第3話 美しき悪女

 本当に2時間くらいだった。


 レファエナが私からその身を離して優しく手を差し伸べてくれる。


「満足した?」


 彼女の手を取りながら、私は訊く。


「はい! 向こう1か月の疲労はなくなりました」


 流石に、私にそんな力はないよ。


「ならよかったわ。――さて、随分と遅くなってしまったし、お茶ももう大分冷めてしまったと思うから、今日はこのあたりで寝ましょう」


 私は商人の貴服アフェールを脱ぎ始めると、レファエナは空かさず私から脱いだ服たちを受け取りはじめる。

 寝室に隣接されている小さな衣裳部屋には沢山の服がかけられている。

 その中から普段寝間着にしている者を取り、着替える。

 寝室に戻ると、レファエナが私の寝台を整えてくれていた。


「準備ができました。どうぞお使いください」


「わざわざありがとう。……そういえば私、守護者たちの個室という個室を用意していなかったけれど、みんないつもどうしているの?」


 私は寝台に腰を下ろしながらふと思い返し聞いてみる。

 なかなかに重大なことだった。


「私たち配下は、休息を必要としません。普段は守護階層の見回りをしています。特段何かあるというわけではありませんが、何か異変があってはいけませんので、小さな変化を見逃さないためにも守護者たちは暇があれば見回っているのです」


 なかなかやばい状態だった。

 配下を不眠不休で働かせているなんて、私はなんて酷い魔王なんだ!


「それは大分ひどいい扱いだったわ。ごめんなさい。今からでも貴方たちの休息のための部屋を用意するわ」


 私はすぐに管理ボードを開き考えた。

 彼女たちの憩い場として、どこに置くのが最適なのかしら……。

 守護階層に隣接させるか、それともこの城内の空室に設定するか。

 設定上、彼女たちはどこでも自身の守護する階層を認知できるようになっている上に、転移の指輪によってダンジョン内のどこでも自由に転移できるため、守護階層にとどまる必要は正直あまりない。

 だとしたら、この城内に彼女たちの憩いの場を設けたほうがいいだろう。

 どうせ城内には無駄に空いている部屋が沢山あるんだし、使えるならそっちを使ったほうが効率がいい。

 この管理ボードによって新しく部屋を設けるのは魔力を消費するので、配下を生んだ直近はなるだけ控えておきたい。

 その面、今ある部屋を利用するだけなら、空いている個室の設定を少しいじるだけで済むので、消費魔力も多分に減らせる。

 それならば、やっぱり後者の案にしたほうがいいだろう。

 私は管理ボードを操作して、今ある空室にそれぞれ設定を加えていった。

 すべて均等の部屋のサイズなので、もめることもないだろう。

 私の寝室がある廊下にも空室はある。けれど、これを私個人で決めてしまうとなかなかどうして想像に難くない未来が浮かんでしまう。

 だとすれば、ここは一先ず守護者全員に訊く必要があるわね。


「レファエナ。守護者のみんなをここへ呼んできてもらえる?」


「かしこまりました。直ちに――」


 眼前でレファエナは姿を消した。

 そして数分もしないうちに守護者たちが全員私の部屋に集まった。


「マリ様。全員揃いました」


 レファエナの落ち着いた声音に、他の守護者たちはただならぬ雰囲気を感じたのか、少し場がざわついた。


「何か問題が発生いたしましたか?」


 ハルメナが首を折り心配そうに訊く。


「戦いですか! 侵入者ですか!? 僕やってきますよ!?」


「モルトレさん。マリ様の前でそんなにはしゃいでは失礼ですよ?」


 嬉々として話す悪魔使いハントハーベンのモルトレに石目蛇の頭メデューサのオーリエが諭すようにいう。


「こんな時間。マリ様が私たちを呼ぶのだ、ただならぬ案件でしょう」


「なんだろう。ゼレス分かる?」


 自身の首を抱えている首無し騎士デュラハンのゼレスティアに、擬態液スライムのシエルが抱えられている首に向かってあどけない表情で訊く。


「私たち守護者が一堂に呼ばれ状況は、何か重大なことを成そうとするときのみ」


「だとしたら、やっぱり何か……」


「全く。皆騒がしいな」


 氷雪精妃グラキュースのサロメリアと流氷の天使リオネリアのメフィニアの掛け合いに、竜人ドラゴニュートのアルトリアスの落ち着き払った言葉。


「ウズウズ……」


 そして一切表情の読めない自動人形オートマトンのオフェス。

 無表情でうずうずしているのをそのまま言葉にしているところが異常にかわいい。


 でも守護者たちの言葉を聞いていると、私が今から話そうとしていることって結構期待外れの内容じゃないかな? そう考えると、なんだか急に話すのが嫌になってきてしまった。

