第2話 討伐依頼と待ち構える者

 依頼内容はダンジョンに巣くう魔物の討伐依頼。

 目的のダンジョンの場所は受付嬢に地図をもらい二人は早々に街を出た。

 ウィルティナを南下したところ。群生林が広がる先に小さな岩山が存在する。その岩山の麓に目的のダンジョンは存在している。

 この世界ではダンジョンをそこに巣くう魔物の強さによって攻略難度をランクとして区別している。二人が赴くのはダンジョンに棲息する魔物の強さが極めて低いものばかりの低ランクダンジョン。とはいえ、駆け出しの冒険者ならばある程度装備をそろえなければ最奥へはたどり着けないのも、またダンジョンというもの。

 ダンジョンの形態は多岐にわたるが、その大まかな括りは3つ。


 1つ――少層構造でダンジョン内に最奥の魔物だけが逸脱した強さを持つもの。

 2つ――ダンジョン自体が多層構造となり、階層内に2体以上の強力な魔物が存在しているもの。

 3つ――ダンジョン攻略をなすことで、そのダンジョンの権利を譲渡される特別なもの。


 低ランクダンジョンは大抵が少層構造となり、ダンジョン最奥に強い魔物がいるものである。そのため、いくら駆け出しの冒険者といえど、道中までは凌げても、最奥の魔物は装備がそろっていなければ倒せはしない。それを理解しているからこそ、ギルド内の冒険者たちは準備をせずにそのままダンジョンへ向った二人に吃驚の眼差しを向けていた。

 そんな異色の喧騒をよそに、二人は颯爽と群生林を抜けると、早々にダンジョンの前へに到着した。

 ダンジョンへ向かう最中、ほかの冒険者ともすれ違うも、だれも彼女らがダンジョンへ向かっているとは思いもしなかった。

 装備といえば、強固な鎧を身に纏うわけでもなく、只の布である華麗な衣装をまとう美しい二人。それが第三者から見た彼女らの印象だ。しかも、二人とも武器を所持していないのだ。いったい誰が二人を見て冒険者だと思うのか。

 岩山に存在するダンジョンの入り口は岩合の釁隙。それがダンジョンの入り口だとは正直わからないほどの自然な隙間だった。


「ここが目的のダンジョンね。見るからに弱そう」


 しっとりとした口調で、牛人のカレイドが言葉をこぼす。


「確かにな。ま、ダンジョンの最奥には歯応えのある魔物もいるっていうじゃないか。私はそれが楽しみだな。せっかく冒険者として外界にでているのに、1ミリも楽しくないのもつまらない」


「あまり調子は乗らないほうがいいのじゃなくて?」


「ちっ! 少しくらいいいじゃないか。……でも、たしかに奢るのは違うな。私は弱い。マリ様の勅命で外界に出させていただいたのだ。これを利用して多くの経験をして強さに磨きをかけなければいけない」


「とはいえね。いくら低ランクのダンジョンといっても、私たちにとっては外界で初めての戦闘になるのだから気を引き締めなくてはいけないわ」


 ダンジョンから漏れ出る魔物の悪臭を感じ取れるのはきっと魔王の配下くらいだろう。

 漂う魔物の気配を感じながら、二人は岩合の釁隙きんげきへと入っていく。

 ダンジョンの入り口は一切の明かりがなく、一寸先が闇の世界だった。

 流石に暗視能力を有しているわけではない二人は明かりをとるため、会得している炎系魔法によって一時的な明かりをともした。


火炎フレア


 カレイドの掌の上でメラメラと橙炎とうえんに揺らぐ明かりによって仄かに照らされたダンジョン内は、何の変哲もない岸壁の狭隘だった。炎によって照らされたほんの少し先には下層へ続く階段が見える。

