第2話 夜話
漆黒の修道服を靡かせて、
「それで?」
何か話をしたいと彼女はここへ来た。
その話がいったい何なのかは全然わからないけれど、彼女の緩んだ表情からは深刻な内容というわけではないと理解できる。
レファエナは私が先ほど見ていた街の景色を見てそっと艶のある口元を動かす。
「愈々、マリ様の夢の一歩が動き出しましたね。まだ先は長いでしょうが、すこしずつその未来へ進んでいる今が、私は本当に幸せであります。階層守護者として、最初の砦を任せていただいております私は、なかなかマリ様のお傍にはいられないことが多いですが、こうしてお傍に招いていただいて、マリ様と共に過ごせるこの時間が、私には何よりの至福であります」
「大げさね。でも、確かにレファエナには殆ど守護階層に居てもらってばっかりで、申し訳ないと思うわ。守護する階層の管理を守護者たちにすべて任せている現状も、私としては何か改善したいところなのだけど。なかなかどうして妙案が浮かばなくて」
「お気になさらず。私ども配下は、何よりもマリ様のお役に立てることを望みます。マリ様が私どもに気を使うなど、本来あってはいけません。堂々たる態度で、私どもにご命令をください。それこそ、支配者としての振る舞いでございます」
「それもそうなんだけどね。私としてはもう少しレファエナ達にはゆっくりとした生活を送ってほしいのよね。私だけがこんな城で毎日暮らしていては心が落ちつかないの」
それに、彼女ら階層守護者が座する守護階層には何もないのだ。
ただ広い空間で、敵を待つだけの、それだけしかできないのだ。それでも、管理ボードによって階層守護者として設定していれば、守護する全階層の情報が守護者に伝わるようになっているので、自分が守護する階層の異変や侵入者の位置なんかは把握することができるようにはなっているけれど、言ってしまえばそれだけ。ほかには何もない。異変が無いか常時確認するだけの時間が永遠と続く。
そんな状況、私は暇すぎて死んでしまう。
だからこそ、守護者には何かしらの休息、そして娯楽を設けたほうがいいと前々から考えていた。ただ、それがいったいどういうものを与えればいいのか、それがわからずに今日にいたってしまった。
守護者であるレファエナ。一番彼女には苦労を掛けている。
「ところでレファエナ?」
「はい」
「何か欲しいものはない? なんでもいいわ。私に叶えられるものであれば可能な限り実現させてあげるから、何でも言ってほしいわ」
小首を傾げ、レファエナは訊き返してきた。
「それはもしかして、日々の労いをお考えでしょうか?」
「ええ。私にできるものはだってそれくらいしかないもの。管理者である私はある程度のことができるから、きっと要望をかなえることができると思うし、今後、レファエナ達がより快適に過ごせる手助けになれれば、私だって嬉しいもの」
「ですが……」
彼女は申し訳なさそうに言葉を詰まらせる。
「なら、これは命令よ。願いを言いなさい」
レファエナはあきらめたように口を開く。
「……では、これは私だけの願いというわけではありませんが、私たち守護者に直属の配下を設けてはくれないでしょうか?」
彼女たちの元で、彼女たちの支持の元動く存在。
確かにそれがあれば各階層の偵察も捗るだろうし、守護者たちの負担も結構へるだろう。
「わかったわ。守護者たちには……そうね、最低でも3人の配下をつけることにするわ。魔力の関係上、今すぐにというわけにはいかないけれど、必ずつけるようにするわ」
「ありがたき幸せです」
「それで?」
「え?」
「それはあくまで守護者全体の願いというわけでしょ? なら、レファエナ自身の願いは何かなって思ってさ」
「私個人の願いですか……強いて言えば、今、でしょうか」
「今!?」
「はい。こうしてマリ様とお話ができる時間こそが、私の願いです」
以前にも、配下たちに何か願いがあれば言ってほしいといったことがあるけれど、その時も欲のないものばかりで、彼女たちの謙虚さに驚かされたけど、彼女もやはり同じだったか。
「なら、今夜はレファエナに一緒に居てもらおうかしら? 私もずっと部屋に一人でいるのも寂しいからね。私の話し相手になってくれればうれしいわ」
「そ、そんな。私のほうこそ、そんな大役を私にしてくださり言葉もありません」
「そうと決まれば、少し待っててね」
私は管理ボードによって自室にテーブルを1つと椅子を2脚創り、メッセージでカテラにお茶の用意を頼んだ。
「さ、座って頂戴。まだ夜は長いもの。ゆっくりしましょう」
白皙の頬に赤みを差しながら、レファエナは私と対面する形で椅子に座った。
「お聞きしてもよろしいですか?」
「ん?」
