第11話 魔王城の地下層

 私は隣にあっけらかんとして立つ修道女にいう。


「どうしてレファエナがいるの?」


 私は会議室を出る際に守護者たちにはついてこないように伝え、解散を命じたはずだった。

 だから、私が何の前触れもなく、適当なところに転移しても私一人だけになるはずだったのに、私の転移と同時に彼女も同じ場所に転移してきていたのだ。


「偶然、私が転移したところにマリ様も転移されたのだと思います」


 あっけらかんに言う彼女の偶然は本当に偶然なのだろうか?


「どうしてこんなところに? そうそうこないでしょ?」


 いま私たちがいるのは拷問室だった。魔王城にはまだ入ったことのない部屋が数多く存在する。大分月日は経つけれど、いまだに見れていない。まあ、私の怠慢でもあるのだけれど。

 特に急いでみる必要性も感じなかったため毎回後回しにしていた。

 けれど、今回は違う。私自身、この城に関してすべて熟視していなければ、これから雇うメイドたちに城の説明ができない。どこは入って良くて、どこは入ってはダメなのか。そういった説明ができないのでは、魔王としての威厳がない。

 だからこそ、こうしてこの機会に現在城にあるすべての部屋を確認しようとしていたのだが、偶然レファエナも同じ場所に来ているというわけ。


「拷問室。前から気になっておりましたので、自由にと命じられた今、いい機会だと思いまして」


「拷問室が?」


「いったいどのような道具を用いて拷問するのか、興味があったのです。ですが、私の想像するような血生臭いところではないようです」


 私的には寧ろ清潔感のあるほうがいいわね。血生臭いところなんて、きっと吐き気を催してしまいそうだもの。

 とはいえ、たしかにこの綺麗さは逆に駄目なのかもしれないわね。

 拷問室なのに、こんなに綺麗で明るいところだなんて、確かにもし罪人なんかが現れて捕まえた際にここへ連れてこられても、恐怖心は抱かないでしょうね。

 拷問室は石造りの部屋となっていて、城の地下層に位置する部屋だった。

 明かりは鉱石を用いたものになっており、広い拷問室に4つほど設けてあるが十分な光量のため部屋全体を十二分に照らしていた。


「確かに非常に綺麗なのはあれだけれど、汚いところよりはマシだわ」


「この拷問室ですが、担当を設けたりはするのですか? 誰もない拷問室なんて少し寂しい気がしますし、素人が下手に拷問なんてしてしまえば、相手を簡単に殺してしまいかねません。守護者なんて特に」


「専門家を創る必要があるってことね。でも、そもそもこの拷問室って必要なのかしら?」


「必要性ならあると思います。現状ではあまり想像できないかもしれませんが、いずれ街を成すのであれば必ず悪の存在が現れます。敵国の諜報員やこの街で悪事を働くものなど。そういったものが出た際、先ほどの話し合いでもあったように、自警団によって捕まえることがあるでしょう。その後、諜報員から敵国の情報を聞き出す必要があった場合、こういた拷問室が必ず必要になるでしょう。それに、こうした拷問室での拷問を経験させたものをあえて野に離すことで恐怖による治安改善も図れると思います」


「意外と利用性の高いものなのね。拷問係か……」


「さして急いで創造される必要はないかと思います。まだ街も完成していませんし、この拷問室を使う機会は当分先でしょう」


「そうね。またの機会に創造するわ」


 私は一通り拷問室を散策した。

 拷問室なんて本屋や話でしか聞いたことないため、どんなものが置かれているのか正直わからないものばかり。

 ぱっと見で分かったのは拷問具で有名な鉄の処女アイアンメイデンだけだった。あとは壁に設置されている鉄の楔。捕縛した者を張り付けておくためだろうか。あとは鋭利な棘が無数にある鉄の椅子に、張り付け用の台だろうか。大人の男性が一人横になってもあまりある木製の台に鉄枷が手足に嵌めるように備え付けられている。

 その他にも小さな棘のついた鞭や何に使うか不明な小型の器具たちが沢山あった。

 私はアイテムポーチから、以前作っておいた魔王城の地図を開いて確認する。


 地下層にある部屋は全部で5つ。


 城の入り口である大広間をぬけ、中庭に挟まれた中央廊を渡り広間を出て左右にある地下への階段を通り降りた先、最初の扉をくぐると検問室。それを抜けた先にある横に延びた廊下の一番手前にある部屋こそ、ここ拷問室。

