第12話 凱旋
テテロ村では既に移住の準備が始まっていた。
「村長! 大体荷物はまとまりました。馬車の準備も整っています。あとはディアータさんを待つだけです」
村人は総人口はたったの21人。
身支度をするにはさほど時間を要さない。
村にあった馬車を4台に入る分だけ荷物を詰め込み、皆、長く住んだ家と土地に分かれを祈る。
流石に栽培中の野菜までは持っていくことはできないため、その場に放置していくことになる。しかし、既に収穫可能なものはすべて収穫して起き、無駄にならないように最善を尽くしていた。
そんな彼らの準備が着実に進んでいく中、ポーレンドへ連れていかれたものを救うべく早朝に出ていったコーネリアが村に返ってきた。
「ああ、ありがとうございます。なんと感謝を示せばよいか」
村長のクロウェツは深く頭を下げてコーネリアを迎えた。
「ディアータさんはどちらに?」
「彼女は残り一人を助けに残られました。直、私たちを追ってこの村に戻ってくると思います。ところで、もう結構準備が進んでいるんですか?」
彼女の視界には村の広場に集う馬車たちが荷物いっぱいにして待機しているのが映る。
「ええ。私どもはいつでも出発できます」
「随分と準備が早いのですね。急いでいただくのは大変ありがたいのですが、荷物はあれだけで大丈夫なのですか? 一見してまだ不十分な気がするのですが」
「まあ、私たちの村にある馬車に詰められるのはあれが限界ですからね。詰め込めないものは諦めるしかありません」
「なるほど。ですが、それなら問題はないと思います。ディアータさんは異空間魔法を使えますので、村人全員分の荷物を格納できるはずです。ですので、全員に一か所に荷物をまとめもらうように指示してもらってもいいですか? 皆さんの大切な荷物です。おいていくなんてもったいないです」
「それは本当ですか!? 大変助かります。わかりました。すぐに知らせてきます!」
クロウェツがコーネリアの言葉を皆に伝えにいくと、連れてきた村人たちは既に家族の元へと戻っていき、連れ帰った娼婦たちも何か手伝えないかと村人のところへと向かっていた。しかし、一人残ったデモンが少し心配そうに話す。
「騎士の方、ディアータさんは無事帰ってくるでしょうか?」
「それは心配しなくても大丈夫ですよ。彼女は私なんかよりもずっと強いお方です。きっとあの街に、いや。このガルテラ王国に彼女に勝てる存在はいないでしょう」
「それならいいのですが……。私を救ってくれたお方です。何もしないまま待つのはどうも落ち来ませんので。どうかご無事で……」
コーネリアやクロウェツの支持の元、村の準備も万全に近くなっていった。
そしてコーネリアが村に戻って2時間が経った頃。森のほうから無数の人影が現れた。
村と森をつなぐ村の入り口で、デモンが森のほうをずっと眺めながら待っていた。
遠くに見えたその人影の中に、漆黒の鎧に身を包む騎士の姿が見えた。
完全武装の暗黒の騎士を見間違うはずもないと、デモンは騎士の元へと駆け出した。
「お待ちしておりました、ディアータ様!」
ディアータの元まで駆け寄ってきたデモンに少しばかり驚く彼女だったが、彼女らの無事を確認すると、優しくデモンの肩に手を置く。
「皆無事で何よりだ。随分と遅くなってしまった。すまない」
「ディアータ様も隅に置けませんね。こんな美女を傍に置くなんて」
獣人娘がデモンをみるやそんなことを言う。
「変な言い方はよせ。みな救いを求めてきた者たちだ。私はそれに手を貸した、ただそれだけだ。さ、こんなところで立ち話もなんだ、村まで目と鼻の先だ。さっさと入ってしまおう」
そういってディアータに連れ、女性たちがテテロ村へと戻ってきた。
コーネリアは村人一人と一緒に来るだけだと思っていたのが、村に戻ってき彼女は16人の女性を引き連れて帰ってきたのだ。驚きもするだろう。
村長と村人、すべての人を交えてポーレンドでの出来事を簡単に話した。
連れてきた女性たちがいったい誰なのかも。
そしてみなが納得したところで、コーネリアが支持させておいた皆の荷物の収納をディアータに任せ、彼女の異空間魔法によってそれらすべてを一瞬で収納した。
