第5話 ストレス発散の闘技場
再び席に着くと、オバロンは心当たりの魔王の話をしてくれる。
「場所はかなり遠くだが、ギーザスという寒冷地に国を構えているヒーセント・レン・パロアという女の魔王がいる。あいつならきっと話を聞いてくれるだろう。奴は新しいこと、面白いことに興味をひかれやすいたちなのだ。たとえ遣いを送ったとしても安易に二つ返事をくれるだろう」
「では、そのヒーセント様に、次はお話を聞こうと思います。もしよろしければ、道案内を頼めませんか?」
「構わん。貴様の配下に足が速いやつはいるか? 俺が道案内として借り出せるのは足の速さに定評のある
足の速さなら物資調達係の三人だけど、速さとして十分だろうか。
「キーナ、ロローナ」
私がそうつぶやくと、瞬時に二人が姿を現した。
「お呼びでしょうかマリ様」
「来てくれてありがとう。この二人なら、足の速さに問題ないと思います。遣いはこの二人に行ってもらおうかと。まだ決定ではありませんが」
体格のいいオバロンから見れば赤子同然の二人に、訝し気な眼を向けるも、直ぐに納得したように頷くを見せる。
「分かった。ではこの者たちに刺殺の牡牛のビランという奴をつけよう」
「ありがとうございます」
私は二人に向き直り簡潔に話を伝えると、二人は喜んで了承して姿を消した。また後で詳しい説明をするから待機してと伝えたのだ。
「それで、他になにかあるか? 貴様の云う、街づくりに必要なもので俺から出せるものがあれば云うがいい」
何が欲しいだろう。
街づくりと云っても、これも初めてだし、何が必要かは全然わからない。
私は建築に関して無知すぎるから、そう云った知識に長けものがいれば最高だし、そう云った技術者も当然ほしい。物資の流れを生むためにも商人も欲しい。いろいろと人材不足だから、そこら辺を補ってくれれば助かるんだけれど。
「街づくりに関して、オバロン様は知恵がおありですか?」
「残念だが、俺にはそう云った知識はない。俺の住処はヒズバイア山脈の中。街づくりとは乖離した場所だ。そう云った知識は一切ないが、希少な鉱石の物資なら流すことができる。それが街づくりに必要となるかは不明だがな。ヒズバイア山脈にある鉱石の採掘は禁止されている。俺の許可なく盗み取ろうとすれば、俺の配下によって殺されるだろう。あの山脈でしか手に入らない希少な鉱石もある。それを貴様に流してやる」
鉱石か。
装備とかに使えるかもしれない。だとしたら、非常に助かる。
「ありがとうございます。建設に関してはこちらで何とかしてみせます。できるだけ早く、同盟内容である生産物をお渡しできるように尽力いたします」
そんな私の言葉にオバロンは笑ってみせた。
「なかなかどうして。これほどまでに平和な同盟が他にあるものだろうか」
「そうなんですか? 私はこういったことをするのは初めてですので、何とも」
「だろうな。――さて、これ以上、俺ができる事はあまりなさそうだから、これにてお開きにさせていただこうか。案内役のビランは置いて行こうか?」
「いえ、お借りする身、その時が来たらこちらからオバロン様の所へ赴きます」
「そうか。ならこれで俺は帰らせてもらう。――っと、その前に、すこしばかり頼みたいことがあるんだが」
席を立ち、帰り支度を済ませるオバロンが振り向きざまにそう云った。
「どういった内容でしょうか?」
オバロンの頼みは難しい事じゃなかった。むしろ、贖罪と云うか、後片付けと云うか、蒔いた種というか。
私は帰り道を先導して、オバロンを第12階層へ案内すると、そこには傷ついたオバロンの配下たちが疲弊しきった状態で佇んでいた。オバロンが姿を見せると、傷ついた体を起こして彼の下へ近寄る。異形なる存在が少しばかりかわいそうに見えてしまう。一見すれば凶悪で醜悪な存在の異形なる存在だけど、傷だらけで慕う主がいると云う光景を見させられるとどうにも心が痛む。
「オバロン様!」
そう配下たちが叫ぶなか、私は同行させたメアリーに頼んだ。
「それじゃあ、お願いね」
「かしこまりました」
樹妖精のメアリーが得意とする広範囲治癒魔法を唱えた。
《
エメラルドグリーンの光の雨がダンジョン内に降り注いだ。触れても濡れることはない不思議な光の雨は傷を負った者の傷を見る見るうちに癒していった。そして数分の間降り注いだ癒しの雨が収まったときには既にオバロン軍は全回復していた。
「悪いな。助かる」
「いえいえ。同じ魔王として当然です。それにこちらこそ助かりました。最初に出会えた魔王が貴方で本当に良かったです。これからよろしくお願いいたします」
私はダンジョンの出口へと転する特設門を管理ボードによって生成して、同盟相手の彼を見送った。
魔王オバロンとの会談は非常にあっという間だった。
