EXTRA2

第1話 牛人と鬼人の二人組

 魔王オバロンの統治下の中で最も大きな都市ウィルティナ。

 街の繁栄状況はそこに冒険者ギルドがあるかどうかで判断できる。そして、このウィルティナにもそれは存在した。

 多くの行商人や、他国からの冒険者も訪れるそこに、一際目を引く二人組が町に現れた。


「冒険者ギルドで私たちの登録を済ませないとな」


「そうね。早いところ成果を持ち帰らなければ、私たちは愛想をつかされちゃうかもしれないわ。ま、あなたはその心配はないかもしれないけれどね。想像のできない寵愛をいただいたあなたには」


「おいおい。まだそんなことを言っているのか? 過ぎたことなうえに、あれは今後誰にでもチャンスのある事なんだ。お前も頑張ればいいだろ」


「だから、成果を出さなきゃそのチャンスすら来ないことを私は心配しているのよ」


 多くの人が殷賑と往来するなかで、彼女ら二人を見たものは必ずその手を止めて魅入ってしまっていた。

 彼女らが珍しい種族というからではない。鬼人も、牛人もそれ程珍しくはない。ただ、彼女らの容姿が否応なく周囲の者を惹きつけてしまうほどに美しいからだ。

 二人は一度訪れたことのあるギルドへ向かうと、そこには以前訪れた時と変わらず、酒場と化したテーブル席で酒を飲み交わしている冒険者たちがいた。

 そんな殷賑な酒場を通り抜け、ギルドの受付へと足を運ぶ。


「すまない。ここで冒険者登録をしたいんだが」


 鬼人の女性がそう受付嬢に訊くと、快く返してくれる。


「かしこまりました。登録はお二人でよろしいですか?」


「ああ」


「では、さっそくお手続きをさせていただきますので、こちらの書類に必要事項を記載の上、最後にサインをいただけますか?」


 そういって受付嬢は登録用の紙を二枚出した。

 書面には名前と職業、そして出身地などが書かれていた。

 ごく基本的な情報だけの記入になる。


「この、職業ってのは?」


「戦闘スタイルのことです。剣で戦うか魔法で戦うかといった風に、なにで戦闘を行うかによって職業が分かれております。とは言いましても、職業はそれほど多くはありません」


