第5話 救援の手配

 モニター越しに瀕死に伏せる冒険者がいる。

 ここへと侵入してきた不届きもの。

 そう配下たちは思っているだろう。

 けれど、そもそもダンジョンというのは潜ってなんぼのものじゃないの?

 彼らは冒険者であり、その使命を全うしていただけ。

 たとえその道の果てでその命を失おうとそれは彼らの選んだ道だから、ここで彼らが魔物に殺されても仕方のないことだと理解できる。それに、目の前で誰かが死ぬという場面を、私はこの世界に来て何度も見てきた。その所為なのか、それとも魔王になった所為なのか。それはわからないけれど、誰かのというのに対して何も感じなくなってきている自分がいることに恐怖を感じている。

 このモニター越しで、冒険者である彼らが無残に魔物に殺されようと、私は大して気にも留めないと思う。

 けれど、そのあとのことを考えると、ここで行動を起こすべきだと思った。


「メアリーと共に一人彼らの元へ行ってもらいたいんだけど――」


 私が守護者の中からだれか動いてくれるものを探すと、いち早く手を挙げたのはモルトレだった。


「僕! 僕行きます!」


 完全に出遅れたと、苦い顔を浮かべるほかの者たちは置いておき、私はモルトレに頼み、治療役のメアリーを連れて彼らの場所まで行ってもらうことにした。

 ただ行ってもらうだけじゃない。

 彼女らには大きな役目がある。

 必要なことをモルトレに告げると、彼女は悠々と会議室カンファレンスルームからその姿を消した。

 そして数十秒後、モニターの先に二人の姿が映った。


『お、おい! 誰か奥から来たぞ!』


『敵!? 味方!? どっち!?』


 ダンジョンの奥から姿を現した美しい女性と可愛らしい少女。

 眼前に聳える大きな魔物の影。

 彼らはいったいどんな感情を今抱いているのだろう。

 高レベルな魔物が巣くう魔窟の中で威風堂々たる足取りで近づく二人にきっと恐怖心が勝ったのだろう。

 モニターに映る彼らの表情からは安堵の色が一切見えなかった。

 大斧を魔物と美女に向けながら、男は叫んだ。


『お前ら、何もんだ? このダンジョンに潜った冒険者か?』


 そんな男の言葉に対して、二人は一切の返事を返さずに、モルトレはその場で悪魔を呼んだ。


『来い! キルラビ!』


 顕現した悪魔は猫耳赤頭巾を纏う小さな子供だった。長い袖はその身よりあり、地面に垂れ堕ちている状態だった。そんな悪魔の背中にはその体と同じくらい大きな剣が背負われている。


 ――やっぱり、あの悪魔かわいいな。


 以前、ディアータがドルンド王国で討伐した炎龍の遺骸を無駄なく利用するために、この城外で解体することとなったときに一度見せてもらったけど、その時から可愛い悪魔だなと思っていた。


『目の前の魔物を倒せ』


 モルトレの命により、背中の大剣を抜いたキルラビはその体躯からは想像できないほど素早い動きで、魔物グレゴールへと向かうと、その大剣を軽やかに振るった。

 十分グレゴールの動きも早いけれど、それに勝る動きのキルラビの剣戟は避けられなかったようで、その腹で剣の一撃を受け、グレゴールは岩壁へと打ち付けられた。

 しかしまだ死んではいない。


 そんなやり取りの最中、モルトレとメアリーは崩れ落ちた岩礫の山へ向かい、魔法によってその岩礫を排除した。

 下に埋もれていた冒険者の男、ガビルは殆ど虫の息だった。


『おい! ガビルに何をするつもりだ!』


 メアリーが彼に向って手を伸ばした瞬間、大男が叫んで彼女めがけて駆け出した。

 大斧を構えて問答無用で振り下ろす。

 しかし、彼の攻撃が彼女へ当たることはなかった。


『全く、冷静な状況判断もできないなんて。君、冒険者として失格じゃない? 見てよ、この僕の冷静沈着な様子を。これこそが……えっと……そう! 一流の悪魔使いハントハーベンだ!』


 モルトレは男の斧を片手で受け止めながらそんな文句を垂れていた。


 見る限り、あの攻撃もなかなか重そうな一撃に見えたけれど、モルトレって意外とやれる子?

 悪魔を主体に戦闘を行うから、本人はそれほど肉体的にも強いほうではないと思っていたけれど、どうやらそれは私の勘違いだったようだ。


『おい嘘だろ……。このガキ、俺の攻撃を片手で受け止めやがった。……化け物』


『もう終わりました。あとは貴方たちが地上へ運んでください』


 メアリーの言葉に男はふとモルトレの後ろへと目線を送る。


『ガビルの傷がないだと?』


『うそ! あの重傷を治癒したっていうの? Aランクの治癒術士でもそんな芸当はできないわ! それこそ、Sランクの……でも、Sランクの治癒術士なんてこの大陸にはいないはずよ。彼女はいったい……』


 興味深い話が耳に入ったわね。

 治癒術士?

