第3話 騎士団の実力

 カレイドの一言で一線を越えてしまった男は、咽喉を潰すほどに咆哮する。


獣解放リベレイト!!!!」


 純白の騎士団の制服が内側で肥大化していく男の体に耐え切れず弾け飛ぶ。

 人間の体が次第に大きな獅子の姿へと変貌していく。それは亜人デミレントというよりは異形なる存在ゲシュペンストそのものだった。

 二足で立つ獅子の姿は大きく、人間など片手で一握りで殺してしまいそうなほどだった。


「あら、その姿……」


 すこし驚きを見せたカレイドに、かます様に男が云う。


「どうした、恐ろしいか? 亜人の中でも、獣人ベスティエと呼ばれるものだけが、会得できる最上位のスキルだ。亜人の壁を越え、異形なる存在に変化し、能力を飛躍的に向上させるものだ。怖いのも無理はない。この戦力差を感じれば自然なことだ」


「いえ、異形なる存在を最近多く見たもので、少しばかり既視感というものを覚えただけです」


「既視感?」


「ええ。異形なる存在の無残な死にざまという、貴方の未来ですね」


「ほざけ雌牛! その綺麗な顔を一瞬で肉塊にしてやる!」


 大きさも相まって、男が一歩踏み出すだけで、彼女との距離は一瞬でなくなり、鋭利な爪で彼女の心臓を狙う。だが、やはりそんな攻撃も大斧で軽く防いで見せると、反撃をするように彼女も斧を右下から斜めに振り上げ、相手の腕を切り落とす気でいたが、残念ながら男もその瞬発性を生かし回避する。

 男の攻撃はその飛躍した腕力を膂力を生かした攻撃ばかり。非常に単調なものだが、その速さと一撃の重さはその他の追随を許さないほどだ。

 連撃を幾度も防ぎ倒して、都度都度反撃を繰り出すも、どれも決定打に欠けていて、なか戦況が進まない。そんな中、男のほうが先に動いた。


「ちょこまかとウザイやつだ。これで少しは動きを封じさせてもらう。【地縛轟殺じばくごうさつ】」


 地面に爪を突き立てるとそこを震源に、立っているのも難しいほどの地震が起こり、地表に無数の亀裂が走ると、地震の揺れと相まって地盤が起き上がり、まるで操られるようにカレイドのところへ地盤の塊が押し寄せて、彼女の体に覆いかぶさるように波寄ていく。

 地盤の柩に閉じ込められたカレイドに、男は高らかに笑ってみせる。


「動きを止めるだけだったが、これで終わりになってしまったか。終わってみるとあっけないな。おい、お前らもさっさともう一人をやれ」


「まだ私に来るのは早いんじゃないか」


「!?」


 地盤の柩がバキバキと音を立てながら亀裂を生んでいく。


「そうですよ。すこし早計過ぎるのではなくて? この程度の攻撃でいったい誰が死ぬというのですか」


 その言葉と共に強固に固まった地盤の柩が勢いよく弾け飛んだ。


「馬鹿なっ!?」


「馬鹿なのはあなたですよ。そろそろ実力差を理解してください。それとも、まだ本気を出していませんか? ならさっさと本気出してください」


「なら! そうさせてもらう!」


 男が踏み込むと、凄絶な勢いで地面が抉れ飛び、轟きと地震が沸き起こった。そして、もう誰の目にも認識されない領域で跳躍をし、いろいろなものを足場に彼女の背後をとると、武器である爪をおさめ、固く握られた拳をカレイドの背中目掛けて振り下ろす。


「常人の域を超えた速さなのは理解できました。けれど、残念ながら、早さなら私はもっとはやい者をみています。だから、貴方の速さは正直言って――遅いです」


 彼女が振り返ることなど一切予想していなかった男は動揺をあらわにするも、すでに跳躍によって加速された拳の軌道を変えることもできず、そのまま彼女の顔へと殴りとおすも、彼のその腕は彼女の体に触れることなく、血の雨と共に空中へと鮮やかに舞って行った。