「とわ云われてもな。私らにはそういった常識がわからないから、教えてもらえるかな?」


 少しばかり眉根を寄せて頼みをする鬼人の女性に、受付嬢は優しく答える。


「かしこまりました。では私からいくつか質問させていただきます。まず、お二人は武器を使用して戦われますか? 見たところ、武器を所持してはいないようですが……」


「ああ、私はこの――マリ様に造っていただいた剣で戦う」


 受付嬢の質問に答えるように、鬼人の女性は徐に何もない空中から武器を出現させて見せた。


「えっ!?」


 彼女が武器を出現させた瞬間、受付嬢は吃驚に顔をゆがめた。

 ギルド内にいた者がその瞬間を目の当たりにして、少しばかりざわつく。


「い、いま。どこから武器を?」


「ん? 異空間魔法だけど、何か変か?」


 鬼人の女性は、もう一人の牛人の女性に確かめるように顔色をうかがうも、平然とした顔を見せる。


「異空間魔法!? それは魔法をある程度上達させてからでないと使えない特別な魔法ですよ? もしかして、お二人は上級魔法使いなのですか?」


 ギルド内で騒ぎが徐々に大きくなるのを感じながら、素知らぬ顔で聞き返す。


「上級魔法使いかどうかはしらないけれど、この程度の魔法はだれでも使えるぞ。むしろ使えないのに驚きを感じるくらいだ」


「そうね。でも、私たちが特別なのかもしれないわよ。なにせマリ様の恩恵をうけているもの」


「それもそうか」


 二人の会話に一切意味が分からないと目を泳がせている受付嬢だったが、そこは仕事なのか、すぐに自身を落ち着かせると、話を元に戻した。


「お二人が特別なことは理解できました。――では、お二人は武器を使用しての戦闘ということでよろしいですか?」


「ああ。そうだな」


「ですと、職業は戦士職かと思われます」


「じゃあ、ここには戦士って書けばいいのか?」


「はい」


 それを聞くと二人は早速、書面に必要事項を書き始めた。

 一分もしないうちに書き終わるとそれを受付嬢に渡した。


「アカギリ様とカレイド様ですね。出身は……マリ様のダンジョン? これはいったいどちらにあるのでしょうか?」


 その質問に、鬼人アカギリは昂然と答える。


「それはこの近郊にある新しいダンジョンのことで、私たちはそこから来たんだ。マリ様という魔王によって私たちは――」


「アカギリ。そのことは言わないでいいわ。無駄な情報を流さない」


 何かを言いかけたところで、カレイドがそれを制した。


「あ、ああ。すまない。つまり、私たちはダンジョン生まれということだ」


 先ほどの騒動を超える事案が、このギルドに再来した。


「あらたな魔王!!?」


 受付嬢の反応を見て、少し首をかしげるアカギリ。


「あれ? この前来た時にマリ様のこと話してなかったっけ?」


 確かめうるようにカレイドのほうを見やるも、彼女の同意は帰ってこなかった。


「してないわね。ダンジョンに関する情報しか話してなかったわ。マリ様に関してはほとんど触れなかったはずよ」


「そうだったか。すまないな。というわけで、新しい魔王そのダンジョンにいるわけなんだ。そして、私たちは、その魔王マリ様の配下だ。だからって、別にこの街に何かしようってことは一切ないからな。私らはただ、冒険者として登録をしたいだけなんだ」


 アカギリの言ったことにまだ甘受できずにいた受付嬢は少しばかり放心状態だった。


 それが回復したのは数分後のこと。


「す、みません。あまりの重大な情報だったもので、脳の整理がつきませんでした。えっと、すみませんが、その新しい魔王に関して、情報は出回っているのですか?」


 ギルドの受付嬢というのは非常に情報に富んでおり、多くの冒険者や、依頼人の承認などが跋扈するため様々な情報が集約する場所なのだ。その受付をしているのだから、そういった最新の情報はあるはずなのに、その魔王の情報が入っていないことに、その情報に対して少しの疑心感を抱いてしまった。


「多分、まだだと思うわ。私たちが話していなければ、情報としては出回っていないはずよ」


「そうでしたか。ただ、この情報に関しては、非常に重要案件になりますので、ギルドとしては全面公開をしたいのですが……」


 そんな受付嬢の願いに、カレイドは満面の笑みで答える。


「ええ、もちろんかまいませんよ。むしろ、是非に広めていただきたいです。マリ様はダンジョン内で多くの種族が暮らす街を作りたいとお考えになられております。ですので、公開をする条件として、一緒にダンジョンへ移住していただける方を募集していただけますか? 見たところ、そういった情報掲示板というのがあるみたいですので、そちらに一緒に貼っていただければと思います。できれば目立つようにしていただければ幸いですね」


「かしこまりました。ダンジョンへの募集事項と一緒に新魔王の情報を掲示したいと思います」


 受付嬢は了承を返すと、ダンジョンに関する情報と魔王の情報を二人に尋ねた。

 掲示板に貼るにしても情報がなければダンジョンに関しては勧誘のしようがない。ある程度の情報やキャッチポイントを聞いておけなければ意味がない。

 そうして必要分の情報を聞き出した受付嬢は後ろに控えている事務仕事を主にしている女性へと情報を記載した紙を渡すと二人へと向き直る。


「あとはほかのものが行ってくれますのでご安心ください。少しばかり異例事案が多くありましたが、引き続き、冒険者登録を行いたいと思います。登録情報を記載していただきましたので、あとは簡単な説明だけとなります」