馬車もなるだけ人を乗せるために、馬車に積んだ荷物もまとめて魔法で収納することにして全員が馬車に乗れるようにした。
「ディアータ様はどうされるのですか?」
馬車の荷台には既に座るところは空いていなかった。
「私は君たちを無事に目的の場所まで護衛するため、馬車には乗らない。君たちだけで寛ぐといい」
「そうですか……」
荷台に乗り込みながら、デモンは語気を弱くして言う。
「さ、もう出立しよう。急ぎこの地を離れたほうがいい」
「何か心配事でもあるのですか?」
森の、その先にあるポーレンドを見据えるディアータに、コーネリアが訊く。
「少し気がかりなものがあってな。あれがここまで来ては少し面倒だ。その前に私たちは急ぎオーレリア山脈を抜けよう」
そうして、いよいよテテロ村の移住が始まった。
ディアータとコーネリアがテテロ村に現れてから立った二日しか経っていない。それでもテテロ村の人たちは忽然と現れた暗黒騎士に救いの手を求めるほどに窮地に陥っていたのだ。誰でもよかったわけじゃない。
自分たちを守ってくれる存在。見合う力を持った者でなければ、彼らはきっとついてこなかっただろう。
光国の領内の民が、闇側の勢力に従属するということはすなわち光国、引いては光勢力全体を裏切るということになる。それでも、勢力を裏切ってもなお、その身を守ることは一番優先すべきこと。彼らはそんな真っ当さに従ったのだ。誰が彼らを責められようか。
救いを求めるのなら助ける。
慈悲深き魔王マリの配下であり、最前線でその剣を振るう暗黒騎士ディアータ・ユゲルフォン・リーベラは、そんな意志のもと動くのだ。
最前線で、彼女の意思を継ぐ騎士として、彼女はその信条に従い生きて行く。
「ディアータ様」
馬車の隣を歩く彼女に、馬車の御者台に座るデモンが艶のある声で訊く。
「話をしてくださらないかしら?」
「話?」
「ええ。ディアータ様のお話を。知りたいのです、私は。命の恩人であるディアータ様のことを」
「私のことなど、他愛無い話しかないぞ?」
「どんなことでも構いません。お聞かせください」
「そうだな……。私のはなしをするにあたって、私の敬愛する主様の話をしよう」
「これから向かわれるという魔王様の話ですか?」
「ああ。非常に美しく、見惚れてしまうようなお方だ」
「随分と熱く語られるのですね。私、すこし妬いてしまいます。ディアータ様がそこまでほれ込んでいる方なんて」
「しかしそうだな。マリ様は確かに美しく、配下の者は等しくあの方を恋慕しているだろうが、マリ様にとって私たちはただの子供でしかなく、届かない私どもの想いは、空中を彷徨うしかない。だからこそ……私たちは何かでそれを埋めようとしてしまうのだろうな」
「それはいったいどういう……?」
「つまりは、だ。私のような存在は、常に背徳感に苛まれているということだ」
「全然わかりませんわ」
「君は誰かを好いたことはあるか?」
「好きな人ですか? はい。最近生まれた者ですが、確かにこれは好きという気持ちです」
「君の好いている相手がどこのだれであれ、それが実ることを私は願っている。好いたものがいながら、手の届かないからと手の届くものへと移ってしまうというのは、何とも酷く、虚無感が生まれてしまうものだ」
「もしかして、ディアータ様はそういった経験が?」
「……私がか? こんな戦闘狂の私がそんなものを経験するはずがない。これは、あくまで同じ主に仕える仲間との話から導き出した、私の単なる推考だ」
「……そうですか」
「ああ」
「……私は娼婦です。綺麗な感情など、今まで持ったことはありませんでした。ですが、今回ディアータ様に救っていただき、初めて少女のような気持ちを抱くことが来ましたわ。ですので、きっと、この思いを褪せさせることなく大切にしたいと思います。願わくば、この思いが叶うように――」
「本当に君は――美しいな」
「高級娼婦ですから! ――ディアータ様」
「どうした?」
「私の名前を呼んでいただけませんか?」
「なぜ急に?」
「なんとなくです。今までを払拭するために、上書きするためにも」
「――デモン」
「――はいっ!」
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