第13話 村人と岩窟人
「私はこのまま死んでしまうのでしょうか?」
幸せそうな表情を浮かべながら、じっと私を見つめるレファエナ。
ぎゅっと握られる手の感触。
「それは大変だわ。じゃあ、レファエナが死なないためにもそろそろ出ましょうかしら?」
「そ、それは……」
咄嗟に上体を起こした彼女はしまったと失敗したという言葉が聞こえてきそうな程に狼狽を露わにしていた。
「なら死なないように気をつけてくれればもう少しだけいてもいいかな」
「かしこまりました」
「あっ! ちょっとごめんね」
私の脳内にメッセージが届いた。
相手はアカギリからだった。
『マリ様、ご報告があります』
(なに?)
『冒険者ギルドにマリ様のダンジョンに潜ったという冒険者たちが現れたのですが、ご存じですか?』
(ええ。確か三人組の冒険者よね? 名前は確か……ガビル? とか言ってたかしら?)
『はい。その冒険者が街に帰ってくるなり、マリ様のダンジョンでの話をしているのですが、どうやら恩を返すとかで人を集めて再びダンジョンへ行くといっています』
(行動が早いわね。それにしても、アカギリがいるウィルティナの街までは私のダンジョンからそんなに近いの? たしか彼らが来たのは3時間ほど前の話だったんだけど)
『そうですね。それほど遠くありません。通常2時間ほどで着くかと思います。それで、どうしますか? 話はなかなか大きくなっていて、ギルドマスターという方もダンジョンに行くといっていますが、問題ありませんか?』
(ギルドマスター? 偉い人のことかしら? 別に自由にさせて構わないわ。こちらも人手が増えるに越したことはないもの)
ガビルという冒険者が去り際に言っていたわね。恩は必ず返すと。つまりはそういうことに違いない。
ギルドマスターも来てくれるなんて、今日はとても身になる話ばかりでうれしい。
でも、ギルドマスターが怖い人だったら嫌だな。
けれど友好関係を結べれば後々のギルド建設にも心強い相手になるだろう。
(その人たちはいつ頃こっちに向かうそうなの?)
『本日向かわれるとのことです。一時間もしないうちに人数が集まり向かうかもしれません』
(わかったわ。二人は引き続き仕事をしててくれていいわ。大変だろうけれど、頑張って)
『かしこまりました』
(アカギリ、報告ありがとう)
『身に余るお言葉です。失礼いたします』
冒険者の行動が異様に早くて驚いたけれど、うまく話が進んでいるようで安心したわ。
やはり彼らをあの時助けておいて正解だったわね。
多分、ギルドの偉い方が一緒に来ることになったのは、きっと先鋒として送り出したアカギリとカレイドのお陰もあるかもしれないわ。事前に私とそのダンジョンの存在を彼女たちがギルドに情報を送ってくれたことで、より一層の進展に繋がったに違いないわ。
「マリ様?」
どうやらにやけていたらしい。
「何でもないわ。少しまた来客が来るようだから、準備をしなくてはいけないわね。それにしても、本当に今日来るのかしら? 今からだと結構遅い時間になりそうだけれど大丈夫かしら?」
まあ、この世界には魔物はダンジョンの中だけだから、外敵の心配はないだろうけれど、せっかく来てくれるというのに何か事件に巻き込まれて来れませんなんてなったらせっかくの機会が水の泡になってしまう。
私は影ながら無事にたどり着くように祈ることにした。
「来客ですか? 本日は多いですね」
「そうね。さ、そういうことだし、ずっとここにはいられないわね。もう少し堪能していたかったけれど、なかなかそれは赦されないみたい」
その言葉に不服そうな表情を浮かべながら、それでもその身を起こして椅子から離れるレファエナの後に続き、私も椅子から立ち上がった。
「では、また街へ行くとしましょうか」
「ほかの守護者たちはどうされますか?」
「別に大丈夫よ。貴方だけいてくれれば十分。守護者全員を連れ歩くのは気が引けるのよね」
「かしこまりました」
私たちは随分と長くいた宝物庫から出ると、街へ再び転移した。
街では岩窟人たちが忙しく働いていた。
ギエルバの指示の元、他の岩窟人が機敏に働く中、私の姿を見つけたギエルバが声をかけてきた。
「あれ? マリ様どうかしたんですか?」
まあ、そんなに時間も経っていないのに再び街に降りてくるのだから、何かあるのではと思うのは当然だろう。
私は簡単に事情を説明した。
「それはすごいですね! 人手が増えれば建設も結構進みますよ。冒険者が手伝うとなれば結構な戦力です。人並み以上に鍛え上げられた肉体は建設に欠かせませんのでね。体格の重要性と言うものです。俺たち岩窟人は元々種族としてそういった面では優遇された種族ですが、何分体のこの小ささが難点ですので、行動範囲が情人より限られてしまいますからね。その分、人間や亜人なんかで腕が建つ者たちのほうがこういう建設現場では重宝されるんですよ」
「それでもギエルバさんたちの仕事も十分早いものだと思いますけれど?」
「ドルンド王国でも頭一つ抜けた一流の者たちですからね。仕事の出来や速さには自負があります。なにせ岩窟人は自分の腕に自信をもって仕事をしていますんで、俺みたいな自信家は大勢います。とはいえ、岩窟人の体格では通常の作業の、倍とまではいきませんが相応の仕事量になりますんで、やはり一般的な体格の者が助っ人としてくることは非常に大きな助けになります。例えば、あそこの現場。建物の外側に足場を建てていますが、一段ごとにできる範囲は俺らが腕を伸ばせる範囲、一般成人男性の胸の高さまでなので、足場の段数も通常より多くなっています。それを組むだけでも時間はかかります。体格の重要性のというのはとどのつまりそういうことです」
