EXTRA5

第1話 光国の柱

 ポーレンドの地下にめぐる無数の通路。

 盗賊ダイダロスの根城が密かに存在していた。

 光国連合の一角ガルテラ王国も幾度も迷惑を被った厄介な組織、ダイダロス。

 そんな盗賊の根城に、光国の規律と平和をもたらす純白の騎士たちが集結していた。


を聞きつけてきてみれば、なんですかねぇー、これは。いたるところ、生臭い血肉がビッシリ。笛を吹いた騎士はいったいどこにいるのかねぇ?」


 純白の鎧に身を纏い、癖っけのある深紫髪を鼻上まで垂らし、不気味に口元を引きつらせる男に、根城の中を確認しに行った騎士の一人が声をかける。


「ハメルンハルス団長! 根城には人の気配は一切ありませんでした」


「つまりは、この肉溜の中に私の部下がいるわけですねぇー? これはこれは、なかなかどうして……くくっ。嗜虐の賜物ですねぇー。まさかまさか、私と同じ趣味を持つ者がいるなんて……くくっ」


 団長と呼ばれた男は、不気味な笑いを浮かべながら、視界に映る血肉の海を恍惚と眺める。


「どうされますか? 仲間を殺した者たちを追いかけますか?」


「君は手掛かりも何もない状況で敵を追えるのかねぇ?」


「い、いえ。申し訳ございません!」


「謝罪など無為なものは求めていないよ。手がかりを探しなさい。何か小さなものでも構わないから、私のもとに持ってきなさい」


「はっ!」


 騎士団の一人が命を受け、ほかの騎士団員に根城を捜索するように伝え手分けして手がかりを探し始めた。


「それにしても……」


 ハメルンハルスは一帯の惨状を見て零す。


「なぜ私の部下たちが、盗賊ダイダロスの根城にいたのかねぇ? 二人でこの根城を突き止めた? 交戦しているうちに別の何かが来て一緒に殺されたということかねぇ? それとも全く別の線が?」


 この場所で一体何が起きたというのか? ハメルンハルスは思案を巡らせるが、これといった結論を導き出せなかった。

 そんな中、情報を収集しに散った兵の一人が彼の元に戻ってきた。


「ハメルンハルス団長! 別の通路の先にこちらと似た状況の場所を見つけました」


「ほう? ではそちらに案内したまえ」


 兵の一人の案内により、根城へたどり着いた通路とは正反対側に存在した通路の先にへ進んでいくと、兵の話のように血だまりになっている場所があった。

 通路がそれほど広くないためか、通路の壁や天蓋にも血や肉が飛沫していた。その場景は凄惨なものだった。

 そんな血だまりの中で、ハメルンハルスはあるものを見つけた。


「なるほど。もう一人はここで殺されたということかねぇ。いったい何にやられたというのかねぇ。これほどまでに圧倒される相手だ。きっと副団長くらいの力はあるのだろうねぇ」


 血だまりのなかで見つけたのは、聖王騎士団の上級団員以下の者すべてに配られている魔法アイテム、【救援の木笛】だった。力が乏しい騎士団員に、その場でかなわない相手と遭遇した場合に上級以上の精鋭級の聖王騎士団員に自分の位置を知らせるアイテムだ。

 今回、幸運にもポーレンドの近くに来ていた聖王騎士団ハメルンハルス団長率いる一行が救援の元へ駆けつけたというわけだ。

 団長自ら救援に赴くことはほとんどない。今回のように団長が赴くのは稀有な例。

 大抵救援を呼んでからか騎士団の援軍が駆け付けるまでは1時間もかからない。速やかな対応が彼らには求められるからだ。

 そして、援護に駆けつけても騎士団員の生存確率は8割。もし救援が間に合わなく、既に死んでいても、その亡骸がその場に残っているのがほとんど。しかし、今回は例を見ない惨状だった。