「私がこの世に生まれてから、マリ様の躍進は目まぐるしいものです。私は他の守護者と違いその軌跡の一部にしか携わっておりません。久々に城に訪れたら既に街づくりが進んでおり、非常にうれしく思う反面、少し寂しく感じました。……今後、マリ様はどうなさる予定なのでしょうか? 私も知りたいのです。これからマリ様がどのようにこの街を築き上げていくのかを」
これからの予定か……。
詳細に今後こうしていくというものは私にはまだない。
彼女に話せるような計画図などないけれど。でも、今動いていることについては話せるし、それくらいで彼女の気持ちがよしとするのなら、話してあげよう。
とはいっても、今動いているのは大きく2つ。
行商人によるこのダンジョンの宣伝。
街づくりに必要な人員の確保。
ああ、それと、ディアータが外界の国で村人を救った話。
その3つを私はレファエナに話した。
これによって、一時的ではあるものの、このダンジョンの人口が上がる。そのための生活環境の手配。
作業員として来てくれるものへの衣食住を揃えるための準備をしなければいけない。
こうした話はまだエルロデアやハルメナにもしていない。
「一層忙しくなりそうですね。でも、確か魔王ヒーセント様が来られたのは1週間前のことでしたが、そろそろ援助が来る頃ではないでしょうか?」
そうなのだ。
魔王ヒーセントと魔王オバロンが私の元に作業員を送ってくれる話になっているのだが、まだ彼らを受け入れる体制ができていないのだ。
「どうすればいいと思う?」
「どれくらい派遣してくれるのですか?」
「たしか50以上だったかしら?」
「それは……なかなか多いですね」
――コンコンッ。
その時扉をノックする音が聞こえた。
「マリ様、カテラです。お茶をお運びいたしました」
そういって中へ入ってきたメイド長のカテラは私たちの席にティーセットと軽いお菓子を置くと、そのティーカップに芳醇な香りをあたりへと撒く紅茶をそっと注ぎいれる。
「ありがとう」
「では、私は失礼いたします」
カテラはそうして部屋から姿を消した。
私は彼女が入れてくれた紅茶を一口口に含み味わう。
この時間、紅茶の香りと温かさが心を安らがせてくれる。
「おいしいわ」
向かいで私が飲み終わるのを確認してからレファエナがティーカップを持ち上げ口に当てる。
1つ1つの動作がやけに色っぽいのは彼女の綺麗な白皙の肌がそうさせているのだろうか?
「この城にはいくつか客室が完備されているけれど、流石に50人以上は無理なのよね。やっぱり部屋を一時的に増やすのが妥当な案かしら?」
「そうですね。それか、屋外にいくつか小屋を用意されてはどうでしょう? 岩窟人が今寝泊まりをしているようなものを何個も配置すれば当面は問題ないかと。あくまで、作業員として派遣されているのですから、生活環境は岩窟人たちと同じにしておいたほうがよろしいかと思います」
「うーん。確かにそうかもしれないわね。同じ仕事をしてもらっているのに、岩窟人たちは襤褸い小屋でほかの者はこの城で寝泊まりっていうのは少し不公平というに感じてしまうかもしれないわね」
「ですが、あまり無理のない範囲で行ってください。また無理にダンジョン管理の権限を使って魔力の枯渇に陥てしまっていけませんから」
一度それでみんなにすごく心配されたっけ。
「わかったわ。そこは十分に気を付けておこなうようにするわね」
「お願いいたします」
「そういえば守護者たちに訊きたかったことがあるんだけど」
前々から気になっていたことを聞いてみることにした。
「守護者たちって、普段どんな絡みをしているのかなって思ってね。常に私の元にいるわけではないでしょ? 命令したときはそれぞれの持ち場に戻ったりしているけれど、私が特に命令をしなかったとき、そのあととかって何をしているのか少し気になってたんだけど。どうなの?」
「そ、そうですね。特にこれといったものではありませんが、それぞれの管轄している階層の状況を話したりしています」
仕事熱心だなぁ。
「守護者同士では仲はいいの? 種族はみんなばらばらだけれど、うまくやれているのかな?」
「同じ主の元にいるのです。マリ様が気にされるようなことは一切ありません。――ただ、最近話を聞くと限りですと、その距離も最初の時より大分縮まっているように見られますね。あげるとなると、シエルとゼレスティアが目に見えて仲が良いようです。理由はわかりませんが一緒にいるところを最近はよく目にします。あと、オーリエとモルトレもよく一緒に居ます」
「シエルとゼレスティアが仲がいいのは知っていたけれど、オーリエとモルトレは知らなかったわ。レファエナはどうなの? 誰か特別仲がいい子はいなの?」
なんだろうこの母親的質問は。
そんな私の質問にいたって冷静に、笑みを浮かべ返す。
「いません。私はそういうものにさして興味をひかれませんので。ですが、特別な関係……なりたい人はいます。なかなか届かない相手ですが」
頬を紅潮させるレファエナに私は吃驚した。
え? レファエナいつの間にそんな相手を!?
