第12話 拒絶と免罪、そして寵愛

 白皙の美しく透明感のある顔が、私の顔に覆いかぶさるように近づいてくる。

 私は思わず目を閉じてしまう。

 少し体を強張らせるように身を縮ませる。

 けれど、そこから先に待っているものは何もなかった。

 何一つ感触はない、ただ静かなひと時が流れる。

 そっと目を開けると、レファエナが微笑みを向けていた。


「冗談です。マリ様の嫌がることは致しません」


「……そう」


 あれ? 


 なんだろう……。


 このもやもやした気持ちは。


 彼女の残念そうな表情。悲しそうなあの瞳。


 ……なにこれ?


 どうしてこんなに胸が締め付けられるのかしら?


「少し、舞い上がってしまいました。申し訳ございません。すぐにどきますので……」


 レファエナの柔肌が私の太ももから離れていってしまう。

 そっと上体を後ろへと下げようとする彼女に、私は気が付けば手を伸ばしていた。

 彼女の手首をつかみ、優しく引き寄せる。

 咄嗟のことでバランスを崩した彼女は、そのまま私の上に再び跨り、私はそのまま彼女を抱きしめた。

 なんでそんなことをしたのかはわからない。

 勝手に体が動いてしまった。

 抱き寄せる彼女のは本当に柔らかく、包んでいる私が、まるで彼女に包まれているような感覚に落ちるほど。


「な、なにをなさっているのですか!?」


「ごめんなさい。別に嫌じゃないわ。ただ、まだ慣れていないだけなの。だから、決してレファエナのことを拒絶しているわけじゃないの」


 私が彼女の求めに拒絶的な反応を見せてしまったことで、彼女を気付つけてしまったのかもしれない。でも決してそんなつもりはないのだと、私は彼女に伝えたかった。だからこうして彼女を抱きしめているのだと思う。

 さっき感じた胸の苦しみは罪悪感に似たものだろう。

 きっとそうに違いない。


「……はい」


「私はどうしようもなく不慣れなのよ。だから、貴方たちに不安もかけるけれど、決してそれは拒絶なんかではないことだけは覚えておいてほしいわ。私が貴方たちのことを拒むなんてことは絶対にないわ。私にとってとても大切な貴方たちを嫌うなんて絶対にありえない。だから、さっきのは……赦してほしいわ」


「赦すなんて……私たち配下のほうがよほどマリ様にご迷惑をおかけしております。自らの欲も制御できないような愚者であります。赦すとおっしゃるなら、どうか私たち愚かな配下をお赦し下さい」


 私は彼女から身を離し彼女の目をまっすぐ見つめる。


 ああ、やっぱりレファエナは綺麗だな。


 私は背中を宝物庫の椅子の背に預け、そっと彼女の頬に両手を添える。

 少しずつ熱を帯びる彼女の頬を感じながら、優しく引き寄せ、私も彼女も静かに目を閉じる


「マリ様……」


「レファエナ」


 この感覚、覚えがあるわ。

 優しい口づけ。

 今までとは違う、ただ唇と唇が触れ合うだけのやさしいキス。

 まるで初めての時のような慎重ささえ感じるその甘いキスは、何度も何度も何度も重ね、次第に深く、深く絡まり始めていく。

 鼓膜に響く彼女の吐息と彼女の舌が、全力で私を感じようとしていた。

 耳が、口が、脳が、彼女によって次第に犯されていく。

 けれど、何とも幸福な時間なのだろう。

 そっと目を開いてみると、白皙な彼女の顔が耳の先まで紅く染まっている。

 レファエナはまだ目を閉じている。

 私は両手を頬から彼女の首へと回す。

 もっと彼女を引き寄せ、私も彼女を感じようとしていた。

 どうしてそんなことをしてしまったのか、今では全くわからない。

 そもそも、もう何も考えられない。

 心も体も彼女によって満たされていくのを感じながら、私たちはそれかずっと、互いを赦しあうようにそれらを重ね続けた――。


 それから、いったいどれほど経ったのだろうか。

 気が付けば、レファエナが私の肩に頭をのせて可愛い寝息をたてていた。


 階層守護者の寝ているところを見るのは初めてだった。

 心地よさそうな彼女の寝顔をそっと眺めながら、私の膝の上に添えられた彼女の手を握り、私も彼女に少しだけ寄りかかる。

 その時、「マリ様……」と微かな声がレファエナから漏れ、再び可愛い寝息が聞こえ始めた。

 私はそっと目を閉じると、今という時間ができるだけ長く続けばと思いながら、一秒一秒を感じながら、意識を霧散させた。





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