 みんながやたら期待するような発言をした所為で、すごく言い辛い雰囲気になっちゃった。

 でも、ここまで呼んでおいて特にないでは済まされないから、意を決して言おう。


「みんなに集まってもらったのは、今後、みんなが寛げるための部屋を決めたかったからなの」


「……部屋、ですか?」


 ハルメナが訊く。


「そう。今まで、私が寝ているときも、みんな自分の守護階層の見回りをしていたと思うけれど、今後はみんなも休むということを確りとしてほしいなって思ってね。だからそのための、それぞれの寝室を用意しようと思ってみんなを呼んだわけ」


「ですが、私たち配下は休息を必要としないため、そのような配慮はいらないかと思うのですが」


 まあ、そういう反応だよね。


「私の倫理観の問題なのよね。私が休んでいる間、みんながずっと働き詰めというのはよくないの。みんなにも確りと休んでもらいたいわけね。だからそのための部屋を用意するのだけど、部屋割りをどうしようかみんなに相談をしたいんだけどいい?」


「部屋割りというのはどういったものですか?」


 サロメリアの質問に私はみんなの前に管理ボードをモニターとして表示させ、今現状の部屋を見せた。私の部屋の位置。そしてその両隣、それから準ずる各部屋。空き部屋には【空室】と表示され、私の部屋には【マリの寝室】と記載されている。それを見ればどこが空き部屋なのか一目でわかるようになっていた。

 守護者たちの前にそれを表示した途端、守護者たちの目が一瞬にして鋭くなった。


「なるほど。これはまさに一大事ということですね」


「ああ。これは引き下がれない問題だ」


「ねえ、これってどうやって決めるの? 僕はどんな方法でもいいんだけどね」


「へ、平和に解決できるに越したことはないです……」


「統括といえど、今回は私も引くわけにはいきません」


「私は、オーリエと同じ意見です。平和に解決していければと」


「ゼレスどうしよう、みんなバチバチだよ」


「私は皆さんと同じ意見を持っていますが、もしかなわなくても、シエルと部屋が隣であれば、それはそれで満足です」


「……狙ウハ、ヒトツ」


 守護者たちの意見が出そろったのを確認して、レファエナが落ち着いた口調で私に問いかける。


「皆の意見がそろいましたが、マリ様。どのように決めていかれますか? 私は勿論、マリ様のお隣を希望します」


 さらっと自分の希望を口にするレファエナ。


「そうね。どうしようかしら。みんなはどうやって決めていきたい?」


「勝敗を決めるのなら、勿論――」


「戦って決める、なんてのは無しでお願いね。今からそんなことをしていては時間がかかってしまう上に、少しばかり戦力に差があるのだから、平等とはいかないわ。もっと健全なもので決めること」


 アルトリアスが珍しく先方で口を開いたけれど、言わずと知れたことを口にしようとしていたので、それは阻止した。


「……でしたら、このようなものはどうでしょう」


 そう案を提示したのはレファエナだった。


「魔力の提供量によって決めるというのはいかがですか?」


 その言葉に一同の頭に疑問符が浮上する。


「簡単にいいますと、マリ様とので決めるということです」


 ――!!!??


 いやいやいや、ちょっと待って! 


 レファエナ、いったい何を言ってるの!?


 体の相性って、つまり……そういうことよね? そういうことをするってことよね?


 いまから、ここで、全員と、やって確かめるの?


 いやいやいやいやいやいやいやいやいや。


 むり。


 絶対に無理よ!


 しかもどうやってするの? 


 この場で、みんなのいる前で、独りずつやっていくの?