詳しくその話を聞かせて!
そう気持ちが先走り、私の体が遅れて行動をとった。
吃驚に前のめりになり、椅子から立ち上がった途端、手元にあったティーカップを倒してしまった。
「大丈夫ですか!」
アフェールに紅茶が零れ、シミが広がっていくのをやってしまったと眺めていると、向かいに座っていたレファエナがすぐに立ちあがり、私の元まで駆け寄ると紅茶の零れた箇所にハンカチを当ててふき取ってくれた。
膝をおり私のパンツのシミを取ろうとしてくれる修道服の美女。
私はいったいどんな身分なんだ!
こんな美女になにをさせているんだ。全くけしからん!
そうだ、そんなことはやめさせよう。わざわざ彼女がそんなことをしなくていいんだ。
「レファエナ、大丈夫だからもう……あっ!」
私はやめさせるためにその身を後方へ下げたのだが、後方にあった椅子に足をとられ、視界が空中を彷徨って咄嗟に目をつむった。
「マリ様っ!!」
あれ? 衝撃がない?
私は後ろへと転倒したはず。後頭部を激しく打つのではと思っていたのだけれど、その衝撃はその後一切来なかった。
私はゆっくりと目を開けると、そこには漆黒のベールが外れ白銀の髪を重力によって顔の前方へと垂らしているレファエナの姿があった。
彼女の腕が私の後頭部を護るクッションとなってくれたようで、覆いかぶさる形となってしまった彼女に、私はひとまず謝罪を入れた。
「ごめんね。腕、大丈夫? 怪我してない?」
「私は平気です。マリ様こそ、お怪我はありませんか?」
「私はレファエナのお陰で無事よ」
「そうですか。それはよかったです」
無垢な笑みを向ける彼女に、私の鼓動は少し早くなった。
「もう大丈夫だから、ね?」
私はそういって体を起こそうとしたとき、私の頭に敷かれた右手とは逆の手で、私の胸を押さえてきた。
「……え? えっと……?」
「もう少しこのままいてもいいですか?」
普段ベールを乗せている姿の彼女しか見ないため、頭に何も乗っていないレファエナの姿は何処か新鮮だった。
しかしだ、この距離は少しばかり危険な香りがするのは、過去のことが原因なのは明白。
彼女のまっすぐな瞳に映り込む私と目が合った。
「いったい、レファエナが満足するまでは後どれくらいなのかな?」
「……そうですね。2時間くらいでしょうか?」
「ながっ! 絶対腕が疲れてくると思うけれど?」
「問題ありません」
それから、少しの沈黙が流れ、私は彼女と見つめあう。
全く……いったい何の時間なのか。
でも決していやというわけではなかった。
むしろ、なぜか安らぐひと時だ。
彼女の美しい瞳が私の心を洗ってくれているような、そんな感覚だった。
でも、意外。
彼女はその後、その距離を詰めることはなく、一定の距離を保ち、ただただ私に微笑みを送るだけだった。
そんな彼女に私も自然と笑顔がこぼれてしまう。
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