険者

 モルトレがにたにたと笑みを浮かべながらガビルの後ろに立っていた。


「あ、あの時の!」


 モルトレの姿を見たガビルは吃驚に椅子から立ち上がった。


「無事ダンジョンを出られたようだね」


「はい。おかげさまでこの通りです」


「まあ、元気なのはいいけど、身の程は確りと弁えなよ。君たちじゃ、もし仮にそんな戦争が起きたって、無駄死にしに行くようなものさ」


「確かに俺たちは貴方ほど強くはないですが、まだ成長はできます。今はダメでもいつか必ず腕の立つ冒険者になってみせますよ!」


 胸を張り毅然に言い放つガビルに、隣で食事をする鬼人の男が高らかに笑いながら彼の背中をバンバンと叩いた。


「おいおい、随分とたいそうなことを宣言するな? いったいお前のどこにそんな献身性があったんだ? 今までの冒険でそこまでのやる気は一度も出さなかったのによ」


「そうね。こんなにも突き進む姿なんて初めて見たわ。まるで別人みたい」


「何を言う! 俺は元々こんな感じだろ? てか、自分よりはるかに強い相手を目の前にして、それに並ぼうという気概が、逆にないのかお前らは?」


「強すぎては目指すものも目指せないわ。いっきに現実を突きつけられた気分よ」


 そんな三人のやり取りを聞いていた冒険者の一人が徐に彼らに訊く。


「てか、そんなにそのちっさいのが強いのか?」


 男はじっとモルトレを見るが、首を横に振った。


「どうにも信じがたいな」


「僕の実力を疑うのか?」


「い、いやー。疑うというより、人づてに聞いたことを安易に信じれないんですよ、冒険者というのは。騙されることが多いもので、自然と疑いを先に向けてしまうんです。失礼しました」


 男の言葉に他の冒険者も同意に首を振る。


「……てかよ、ガビル。お前はそいつの実力を実際に見ていないだろ? あの時、お前は瀕死で気絶していたはずだぞ?」


「……そういえば」


 鬼人の言葉に、はたと気が付くガビルは何を思ったのか、徐にモルトレをみる。


「まあでも、あの時俺たちの前に現れたあの化け物を倒した事実は変わらないだろ? ならその実力はわかる」


「あの程度の魔物、このダンジョンでは沢山いるよ。僕の守護する階層にだって、あれより強い魔物がいるし、あれくらい一捻りできないようなら、やっぱり実力不足だ」


 モルトレの言葉にホーキンスさんが私に尋ねる。


「その魔物というのはいったいどれほどの強さなんですか? 聞いた話しかないもので、すこしばかり興味があります。名前があれば教えていただきたいです」


「強さとしてはSランクの魔物です。名前はグレゴール。4mを超える巨躯で見た目は牛頭鬼ミノタウロスに近いものですかね。あれでしいたらここに出しましょうか?」


「い、いえ。大丈夫です。そんなお手間を取らせるのも失礼なこと。情報だけで結構です。ですが、そのグレゴールという魔物は聞いたことがありませんね」


「珍しい魔物ってことですか? ほかにも沢山いますが、御覧になります?」


 私は管理ボードを開き、魔物生成の画面を開いて、画面に羅列されている魔物の情報をホーキンスさんへ見せた。

 彼はじっとその情報に目を通してい行く。


「ま、まさか! 石眼大蛇ハジリスクもいるのですか!?」


 狼狽しながらそう話す彼には申し訳ないけど、魔物の名前を言われても正直、すべてを把握しているわけではないので、とっさには思い浮かばなかった。

 けれど、名前を頭の中で反芻させていくうちに徐々にその名前に聞き覚えがあることがわかる。

 確か、私が習得していた魔法の中に、【業なる石眼大蛇フィエラバジリスク】と言うものがあったはず。これはレファエナの魔法の一つで、魔王オバロンとの抗争時に使った魔法。

 記憶をたどりながら、私はその魔法がどういったものだったかを思い出す。

 大型の蛇を召喚する魔法と私は記憶している。

 つまり石眼大蛇というのがあれということか。


「そうですね」


 私は思い出したばかりなのに、あたかも知っている風に振舞った。

 特に意味はない。


「珍しいのですか?」


 私の質問にホーキンスさんは苦笑いを浮かべる。


石眼大蛇バジリスクともなればの冒険者ではまず倒せない相手です。熟練した冒険者がパーティーを組んで挑むような大物です。大概は高難易度ダンジョンのボスとして出現しますが、通常でそれが出るような危険なダンジョンは私が知る限りですと他にないですね。このダンジョンではこの石眼大蛇の強さはどの程度のレベルになるのでしょう?」