 冒険者登録というのは、その者の情報を聞き、冒険者認定証を発行することで登録が完了する。そして、冒険者というものがどういた者なのかをの説明をされて終了となる。


「冒険者というのは、様々な方から戴いた救援要請、つまり依頼を受けてそれをこなしていくものになります。その種類は多岐にわたり、魔物の素材集めや討伐、盗賊の撃退、または殲滅。希少なアイテムの収集などがあります。大半を占めるのが魔物の素材や鉱石の採取、危険魔物の討伐などになります」


「魔物の討伐とは言うけど、あれはダンジョンにしか出ないんだろ? わざわざダンジョンの魔物討伐依頼をする意味は何なんだ?」


 ダンジョンに入らなければそもそも魔物に襲われる心配はない。なのに討伐依頼がなぜあるのかが不思議で仕方なかったアカギリ。


「ここでいう討伐というものには直接的な意味でない含意があります。討伐は結果を得るための道程でしかありません。このダンジョン関係の依頼は、大きく三つに分かれておりまして、一つはダンジョン内の比較的危険を伴わない素材採取。一つは、ある程度の危険がある魔物の素材採取。一つは魔物が住処にしている先にある貴重な素材採取。討伐という依頼は最後のカテゴリーに含まれます。討伐対象の先にある素材採取が本来の目的というものです」


「なるほどね。基本は素材採取が目的なのね」


「そうですね。純粋な討伐依頼というのはほとんどありません。一応あるにはありますが達成困難なものですので、受ける方はほとんどいないですね」


 冗談気に笑って言う受付嬢に、その依頼がどういったものなのか気になったアカギリは訊く。


「その討伐対象を訊いても?」


「絶対位階であるドラゴンの討伐です。生きる災厄といわれるドラゴンの討伐が唯一の純粋な討伐依頼になります」


 それを聞いた二人はパッと顔を見合わせて含み笑いを浮かべた。


「どうかされましたか?」


「いえ、なんでもありませんわ。それで? 説明の続きをお願いしても?」


「そうですね。少し話がそれてしまいましたが、冒険者というのはそういった依頼をこなしていく職になりまして、その仕事の達成件数や、達成難易度によって冒険者はランクというものが上がるようなシステムになっています。ランクというのは強さの証明書とでもいえるものです。高ランクになれば受領できる依頼の難易度もそれに見合ったものを受けることができます。逆に言えば、ランクに見合わなければ、高難易度の依頼はギルドとしては承諾することはできません。ですので、よりレベルの高い依頼を受けたいのであれば自身のランクを上げていくほかないのです。ランクはD~Sまであり、最上位がSランクとなります。最初はDランクからとなりますのでご了承ください。依頼に関しましては、あちらの依頼ボードに張り出されておりますので、ランクにあった依頼をこちらの受付まで持ってきていただければ、受諾となります」


 基本的情報を伝え終わると同時に、後方から、一人の女性が現れて、二枚の小さなカードを受付嬢へ渡した。


「ではこちらがお二人の冒険者証明書となります。これを依頼を受ける際に必ずギルドへ提出させていただくものとなりますので、失くさないよう管理していただきます。――では、これで冒険者登録を完了とします」


 受付嬢は深々とお辞儀をすると、二人の今後の発展を祈った。


「んじゃあ、さっそく何か依頼を受けてみようか?」


 アカギリが揚々と掲示板に駆け寄ると依頼書に目を配る。


「あのねえ、私たちは遊びで冒険者になったわけじゃないのよ? 効率よくここで知名度を上げなければいけないのだから、適当に依頼を受けてはいけないわ」


 彼女らの目的はダンジョンに興味を向けるために、冒険者として知名度を上げてその出身であるダンジョンへ世間の目を向けさせるためなのだ。だから彼女らに求められているのは効率的かつ迅速なランクアップなのだ。無為に時間を割いている場合ではない。それをカレイドがアカギリに諭したのだ。


「そ、そうだな。悪い。すまないが受付嬢、ランクを上げるにはどんな依頼を受ければ効率的に上げることができるんだ?」


 カウンターから出てきた受付嬢は二人のそばに来ると、掲示板を一緒に眺める。


「そうですね。掲示板に掲載されている依頼書に少し目を向けてもらえればわかるように、依頼書にはその依頼のランクが一番上に記載されています。そして、そのすぐ下に星が描かれているのがわかりますか?」


