第3話 狼人の娘とドルンドの技術者

 大龍の襲撃を受けたドルンド王国は一時的な避難勧告により賑わいを無くしていたが、それも今ではいつも通りになっていた。

 そんな殷賑な雰囲気のドルンド王国の正門にて、一人の狼人アンスロープが姿を現した。


「すみません」


 門兵が門を通ろうとした狼人に声をかけた。

 毛並みが非常に手入れされた美しいその狼人の娘はまだ少しばかり幼さを残していて、独り身でこの街へ来るのは難しいものだ。如何にも箱入り娘といった風采の彼女に少しの疑問を持った門兵は、この街へ来た目的と素性を確かめようとした。


「今回、この国へはどういった目的で来られましたか?」

 荷物も何もない状態の彼女は、あっけらかんと答える。


「この国からの助力を戴きたく参りました」


 彼女の答えは門兵の想像とかけ離れたものだった。


「それはいったいどいう言ったことでしょうか? 助力というのは?」


 その言葉に狼人の娘は小首をかしげた。


「先日ここへ来た闇妖精ダークエルフ黒兎人コーネロから話があったはずなのですが? 聞いていませんか?」


「も、もしかして、この国を救ってくれた方々の仰っていた遣いの方ですか? お話は聞いております。この度はこの国を救っていただき、誠にありがとうございました。お急ぎでなければ、一度王のもとへお越しいただけますか?」


 狼人の娘は無垢な笑みで了承を返した。


 

 多種族が殷賑に往来するドルンド王国の商業区。

 そんな商業区の市場は大きく三つに分類されている。

 多岐にわたる商品を他国から輸入したり、他国から自分の商品を売るために訪れた商人たちなどが幅広く軒を連ね、ドルンド王国の中でも最も活気ある市場として認知されている交易市場。

 まだ名を売っていないドルンドの職人がその名を上げようと軒を並べ、ドルンドへ訪れた多くの者へ商売をする下流市場。

 名を売り、品質と性能を十分に兼ね備え、独自のブランドを獲得した職人たちが、各々大きな店を持ち、貴族や有力者へ商売をする上流市場。

 この三つに、ドルンドの市場は分かれていた。

 賑わいを見せる交易市場を抜け、上流階級向けに商売をする上流市場へ足を向ける。

 狼人は別段珍しくもなく、ドルンドにおいて多種族が往来する交易国家。そこら中によく見る種族だった。しかし、ごくありふれた種族であるにもかかわらず、彼女は多くの人の注目を集めていた。

 きめ細やかな揺らぐ髪が、その者の気品さを他に訴える。

 身に纏う全てから、彼女が一般階級の者ではないと認知されてしまう。故に、彼女の姿を見た者はその美しさと気品さに足を止めてしまうのだ。

 その様相からは彼女に対して抱く印象はどこかの貴族のお嬢様だろうというものだった。誰一人彼女の本当の姿を想像すらできていなかった。

 上流市場にある高級ブランドのショーウィンドーに飾られる如何にも高級そうな品々をみて、狼人の娘は感嘆を素直に零す。


「とても美しい品々ですね」


 かわいらしい声に少しドキリとした門兵は、いたって平常心を装い、そんな彼女の独白に言葉を返した。


「こちらの上流市場で掲げるブランドはどれもドルンドの誇る宝の品々になります。気に入っていただけたのなら幸いです」


「そうなんですね。ところで、兵士さんのお名前は何というのですか? 見たところ、あの門を守っているのはあなたと、もう一人の二人体制だった気がするのですが。そんなエリートなあなたの名前をうかがっても?」


 少しばかり腰を折って顔を覗くように彼女は訊く。


「エリートなんて大層なものじゃないですよ。この国は他国との同盟によって守られていますので、門の防衛も本来する必要がないのです。いらない仕事をやっているだけの下っ端ですよ。名前はダーズといいます。わざわざ覚えていただく必要もありませんが一応」


「私はロローナ・シルファニエッタといいます。ロローナで大丈夫です。ダーズさん、下っ端なんてそんなことないですよ。門兵というのは、如何に安全が保障されたところだとしても、事件というのは必ず起こってしまいます。例えば、今回の様な埒外の襲撃。そういった異例に対して一番危険な立場としてその身を置いているんです。私から言わせてもらえれば、とても立派な仕事だと思います」