 確かカレイドとアカギリが言っていたわ。冒険者登録をする際に職業を決めたとか。その職業の内の1つかしら?


『さ、もうこれで安心して帰ることができますよ』


 メアリーが奥を指さして言うと、そこには力尽きた魔物グレゴールの姿があった。


『あのガキが一人で倒したのか……俺は今、何を見ているんだ?』


『……ゴホッ!』


『ガビル!?』


 瀕死状態で気絶していた冒険者ガビルが意識を取り戻した。


『ここは? ……っは! あの恐ろしい魔物は!?』


『安心しろ、あの魔物はもういない』


『お前たちが倒したのか?』


『いや、俺たちじゃない』


『あんたを除いた私たち二人であれを倒せるわけないでしょ』


『なら、逃げたのか?』


『いや、彼女らが俺たちを助けてくれたんだ』


『彼女ら?』


 大男が目線を向けた先を冒険者ガビルも目を向けた。


『どうも! 怪我も治って意識も戻ったみたいだね。なら、早くここから出たほうがいいよ。君たちの実力じゃこの先へは進めない。こんな浅いところで躓く程度じゃ、まだ資格不足だね』


『あんたたちはいったい……?』


『私たちはこのダンジョンで暮らしているものだ』


『ダンジョンで暮らす? どういうことだ? そんなの、常に死と隣り合わせじゃないか。そんなところでどうやって過ごすというんだ?』


『ここは魔王マリ様の住まう場所。主様はとても寛大なお方で、貴方たちのような冒険者に対してはこのダンジョンの攻略を認めていらっしゃいます。ですが、大抵のものは10階層で止まってしまうでしょう』


『魔王!? ここは魔王様の根城だったんですか?』


 魔王と聞き、冒険者ガビルの口調が変わった。

 同じ闇側の存在だから?

 そもそも彼らは闇側なのか? 種族ごと勢力が分かれているらしいけれど、私は配下の種族を勢力とか考えずに適当に決めてきたせいで、いろいろとごちゃごちゃになっているらしい。最近、エルロデアからその話を聞いた。


『そうです。第八魔王マリ・アカギ様の居住空間です。ですが、安心してください。ここはあくまでもダンジョンであり、魔王様もこのダンジョンとは少し異なるところにその身を置いておりますので、ダンジョンを潜る際に魔王様に合うことは一切ありません』


『……つまりは、ただのダンジョンってことですか?』


『そうです』


『ちなみに、このダンジョンはランクで言うところではどれに分類されるんですか?』


『冒険者ギルドで言うところの最難関のSランクダンジョンに当たります』


『やっぱりか』


『Sランクダンジョンなんて私たちにはまだ早すぎるわ! 早く引き返しましょう!』


『さっき、ちらっと聞いたことで、大抵は10階層までしかたどり着かないと言っていたが、このダンジョンは全部で何階層あるんだ?』


『全100階層で構成されております』


『『『100階層!!?』』』


『100階層のダンジョンなんて聞いたことねーぞ?』


『確か、歴代でも最高48階層のダンジョンが発見されたって話だけど、そのダンジョンは最近ようやく攻略されたって話よ。100階層なんて、そのさらに上……。階層が増すごとに出現する魔物の強さも高くなってくるダンジョンで100階層なんてもの……いったい誰が攻略できるというのかしら』


『ギルドでの連携をとって結成されるダンジョン攻略隊を要しても攻略できるかどうかの話だな』


『その10階層にはいったい何があるんですか?』


『このダンジョンには各階層を守護する守護者が存在します。それらは100階層までに10人おり、その一人が10階層にいるのです』


『守護者ですか。それはつまり、階層ボスと言うものですか?』


『解釈はそれで問題はありません』


『ちなみに、僕がその階層守護者の一人だよ! ま、10階層担当ではないんだけどね。僕は42階層を担当してるよ』


『君が!? ……強いのか?』


『ガビル、見た目は信用できねーぞ。そいつは悪魔使いで、使役している悪魔が俺たちを襲ったあの化け物を軽々倒しているのを俺たちは見ている。それに悪魔使い本人もそんななりのわりに、俺の一撃を片手で受け止めたんだ。並みの攻撃なんてものは全く通用しない相手だ』


『まじか!? ――ちなみに、その守護者っていうのは階層が増すごとに強くなっているんですか?』


『うーん。それはどうだろう。確かに、深層を守護する二人は僕たちとも別格な存在だから、まぁまず勝てないと思うよ。そもそも、10階層を守護する守護者も十分強いから多分ほとんどの人が僕と戦うことはないと思うな』


『……俺たち、いろいろと聞いてしまったんですが、魔王様は赦しているんですか? 俺たちはあくまで侵入者ですよ?』


『それは心配いりません。こういった情報の開示は魔王様の命によるものです。貴方を助けるようにここへ来たのもマリ様の命によるものです。でなければ貴方のようなものを私が善意で助けるわけがありません』