「うわあああああああ!!!!!!! 俺の腕がああああ!!」


 大斧によって両断された腕を必死で抑え流血を止めようしながら絶叫する男に、カレイドは無慈悲にも冷徹なまなざしを向ける。


「所詮、貴方の実力なんてこの程度なんですよ。劣等種といった相手に負ける程度なんです。どうですか? 下に見た者に殺される気分は?」


 腕を抑えながら、カレイドをもの凄い眼光で睨みつける。


「ざけんなっ!! 俺はてめえなんかに殺され――ね……ぇ?」


「私、煩い人って嫌いなんですよね」


 獅子の男の首が綺麗な弧を描いて地面へと落下した。


「この雌! よくも!!」


 残りの二人が血相を変えて彼女へと襲い掛かっていくが、それはもはや死を意味する。

 案の定、彼女へ向けた攻撃は一切当たることなく、彼女の攻撃で綺麗に両断され肉塊と化し騎士団は無残に殺風景な荒れた地面に鮮やかな深紅の花を咲かせることになった。

 獅子王ライオニエは種族的潜在能力は非常に高い種族であり、本来、鬼人や牛人とでは比にならない戦闘力を誇っている。

 だが、それは単に種族としての比較に過ぎず、戦闘能力自体は、戦闘の経験や会得している能力によって大きく変わってくる。また、その身を上位のものと契約を交わすことで恩恵を受けることができる。それにより能力が上昇することがある。そのため、種族だけでそのものの戦闘能力を判断することはできないというのに、聖王騎士団の男は安易に彼女らを下に見下した。その結果が、地べたに咲いた肉の花だ。


「やっぱり、私の出番はなかったな。ま、別に問題はないがな。それで、スッキリしたか?」


「ええ。ありがとう。とてもスッキリしたわ。でも、少しばかり服が汚れてしまったわね」


 服についた汚れを落としながら、カレイドは思う。

 今回襲ってきた聖王騎士団という謎の組織について、魔王マリに報告しなくてはいけないのではないかと。

 そのためには聖王騎士団について情報を得なければいけない。


「邪魔は入ったけれど、さっさとギルドに戻って報告を済ませましょう」


「それもそうだな。終わり次第、次の依頼を受けて、ガンガンランクをあげていこうか」


「それもそうなんだけれど。その前に情報を一つ確保したいわ」


「情報?」


 カレイドは無残な肉塊を見ながら答える。


「この騎士団とかいう組織の情報よ。魔王の動向を観察しているとか言っていたわね。それなら私たちの敵というわけでしょ? ならマリ様にこの組織のことを報告しなければいけないわ。でも報告するにも情報が全然足りないわけ。情報不足のままマリ様に報告なんてできない。だからひとまずはその情報を優先して集めて、万全の情報をマリ様に早急にお伝えしなければいけないわね」

「聖王騎士団って言ってたな。私たちが魔王の配下だって知った途端襲ってきた連中だ。確かに報告は必要だな。だとしたら、早急に街へ戻る必要があるな」


 そして二人はウィルティナへ駆け足で戻ることにした。

 彼女らの身体能力は常人の比ではない。走るだけでものすごい速さになるため、街へ戻るのにそれほど時間はかからなかった。ダンジョンへ向かう時の1/3ほどで街へ戻ることができた。

 ギルドへ戻るなり、受付をしてくれた受付嬢が二人を見て吃驚していた。


「もしかして、もう戻られたんですか?」


「はい。これが依頼された素材です。ご確認ください」


 カレイドはダンジョンの最奥にあった依頼内容の素材を受付に出した。


「確かにこちらは依頼素材です。……ですが、非常に早いご帰還でしたね。距離やダンジョンの攻略もかねてもう少し遅いものだと思っていましたが……」


「ダンジョンの魔物は正直話にならないレベルだ。弱すぎて退屈だったぞ」


「そうね。まだ外の連中のほうが楽しめたかしらね」


「外の連中とは? 何かあったのですか?」


「ええ。そのことで訊きたいことがあるのだけれど、取り合えず、さきに依頼を完了してもらってもいいかしら?」


「かしこまりました。では冒険者カードの提出をお願いいたします」


 二人はカードを受付嬢に渡すと、受付嬢はカウンターしたに設置されている文字が彫られた石板に二人のカードを乗せると、石板の文字が光りだし、すぐさま消えた。


「はい。これで依頼完了となります。こちらをお返しいたします」


 二人にカードを返すと、受付嬢は一緒に小袋を差し出した。


「それと、こちらは報酬となります。依頼を完了したときにお渡しするものです。依頼のランク、難易度によって、報酬金額は大きく変わっていきます」


「お金か。正直、あまり必要性を感じないけれどね」


 魔王マリから外界へ出る配下には大金が渡されているので、特にお金に関しての頓着は殆どなかった。しかも、別段外界で物を買うという行為自体をしないためにその必要性もないに近い配下は多い。