 私は管理ボードで羅列されている魔物を並び替えて表示した。


「これがこのダンジョンにいる魔物の序列になります。脅威性が低いものが一番上になっています」


 私は画面を彼の前にスライドさせると、彼に自分自身で確かめてもらった。

 初めての経験のようで、空中に浮かぶ画面に触りスクロールするやり方を簡単に教えた際に喚声が上がった。

 そしてホーキンスさんは徐々に慣れた手つきで、画面をスクロールしていき、目当ての石眼大蛇を発見する。

 それはかなり上の方に位置しており、脅威性としては低い部類に入っている。


「あれほどの魔物が……。石眼大蛇よりも強い魔物がこんなにもいるのですね」


「ギルドマスター! グレゴールはどの位置にいるんですか!」


 ガビルの質問にホーキンスさんは画面を遡る。


「ざっと見た限り、100は優にいるなかで、上から4番目だな」


「めっちゃ雑魚じゃん! 俺たちはそんな相手に手も足も出なかったって言うのか?」


 ガビルが露骨に悄然とした様子のなか、隣で木樽に注がれている余り物の葡萄酒を飲みながら、仲間の女性が言う。


「そもそも相手はSランクよ。私たちじゃ勝てなくて当然の相手じゃない。いまさら落ち込むなんて。それならそれを容易く倒したあの子の実力にメンタルをやられなさいよ」


「そういえば、私ずっと気になっていたんですけど、冒険者の皆さんの中で言われる、ソロとかパーティーについて聞いてもいいですか?」


 ここへ来た当初、コーネリアにも一度聞かれたことがあった。


「冒険者の中では主に部類が二つありまして、一人で仕事を熟して行く者と、仲間と一緒に依頼を熟して行く者がいます。それらがソロやパーティーと言うものになります基本的にはソロで活動するものの方が多いですが、近年ではパーティーで依頼を熟す者たちも増えてきています」


「何か理由はあるのですか?」


「近年、ダンジョンがいくつか出現するようなことが起きているのですが、それらの難易度が軒並み高いということもあって、ソロで潜るのにも非常に危険視されているのです。ですので、冒険者も安全のためにパーティーを組んで挑むようになっているのだと思います。冒険者の稼ぎ口というのはつまるところダンジョンで採れた高価な素材の換金になりますので、難易度が高ければ得られる素材の価値も高くなるので、必然的にパーティーを組んで何度も挑むというのがセオリーになりつつあるのでしょう。とはいえ、最近ではそれすらも容易に許さないような規格外のダンジョンというのも稀に存在するので、そういったものは攻略隊というものを編成してダンジョンを全て攻略するということもあります」


「攻略隊ですか?」


「勇士を募って大きなパーティーを作るのです。そして大規模なパーティーで一つのダンジョンの攻略を目指すと言うものです」


「そ、それは……危ないですね」


 私の言葉に一瞬きょとんとした顔を見せたホーキンスさんだったが、言葉の意図を理解してから高らかに笑い始めた。


「ははははっ! たしかに、マリ様にとっては攻略隊というのは危険そのものですね。ですがご安心ください。私どものギルドでそういったことは一切いたしません。友好関係を築きたい相手にそんな裏切り、できるはずもない」


「ま、攻略隊なんてものは相当実力のある上級者しかなれないから、俺たちのようなものはそもそも参加すらできないですよ」


「上級者? Sランク冒険者とかですか?」


「そうですね。マリ様は既に配下の方をギルドの方へ派遣されているのでお分かりかと思いますが、冒険者の強さを分けているランクで最高峰の冒険者に充てられる称号がそのSランクです。しかしこれというのは必ずしも個人だけに与えられるものではなくてですね。パーティーとしてのランクというのも存在しているのです」


「俺たちはこの三人で【ギリングスの集い】というパーティーを組んでいるんですよ」


 ガビルが両隣を指して言う。


「ぎりんぐすってなに?」


「俺たちが出会った街の名前です。見ての通り、俺たちは種族もバラバラです。そんな俺たちがパーティーとして仕事を熟すようになったきっかけの街の名を借りて【ギリングスの集い】という名にしたんです。安直ですが、存外、みんな気に入ってるんですよ」