『そ、それは申し訳ない。でも、俺たちを助けてくれるなんて、ここに住む魔王様は本当に優しい方なんですね』


『マリ様は本当に優しい方で、でも、実力は僕たち守護者が束になっても絶対に勝てえないくらい強いから、もし変なことして怒らしたら、100パーセント死ぬよ』


『き、気を付けます』


『これも提供しておきますが、このダンジョンではただいま、街を建設中です。近郊のウィルティナの冒険者ギルドの掲示板には既にその情報が掲示されていますが、もし、よろしければその建設の助っ人に来てくれませんか? 別に断ったところで、この場で貴方たちを殺したりは致しませんので安心してください』


『すべてが突飛で、初めてのことばかりで、まだ頭の整理がついてないんですが、この命を助けていただいた恩もありますので、前向きに検討したいと思います』


『それはうれしい言葉ですね。マリ様もきっと喜ばれていると思います』


『俺たちにこのダンジョンの情報を流したっていうことは、他の連中にもこの情報を流してほしいってことか?』


『単純に言えばそういうことです。まだこのダンジョンの知名度は低いです。なるだけ多くの方にこのダンジョンの存在を知ってもらいたい。そうマリ様はお考えです。最も見てらいたいのは今建設中のダンジョン街ですが。まあ、存在が広まれば、自ずと街の知名度も広まるでしょう。その足掛かりの一つとして、貴方たちを利用したいのです』


『随分とぶっちゃけてしまうのね』


『心胆を口にしたところで、害になる要因はありませんので』


『了解した。帰ったらこのことをギルドに報告する。そして他の冒険者に話すとします』


『あ、1つ言い忘れていました。今回、私たちは貴方たちを助けに来ましたが、今後、ダンジョンに潜ってきた者に対しては一切の補助は致しませんのでご理解ください。自らの力で進み、帰ってください。死ぬ危険性は大いにあると、そう伝えてください』


『頑張って僕のところまで来てくれると嬉しいな! あ、僕からも君たち冒険者に1つ大きな助言を。このダンジョンには普通の階層に紛れて階層主といわれる大型の魔物や強力な魔物が徘徊しているから、気を付けて進むことだね』


『すみません。本当に助かりました。この恩は必ず。では――』


 メアリーたちと一通り話を終えた冒険者たちは来た道を歩いて行った。

 一応その後も監視を続けてみたが、無事彼らはダンジョンの外へと出ることができたようだった。


 その後、私の元へと戻ってきたモルトレとメアリーに謝辞を送ると、メアリーは笑顔で持ち場へと帰っていった。


「マリ様、あれで本当に来ますか?」


「冒険者って、未知の領域に足を踏み入れたくなるものじゃないの? だったら、挑戦しようと命知らずの冒険者がこのダンジョンを攻略しようとしに来るはずよ。そうすれば良くも悪くも必然的に世界全体へこのダンジョンの存在が広まってくるはず」


「でも、よろしかったのですか?」


 レファエナが隣からそっと聞いてきた。


「今回の件で様々な人にここの情報が散布されるんです。例の敵国、聖王騎士団とかいう存在にも知られることになるのではないでしょうか? そうなればマリ様の望む平穏は脅かされてしまうのではないのでしょうか?」


 いかにも正論です。


「ま、そうなんだけどね。ただ、聖王騎士団にはどのみちここのことはばれてしまうでしょう。それが遅いか早いかだけの違い。もし聖王騎士団がここへ攻めてきたときは、レファエナ、貴方に頼ってしまうかもしれないわね」


「マリ様のためなら、私はこの身を投じます。その際は是非、マリ様の恩恵を――」


 私の恩恵?


 ああ。【魔王の加護レガーロ】のことか。確かに魔王オバロンからその能力は会得したから私も使えるようにはなったけれど、彼女たちにそんなの必要かな? むしろ私の恩恵なんて与えたら、本当に最強になってしまうのでは?

 そ、それはそれで見てみたいわ。


「分かったわ。その時は貴方に私の恩恵を授けるわ」


「ありがとうございます」


「でも、正直なところレファエナはどう思う? 10階層まで到達して、貴方を倒せる相手が現れると思う?」


「ま、無理でしょう。私は自身の力を誇示するつもりはありませんが、過去の戦闘を踏まえたうえで検討すると、到底不可能ですね。この世界の魔王レベルの存在が沢山いるとなると話は別ですが、騎士団や冒険者程度でしたら、私一人で十分対応可能です。最初の砦ですべて無にしてみせます。それがマリ様の幸せのためならば」


 美人な修道女のかっこいい台詞に私は心を揺さぶられる。


「マリ様、岩窟人たちへの報告があるのでは?」


 ふとハルメナの声により、私は本来するべき内容を思い出し、直ぐに岩窟人たちの元へと向かうことにした。













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