「いがいと体格というのは重要なのね。全然気にしていなかったわ」
私が感嘆していると、眼前のギエルバが腰に手を当てにやりと笑って見せる。
「それで、マリ様はなぜまたこの街に降りてこられたんですか? ただの報告なら、配下の者にやらせれば済むものを、自ら来るということは別の意図があったんじゃないんですか?」
「深読みしすぎよ。こういったことは私から報告するのが筋だし、連絡を受けたのは誰でもない。私なのだから、その責があるわ。それに、こうして街に来ることにはとても意味があるの」
「意味ですか?」
「こうして直接誰かと話すというのは存外大切なことなのよ。それに、報告もあるけれど、他にもいろいろとしなくてはいけないことがこっちにはある気がしてね」
「きがする、ですか?」
「そう、気がするのよ」
「わかりました。そんで、俺は何か手伝うことがありますか? その冒険者たちが来たときに」
「そうね……。どうやら冒険者ギルドのお偉いさんが来るらしいんだけれど、その方との会談の際にドンラさんとギエルバさんには同席してほしいわ。何しに来るのかは正直わからないけれど、私も街にギルドを設立するためにある程度知識が欲しいところだから、色々と聞きたいのよ」
「なるほど。つまり、それらを聞きながら、俺たちはこの街に建てるギルドの設計を考案すればいいというわけですね?」
「ええ」
「まあ、ギルドの設計はまだ携わったことがないから、腕の振るい甲斐があるってもんですよ!」
「それと、今晩みんなで食事をしようと思うので、例の広場にテーブルなどいろいろ用意していただけるかしら? なんなら、私も手伝うから」
「マリ様のお手を借りるなんて……」
「いいのよレファエナ。すべてをみんなに任せて、私だけ高みの見物なんて、王の中でも愚王がすることよ。私は愚王じゃないわ。そうでしょ?」
「は、はい……。でしたら、私もお傍でお力添えをいたします」
「わかったわ」
「でしたら、もう時間的に建設作業の効率が低下する時間帯になりますので、ここいらで切り上げさせてもらい、広間の準備にとりかかるとしましょう!」
ギエルバは意気揚々と、他の岩窟人たちに招集をかけに行った。
ほどなくして一同が揃い、私たちは村人たちが滞在している小屋群へと赴いた。
魔王なんて肩書の私だけど、その見た目はただの人間の女性。
それなのに、一度私が魔王だと名乗れば皆、態度を改め仰々しく私に接してくる。なかなかどうして、それが未だになれない。
岩窟人の方たちは最近ようやく打ち解けたような気がしているけれど、今日来たばかりの村人たちには少しまだ隔たりがあるように思う。
私が広間に赴くと、私の姿を見た者たちが皆等しく膝を折るのだ。
何この光景?
「マリ様、どうかされましたか?」
小屋の方から暗黒騎士のディアータと、お付き人みたいに傍を歩くデモンが姿を見せた。
私は改めて広間を見回す。
村人たちが荷物も運ぶために使った荷馬車と、それを引いていた馬がいるだけで、それ以外は何もない、殺風景な状況だった。
「今晩、ここでみんなと一緒に食事をしたいと思ってね。岩窟人の方たちに手づだってもらってその準備を今からしようかと思うの」
「それでしたら是非私も! 力仕事であればお役に立てるかと」
「私も手伝います。ディアータ様がやるのなら私もやります!」
「そういうことでしたら、私どもも是非手伝わせてください。私たちのためのものである以上、私たちがやらないわけにはいきません」
気が付けば村長だと言っていたクロウェツという男性も名乗り出た。
「では皆さんでやりましょう!」
ダンジョン内の明かりが昼から夜へと変わる前に私たちは広間が終わるように急いで取り掛かった。岩窟人たちが済んでいる小屋の近くに建材として使う予定の材木を使い、ギエルバの指示のもと私たちは切っては接合しての、まるで中学時代にやった本棚づくりをするような新鮮な感覚を味わうことができた。鋸なんて触るのは本当に久しぶりで、うまく扱えなかったけれど、失敗したところは器用なレファエナが修正してくれて、何とか見栄えはよいものになった。
今振り返ってみればなかなか私は役に立っていなかった気がしてならない。
村人たちも作業をする中で、岩窟人たちとも仲良く話している姿を何度も見かけ、いい機会になったと改めて思えた。
私としても、村人たちと話す機会が再びできたことは十分ためになった。
そして、ダンジョン内の明かりが切り替わるまでには広間の準備は整った。
長テーブルが4つと、それに付随する長椅子がそれぞれ2つずつ。厨房として扱うための竈や洗い場のための東屋が2つ。竈の火種にするための小さく割った木材の束を置く保管庫。
食事処を少し離れた先には少し大きな木材を井桁組に積んだ周りに周囲を囲うように長椅子が置かれた空間が広がる。
なかなかどうして味があるじゃない!
とってもいいわ。
そんな風に私が満足していると、まるで見計らったかの如くダンジョンの警報が鳴った。
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