 とても真剣なまなざしで彼女はそう告げる。


「そ、そんなことないです」


 謙遜にとらえられてしまうかもしれないが、ダーズにとっては本当に下っ端仕事であり、だれにでもできるような無駄な仕事だと思っている。そこに嘘偽りは一切ない。


「わかりました。ではそういうことにしておきましょう」


 彼女は素直に彼の意見を認めた。


「ところで、質問があるのですが」


「はい。なんでしょう?」


「この国で一番高価で性能の優れた武具が売られている店はご存じですか?」


「はい。知ってはいますが……」


「何か問題がございますか?」


「実はですね、今回の件で、そちらへ派遣させる者の中にその店の職人がいるんです。ですので、店はいま閉まっているんですよ。店に行ったところで、会えるかはわかりませんし、王宮へお越しいただければ、後ほど派遣人員に召集をかけ、王宮にまねきますので、さきに王宮へ向かうのが得策かと思います」


 この国一番の高級店に出向き、この国の最高品質を見定めるつもりだったロローナは、少しがっかりするものの、後ほどゆっくり話を聞けばいいとそれを甘受した。敬愛する魔王様のために、できる限り有益な情報持ち帰るべく意気込んでいたが、出鼻を挫かれた感は否めない。


「わかりました。では先に王宮へお願いいたします」


 回廊のような街道を進んでいき、ようやく岩壁に築かれた要塞に続く大階段が現れた。

 大階段を上り城門をくぐると大広間があり、そこには装飾に彩られた落ち着きつつも鮮やかな装いに身を包む岩窟人が一人と、黒服に身を包む岩窟人とは少し容姿を外す男が立っていた。


「ようこそお越しくださいました。新たな魔王の従者様。準備をする前に、一度お話を伺いたいのですが、よろしいですか?」


 眼前に立ちそう話すのはこの国の王、ロンダ・ギヌ・ドルンドだ。


「かまいませんが、そう長くは滞在できませんので、ご了承ください」


「はい。では、こちらへお越しください」


 そういって、王は応接間へとロローナを案内した。

 王とロローナが相対するように席に座ると、王がさっそく口を開いた。


「まず初めにお聞きしたい。新たな魔王というのはどんな方なのですか? 申し訳ない。浅学の身ですので教えていただけますか?」


「私どもの主にして、世界を統べる実力を有している御方。八人目の魔王、マリ様。マリ様は非常にお優しく、慈愛に満ち溢れているお方です。あの方ほど温厚で優しい方はいないです」


「魔王というからには相当の実力だとは思うのですが、ほか七人の魔王の中ではどれほどの序列に位置しているのですか?」


「それはわかりません。まだ、マリ様はこの世界に降臨されてから日が浅いですので、ほかの魔王といわれましても、もまだ魔王オバロン様だけしかお会いしてことがないのです。ただ、そのオバロン様には勝ちました。ですが、それで実力が判断できるかは不明です……」


「いえ、十分です。魔王オバロンというと七人の中では序列3位にあたるほどの実力者と聞いています。それに勝つということは、魔王マリ様は非常にお強いということになります」


「正確に言うと、オバロン様と戦闘を行ったのはマリ様ではなく、配下の1人なんです。直接マリ様が手を下したわけではないのです」


 その言葉に、ロンダ王は息をのんだ。


「そ、それはつまり、配下の強さが序列三位の魔王に匹敵するということですか?」


「そういうことになりますね。もっと言えば、オバロン様と対峙した者はマリ様を守護する守護者の中でも実力は一番下と聞いております」


「貴方はその守護者の一人なのですか?」


「私は守護者ではありません。実力もとは比べるも烏滸おこがましいものです。マリ様を守護するのは10人。そして、実力は及ばないものの様々な方面でマリ様に仕える私の様な存在が7人。それがマリ様の戦力になります」


