第2話 ドンラとギエルバ

 岩窟人ドワーフの朝は早い。

 洞窟内での時間の感覚は非常に曖昧になるため、いつが朝なのか、正直彼らの中では適当だった。


 そんな曖昧な朝に、一人の大柄な男が、体相応の鶴嘴を片手に持ち玄関を出た。

 真っ暗な空のもと、点々と明かりがともる住宅群をぬけ現在開発途中の採掘現場へとその足を向けた。


 現場にはすでに何人かの同僚が軽快な音を奏でながら堅い岸壁に鶴嘴を叩きつけていた。


「ドーマン。早いじゃねーか。眠れなかったのか?」


 小太りの岩窟人が襤褸ぼろくなった岩壁に鶴嘴つるはしを叩き入れ、崩し落としているところだった。


「よう、お前さんも十分早いじゃないか。そっちこそ寝れたのか?」


「俺のほうはこの通り元気いっぱい、十分すぎるほどよく寝たぜ」


 そういって丸太の様な腕に力を込めて大きな力瘤をつくってみせる。


「ドンラ、今日も新作の武具を創るのか?」


「ああ。これが終わってからすこし時間を作ってな」


「お前さんにはそっちに時間を使ってもらいたいところだがな。如何せんこの区画の開拓が進んでいない現状じゃ仕方ないか」


 国の拡大のための掘削は、どこまでその範囲を広めるかを大体決めてから、下から徐々にその目的の距離まで掘り進めていく。そして、それが到達して時、掘削を横へ広げていく。そうして掘り進めることで、区画の基礎を築いていく。それから、上部を広げるために上へ上へと掘削作業をおこなっていくのだ。

 そして今現在、作業は上部の掘削作業の段階だった。

 すでに空間を確保できている既存の区画の天蓋から、開発区画の岩壁へ吊足場がいくつも下がっていた。

 次第に進んでいくと、開拓区画の上部が勾配天井のような形になっていく。

 現状、今がそのような形だ。

 あちらこちらに足場が設けられて、掘削箇所の直下には落石によりけがをしないように立ち入り制限がされている。

 殆どの作業が足場の上で行い、掘削時に出た砕石は足場に設けた籠によって下へ滑車を利用しおろしていく形になっている。

 故に、掘削時の作業は空中作業となる。


 そんな足場だらけの無機質な空間に目を向け、一日のやる気を高めるように、厚い胸板に石の様な拳を叩き気合を入れる。


「よしっ! 今日も頑張ってみるか!」


「おっ!やってるな!」


 声の方向へ目を向けて見やると、そこには大層な髭を生やした小男がいた。


「よう、ギエルバ。お前も今からか?」


「馬鹿言っちゃいかねーよ。俺様はお前が来るよりもずっと前からやってるぜ」


「そうだったのか。なのに態々その作業を止めてまでここへ来たのか?」


「ちげーよ。俺様はただ休憩がてら降りてきたら、お前のいつもの儀式が見えたから声をかけただけだ。己惚れるなよ」


「わかっている。ただの冗談だ。それよりギエルバ。ここに建てる建設物に関して、話を進めなくていいのか? 掘った後に考えていては遅いぞ?」


「お前に言われんでも重々承知の上だ。建設計画なら問題ない。すべての設計図はすでに完成している。あとはここの開発さえ終われば、気兼ねなく建設できる」


「そうだったのか。やはりお前は仕事が早いな」


 ギエルバの仕事は主に建物の建設にあたることが多い。だが、区画開発に際しては、どんな職種の者も関係なく開発作業に参加することになっている。

 彼の建設技術は岩窟人ドワーフ一のもので、彼より優れた」技術の持ち主はドルンド王国には存在しない。また大陸を探しても彼以上の者はいない。それほど名を轟かせているギエルバも例外にはならない。


「そういうお前は例の武具はできたのか? ルーンベルエスト王国からの依頼品。納期はまだ先だろうが、開発もある。時間が惜しいところだろ?」


 ドンラは武具作りに関して右に出るものがいない腕を持つ。彼の創る武具は国宝級の性能を有するものばかりで、そのうわさを聞き付けた各国から彼へ依頼を送るようになっていた。ただ、性能に見合う相応の金額が動くため、国のなかでも有力者や貴族階級の者ばかりの依頼に偏っている。冒険者が彼に個人としていらすることは殆どない。冒険者の稼ぎでは到底手の届かない領域の代物をドンラは作っているのだ。

 そして今回、光勢力の頂点であるルーンベルエスト王国からドンラへ武具の依頼が来ていたのだ。


「心配ない。俺のほうも先日終わったところだ。今は新作の武具の開発に取り組んでいる」


「ははははっ! やっぱり、お前もじゃねーか。完成したものはすでに送ってんのか?」


「ああ。受領書もある」


「本当、お前ら二人にはかなわないな。一介の鍛冶師にはまねできない領域だ」


 二人の会話に感慨深くこぼすドーマン。


「何を言うドーマン。お前もこの国で5本の指に入る鍛冶師じゃないか。もっと胸を張れよ」


「俺様は別に自分が優れているなんて考えたこともないからな。できることだけできるだけだ」


「ま、違いないな。――さて、おしゃべりが過ぎた。さっさと仕事に取り掛かるか」


 ドーマンとドンラが作業中の持ち場に、ギエルバは数か所に設置されている休憩所へと向かおうとした時だった、鎧がこすれる金属音がきこえ始めた。


「すみません。ドンラ様、ギエルバ様。大臣ガードン様がお二人を御呼びしております。一緒に来ていただけますか?」


 突如として現れた街を警備する警備隊が二人を王の住まう要塞へと案内した。

 