 ダイダロスの根城に着いた当初は、団長等しく皆言葉をなくした。


「こんなところにまで惨状が広がっているとはねぇ。この先に何かがあるのかねぇ? しかも、見るからにこちらのほうが先に殺されてるねぇ」


 壁の血を触りながらハメルンハルスは呟く。

 血だまりを抜け、さらに先へと進む。

 すると通路の行き止まりにあったのは何処かへ繋がる階段だった。


「血の匂いがするねぇ」


 ハメルンハルスはその階段の先を見据えながら引きつり笑いを浮かべた。

 そして階段を躊躇いなく上がっていく。

 階段の先は何処かの部屋に繋がっていた。


「この女は誰だい?」


 同伴した兵の一人が床に大量の血をまき散らして倒れている女の人相を確認して報告する。


「この者は豊穣の女神という娼館をまとめるクレモラ・レベリック・ウルスです。このポーレンドでは名の知れている重鎮です」


「へぇ、私は娼婦なんて汚らしいものには一切の造詣を持たないからそのクレ何とかという女のことは知らないけれど、街の重鎮といわれる者が殺されているというのはただ事ではないねぇ。この光国でそんなことを赦したともなれば、聖王騎士団の名に傷がついてしまう。これは至急対応しなければいけない案件だねぇ。――君、他のものを呼んでこの近辺で情報を探りなさい。この娼館に出入りした見慣れない者たちについて。そして、近郊で同時期に起きた事件についても洗い出すように」


「はっ! すぐに調査いたします!」


 兵の一人が来た道を戻っていき、残ったハメルンハルスと兵の一人は娼館の中を見て回った。

 娼館長が殺されているからか、娼館の中は蛻の殻だった。


「娼館だというのに、女の一人もいないねぇ」


 一度娼館を出て周りの様子をうかがった。

 しかし、変わった気配は感じ取れない。

 娼館の周りには手掛かりは何一つなかったのだ。

 そんな雲をつかむような状況の中、周りへと情報を探りに行った団員から有益な情報を得た。

 それは暗黒騎士の目撃情報だった。


「暗黒騎士ですか? まさかこの光国で暗黒騎士の侵入を許したのですか? いったい門兵は何をしていたのでしょうねぇ。このポーレンドの門兵すべてに調査を。それと、その暗黒騎士の情報を集め、私の元まで持ってきてください」

 光国であるガルテラの街でなぜ魔王の配下である暗黒騎士がいるのかは謎だが、その尻尾を掴み、背後に暗躍している魔王を引きずり出せれば、聖王騎士団で魔王を討伐することも可能だろう。

 ハメルンハルスは不敵に笑みを浮かべながら思う。

 近年力を拡大してきた聖王騎士団であれば魔王如き討伐などたやすい。

 しかし最近、聖王騎士団が入手した情報の中に、新たな魔王が誕生したという話が有った。今まで光国に直接手を出してくるような魔王はいなかった。今回のような直接関与するような事例は例を見ない。

 ともなれば、新たに誕生したという不確定要素の魔王となにか関係しているのか。

 騎士団長であれど、魔王との対峙は勝機がない。

 しかし、ハメルンハルスは違った。

 彼は騎士団長の中でも腕は立つほうだが、決して最強というわけではない。しかし、彼の中には消えることのない自信が存在していた。

 彼の自信の正体を今だ誰も知らない。

 彼が隠し通している


「魔王ですか。私の力を発揮できるのは、やはり魔王しかいませんねぇ。ほかの者ではあっさり死んでしまいますから。ですが、まずは今回のダイダロスと娼館を襲ったとされる暗黒騎士に是非あってみたいものです……くくっ」


 深紫髪が風に揺れ、隠れた右目が晒される。


 そこにあるのは……虚無。


 彼の右目には視覚を司る眼球が存在してなかった。

 そこには空虚そのものしかない。

 何もない空洞の中には、しかし何かが埋まっているわけでも、瞼が常に下ろされているわけでも無い。通常のような瞬きをし、あたかもそこに何かがあるかのように、虚無という名の何かがその窪みには嵌められていた。

 ずっと眺めていたら吸い込まれてしまいそうな彼の右目。


「そういえば、と聞いていたけれど、まさか今回の件と何か関係があるのだろうかねぇ? すこし探りを入れてみるとしよう。……くくっ。なんだかおもしろいことになってきましたねぇ」


 風が収まり、髪によって右目が覆われる。



 ――暗黒騎士。ああ、早く君の血を頂きたいですねぇ!






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