「……では、先日この国を襲撃した龍種を倒したのはその守護者ということですか?」


 ひと説明終わり、眼前に出されたお茶に手を伸ばしたところでその手は止まった。


「いえ。ここへ先日来たのは守護者ではありません」


「なに!? で、では魔王にすら匹敵する守護者以外でも龍種すら倒せる力を有しているというのですか? あ、貴方もまた……」


「そ、それはないです。私は本当に実力はないので期待しないでください。先日来たものは戦闘特化の者になりますので……特例です」


「そうでしたか。ですが、それでも相当の戦力を持ちなのですね、新生の魔王というのは」


 その時、ロンダ王の隣に座る黒服の男がそっと手を上げた。


「私からも質問よろしいですか?」


「はい」


「魔王マリ様は話を聞くところによると、ダンジョン内に街を建設するということですが、その理由は何でしょうか? 街を造ってもダンジョン内では来訪も少ないでしょう。なのにどうして」


「申し訳ございません。マリ様のお考えは私ども配下には想像すら及ばないものですので答えられません。ですが、マリ様は非常にお優しい方です。そして、下に仕える配下はみな違う種族により構成されています。多くの種族が共存できるような平和な場所をマリ様は造りたいのだと思います」


「平和な場所ですか。魔王というよりに近いような考え方なのですね」


 黒服の男がそう呟くと、ロローナはふと思いついたように言葉を返した。


「それなんですけれど、私からも質問してもいいですか?」


「なんでしょうか?」


「この世界では、なぜ魔王と勇者は争い続けているのでしょうか?」


 この世界の理。

 光側と闇側の対立。

 そもそもなぜ争っているのか。


 魔王マリも、その配下もそのことに関しては一切知らない。

 だが、この世界のどれほどのものが争いの起源を知っているかは定かではない。そして、ここドルンド王国でもそのことに関しては殆どが知らないものばかりだ。

 多くの国からの来訪者が往来する国であるドルンドでも、情報には穴があるのだ。

全てのピースが埋まらない。それが世の理。


「世界に置かれる最古の歴史、古の大戦でも、すでに世界は魔王と勇者によって二分されていました。それよりも古い歴史となると、歴代勇者を王にしているルーンベルエスト聖王国でしか手に入らないでしょう」


「そうですか……。では私がここでいただきたい情報は無しということになりますので、早速ですが、お貸しいただける人員の紹介をお願いできますか?」


 ロンダ王を前に得られる情報がないことを悟った彼女は、一転して話を先へ進めた。

 彼女の唐突な進路変更に少しばかり狼狽を見せるも、ロンダ王は一つ咳ばらいをして答える。


「では、そうしましょう。客人を待たせるようなことはしたくはありませんので。ボルノア。大臣に連絡を頼む」


「かしこまりました」


 ボルノアと呼ばれた黒服の男が席を立つと、扉の向こうへ姿を消した。


「すでに何人かはこの宮殿内に待機させているのですが、未だ揃っていませんので早急に手配させます。それまでの間ですが、少しばかりこの国についてお話をしてもよろしいですか?」


「かまいませんが、なぜでしょう?」


 ここにきて別にこの国について詳しく知ろうとは思っていなかったロローナは少しばかり怪訝に感じた。


「もし、今後友好的な関係を結べて戴けるよう、この国の情報をなるだけ開示しておきたいのです。国としては有力な相手と懇意にして戴きたいのです」


「そういうものなんですね。私にはよくわかりませんが」


「国としては世界で生き抜くことが最も重要なことなのです。そのためには安全を確保する必要があるのです」


「安全……ですか」


 魔王マリもまた安全を最も重要視していた。そのことを思い出したロローナはロンダ王の話を聞く気になった。


「まず、この国について知っておいてほしいことが一つあります。それは、この国は中立国だということです。知ってるとは思いますが、中立国とは、光にも闇にも属さない非戦闘国家のことです。武力は保有しますが、それをどちらかの力として貸すことは一切しないということです。また中立国であるこの我が国は他国との不可侵条約及び同盟を締結しておりますので、この国に敵対したときは同盟国が我が国を守ります。現段階で、我が国と同盟を結んでいる国は光側12カ国、闇側7カ国の計19カ国となります。もし我が国に矛先を向けたなら19もの矛先が返ってくることになるのです」


「それは強力な防壁ですね。ですが、それは本当に機能するのですか?」


「といいますと?」


「もしそれが機能しているのなら、先日、この国を襲撃した龍種も倒せたのではないのですか?」


「そうですね。たしかにその通りです。ですが、先日の事件は発生してからそれほど時間をたたずして貴方方の救済の手が伸びたのです。先日の様な予想のつかない襲撃に際しては、他国への急速な救援要請を送れるようにそれに特化した人員が国に配備されおりますので、問題なく対応はできます」