 一度訪れたことのある所には既にチェックを入れてあり、ここ拷問室は未チェックだったのを再度確認する。そして見終わった今、私は地図に印を刻んだ。

 拷問室には入って右手には両開きの鉄の扉があり、正面右手には片開の扉がある。地図で確認すると、正面奥が休憩室になっており、右手が処理室となっていた。

 すごく不穏当な響きの部屋が眼前の扉の先にある。

 処理っていったい何をする場所なのだろう。

 私は扉を開けると、そこには拷問室より少し狭い部屋があった。そこは同じく石造りとなっており、明かりは拷問室同様十分とれていた。

 部屋の中央には拷問室にあった台よりも少し大きなの台が置かれていた。

 それ以外に、壁には拷問室同様に枷が何個も設けられていた。しかし、それ以外には何もない。非常に殺風景な部屋といわざるを得ないものだった。


「こちらにも専属の者が必要かもしれませんね」


「この処理室って、一体に何をする場所なの?」


「基本的には拷問により口を割ったものを処分する部屋ですね。他にも拷問の必要のない罪人を殺し処分する場所です」


「そ、その処分したものはどうするの?」


「ダンジョン内で魔物の餌になるか、あるいは肥料にでもすれば利用価値が出るのではないでしょうか? もしくはモルトレの悪魔生成の材料としてあげるのもいいかもしれません」


 うわーなかなかグロいな……。


「ここはつまり処刑所ってこと?」


「とどのつまりそういうことです」


「私としては拷問係も処理係も必要ない平和な街ができればいいと思っているのだけれどね」


「備えをして損はありません」


「そうね」


 私は地図に印をつけた。


 この処理室は廊下からも出入りでき、処理室の対面にある牢獄から罪人を連れてきて処理できるようになっているみたいだった。

 また、休息所への入り口が処理室にもあるようで、それぞれに繋がった休息所は共同空間として設けられているみたい。とはいえ、そこでずっと寝泊まりできる環境ではなく、あくまで一時的に休息をとる場所となっている。地図を見る限りそれぞれの寝る空間はまた別に存在していた。

 この地下層に入った際に最初にあった検問室に隣接された部屋。そここそが拷問係、処理係、検問係の三人分の寝室となっている。

 一応その部屋もチェックしておく。

 部屋自体は広く、三人が寝泊まりするには問題ない空間となっていた。


「十分生活ができるようになっていますね」


「だね。まあでも、こんな拷問室とか処理室と同じ空間というのは何とも住みずらそうだけど……」


「たしかに、私は住みたくはありませんね。住むのなら、マリ様の寝室に住みたいです」


「……そう」


 言葉に困るわ。


「さ、私は次のところに行くけれど、レファエナはどうする?」


 すでに彼女が偶然ここに来たなんて全く持って信じていないうえ、どうせついてくるだろうと思うので、先に言ってあげる。


「もしよろしければご一緒したいですが、よろしいのですか?」


「ま、一人で回るっていうのも少しばかり寂しいものだし、話し相手として付き合ってくれるかしら?」


「ありがとうございます」


 次はどこにしようか……。


 私は地図を広げ確認する。

 一先ず地下層を網羅しようかな。

 地下層にある中で回った場所は、拷問室、処理室、牢獄、検問室の4つ。 

 残る部屋は1つは――。


 宝物庫だ。


「次は宝物庫にしましょう」


「かしこまりました」


 宝物庫は同じく地下層にあるけれど、ここの層とはまた別の層になる。

 囚人がいるところから宝物庫まで行けてしまってはダメだろう。だからか、宝物庫がある場所はまた別のところから下る階段があるのだ。

 しかし私はどうしようもなく面倒臭がりのようで、転移の指輪で楽に行くことに。


 そして私は宝物庫にたどり着いた。

 後ろには1階に繋がる長い螺旋階段があり、正面には大きな黒い、何でできているのか不明だけれど、鉄ではない金属でできた高さ5mはある扉が聳えていた。

 その扉の大きさも相まってか、扉の前は大人が20人くらい入りそうなほど広い空間になっていた。


「ここが宝物庫。いったいどんなつくりなのかしら? てか、私は宝物庫にしまうほどの金銭は持ち合わせていないけれど、中はいったいどうなっているのかしら?」


「確かにマリ様はこのような宝物庫を必要としない異空間魔法を使えますので、現状必要性は皆無ですね」


 いや、宝物庫の必要性が皆無な魔王ってどうなの?

