EXTRA3

第1話 ドルンド王国 ロンダ・ギヌ・ドルンド王の葛藤

 オーレリア山脈の袂に大きな国を構えるドルンド王国。


 大陸の中心に位置するそこは多くの人々が通過する重要な交易国だった。

 多くの種族が往来するその国は岩窟人ドワーフが収める世界最大の交易国であり、どちらの勢力にも属していない中立国としても有名な国。

 オーレリア山脈に空く大きな大洞窟の中に構えるドルンド王国は中立国ゆえに、襲われることがないため、国の防衛は非常に薄い。大洞窟の入り口には国の見張りとして門兵の二人だけ。

 そんな大国を収めるのは岩窟人ドワーフであり王位を継いだ若い王、ロンダ・ギヌ・ドルンドだ。

 岩窟人の特徴はその体躯の小ささだ。

 成人でも人間の半分ほどしか成長しないが、その内に秘められた膂力は人間の2倍に近い。

 また、細かな精密作業を得意とする種族で、工芸品や、武具の生産に関しては今現在、敵になる国はない。

 多岐にわたって数多くの商業成績を伸ばしてきたドルンド王国は、ドルンド産というブランドを確立するまでになった。品質や性能において並ぶものはないもので、腕を上げた冒険者や、知れた上級商人がここへ訪れその商品を買っていく。

 その性能や品質も相まって、その値段もかなりのものだ。

 故に、客もそれに見合った地位の者ばかりとなる。

 大洞窟の中に構える国として、その規模は他国の大国に比べそれほど大きくはない。だが、岩窟人という種族は元来、採掘を主に行っていた種族のため、今現在でも、オーレリア山脈の掘削を進め、日々その規模を増やしていた。

 今日日、ドルンド王国はその業績を伸ばしてきたため、それに伴う工業区画と商業区画の規模拡大が必要となっており、新たな開発に多くの人員が今割かれている状況だった。


 ドルンド王国は工業区画、商業区画、居住区画、そして王族が住まう城塞。この4つにわかれており、今現在、工業区画が一番の広さを誇っている。


 そんなドルンド王国の城塞の職務室にて、先日ドルンド王国に訪れた最大の危機に関して議論を募らせていた。


「それで、ロンダ王。いかがされますか?」


 ドルンドを収めるロンダ王を前に、先代の王から仕える大臣ガードンは、件の事件についての対応を訊いた。


「件の者はもう帰られたのか?」


「はい。要望だけ申して、山脈を抜けていきました」


「そうか……。まさか龍種がこの国に関与してくるとはな。かの者に助けていただけなければ、この国は終わっていただろう。本当に感謝の念に尽きない。こちらから出せる職人はだれがいける? 大恩人だ。なるべく名のある者を送りたいところだが」


「ロンダ王。かの者に恩はあれど、この国で名のある職人となると手放すのは流石に熟慮する必要があるかと思います」


「……そうだな。だが、龍種を倒せるほどの実力者の要望に対して、それ相応の者を送らなければ失礼に当たるのではないか? それに相手の気に触れてしまっては報復されてしまう可能性だってあるだろう」


「こう言ってはあれですが、この国は古の大戦からどちらにも属さない中立国としてその地位を確立してきています。そのため、多くの国からの同盟によってこの国は世界のどこよりも安全な場所となったのです。もしこの国に手を出す者がいれば、同盟国である多くの大国を敵にすることになるのです。すこしくらいこちらの利を優先したところで、相手にこの国を攻撃することなどできはしないでしょう」


「確かにな。だが、私は恩には等価の恩を返したい。とはいっても、腕利きの職人を送ったところで等価とはいかないがな」


 少しばかり渋りながらもガードンは王の言葉をのんだ。


「かしこまりました。では、ドルンド一の職人であるドンラとギエルバを送ろうと思います。あの二人なら実力は申し分ないでしょう。様々な分野に精通している面も考慮すると、あの二人以上に適任はいません」


岩窟人ドワーフの二大巨頭じゃないか。それなら必ず相手も満足していただけるだろう。それに、別に永久的に彼らを渡すわけではないのだろう? あくまでも一時的なものなのだから問題はない。――では、ガードンよ。その二人を軸にほかの者を選定し、遣いの者が来られた際に、相手を待たせぬよう準備を進めてくれ」


「かしこまりました。では早速いってまいります」


 ガードンが職務室から姿を消すと、ロンダ王は机上に置かれた置きベルを手に取りそっと鳴らした。

 すると、執務室と続き部屋になっている扉が開いた。


「御呼びでしょうか?」


 扉を開けて入ってきたのは岩窟人ドワーフにしては少しばかり背丈が富んだ細身の男性だった。

 細身の割には確りとした筋肉を備え、手先の器用さも岩窟人そのものだ。けれど、彼には岩窟人以外の血も流れていたのだ。いわゆる混血種。それが彼の特徴的な身体の理由だ。


「悪いなボルノア」


「いえ。王の片腕として身を置くものとして当然。――それで、どうされましたか?」


 岩窟人の腕によって造られた煌びやかな装飾が黒服に花を持たせた様相のボルノアは、王直下の執事だ。普段は王の執務室に隣接された続き部屋におり、王の事務的な手助けをおこなっている。けれど、彼がこなしている仕事はそれだけではない。王の片腕として、王の護衛も行い、まだ若い王への幅広い知恵を与える重要な役割を担っている。そのため、彼は非常に多くの知識を得ている。