 ロローナは目を細めた。


「もし、今回の襲撃が龍種一体ではなく集団だったら、この国は助かりませんね」


 そんな彼女の言葉にロンダ王は苦笑いを浮かべた。


「ま、まあ、そんなことが起これば、この世界のどの国も対処できないでしょうね。絶対位階アプソリエンスの集団が攻めてくるようなことがあれば、それはもう大戦の幕開けとなるでしょう」


「そうですね。――そういえば、龍種の中でも最強とうたわれる古の大龍エンシェントドラゴンについてなんですが、何か情報はお持ちですか? マリ様がその存在を危惧されておりましたので、何か情報があればうれしいのですが……」


 ロンダ王は古の大龍についての情報を持っている。だが、それをすんなりと渡してもいいものか悩んだ。


 世界の恐怖として周知されている存在。――古の大龍エンシェントドラゴン


 けれど、その詳細を知るものは非常に少ない。

 情報が渡ればその者の弱さを悟られてしまう。そのため、古の大龍は自身の存在を長きにわたり秘匿してきたのだ。もし情報が渡れば、渡ったものを消していく。そうして古の大龍に関しての情報は世間に出回らないようになっている。

 話に上がるのは誰もが知っているような埒外な強さという情報だけだった。

 確かであり、十分な情報。

 古の大龍の能力やその名については極僅かなものしか知りえない貴重な情報だ。もしそれが公に出回れば、火種は確実に消されてしまう。そんな危険性を冒してまでする必要もない。

 国を背負うものとして、ロンダ王は軽率に古の大龍の話はできないのだ。

 だから、ロンダ王は生唾をのんだ。


「残念ながら……。我が国も、古の大龍についてはなにも――」


「あら? 嘘をつくんですね」


 眼前で真っすぐ目を尖らせる狼人にロンダ王は心臓を鷲掴みされたような感覚に陥った。


「な、なにを……」


 ロローナは無垢な笑みを浮かべる。


狼人アンスロープという種族は他の種族と比べると非常に聴覚が優れているのです。そして極まれに、発せられた言葉が真実か嘘かを聞き分けることができる【真実の破耳ヴァルハイトオーア】を持つものがいます。とどのつまり、私もそれを有しております。ですので、先ほどの言葉が嘘であると、私は見抜いたのです。――さて、なぜ嘘をつくのですか? せっかく友好的な関係を結びたいと云っていた貴方が、相手を裏切るような行為をとった理由をお聞かせください」


 魔王マリが多くの情報が出入りするこのドルンド王国になぜロローナを送ったのか。情報を多く有しているものは自身の損得勘定だけで情報を操作する。相手にどれだけ真実の情報を与えれば十分なのか。過度な情報提供によって不利益にならないように、時には虚偽の情報すら厭わない。それが有力者の常套だ。

 だからこそ、こちら側の実力を見せつつ、虚偽すら吐かせないようにする必要があった。

 龍種の件で、魔王マリの実力は相当のものだと相手国も理解している。そして、ロローナの説明により、配下ですら絶対位階アプソリエンスを倒しうる実力者揃いで、対立すれば、たかだか一国では太刀打ちできないと理解させた状態。そこで、こちらに嘘をついたことがばれでもしたら、相手国がどのような対応に出るかは想像に難くない。

 魔王マリはそれを見越して、【真実の破耳ヴァルハイトオーア】を持つロローナをドルンド王国に送ったのだ。

 ロンダ王は嘘を見抜かれ、詰問状態に陥る中で、ふとそんな想像を構築した。

 そして、もしそれが本当だった場合、自身が犯した過ちに血の気が引いていくのを嫌というほど感じ始めた。

 自身がしてしまった無礼により、ドルンド王国が実力が未知数の新生魔王によって滅ぼされてしまう可能性があるのだ。当然のことだろう。

 この状況下で、下手に言葉を繕っても致し方ない。

 そう覚悟を決めるしかなかった。

 そして、ロンダ王は古の大龍の情報を渋ったわけを確りと彼女へ伝えた。それこそ、嘘偽りのない言葉で。

 緊迫した空気の中で、嫌な汗を手や額に流しながら、ロンダ王はロローナの反応を伺っていた。


「そういうことでしたか。それは仕方ないことですね。国を守るために熟慮し英断したのです。私が攻めるのはおかしな話ですね。ですが、それでも、事情を話してから情報提供を断ればよろしかったのではないのでしょうか? 前触れもなく嘘を吐かれれば、相手に対しての嫌悪や疑心は生まれてしまいますよ。一層に関係を築きたい相手ならなおのことだと思います」