 なにそれ、どんな羞恥プレイよ!


 ここはハッキリと断る必要があるわ。


 こんなこと、流石に承諾できない。


 そうよ。私は主よ。威厳を見せて確りといわなくちゃ!


 私は思考を駆け巡らせ、意を決していざ言葉にしようとしたとき、私の言葉を封じるように、レファエナが言葉を発した。


「魔力の提供は、相手との親和性によって変わってきます。魔力の質、それが似た者同士であれば、魔力の供給もスムーズに行うことができます。つまりは魔力の質が近い者は、体の相性がいいということになります。これは、魔力を受け取る側であるマリ様に判断していただくものとなります。魔力の受け渡しは手を使って行います。マリ様と手を繋ぎ、魔力を送ります。その時、魔力の供給量が多かった者をマリ様に判断してもらい、上位二人が、栄光あるマリ様の隣室を授かるということになります」


 ――手を繋ぐ?


 ……それだけ?


 ……そ、それでおしまい?


 ……………………………………………恥ずかしいっ。

 

 一人勘違いの妄想をはかどらせていた自分が恥ずかしくなった。

 だって、体の相性を知るって言ったら、そういうことをすると思うじゃない。

 思わせぶりをするなんて、レファエナは悪女だわ。

 恐ろしい子。


「どうかされましたか?」


 涼しいレファエナの笑顔に、私の鼓動は反応してしまう。


「でも、それって私はどう判断すればいいの?」


 魔力量なんて全然わからないし、どうやって判断すればいいのかしら?


「マリ様であれば、魔力の可視化が可能なはずです。体に流れる魔力に意識をしていただくだけで、魔力というものを感知することができると思います。可視化された魔力の量をもって判断してくれれば問題ありません」


「まだよくわからないけれど、とりあえずやってみましょう」


「では、マリ様は寝台に座ていてもらい、順にその手を握らせていただきます。順番ですが、手っ取り早く、守護階層が深い者から行っていきましょう。アルトリアスが最初で、最後は私です。これはマリ様にも時間や負担のかかるものですので、一人一度きりとします」


 まるで淀みのない進行に関心をしていると、レファエナの変わらない笑顔が一瞬その意味を変えた気がした。


 そうしてアルトリアスから順に私は手を握ることとなる。


 魔力量の判断なんてどうすればいいのかわからないと思っていたけれど、レファエナの言われた通り、手を握ってから、体に流れてくる感覚があったため、それに意識を集中させたところ、相手の手から私の手へとうっすらと何か白い空気のようなものがこちらに流れているように見えた。つないだ手を覆う膜のようなそれがきっと魔力というものなのだろう。

 確りと魔力の感覚を覚えた私は次の者と手を繋いでみる。すると、すんなりと魔力の流れを視認できた。

 確かに流れている魔力の量は違っていた。

 アルトリアスやハルメナはほぼ変わらない量だったのに対して、オフェスなんかは半分くらいしかなかった。ほかの守護者たちもそれぞれ全然違っていて、これが相性なんだとやっていくうちに理解できた。

 この相性調査はただ手を繋ぐだけと思っていたけれど、存外恥ずかしいものだった。

 面と向かって一人ずつ手を握られるそれは、まるでアイドルの握手会に見えてしまう。――参加したことはないけど。

 ああ、アイドルってこんな気持ちなんだろうか。

 そう思っていると、私の目の前には修道服姿の美女が笑って立っていた。


「最後は私です」


「はい。どうぞ」


 私は彼女へ自分の右手を差し出した。


 レファエナは眼前で膝をつき私の手を優しくとる。

 彼女から流れてくる魔力はどこか温かさを感じるのは気のせいだろうか?

