第4話 来訪者
先日行った配下の増員に伴い失った魔力は見事全快していた。
取り敢えず、寝間着をアフェールに着替え、私は寝室を出た。
寝室を出るとまるで私が現れるの待っていたかのように、階層守護者たちが一堂に立ち並び私を迎えてくれた。
「おはようございます。マリ様」
ハルメナがそう声をかける。
私はそれに返すと、ひとまず食堂へ向かった。
食堂に着けば既に食事の準備はされている。
それがいつもの光景だった。
エネマ達は私の起床時間に合わせて食事を準備してくれるのだ。
なんとも優秀な子だろう。すこし働き過ぎるきらいはあるので、彼女たちにもまた、休息を取ってもらいたいところだ。
さて、豪勢な食事を済ませたところで、私は
私が会議室の椅子に座ると、私の後に続いて守護者たちも席に着く。
管理ボードを開き私はこの階層の地図をモニターとして一同の前に提示する。
「今日はこの階層に一時的な居住空間を増設しようと思うのだけれど、何か意見とかある? ざっくりした質問だけど、こんな配置にしておいたほうがいいとか、何でもいいから何か案が欲しいわ」
「居住空間というのはつまりは一時的にこちらに滞在する者たちの生活圏というわけですか?」
「そうよ。今は
「でしたら、今
サロメリアが意見を出した。
「確かに。同じ仕事に就くのなら居住空間はなるだけ揃えたほうが効率的に動くと思います。他所から来たものと一緒に仕事をする場合はなかなか打ち解けられず、仕事に支障をきたす場合があると思います。そういったことを未然に防ぐにも、常に近い位置に居させることで、小さな話題で話をする回数も増え、その仲を深める手助けにもなるのではないでしょうか?」
サロメリアの意見に賛同しゼレスティアはそれに少し補足して話す。
彼女補足は非常にわかる。
私も仕事とかで結構そういう経験があったからより共感できるものだった。
派遣の人とかとはやっぱりなかなか打ち解けられないもので、時間がかかった気がする。
「でも、確か手伝いに来るのってあのオバロンのところでしょ? 大丈夫かな?」
シエルが首を傾げた。
「まあ、確かに
「まあ、そこは私たちが管理すれば問題にはならないでしょう。問題が起きるようなら確り調教をすればいいだけの話だものね」
現在、
城から延びるメイン通りのその先。街の入り口に彼らの小屋はある。
私はそのあたりに適当な間隔で小屋をいくつも建てることにした。
一時的な集合住宅地帯と言うものだ。
守護者が気にしてい他種族との共同生活というのは、きっと難しい問題だろうけれど、きっと今回最も問題なのは、魔王オバロンの配下である異形なる存在たちとの共同生活だろうね。
何せ、魔王オバロンの配下はみな武闘派揃いであり、一度こちらに訪れた時もなかなか敵意むき出しだったと記憶している。そんなものたちと果たしてうまく生活ができるだろうか。私自身が彼らと生活するわけではないけれど、岩窟人や人間の方たちがうまくやっていけるは確かに不安要素ではある。
だとしたら一人村の監視に回したほうがいいのか……。
今はまだいたって安全圏にいるから、守護者を彼らの監視に回しても特に問題はないだろう。
となると、誰にするかだけど。
守護者であったら力は十分以上だから、誰を選んでも問題は起こらないだろう。
だからこそ悩みどころ。
誰でもいいとなると悩んでしまう。
私は考えた末にゼレスティアを集合住宅地帯の監視役とした。
「マリ様から頂いた命。しっかりと果たさせていただきます」
「任せたわ。じゃあ、さっそく取り掛かるわね」
管理ボードで私は岩窟人が現在寝泊まりしてるのと同じ小屋を30棟配置した。
今岩窟人たちが使っている小屋は5人用で、魔王オバロンと魔王ヒーセントからくる助っ人はそれぞれ50ほどだとして、ディアータが助けたテテロ村の人たちと、ポーレンドという街で助けた女性たちを合わせると、ざっと150人。
単純に計算して30棟は欲しくなる。
ただ、魔王オバロンから派遣さるのが50もあるかどうか期待できない。彼の話だと、50という数は彼の持つ戦力の半分を指すことになるからだ。私の作業のために自分の勢力の半分を貸すことなんてできないだろうし、出せても20、もっと少ないかもしれない。とはいえ、なんやかんやで30棟もあればことは足りるだろうと踏んでのことだ。