「それで、お聞きしたいこととは?」


 アカギリはカウンターに肘をつき、周りに聞こえないような声でそっと受付嬢に訊く。


「聖王騎士団ってなんだ?」


 その言葉に一瞬目を見開く受付嬢。


「も、もしかして会われたんですか?」


「ああ。ダンジョンを出た先で待ち構えていた。ギルドの掲示板を見て来たと言っていた」


「わ、私どもは聖王騎士団とは精通していません! あくまで掲示板には情報を載せるだけ。多くの人にその情報を提供するためだけです。どちらかの肩を持つことは絶対にいたしません」


 聖王騎士団に情報を流して、二人を襲わせたからその報復にでも来たのかと勘違いした受付嬢は必死に弁明をするも、それは杞憂だった。


「落ち着け。私らは別にギルドを疑ってなどいない。ただ、その聖王騎士団について情報が欲しいだけだ」


「私たちの主であるマリ様に敵対する勢力なら、その情報を集めないといけないのです。だから、聖王騎士団について詳しい情報を戴けると助かるわ」


「そ、そうでしたか。……かしこまりました。私が知っている情報でお話いたします」


 安堵の声を漏らす受付嬢は、一呼吸おいてから聖王騎士団について話し始めた。


「聖王騎士団とは、光勢力の一端であり、過去に魔王討伐にも有益な結果をもたらしたとされる組織となります。本陸の中央に聳えるオーレリア山脈を越えた先にある最大勢力を誇る大国、ルーンベルエスト聖王国があります。その国の防衛に働くのが聖王騎士団です。初代勇者が建国したとされるルーンベルエスト聖王国は、勇者を聖王として崇め、次代の勇者へと王位を継承しております。つまり、魔王とは絶対対立の存在といえる国なのです」


「実力はあるってこと?」


「そうですね。実際、聖王国を率いているのは先代勇者でありますし、聖王騎士団も、何人もの魔王を倒しています。実力としては五分五分かと思います。近年では聖王騎士団のほうが優勢な気がしますが……」


「おいおい、マジか!? 本当に騎士団は強い奴の集まりなのか?」


 疑心の眼差しで受付嬢につめよるアカギリに、怯えを見せる受付嬢。


「ど、どういうことですか……?」


「私らはさっきその騎士団っていうやつらと戦ってきたんだがな、正直言って、あの程度の実力で魔王を倒したなんて到底信じらんないぞ。弱すぎて、魔王の配下にも劣るレベルだ」


「そうね。以前アカギリが戦った魔王オバロンの配下のほうが断然強かったわよね」


「ええ!!? 騎士団を倒したんですか!?」


「ああ。とはいっても、三人を相手にしたのはカレイド一人だけで、私は蚊帳の外で見物してただけだったがな」


「カレイドさん一人で三人の騎士団を相手に!? それは本当ですか?」


「嘘をつく意味などないだろ」


 そんなアカギリの返しに頷きを見せる。


「ん? ちょっと待ってください……」


 受付嬢はアカギリの言ったことを飲み込んだ後、ある事に気が付いた。

 それは依頼完了の異常な速さだ。

 ただでさえ少しの距離とダンジョン攻略ということで多少の時間を要するというのに、それに加え、騎士団三人との戦闘があったということは相当時間がかかってしまうはずなのに、二人はギルド側が過去に依頼を受けた冒険者たちの統計記録から算出した平均時間を大幅に短縮しての依頼達成をなした。つまり、ダンジョン攻略自体も尋常でない速さで攻略し、騎士団との戦闘も圧勝してきたということになる。だとしたら、この二人の実力というのはいったいギルド側の判定できる尺度で測ると、どれほどになるのか。

 一瞬で駆け巡る可能性に驚きと恐怖を感じ、冷や汗を流す受付嬢は、この二人、そして、新たに誕生したとされる魔王マリの脅威を実感した。今後、彼女らに不易なことを振りかけてしまえば、ギルドないしはこの街自体が消えてしまう可能性がある。その可能性は避けなければいけない。