 ゆったりと流れる魔力の流れ。

 全然魔力の質が違うと素人の私でもわかるほどだ。

 そんな心地のいい感覚の中で、ふと、手の甲に新しい感触が加わった。

 それは非常に柔らかく、しっとりとした、どこか覚えのある感触。

 私は意識を手の甲に向けると、そこには漆黒のベールが映った。


「「「「「なっ!!」」」」」


 他の守護者たちの吃驚の声が聞こえ、私は意識を戻した。

 見ると、レファエナが私の手にキスをしているではないか。


 私は驚きのあまり、その手を引っ込めようとした時だった。

 今まで感じていた魔力の流れが一変して、一瞬にして私を覆うように流れ始めたのだ。その量は言うまでもない。


 そんな感覚に驚いている私に、レファエナはそっと唇を離し、私に顔を近づけて、他の者に聞こえないほど小さな声で囁く。


「相手を想う力が強ければ強いほど、魔力量も変化します。つまり、これが私の気持ちです」


 妖艶でいて透明感のあるレファエナの声音に、私の耳は真っ赤に染め上げられていた。


 そっとその身を離していき、彼女の横顔が視界に映ったとき、彼女の見せた表情に、私はやはり悪女だと、再認識した。


「レファエナ、貴方、それはずるいのではなくて?」


「まさかレファエナが卑怯な手を使うとはな」


「ずるっ! ずるだずるだ! 僕もしていいならしたかった!」


「……いいな」


「きっと、あれで魔力の供給量も変わったはずですね」


「なんといいますか……策士ですね」


「……ズルハダメ」


 皆の批難を散々浴びたレファエナは、そんなことなど些末なことだと一蹴してみせるように言い放つ。


「認識の祖語の結果です」


 そして、勝ち誇ったかのように笑って見せる。


「私は最初に言いました。手を使っての魔力の供給だと。つまり、手を握るだけでなくとも問題はないということです。そもそも手を握るだけとは一言も言っていません。しかしなぜか皆さん手を握るだけ。私は手の甲に口づけをして魔力の供給を図ったまでです」


「そんなこと…………確かに言ってましたね」


「ちっ! してやられたな。とんだ策士だ」


「どうやら納得してもらえたようですね。では、マリ様。結果をお願いいたします」


「そ、そうね。じゃ、発表するわ」


 その先の言葉を、渇望するように、一同が固唾をのんだ。


 そして、私の出した結果に守護者たちは一喜一憂していた。

 いうまでもなく、流れてきた魔力量が一番多かったのはレファエナだ。

 次に多かったのは意外や意外、オーリエ。普段は非常におとなしい子で、争いごともあまり好まない非戦闘主義のオーリエが二番だった。

 この結果に、私以外の配下も、そして本人であるオーリエさえも驚いていた。

 確かにレファエナの行動には驚かされたけれど、その前の手を握っただけの状態でも、彼女から流れてくる魔力の量は多かった。その時点で結果は決まっていたけれど、そのあとの彼女の突飛な行動によって流れてきた魔力は比類ないものだった。量もそうだけれど、質というのかな。ただ流れてくるんじゃなくて、私のすべてを包み込んでくれるような、そんな温かな気持ちにさせた。

 あれが体の相性の良さというのかな。


 その後、部屋割り決めていったけれど、私の両サイド以外の部屋に関してもできるだけ私の部屋と近いほうがいいと言う者が多く、先ほど調査した結果を全て順位付けし、その順位通りに決定権を与えることにした。

 そして彼女たちを呼んでから一時間と少しを経て、部屋割りが決まった。


 結果に満足のいっていない者も中にはいたけれど、我慢してもらい、解散となった。


 皆が帰った後、私は管理ボードによって、皆が設定した自室に戻ったかどうかを確認してから寝台にダイブした。


 ――ああ、すごく疲れたわ。


 でもどうしてだろう。疲れたと思う割には全然疲労感がないわ。


 さっきの魔力補給のお陰かも。


 守護者たちから魔力の補給をしてもらったため、非常に体が快適状態となった私だけれど、睡魔を撃退するには力のベクトルが違うようで、その後、私の瞼はゆっくりと降りていき、意識を徐々に霞ませていった。


 あの順番。


 レファエナが提示したあの順番。最初から私の手にキスをするつもりだったら、適当な順番になっては、そのあとの守護者も同様のことしかねない。そうなれば優位性を失ってしまう。だからこそ、レファエナは自分の順番を最後にするために、不自然と思われないようにあの順番を自然に切り出したのだとしたら。すべて彼女の計算のうちだとしたら――。


 私は薄れゆく意識の中で思う。


 ――やっぱり……悪女だわ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る