 階段の先、洞窟の世界が広がっていた。明かりとなるのは光源鉱石と呼ばれる光を放つ鉱石がダンジョン内に無数に存在し、それがダンジョン内を照らしている。

 階層に入ってしまえば光源鉱石が照明代わりとなるため、カレイドは出した炎を消した。

 低ランクダンジョンは最低3階層構造で、最大でも5階層構造となっている。

 階層の広さはダンジョンランクには比例されないため、高ランクダンジョンだからと云って階層自体が広いというわけではない。

 けれど、今回訪れたダンジョンはそれほど広い階層ではないようだった。


「おいおい、もう次の階層への階段が現れたぞ?」


「ほんとね。でも、まだ魔物一匹として遭遇していないわ」


 ダンジョンに入って魔物に遭遇しないというのはそうそうあることじゃない。魔物自体、ダンジョンに訪れるものを排除するために動くのに、それをしないというのは殆どない。けれど、魔物といっても命あるもの。明らかに力の格差がある相手に、自ら命を捨てに行くこともない。故に、二人の醸し出すオーラを感じ取ったダンジョンの魔物たちは、見つからないようにその身を潜めて彼女らが通り過ぎるのを待っていたのだ。決してダンジョン内に魔物がいないというわけじゃない。魔物すら恐れるほどの脅威を彼女らは発しているということだ。


 そして、魔物との遭遇もないまま、彼女らは階層を3階層まで進んでいった。

 洞窟という景色は変わらない。

 階層は愈々4階層へと渡る階段を下っているさなかだった。

 魔物との戦闘もないまま只変化のない退屈な岩壁の世界を視界にとらえながら、大分と辟易な感情を見せつつ、彼女らが4階層へと降り立った時だ。


 グロオオオ!!!

 洞窟内に轟く獣の雄叫びが彼女らの耳に届いた。


「無駄に勇ましい吠え方だな」


「品がないわね」


 一切動じずといった風に二人はその足を進めていく。

 この4階層はいわば、ダンジョンの最下層に位置するところで、ダンジョンの番獣とでも呼ぶのか、ダンジョン最強の魔物が待ち構えている場所だ。

 先ほどの雄叫びもこのダンジョンの番獣のものだろう。

 4階層は多くのダンジョンに見られる大空洞という創りでなく、最下層とは言い難いほどに上層と変わらない場所だった。ただ、一つだけ違うとすれば、枝分かれしている道の岩壁に、無数に大きな穴があけられていることだけだった。


 グロオオオオオ!!!!


 声は岩壁に空いた穴から響いていた。


「なるほど。魔物はこの中にいるのか。なら魔法の一撃ですみそうだけど……それじゃあ味気ないよな」


 魔法をその拳に纏ってみせたアカギリだが、それを一瞬で解いてしまう。


「なら私は今回採集の方に専念させてもらうわ。これはただの討伐じゃないからね。魔物が住み着いて採りに行けない貴重な素材を採取するのが本来の目的。それに二手に分かれれば効率は非常にいいわ。こういった下積みの依頼なんかは効率重視で熟していかなければランクの上昇も相当先の話になってしまうからね」


「了解。なら私は獲物を誘き寄せるから、お前はその隙に奥へ行ってくれ」


「はいはい」


 アカギリは自らの額に鋭利な爪を一つ立てると、そこから額の血管が浮き彫りになりはじめ、額に生える角と双眸へと広がっていく。そして浮き彫りになった血管が角と双眸へと到達した瞬間、彼女はその双眸をゆっくりひらいていくと、紅玉の瞳が血染めのように真っ赤に染まりあがる。


 その瞬間だった。

 洞窟内で、先ほどよりおおきな怒号を魔物が飛ばしてきた。


「上手くいったようね。じゃあ私は先に行くわ」


 アカギリの後ろを軽やかに通り過ぎていくカレイド。


「やれやれ。これ結構痛いんだよな。あまり使いたくはないけど、隠れた魔物相手にはこれが一番効果的なんだよな」


 アカギリのスキルの一つでもある【恐慌血瞳きょうこうけっこう】は、効果範囲内の敵に一種の恐慌状態を起こさせ、自ら発動者へと襲い掛かるように仕向ける技。挑発の効果と酷似するが、挑発と恐慌での大きな違いは、相手の能力上昇効果がつくかどうかだ。恐慌状態に陥った相手は一時的にその攻撃力が倍となる。しかし反面、自律性は損なわれ、防御力が各段に低下する。そのため、攻撃自体は強くなるが、その命中力と防御力が弱体化するという優れた技だ。

 そして、アカギリの【恐慌血瞳】を受けた魔物はその命を自ら捧げに向かってきた。

 アカギリのすぐ右隣りに空いている大穴から大きな何かが猪突猛進する荒れた轟音が鳴り響き小さな振動を彼女へと伝えた。


 グラアアアアア!!!!