「先日起きた龍種の件なんだがな……」


「あれは確かに国の危機でしたが……王が気にされているのは別のところですね」


「お見通しか」


古の大龍エンシェントドラゴンの存在ですか?」


「そうだ。魔王が勇者に殺され、この世界の勢力も今や傾きかけている。そんな不安定な時、世界をさらに未曽有の惨劇へ誘おうとするのが伝説の生ける混沌、古の大龍だ。過去の歴史に奴が関与しなかった大戦は存在しない。ただ近年ではそもそも大戦が起きていないせいで、奴の情報も出回っていなかったが、今日日、不安定の世界情勢に愈々動き出したのかもしれないと思ってな」


「そうですね。龍種が今回のように大きく動くことはそうないですし、王が仰られたことも考えますと、やはり、可能性は高いかと思われます。古の大龍の考えることなど私たち低域位階には皆目検討ができない域にありますからね。理由はわからないですが、非常に可能性はあるかと思います」


「……ベーリア・トリエス・ディグラフト」


「かの者、ディグラフトの脅威は未曾有の災害です。できれば防ぎたいところですが、その実力は、勇者や幾千の魔王を超えるもの。この世界にディグラフトを倒せる者は存在しない以上、どう回避するかを考える必要が急務だと思います。ただ、そもそもがまだ不確定要素なので対処のしようがないですが……」


 世界を揺るがす最大の災厄。それが、絶対位階アプソリエンスの存在である龍種の頂点。古の大龍エンシェントドランゴンのベーリア・トリエス・ディグラフト。そして、実力も比類なき存在の上に、その姿をこの世界に隠していることが最も厄介なものだった。古の大龍は通常の龍種よりも数段その体躯が大きく、その姿を本来なら隠すことなどできない。けれど、絶対位階の一部のみが使える特殊スキル【形態変化】によって、その姿を思いのままに変え、固定形態を持たせないため、ディグラフトの存在を未だ誰も捕らえられていないのだ。


「古の大龍か龍種の総攻撃を受けない限りは、一応この国は何とか生き残れるだろう。過去に結んだ同盟のお陰でな」


 それを聞き、ボルノアが少し眉根を寄せる。


「王。一つ探りを入れてもよろしいですか?」


「探りとは?」


「いえ、とくに意味はないのですが。今回の事件で助けていただいた例の者ですが、聞くところによると、新しい魔王の配下だというではありませんか。ですが、新たな魔王など、私は存じ上げませんし、諜報員の定期連絡にもそういった情報は一つもありませんでした。明らかに素性が不明な存在です。もしかしたら、今回の龍襲撃事件はその魔王とかいう存在の自作自演の可能性があるのではないでしょうか?」 


「何を馬鹿なことを」


「利はあります。自作自演で今回の襲撃が行われた場合、相手はこちらへ大きな恩を与えることができます。実際、今がそうです」


 ロンダ王は椅子の背もたれに背中を大きく預けながら一呼吸置いた。


「……たしかに」


「また、私は件の魔王というものが古の大龍ではないかと考えております」


「なぜだ?」


「もし、今回の事件が先ほど言ったものならば、龍種を私たちのところへ襲わせる必要があります。この世界には魔物や魔獣といったものを操ることができるスキルや種族が存在します。ですが、現状、龍種を操ることができるものは存在しません。故に、意図的に龍種をこの国に向かわせるのは事実上不可能です。ですが、古の大龍なら、それは可能でしょう。龍種の頂点に君臨する存在に逆らう愚か者など知恵ある種族の中にはいないと思います」


「そういうことか。確かにボルノアの言っていることは筋が通る。……だが、もしそれが間違っていたとしたら、助けてくれた恩人へ裏切りを向けることになってしまう。そうなれば、その時はこの国が戦争の火蓋になってしまうだろう」


「そうですね。ことは慎重に起こさなければいけません。ですが、我が国の諜報員は非常に優秀です。相手に素性を見破られるようなことは一切しないでしょう。配下を信じて、相手へ送る派遣の中に混ぜてもよいのではないのでしょうか?」


 ロンダ王はひどく悩んだ。

 この決断で、この国の行く末、ひいては世界大戦の幕開けにもなってしまいかねない。その決断だ。難渋になるのも仕方ない。

 そして、数分の間悩み続けた王は英断した。


「よし。ボルノアの意見を認めよう。新魔王への人員派遣に我が国の諜報員を一人紛れ込ませよう」


「見事な判断です。では、こちらで諜報員を選定いたします。後ほどお伝えいたします」


 ボルノアの提言は非常にいいものだった。今後の国のことを十二分に考慮したものだ。しかし、それに比例して、もしもの時の反動は絶大なものだ。もし仮にボルノアの予想がはずれ、相手に不快な思いを置与えてしまった暁には、龍種を軽々と倒してしまう配下を持つ新たな魔王が、この国を亡ぼすだろう。

 いくら同盟防衛網を張ったところで、きっとたやすく超えてきてしまうに違いない。

 そうしたら、この国にいる多くの者の命が失われることとなり、最悪、それを引き金に、他国へ侵略を始めてしまうかもしれない。

 そういった危険性を改めて考えると、果たして、自分がした決断は正しかったのか?

 そういった大きな葛藤をロンダ・ギヌ・ドルンドは抱えていた。



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