 はたからすればどんだけ貧乏な魔王なの、と勘違いされそうだわ。

 とはいえ、私は実際問題それほど裕福な金銭を持っていないのも事実。

 初期段階で物資調達係だったキーナやロローナたちが魔物の素材を外界で売り捌いて得た金ならまだ余裕にあるけれど、それもたかが知れている。宝物庫を使うほどではない。


「こんな重そうな扉で厳重に保管するほどの宝がない私ってどうなのかしら?」


「まだなくて当たり前です。マリ様は外に出られない身です。街を襲ったりできない以上、宝石や財宝といった宝に出会う機会は皆無です。この宝物庫に関しては、これから埋めていけばいいのです。街が発展し、外界から商人を招き商品を売り金を得ていけば、あっという間に宝物庫もいっぱいになるでしょう」


「そうね。そうプラスに考えればいいのよ」


 私は眼前の扉に手をかけた。


 重そうなその扉は慮外にも簡単に開き、まるで普通の木の扉を開けている感覚だった。しかし、開けた扉の厚さを見ると、その扉が軽いわけがないと思い知る。


「この扉、いったいどういう造りなの? こんなに厚い扉なのに、一切重く感じないなんて」


「それはマリ様の力が強いだけです。多分ですが、力に自信のある者でも、到底開けることは不可能だと思います。この扉こそ、この宝物庫最大の守り手と呼べるのではないのでしょうか? それをたやすく開けてしまわれるマリ様はやはり美しい……」


 お強いとか素晴らしいとかじゃなく、美しい? 


 まあでも強いとかはあまり言われたくはないかな。私は一応女性だし、強いという誉め言葉はあまりうれしくはない。


「そうなのね。……あまり納得はできないけれどそういうことにしておくわ」


 私は扉を開けて中に入り、宝物庫内を観察した。

 広い空間で、天井まではいったいどれほどあるのか。入り口の扉よりもはるかに高い。大空間だけに、それらを支えるための大きな柱が何本もたっている。しかしそんな大空間には、やはり何もなかった。

 私の財宝はゼロだった。

 宝物庫は蛻の殻。

 心胆で溜息が出てしまうほどに残念なありさまだった。

 私たちが中を確認していると、先ほど開けた扉がひとりでに閉まっていく。

 ゴォォという重低音を響かせて、その重さを知らせる。

 そして完全に閉まったところで、私はぼそりと漏らす。


「なにもないね」

「何もありませんね」


「まあ予想はできてたし。さ、次にいきましょう? 次は……ここ、武器庫にいきましょう!」


 宝物庫に印をつけて私たちは蕭索とした宝物庫から武器庫へと転移しようとした。


「あれ? 転移できないわ」


 私の驚きとは裏腹に、レファエナはいたって冷静に答える。


「宝物庫内では魔法の類が使えないようになっているのでしょう。たぶんですが異空間魔法によって、この宝物庫内のモノを盗み取ることができないようになっているのだと思います」


「なるほどね。盗難対策もされているなんてこの部屋なかなかすごいのね。だとしたら、転移するにはあの扉を再度開けて一度宝物庫から出ないといけないということかしら。なら早く出ましょ!」


 私は翻り入り口の扉まで向かおうとした。

 すると、そんな私の手を不意にレファエナが引っ張った。

 咄嗟の出来事に私は対応ができず、そのまま後方へと体制を崩した。

 しかし転ぶことなく、私は柔らかいクッションに後頭部を預ける形となった。

 視界にはレファエナが顔を覗くように映る。


「転移の指輪ではこの宝物庫には入れません。そして、あの扉は守護者である私たちでも開けるのが大変な扉です」


「そ、そうなの? でも、それがどうしたのよ」


「つまり、今この場は誰も立ち入ることができない場所ということです」


「……えっと」


 レファエナはその白皙な頬を紅く染め上げ、瞳を座らせていた。


「あそこにマリ様が座るにふさわしい椅子があります」


 ちらりと目を向けると、宝物庫の奥に忽然と置かれた椅子が目に映る。


 なんで宝物庫に椅子なんてあるのよ。


 もしかして、宝物庫内にある財宝を眺めながら堪能するための王の席というわけ?


 ……全く持って無用の長物だわ。


 私はレファエナに手を引かれ、なぜか奥のその椅子へと引かれていく。

 そして、彼女は私をその椅子に座らせ、そして、私に跨ってきた。


「ちょっとレファエナ!? なにをするつもり!?」


 彼女柔らかい太ももが私の太ももに重なる。そして紅潮させた彼女の美しい顔が私へと近づいてくる。


「もちろん……マリ様への忠誠の証を……」


 そして――









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