 針鼠の様な外殻を身に纏う体長5メートルほどの大型の魔物が大穴から凄絶な勢いで飛び出してきたかと思うと、いきなり凶悪な牙を剥き出しにしてアカギリへと、襲い掛かる。しかし、その攻撃が彼女に届くことはなかった。

 口を広げ、人の腕くらいはある大きな牙が今にも彼女の胸を抉るところで、彼女は自身の得物を異空間魔法にて出現させ、体との間のクッションとしたのだ。

 魔王マリがアカギリに造ったその剣が低ランクの魔物ごときに食い破れるわけもなく、剣身に牙をぶつけた魔物のは悲痛の叫びをあげ後方へ飛び退いた。


「残念だったな。無策に突っ込んでくるからだ。その大事そうな牙もこの通りばらばらだ」


 飛び退いた獣との間には魔物の牙が悲惨な末路をたどっていた。

 今にも逃げ出したそうに顔を引きつらせる魔物だが、ここで恐慌の真の怖さが発動する。

 恐慌を発動したものからは恐慌状態時は一切逃げることができないというものだ。

 挑発に束縛効果をもつ恐慌スキルは非常に優秀だが、戦力に差がなければ自身の首を絞めるだけの自殺スキルとして、世界では多く認知されている。そのため、恐慌スキルを実戦使用するものはそうそう存在しない。

 後に引けない状況の魔物は悪あがきでもしているのか、その外殻にある数万本の鋭利な針山でアカギリへと猛進していく。

 しかし、ここでもまた格の違いが如実に表れる。

 並みの冒険者ならこの攻撃はそうそう防げはしない意外に強力な技だが、そんな攻撃すらアカギリにとってはミツバチと戯れる程度でしかなかった。

 手に握る剣で一振り。

 横へ薙ぎ払う形で素早い振りかざしをみせると、剣先から生まれた斬風が針鼠の魔物を吹き飛ばした。5メートルもある巨体をたったひと振り、しかも直接剣が触れたわけでもないのに、まるで風で風船を飛ばすがごとく綺麗に後方へ飛んで行った。

 けれど、魔物もかなり頑丈だったようだ。アカギリの攻撃を受けてもまだ立ち上がり、恐慌状態のため、再び、頭の悪い突進をかますも軽くあしらわれてしまう。そんなはたから見れば戯れのような光景だったが、ついに変化が起きた。

 魔物に掛かった恐慌状態が解けたのだ。

 魔物は自身のかかっていた呪縛がなくなった途端、脱兎のごとく大穴へと逃げて行ってしまった。


「ちっ! 少し遊びすぎたか」


「あら? あなたまだやってるの?」


 アカギリが遊んでいるうちに、目的の素材を調達してきたカレイドが呆れ顔に彼女を見る。


「うるさいな。少し遊びすぎただけだ。そっちが終わったならこっちも終わらせるとするさ」


 魔物が消えていった大穴へ向けて、剣を向けると、そっと呪文を唱えた。


鬼影おにかげ


 剣先から黒い靄が生まれ、淡く漂いながら穴の中へと消えていく。


「貴方らしくもないわね。もっと派手にやるのかと思っていたけれど」


「あの程度の魔物にそこまでする気にもなれないだけだ。――んじゃ、帰るか?」


「そうね」


 そうして二人が最下層を後にする最中、アカギリが発動した《鬼影》が穴倉に隠れた魔物の息の根をひそかにとめた。


 彼女らにとって、魔王マリ以外のダンジョンはやはり物足りないといった感じだった。そんな物足りなさを感じながら、二人がダンジョンをでると、そこには白い制服に身を整えた男が3人待ち構えていた。腰には立派な剣が携えており、その風貌はまるで騎士団のような様相の彼らは、二人を見るなり、怪訝そうな眼差しを向ける。