「それは貴方だけでしょ。私はもっと別のがいいといったはずだけど?」


「私は好きよ。そういう名前の付け方。思い出を大切にすることは大切だと思うもの」


 私の言葉に、うれしかったのか、口元を吊り上げるガビルの姿が少しだけかわいいと思ってしまった。


「それで、そのパーティーのランクですか? それはどういったものなんですか?」


「通常のランク付けと大差はありませんが、パーティーランクのほうが少しだけ高くなる傾向にあります。個々のランクと構成によってパーティーランクは決まりますので、一人高ランク冒険者がいれば、そのパーティーはその高ランクに準ずるランクとなります。ですので、仮にAランク冒険者1人とCランク冒険者2人のパーティーがあった場合、パーティーランクはAとなり、受注可能な依頼ランクはAまでのものとなります。ギルドではランクに見合った仕事を冒険者に依頼するため、少しでも上の依頼を熟したいという場合はパーティーを組んで依頼を熟すしかありません。それか個々のランクを上げるかです。そして先ほどお話した攻略隊というのは基本的にSランクパーティーとSランク冒険者によって構成されるため、攻略隊に入ること自体がなかなか厳しいというわけです。とはいえ、攻略隊が編成されるほどの高難易度のダンジョンというのは本当に死地といっても過言ではないほど、危険な場所となるため、低ランクの方が志願すること自体が皆無です。ですので、必然的に高ランク冒険者だけの集まりとなってしまうのです」


「今現在で、この私のダンジョンを攻略できそうな者は冒険者の中に居ますか?」


「そうですね。私どものギルドに所属しているものの中には一人くらいですかね。他のギルドでしたら、名の知れた有名冒険者が何人もいますし、冒険者を引退した英雄級の強さを誇るといわれる者もいますね。ただ、彼らが果たしてこのダンジョンの魔物相手にどれだけ通用するかはわかりません。魔物は通用しても、マリ様の直属の配下である方々にはその力が釣り合うか、判断しかねますね」


「俺の知る限りですと、うちの所属で一番強いビュラヒレードってやつじゃ、魔物は倒せても守護者の方たちには絶対に勝てないと思います。ただ、別のギルドに所属している【】はもしかしたら勝ってしまうかもしれません。噂ではSランクダンジョンを一人で攻略したという話もありますし、通常パーティー攻略が基本のSランクダンジョンを一人で攻略できるというのは相当の実力の持ち主であるはずです。となれば、もしかしたら……」


「死神……覚えておくわ。でも、配下を易々とやらせるほど、私は甘くないわ」


「他にも【光明の騎士団】というSランク冒険者が6人集まったパーティーがあるそうです。ソロである【死神:】よりも、パーティーのほうがきっと厄介でしょう」


「そうね。たしかにそっちの方が分が悪いかもしれないわ。そちらも気を付けるようにするわ。ありがとう」


「マリ様。これは魔王であるマリ様には最も必要な情報だと思いますのでお伝えしておきます」


 ホーキンスさんは改まって真剣な顔をした。


「現在、冒険者の中で唯一マリ様の望む平和を脅かす存在ともいえる相手がいます。先代勇者の孫の一人であり、勇者の力を濃く受け継いだ冒険者――レゾニエル・フレデリア・ガーフォート。ルーンベルエストの名を持たない分家ではあるものの、確りと勇者の血を受け継ぐ存在です。王国に属さず自由に冒険者として今もなお活動しているものです。所属ギルドは大陸の反対側に位置する大国になりますので、そうそう出会うことはないと思いますが、一応記憶に留めておいていただければと思います」


「分かったわ。貴重な情報をありがとう」


 勇者の孫……。


 今現在、この世界で一番の脅威である勇者とは、今のところ接点はない。

 そのため、勇者というのがどれほど危ない存在なのか未だに判然としないけれど、強く警戒するに越したことはない。

 ホーキンスさんは私と敵対関係にはなりたくないがために、様々な情報を回してくれたけれど、下心がたとえ見えていたとしてももらえる情報があればそれはそれで十分うれしい。