小屋の配置は本当に適当で、だけれど、出鱈目に配置してはいない。ただ、言うなれば規則正しく配置されすぎているというべきか。
城からメイン通りを抜け、街の区画された領域から出ると、右手側に岩窟人の小屋と簡易的な工房がある。
私はその反対側、対面の岸にこれからここへ訪れる人たちの小屋を配置したのだ。
街の区画から少し離したところに、5棟横並びが手前から奥へと3列設け、その居住区の左側に少し広めの通路用として距離を離し、同じように5棟横並びの3列を配置した。
これで30棟分の配置になる。
街の区画域から小屋群を離し、その手前に広めのスペースを確保したのはそこで皆が集まって食事やら談笑ができるような場所として使ってほしかったからだ。
現状では何もないただの草原だけれど、そういった食事処というのもみんなで作り上げていってくれるといい。
私がそこまで介入してしまえばそれは機械的な環境になってしまう。
私はあくまでこの世界の住人によって自分たちの住む場所を整えていってもらいたい。
管理ボードによって無事小屋の配置が成された後、一度
いきなり家の近くに無数の小屋が出現したんだ。何事かと思う。
それに、これからそこに住人が来るという話をしなければ何かと大変だろう。彼らの心の準備とか、作業の説明の準備とか、そういった諸々があるだろう。
なんにせよ、報告は必要だ。
私は席を立ち、岩窟人たちのいるところへと向かおうとした時だった。
ビ――!
ダンジョンに何者かが入ったときに鳴るように設定していた警報が頭の中に鳴り響いた。
「えっ! 侵入者!?」
「どういたしますか?」
「まずは確認しよう」
侵入者といっても敵かどうかはわからない。間違えて入ってしまった一般人かもしれないし、魔王オバロンやヒーセントからの使者かもしれない。
とりあえず、私はダンジョンの第1階層の地図と、侵入者がいる場所をモニターに映した。
「これは……冒険者かな?」
モニターに映ったのは革の鎧を着た狼人の男と、金属製の厚手の鎧に身を固めた大男、少し洒落た格好の女性――あれは魔法使いとかかな? が映っていた。3人の様相からして冒険者というなりにみえる。長剣と大斧を武器にする男二人組と後方から杖を持ち歩く女。いかにも冒険者パーティーだ。
彼らの装備からしてそれほど高ランクの冒険者には見えない。
「よわそー」
「だな。不相応や奴らだ」
モルトレとアルトリアスが独白する。
私も同意見。
とりあえず、私は再び席に着き、全員に見えるようにモニターの位置を変え、拡大した。
この者たちがどのようにして私のダンジョンを攻略していくのか、少し見物していこう。
「私は持ち場に戻ったほうがよろしいでしょうか?」
レファエナが冷静沈着にそう聞いてくる。
「その必要はないわ。レファエナも一緒に見ていきましょう? 多分あなたのいる階層まではたどり着かないと思うから」
外界の者たちの力を私はそれほど理解しているわけではないけれど、魔王オバロンの側近レベルの存在が外界にそうたくさんいるとは思えないし、単純に考えて、この子たちより強い存在なんてそうはいないだろう。
それにこのダンジョンに配置している魔物たちもなかなかに強いらしい。
先日、守護者と一緒にもぐったけれど、あまりその実感はなかったけれど、外界的常識のある
基本的にこのダンジョンで出現するのは低級でもBランクの魔物であり、しかし割合的にはBランク1割、Aランク6割、Sランク3割といった具合だ。
並みの冒険者じゃそもそも低級な魔物にすら勝てないらしい。
まあ、あくまで聞き及んだ域なだけに今だそれらが信じがたい感は否めなかった。
しかし、そんな私の猜疑心に裏付けをくれるように、モニター越しに映る冒険者たちが行動を起こしてくれた。
私は彼らが何を話しているかを聞きたかったため、管理ボードで、モニターに音声も加えるようにした。
――それにしても、この管理ボード、本当に便利なのね。何でもできちゃう。