 岩壁に建造された要塞は非常に大きく、完成に至るまで10年を費やしている。岩盤を掘り、そこに建築するとなると相当の労力と時間がかかっただろう。

 そんな最大級の建築物へ続く階段を上っていく途中、ギエルバは隣を歩くドンラに不安な気持ちを隠すかのように陽気な声音で訊く。


「おいおい、俺様たちに用って、何か特別な依頼でもあんのかねえー? 俺様ら二人が一緒に呼ばれることなんて、過去にあったっけ?」


「いや、俺の記憶上一度もない。何か類なき重要な案件なのだろうな」


「うわー。面倒なことは勘弁してほしいぜ。新しい建設に携わりてえーのに」


 階段を抜けるとそこには大臣ガードンの姿があった。


「すまないな。急に呼び出してしまって」


「いえ、かまいません。それで、俺たちを呼んだ理由はいったい?」


「こんなところでする話ではない。少し場所を移そう」


 ガードンの案内のもと、大広間の右側に伸びる長い廊下を経て先にある大きな扉へ向かう。

 来賓のものと話をするために設けられた賓客室にて、二人は大臣と相対するように席に座った。

 要塞で働く執事が三人のもとへ飲み物を届けると、話はそこから始まった。


「では貴公らを呼んだ理由わけを話させてもらおう。先日起きた事件について、貴公らは既に周知しているか?」


「勿論」


「なら話は早い。その事件でこの国を救ってくれた者から一つ要求があったのだ。多岐の分野にわたって腕の立つものを何人か送ってほしいとな」


「送るというのは?」


「この国を助けてくれたのは、信じられないかもしれないが、新たに誕生した魔王の配下だということだ。その魔王が街を建設するにあたって人員が欲しいとのことなのだ」


「魔王!? そんな情報いったいどこに? この国は多くの情報が集約する場所です。どこよりも早い情報を確保することができる場所としても有名です。なのに――」


「ドンラ、貴公の言いたいこともわかる。私も同じ気持ちだ。だが、事実は事実だ。受け止めるんだ。――話を戻すが、その魔王のもとへ貴公らを送ろうと思い、今回呼んだのだ。これは王の決定だ。意義は聞くが認めない」


「意義ねえ……。云っても意味ないなら言うだけ無駄だろ」


 ギエルバが不服そうな面持ちでそう返す。


「だがよ、今進行中の新区画の建設はどうなるんだ? まだ時間はかかるだろう。それが終わってから行くとなると、結構遅くなると思うが、そこんところどうなってるんだ?」


「そこは問題ない。すでに貴公が完成させた設計図がある。それをもとに建設は進めていく予定だ。貴公には先だって彼の者のところへ向かってもらう」


 大臣の言葉に、ギエルバは吃驚と絶望の混じった声で「まじかよ……」とこぼした。


「ドンラ、貴公は問題はないのか?」


「そうですね。俺は特にないですね。新作はどこに行ってもできますので大丈夫です。それで、俺たちが出発するのはいつになるんですか?」


「呑み込みが早くて助かる。出発だが、向こうから使者が来るらしい。それまでは身支度をしていてくれればいい。それで、もう一つ貴公らに言っておきたいことなのだが、彼の者への派遣人員はもう少し多くしたい。なので、残りは貴公らに選別してもらいたい。最低でも5人ほどいればいいと思うが、そこは貴公らの裁量に任せる」


「誰でもいいのか? 腕の立つ奴らを根こそぎ持っていったらこの国もなかなか痛手だろう。なのに、なぜそうまでする? たかが国を救ってくれただけだろう? 今後の国の信頼をかけてまですることか?」


 二人だけじゃなく。ほかの有力な職人が抜けることで、この国へ依頼するものへ、今まで通りの商品を渡せるかは確証が持てない。彼らの実力があってからこそ、ドルンド王国のブランドが立っているといっても過言ではない。それほどに、ドルンド王国で名を上げている職人たちは重要な存在なのだ。


「そんなこと、王だって重々承知している。貴公らの考えごときが及ばない王ではない。王はそんな国の信頼よりも国の保全を危惧しておられるのだ」


 大臣の言葉に引っ掛かりを覚えたドンラは聞き返す。


「国の保全というのはどういうことですか?」


「相手は龍種を一人で倒してしまうような実力の持ち主だ。それを配下に置いている魔王は想像以上の脅威を誇っているだろう。もし彼の者に不快感を与えて逆鱗に触れてしまったら、いくら多国の同盟によって保護されているとはいえ、この国を基盤とした戦争が起こるのは避けられない。そうなれば国の信用以前にドルンド王国そのものが消滅してしまう可能性もある。王はそれを防ぐために、最善の選択をなさったのだ」


「そういうことでしたか。――わかりました。では俺たちは早速準備させてもらいます」


「使者が見えたらこちらから連絡する。それまでは待機していてくれ。そう遠くないうちに来られるだろう」


 いやいやながらも受け入れたギエルバは椅子に仰け反る。


「いったいどんな奴が俺様たちを迎えに来るんだろうな。すごい強い奴だろ? ものすごいガタイの魔人でもくんのかねえー?」


「確かに。魔王の配下なら可能性はあるかもな」


 ギエルバの軽口に同じように返すドンラ。


 そうして、二人は要塞をでて自宅へ一端戻ることにした。

 いつでも出かけられるように必要なものをまとめ始めた。

 残りの人員についてはまたそのあとに決めていく話にまとまった。


 そして、魔王の配下がドルンド王国へ訪れたのはその翌朝のことだ。







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