「どうかしたのか?」


 アカギリが受付嬢の青白くなった顔を見て訊く。


「い、いえ。えっと、聖王騎士団について、ほかに訊きたいことはありませんか? 私の持ち得る情報はすべて開示したいと思います。お二人の助けになれればと思いますので」


「そうね。その聖王騎士団の組織図はどうなってるのかって知ってるかしら?」


「組織図?」


 そう疑問符を浮かべたのは受付嬢ではなくアカギリだった。


「騎士団というものがどういったものか、内部構造を知りたいのよ。騎士団というなら、部隊分けなんかもされていいるでしょ。そういった情報も知っておきたいところよ」


「あー。なるほど」


「聖王騎士団は全部で5つの部隊に分かれています。それぞれ騎士団長によって率いられ、その騎士団長を束ねる統括という実力上最高峰の存在がいます」


「騎士団長の実力はどのくらい? 騎士団員の実力は先の戦闘である程度知れたと思うしね」


「そうですね。騎士団長は冒険者ランクで考えるとSランク以上の実力だと思います。一人で最高難関ダンジョンを攻略できるレベルだと思います。また、騎士団長になっている方々はほぼ全員が高域位階フォーリエンスであり、種族的潜在能力が高い者ばかりと聞きます」


「やっぱり、この世界では種族的潜在能力というものに偏るのか? さっき倒した騎士団も獅子王ライオニエとかっていうやつらで、私らのことを下に見ていたが、その実力は潜在能力に比例しないと思うがな」


 獅子王ライオニエという名を聞いて受付嬢は吃驚のあまり叫びそうになったが、咽喉までこみ上げた声を押し殺して平静を装った。

 彼女らが倒した獅子王という種族は彼女の知りえる情報の中では、騎士団の中でも、上級団員に分類される者で、相当戦力として優れた者だった。それを圧勝した、今眼前にいる美人二人の実力を、受付嬢はこの短時間で構築した情報を再度塗り替えることとなり、恐怖が一層に膨れ上がった。


「あとですね。それぞれの騎士団には強さによって階級わけがされておりまして、強い戦力を持つ上級、次に強い中級、そして、騎士団の中でも最弱の下級。けれど、下級といっても、冒険者ランクでいえばAランク以上の者ばかりです。侮れない存在です」


「階級別に分かれているのか。だとしたら相当な人数がそうだな」


「それと、これだけは言っておきたいことがあるんですけれど……」


「何かしら?」


「騎士団は仲間を非常に大事にしていると聞きます。ですので、お二人が倒したという騎士団の団長が、もしかしたらお二人のことを探し出すかもしれません。お気を付けください。私どもギルドとしてはそういった個人情報を騎士団に意図的に渡すことはありませんのでご心配なく」


「そうしていただけると助かるわ。マリ様は争いごとを嫌っていますので、できれば大ごとにならないようにしたいところなので、穏便にすませられればそれに越したことはないわ」


 カレイドの隣でアカギリが小さく笑っている。


「穏便とかどの口が云ってんだよ。騎士団をフルボッコにしたのはお前だろ」


「うるさいわ。やってしまったことはしょうがないでしょ。これからが重要なのよ。取り合えず、今回得た情報を早急にマリ様へ報告してしまいましょう」


「以上で大丈夫ですか?」


「ああ、助かった。情報提供感謝するよ」


「最後に悪いんですけれど、一つ、依頼を戴いてもいいかしら?」


「依頼ですか?」


 アカギリがカウンターから離れてギルドを出ようとしたとき、カレイドが受付嬢に訊く。


「依頼を多く熟さないとランクを上げることができないんでしょ? なら効率的に依頼を受けなければいけないわけで、依頼が終わったらすぐ次の依頼を受けるのは定石ではなくて? 今後、私たちは依頼達成後にすぐに次の依頼を頼みますので、準備していただいてもいいですか? それと、依頼はすべて受けることが可能な最難関のものをお願いいたします」


「か、かしこまりました。では早速次の依頼を見繕ってまいりますので少々お待ちください」


 それから、奥のほうへと消えていった受付嬢は数分後に依頼書を持って戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらが最難関の依頼となります。では受領のための手続きをお願いいたします」


 依頼内容確認してからカレイドは依頼を受領した。


「ではこちら地図になります。お二人の依頼達成を心待ちにしております」


 深々としたお辞儀で見送られ、二人はギルドを出た。

 依頼書の複本と地図をしまい、二人は駆け足で魔王マリのダンジョンへ戻っていった。




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