「おっしゃる通りでございます」


「……このことはマリ様に報告はしません。ですが、一度見せた裏切りには報いてもらいたいですね」


「かしこまりました。では、古の大龍の情報をすべて開示いたします」


「ありがとうございます。情報さえ他へ口外しなければ、この国が襲われることはないのですよね。いただいた情報はすべてマリ様以外には口外いたしません。それがマリ様に仕える者としての務めですので。マリ様に不利益を齎せば、即この命はマリ様に捧げるおつもりです」


 そう話す彼女の目は、呪縛によって言わされているものではなく、心の底から敬愛と恍惚によって生れたものであると、ロンダ王は理解できた。そして、主に対してそれほどまでの忠誠を誓える彼女の姿勢に、感動を覚えてしまう。

 それから、ロンダ王はドルンド王国が抱える古の大龍の情報をすべて話した。


「やっぱり、姿を変えることができるんですね。マリ様もそれに関して一番危惧されていました」


 現存する最古の龍種として、古の大龍と世間で言われる存在、ベーリア・トリエス・ディグラフト。その実力はこの世界の頂点に君臨する。今後絶対あり得ない魔王や勇者が力を合わせたところで勝率は半分以下といわれるほどだ。古の大戦では数国が一夜にして消滅したという伝承も残っている。


「そのディグラフトというのは今現在、所在をつかめているものはいるんですか?」


「残念ながら……」


 その時だった。

 コンコン。

 扉をノックする音が響く。


「すべての者の準備ができました」


 扉の奥で、黒服の男の声が聞こえる。


「通せ」


 扉が開き、如何にも職人といった出で立ちの岩窟人の男たちが5人入ってきた。


「大変お待たせしました。こちらが、我が国が誇る技術者たちです」


「その人たちの紹介は必要ありませんので、さっそく、私と一緒に来ていただけますか? いまここで説明されても覚えられませんし、直接マリ様に説明していただいたほうがその後の指示もしやすいとおもいます」


「な、なるほど」


「ちょっと待ってくれ!」


 1人の岩窟人が声を張る。


「俺様たちはロンダ王の命令のためだからこうして知らない土地へ行くつもりだがよ、そこのお嬢ちゃんがどこの誰だか知らないままその嬢ちゃんについていくのはいやだぜ。せめて名乗るぐらいはしてくれよ」


「無礼が過ぎるぞギエルバ!」


「かまいませんよ。……そうですよね。私みたいな者に従いたくはありませんよね。でも安心してください。私は皆さんをマリ様のもとへ案内するだけですので。ですが一応自己紹介をさせていただきます。私は、偉大なる魔王マリ様の手によって命を戴いた配下の一人。狼人アンスロープのロローナ・シルファニエッタです。記憶に留めていただかなくても結構です」


 ロローナとギエルバのやり取りに肝を冷やしたロンダ王だったが、そのあと、ロローナが釘を刺したときは危機感を抱かずにはいられなかった。


「ギエルバ? さん。私に対しての立ち振る舞いは何でも構いませんが、今後、マリ様の前で同じような態度をとられますと、さすがに傍に仕える者に殺されてしまいますので、お気を付けください。マリ様に無礼を働いた際はこの私も手を上げてしまうかもしれません」


 にこりと無垢な笑みを浮かべてみせるも、その笑顔に恐怖を覚えたのはギエルバを含め、その場にいた全員だった。


「では、時間も惜しいので、さっそく向かいましょう。こんな私にご親切に対応していただきありがとうございました。では――」


 そういって5人に指示をかけ、ロローナを先頭に小柄な初老の見た目をした岩窟人が荷物を抱え歩く光景はどこかおかしさがあった。

 











 

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