「気ままに旅をしながら、世界を散策していると聞きますね。強者ゆえの特権ですかね?」


 ガビルがホーキンスさんにいう。


「ま、あくまでうわさでしか聞かないから正直なところ、その強さは判然としないものだけど、勇者の血を引いているだけで十分な強さはあるのは想像に難くない」


「勇者というのは、そもそもどんな存在なんですか? 私のような魔王とどう違うのか、今現在、正直わかっていないんですよ」


「端的に言えば、【】ですね。神から常人では考えられないような特殊な力をその身に宿した者が一般的に勇者として扱われます。そのものには皆等しく勇者の証が体のどこかに刻まれているので、見ればすぐにわかるようになっています。そういう観点で見れば、魔王も同様に体のどこかに魔王の証が刻まれていると聞きますね。ただ、決定的に両者の間で違うものがるとすれば、それは神との授けた力そのものだと思います。とは言いましても、私もその実詳しい話は知らないので知ったような口ではかたられませんが、純粋に勇者の授けられる力というのは絶対的な力と聞きます。剣一振りで山を両断するといった芸当もできると聞きます。そういった出鱈目な力を有しているかどうかですかね」


「それって、普通に卑怯じゃない? 生まれながらにしてそんな力を持っていれば、成長すれば簡単に私みたいな魔王を倒せてしまうわけでしょ?」


 存外この世界は不平等のように思う。


 神が私に授けた力というのは【錬金】と【言語理解】の二つの能力だけ。それだけだ。他はなにももらっていない。これだけ見れば十分に理不尽さが理解できる。


「けれど、魔王と対立するのは現役の勇者だけとなります。一人の勇者に数人の魔王です。力は違えど、束になればその理不尽さを埋めることができるのではないのでしょうか? きっと神もそれを望んでそういった力バランスにしたのではないのでしょうか?」


 ……そういうことにしておこう。

 これ以上追及してもよくわからない。


「マリ様、冒険者の一人が私ども配下と一戦交えたいといっております」


 不意に背後に立つサロメリアが、にこやかに言い放つ。


 そんな彼女の後ろに、如何にも脳筋冒険者だと言えてしまいそうなほど、丸太のような太い腕を鳴らして、毅然に立つ男がいた。


「どうしてそうなったの?」


 私は唐突なことに少し混乱してしまう。


「単に自分の力を試したいだけのようです」


 私は少し呆れてため息を吐く。


「力を試したいのは理解できたわ。でも、守護者と無条件で戦わせるほど、彼女たちは安くないわ。彼女たちと戦いたのであれば、自らダンジョンを進み、階層守護者が座するところまで自力でたどり着いて初めてその資格があるわ」


 とは言ったものの。今すぐやりたそうな表情で口元を吊り上げる男に、私は譲歩した条件を告げる。


「どうしても戦いたいのであれば、他の私の配下を相手にまともに戦えたら許可するわ」


 ホーキンスさんは冒険者の勝手な行動に慌てて止めようとするけれど、私が一度出した条件で男が了承してしまった手前、半ば諦念にため息を吐いて椅子に座った。


「マリ様、いったい誰を?」


 少しばかり興奮気味に身を乗り出すモルトレが聞いてくる。


「カテラと戦ってもらいましょうか?」


「え、カテラですか? でも、彼女はメイドですよ?」


 非戦闘員のメイド長であるカテラと戦ってこの冒険者の男がいったいどれだけ通用するか見てみたかった。

 非戦闘員であるカテラは実際戦闘能力は著しく低く、攻撃手段をほとんど持っていない。

 扱える魔法もそれほど多くなく、基本的にもつ能力はメイドとして必要な家事的能力だけ。それ以外は私の恩恵を受けただけの力しかない。

 彼女が戦う場合は基本的に魔法を使うのだろうけれど、彼女の魔力も創造者の魔力に比例するため、どれほど実力かは私にも想像はつかない。

 今回わざわざカテラを出したのは、もし万が一、城に侵入者が出た場合に対処が可能かどうかを知りたかったからだ。とはいえ、あまり無理をさせるつもりはないので、緊急事態のために治療薬のメアリーも一緒に呼ぶことにしよう。


 私はメッセージでカテラとメアリーを下層の闘技場へ来るように伝えた。


「場所はここより下層に作ってある闘技場で行うわ」


 他の席の者たちもこの騒ぎに興味を抱いたのか、全員が私たちの方を見ていた。


 冒険者というのはやはり自分の力を誇示したくて仕方がないのだなと、私は改めて認識した。

 そして、その場にいた皆を誘い、私は下層へと移動するための転移門を創った。


「では、行きましょう」


 私を先頭に、守護者たちがそれに続く形となって、他の者も転移門をくぐっていく。



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