魔物を倒して一階層を彷徨っている冒険者たち。
『なあ、ガビル。このまま進むのか?』
大男が、多分リーダーだろう先頭を歩く狼人の男に声をかけた。
『もう少し潜ろう。まだ1階層目だ。せめて5階層までは行きたい』
『ま、リーダーのお前が言うなら構わんが、3人だと少しきつい気がする。ここにいる魔物のほとんどがAランクに匹敵するものばかりだ。進むなら油断せずに進んだほうがいいだろう』
『できるなら、私は早く帰りたい気分だよ。無理して進んで死にたくはないからね』
『それは心配いらねえ、マジでやべぇ時はすぐに逃げるよ』
『そうしてくれ』
どうやら、彼らの力では低階層を進むのが精一杯らしい。
彼らのやり取りから理解できるように、十分私のダンジョンは侵入者にたいして有効に力を発揮しているようだ。
とはいえ、魔王オバロンの配下たちには普通に突破されたけれど……。
それから、冒険者たちは階層を進んでいき、どんどん下へと潜っていった。
とはいえ、進めたのは4階層まで。
それまで順調に進んでいた彼らだったが、そんな彼らが4階層でその歩みを翻したのは、私が侵入者対策に設置した規格外の魔物と遭遇したからにほかならない。
『な、なんだあれ……っ?』
『ガビル! あれは別格だ! 逃げるぞ!!』
『私が帰路を確保するわ! ガビルはあの化け物から目を離さないで!』
『わ、分かった!』
低階層に放った魔物。
Sランク魔物――グレゴール。
そう、あれは配下の力を確かめるために闘技場で配下に戦わせた魔物だ。
あの時は瞬殺されていたけれど、今となってはあの魔物がどれほどの相手なのかを再確認できた。
冒険者のガビルが突如通路の影からその身を現したグレゴールに、同じ階層に居た魔物と同じレベルの相手だと勘違いし、剣を抜きその切先を相手に向けいざ飛び掛かろうとした時だった。
グレゴールが恐怖心を煽る咆哮を放ったのだ。
それによって先ほどまで戦ってきた魔物とは何か違うと本能が感じたのだろう。彼らは脱兎のごとく踵を返していった。
まあ、脱兎とはいたものの、彼らの足と、そんな彼らを認識したグレゴールとではそのスピードに差がありすぎた。
魔法使いの女性によって能力向上魔法をかけられていても全く歯は立たない。
グレゴールは一瞬にして彼らに追いついてしまった。
リーダーであるガビルがそれに対して立ち向かいその剣を振りかざした。
「おっ! 反撃した!」
「いけますかねえー?」
「ど、どうですかね……頑張ってほしいですけど」
「九分九厘無理だな」
配下たちの実況も交えながら、彼らの戦闘を観戦していたけれど、どうやらそう悠長に見ていられない状況になってしまった。
『が、ガビル!!』
『きゃーーー!』
モニターに映るのは、冒険者ガビルの瀕死に陥った姿だった。
グレゴールに何度か剣を切りつけることはできたようだったけれど、それはダメージに繋がることはなく、グレゴールに怒りを買うだけだった。そして怒り狂ったグレゴールの巨腕の一振りで岩壁にその身を叩きつけられ、壁がその勢いに負け崩れ落ち、その下敷きとなってガビルが生き埋めとなった。骨身を粉砕させ倒れ伏したガビルに追い打ちをかける岩礫の山。
「あちゃー、やっぱり無理かー。いけるかなって期待したんだけどねー」
「あの人、大丈夫かな? あのままじゃ死んじゃうんじゃ?」
「弱者は死ぬ。当然の運命だ」
「じゅるり。もしあの人死んだら、私、食べてもいいですか?」
「ま、仕方のないことですね。不逞にもマリ様のダンジョンに侵入してきたのですから、当然と言うものです」
「弱スギテ、退屈」
そんな守護者たちの様々な声に、私は笑顔でこう返した。
「死なせないわ」
その言葉に守護者一同が私を見た。
ま、当然の反応よね。
けれど、なにかを理解していたのか、それとも安堵の意味なのか。もしかしたらそれぞれがそういう思いだったのかもしれない。
レファエナとオーリエだけが吃驚するでもなく静かに笑っていたのを私は見逃さなかった。
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