「ああ。確かに星があるな」


「星の数は最大で5つ。数が多いほうがその難易度が高いものとなります。そして、ギルド側はその依頼の星の数などを参考に冒険者のランクを精査しているのです。ただ、ランクアップには例外もありますが……今はいいでしょう」


「てことは、この星5の依頼をこなしていけば最速でランクが上がるってことになるのか?」


 受付嬢は笑顔で首肯した。


「なら決まりね」


 アカギリはカレイドの言葉に頷きを返すと、掲示板に張り出されているDランクのなかでも星5と表記されている依頼書を探してそれを一つ手に取る。


「これにするか。私たちは戦闘むき出し、討伐系のほうがいいと思う」


「いいんじゃない。私は問題ないわ」


 手にした依頼書を受付嬢に渡すと、受付嬢はそれに目を通して二人を先ほどのカウンターへ案内する。


「お二人の先ほど渡した冒険者証明書の提示をお願いいたします」


 先ほど受付嬢から渡された証明書をふたりは提示した。

 それを受け取った受付嬢はカウンター下に設置された小さな四角い板にのせると、冒険者証明書が光る。

 その光景に疑問を浮かべる二人に親切に説明をする受付嬢。


「冒険者証明書はただのカードではないのです。魔法によって加工されたカードになっておりまして、こちらのボードに置くことでそのカードに登録された情報を読み取り、後ろに控えている事務員の方にその情報を送っているのです。そして、こちらの依頼書も同時に渡すことで、今現在、だれがどの依頼を受けているのかを管理するようになっているのです。そして、その依頼を完了したという報告をいただいたとき、依頼書に完了の印を押印することで初めてその依頼が完全に完了したとして、報酬及び、冒険者ランクに加点がされるのです」


「なるほど。そのカードにはそんな使い道があったんですね。……これは何かに使えないかしら。あとでマリ様に報告しましょう……」


「それでは、これで手続きは完了となります。こちらお返しいたします。依頼内容の副書も依頼ごとにお渡しになりますので、こちらもどうぞ」


 冒険者証明書と依頼書の副書を受け取ると、受付嬢はもう一つ二人に渡した。


「これは地図か?」


「はい。目的のダンジョンまでの地図となります。ギルドにはあまり遠方の依頼は入ってくることはありませんが、ここ近郊のものでも、遠い地域の地理までを把握している方は少ないですので、依頼を受けていただくこちらとしましては円滑な依頼達成のために、目的地までの地図を提供させていただいているのです」


「それはありがたい。私らはこの世界の地理には疎い。地図がなければ目的地まではいろいろと聞き回らなければいけなかったところだ」


 そうはいっても、二人にはこの近郊一帯の地図を魔王マリから戴いていたのだ。けれど、地に関しての知識がなければ地図があっては、その地名がどのあたりなのかも検討がつかない。だから、結果的にはギルドからもらった地図は必要だったわけだ。


「いろいろとギルドには尽くされっぱなしなのですね」


「これも依頼の成功のためです。ギルドとしては、依頼の失敗はただの失敗では終わりませんので。それにかかわる多くの方への迷惑を考えると、失敗は許されません。そのため、なるだけ冒険者の方には万全の状態で依頼を受けていただきたいのです」


「なるほど。そういう意図があるのか。まあ、私らは依頼を失敗で終わらせはしないがな。失敗なんてマリ様の顔に泥を塗るようなものだ。そんな真似、この命が尽きようとも絶対にしない」


「その通り。失敗は許されないわ」


 ギルドと同様、いや、それ以上に失敗を許さない二人の誓いに、少しばかり気圧される受付嬢だが、二人の意気込みに安堵の笑顔を向ける。

 深々とした綺麗に腰を曲げお辞儀をすると、受付嬢は二人を見送った。

 そして、ようやくは鬼人と牛人の二人は初仕事である魔物の討伐へと赴いた。

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