「貴様ら、冒険者か?」


 男の一人が質問する。


「だったらなんだ?」


 男の態度に少しばかり不快感を覚えたアカギリが答える。


「ダンジョンから出てきたというのに、なぜ武器も装備もないんだ? それに、件の二人組というのも貴様らと酷似している」


「件の二人組?」


「今、街で出回っている魔王の配下と謳っている不届きもののことだ。魔王の配下などと自ら謳うとは、騎士団にその身をさらけ出す大馬鹿か、それとも相当の自信家か」


 ここで騎士団について尋ねたい気持ちもあったが、状況からしてその言葉を飲み込んだカレイドは、男に一言訊く。


「私たちは武器を魔法によってしまっているのです。それに、そもそもあなたたちは誰なんですか?」


 男の一人がにたりと笑った。


確定だ!」


 その言葉に男たちは腰に携えていた剣を一斉に抜いた。


「俺たちを知らないとは、やはり貴様ら、件の二人組だったか。掲示板の情報ってのはな、多くのギルドの掲示板に共有されるのが早いんだ。とはいっても特定の共有情報だけだがな。俺たちはそんな掲示板で情報を集めては魔王の行動を監視している。目につく魔王の行動を認知し対処することができるものであれば俺たちで対処をするし、もし魔王自体が動いたなら、上層部へ報告を行う」


「なんだ、やる気か?」


 アカギリが異空間から剣を取り出した。


「俺たち聖王騎士団に歯向かうとは相当の世間知らずだな」


「だが、こいつらは魔王の配下というじゃないか。戦わずに逃げることもないだろう。寧ろこれが正しい反応だ」


「相手は魔王の配下といっても女二人だ。俺達で十分に対処できそうだ」


「へえ。なかなか舐めてやがるな。おいカレイド、どうする?」


「そうね。せっかく回避したつもりなのに、どうやら失敗してしまったみたい。これは私の責任でもあるから、今回は私も参加するわ。でも、分配はあなたが多くやっても構わないわよ」


「無論、そのつもりだ。カレイドは右のやつを。残りは私がやる」


 一人の男が、二人の話を聞き大仰に笑う。


「貴様らは馬鹿だなー。聖王騎士団である俺らが三人もいるんだ。貴様らがいくら束になっても勝てやしない。それに、種族能力としても格が違う。鬼人と牛人だろ? 鬼人はともかく、牛人など、戦闘において劣等種族じゃないか! それに比べて俺らは獅子王ライオニエの潜在能力は戦闘において最上位種といっても過言ではない。貴様らに勝てる見込みなど微塵もない。だからといって手加減をしてやるつもりもない。さっさと終わらせてやる。精々足搔けよ!」


 そして男は握る剣に魔力を纏わせると一気に地面を踏み込んだ。瞬間、地面が陥没し抉れ、目にもとまらぬ速さでアカギリに飛び込んだ。並の人間には到底見える速さじゃなかったが、二人には容易に認識できる領域だった。

 一撃で終わらせるつもりでいた男だったが、剣に一瞬で纏わせた魔力はアカギリの肉を抉ることはなく、途中で止まった。


「っ!!??」


「ちょっと……待ちなさいよ」


 アカギリの隣で怒りに身を震わせながら、男の一撃を異空間から出した大斧を片手に握りながら、カレイドはその大斧の腹でそれを受け止めた。

 ちらりとカレイドのほうを見たアカギリは何かを悟ったのか、即座にその場から飛び退いた。


「やれやれ。怒らせたみたいだな。これ、私の出番あるのか?」


「私が劣等? あらあら、冗談はほどほどにしていただきたいわね。マリ様の配下である私たちが劣等種なわけないでしょ? あなた達の脳味噌はゴミでも詰まっているのかしら?」


「嘗めやがって!」


 怒号と共に距離をとりながら、男は再び素早い動きで左右に駆けながら、相手の目を翻弄していく。そして隙を見せる彼女へ、光の如く鋭く速い突きを喰らわす。

 だが、そんな攻撃さえ、彼女は大斧の柄を少しずらして剣の軌道にかぶせた。

 攻撃はそれによって防がれ、男は再び距離をとる。


「お、おい! どうなってやがる! なぜ俺の攻撃が防げる!」


「そんなの、簡単なことです」


「!?」


「弱いからですよ」


「この雌牛がっ!!!!」


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