同じ魔王と出会たことはとてもためになった。しかも同盟をも結べるとは。ことがうまく運んでいる。
第12階層へ戻ると守護者と他の配下が一堂に会していた。
「あのー、マリさまー」
擬態液のシエルが物欲しそうに懇願の眼差しを向けてくる。
「なに?」
「これ、食べていいですか?」
そう云って指さしたのはオバロン軍の戦死した異形なる存在の遺骸だ。
そう云えばそんな話をしていたっけ。
もうオバロンも帰ったし、問題ないだろう。
「いいよ」
「やったー! それじゃあ、いっただっきまーす!!」
可愛い女の子の姿を模していた擬態液のシエルがみるみる姿を変えて半透明の液体へと変化した。これが本来のシエルの姿だ。けれど、私が人の姿を模すように設定しているから、本来の姿を見せる事はほとんどない。こうして相手を捕食するときだけは本来の姿に戻ってしまうようだ。
その姿は本当によく想像するスライムの見た目だった。
まるで掃除機の様にドンドン食べていくシエルに感嘆してしまう。
あっという間に12階層は綺麗になった。とはいっても、戦闘でボロボロにしてしまった床や壁、天蓋と云ったものは一切修繕されていないけれど。これはいったいどうすればいいのやら。
後でエルロデアにでも訊こう。
取り合えず、他の魔王との同盟を果たして、難は去ったと云える。
「おめでとうございます。マリ様が望んでいた通りの結果となりましたね。これでマリ様の理想へ一歩近づいたのでしょうか?」
ハルメナが訊いてくる。
「そうね。確実に近づいたわ。でもまだまだ」
「これから何をするんですか?」
「とりあえず、城の周りをどうにかしないとね。何もないから、何かとっかかりをつけないと」
土地の開拓と云うんだろうか?
区画分けみたいなものをした方がいいのかな。全然わからないけれど、そう云った手始めを行わないと何も始まらないし、分からながらもやっていこう。
管理ボードで建物の創造は出来る。だけれど、作ったところで人はいない。それに、私がそうやってポンポン家を作ってしまってはあっけないし、味気ない。だからこそ、建物の建造やら道の建造と云ったものはそこに住む者にやらせていきたいと思っている。その方が味わいもあるし、住むほうも住みやすいだろう。まあ、そのやり方だと時間はかなりかかるかもしれないけれど、それくらい問題はない。時間はまだいくらでもあるんだ。
気長に、安全に、ゆったりと、このダンジョン生活を楽しもう。
「なんだか嬉しそうやな、マリ様」
キーナが私の顔を見て云う。
「ふー。おなかいっぱいですー」
人の姿に戻ったシエルが、特に変化していない様子のお腹を摩りながら零す。
「私たち、あまり出番がありませんでしたね」
「まあ、仕方ないだろう。相手が弱すぎれば序盤で戦いが終わる。いずれ機会は来る」
「随分と余裕なのね、アルトリアスは。自分だけマリ様と一緒にいれる時間が長いからって」
「べ、別にそう云うわけではない。焼きもちを焼くなみっともない。貴様は守護者統括だろうに」
「僕も戦いたかったなー。僕の悪魔も遊びたくてうずうずしてるよ」
「オフェスの武器モ、使ワナイと、錆ツイテしまウ。トキドキ使ワナイと、キケン」
「私はあまり皆さんの様に戦闘に関して前向きな方ではありませんので、気持ちはわかりかねます」
「私もメフィニアと同じ。あまり戦闘向きじゃないから。この子たちも相手を石にしてしまうのは不本意だし、できるだけ戦闘は避けたいかな。でも、マリ様がくださったこの【特質封じの首飾り】のおかげで、
「私は何があろうとも、マリ様に忠誠をつくします」
「みんなありがとう。そうだね。まだ不完全燃焼の子もいるだろうし、この後、闘技場で暴れる?」
第102階層の闘技場で以前はランクSの魔物グレゴールを召喚させて戦わせてみたけれど、今度はもう少し強い相手を出してみようかな。管理ボードには魔物情報が沢山あったし、ランクSとはいっても強さ順に並んでいる一覧の中でもグレゴールは中位の魔物だった。だから、今度はランクSの上位種を相手にしてもらおうかな。ワンパンで終わってしまっては彼女たちもつまらないだろうし。
「それは全員参加ですか?」
妖鬼のレイが訪ねる。
「別に絶対じゃないよ。体を動かしたいと思う子だけでいい。ただの息抜きだからね」
「じゃあ、うちも参加します。追跡だけでは少し物足りませんでしたので」
「なら、決まりだね。この後はみんなでストレス発散だよ!」
無駄に活気だった配下と共に、私たちは第102階層の闘技場へと降りていった。
魔物の生成にも魔力を使うけれど、ひとまずそんな事は置いといて、今は可愛い彼女たちの気晴らしに付きあいますか!
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