第4話 魔王同盟の締結

 宴の間で魔王オバロン・リベル・エラ・ジルファニスとの対談が開始されて、凡そ1時間が経ったころ、用意された食事もおわり、愈々本題へと話が移っていく。

 テーブルを挟んで相対する私たち。

 食事が全て下げられ、テーブルにはワインと牛の燻製肉を切り分けたものが二つずつ置かれているだけだった。

 おかれたワインを手に取り、その香りを窺う魔王オバロンは、それをそっと口に含んでゆっくりと味わう。


「これはヴィンセント産か。貴様は葡萄酒にこだわりでもあるのか?」


「いえ、別にそういったことはないですけれど。どうしてですか?」


「ヴィンセント産の葡萄酒なんて常人は手を出さないからな。酸味が独特だから好むやつが少ない。なのに、それをさも当然の様に出してくるのだ。こだわりがあるのかと思うのが当然だろう」


 そうなんだ。てか、まだ私これ飲んでないのよね。物資調達時に買ってきたものの中に入っていたみたいだけど。それに、そもそも私、ワインはあまり好きじゃないんだけれど、どうしようこれ。


「そう云う事でしたか。残念ながらそう云う事は一切ないですね。この葡萄酒は配下の者が近隣の町で購入してきたものなんです。私も然り、配下もそう云った常識には疎いので、取り敢えず買ってきたと云うものなんです。すみません、お口に合いませんでしたか?」


「そういうことか。いやなに。俺はヴィンセント産が好きだからな、問題はない。むしろ俺の好みを選んできたのかと思ったくらいだ。ただ、そうなると本当に貴様はこの世界の常識がないようだな」


 そっとグラスを置くと訝しげに私を見る。


「先ほど言っていたが、貴様がこの世界にきてまだ日が浅いと云うのも頷ける。貴様はこのダンジョンでいったい何をしている? 日が浅いと云う割にはこの城はなかなかに豪華なようだが、これいったいどうやって造った? もとからダンジョンにあったのか?」


「それじゃあ、一からすべて話していきましょうか。私は今後、魔王の方たちすべてと同盟を結びたいと思っています。ですので、なるだけ私の情報は隠すことなく話していきます」


 さらけ出すことで少しでも相手に信用してもらうために、私は身の上事情を全てつまびらかに彼に話した。異世界からの転生とか、このダンジョンの仕組みとか、本当にいろいろ話した。けれど、このダンジョンの仕組みは正直危険だったかもしれない。私の唯一の弱点をやはり先ほどまで敵対していた相手に話すのは非常にまずかったかもしれないけれど、これを云わないと私がこのダンジョンから出られないと云う設定に齟齬が出てしまい、信用に響いてしまう。だから、危険を冒しても確りと伝えるべきだっただろう。ただ、もし弱点が露見されても、私自慢の配下たちの網を抜けることは容易くはないだろうから……きっと大丈夫?


「まあ貴様が転生者というのは、疑いはしない。ゼレストの爺が死んで世界の力バランスが傾いた。そこに貴様という新たな魔王が召喚されたとしてもおかしくはない話だ」


「オバロン様は他の魔王をご存じなのですか?」


「全てじゃない。だが、ある程度は知っている」


「もしよろしければ、他の魔王の事も教えていただけますか?」


「何故だ?」


「協力を頼みたいのです。私はこの世界で長く生き続けなければいけません。だから、敵である勇者に対抗できるように他の魔王と共闘して戦いたいのです」


「おかしな話だな。長く生き続けなければいけないなんて。死にたくないのは当然だろう」


「なら、どうして共闘して勇者を倒さないのですか?」


 皿の肉を摘まんでワインを飲み干し、鋭い眼光をくれる。


「共闘など出来ん。貴様も俺を目の前にして思うだろう。魔王と云うものは融通が利かん。利己のためにしか動かん連中だ。それらと共闘など、話すら出来んだろうな。諦めろ」


「でも、全員がそう云うわけじゃない気がしますよ。現に、オバロン様とはこうして話ができています。可能性はゼロじゃないかと」


 でも、確かに魔王というのは利己的なのかもしれない。私だって私が長く生きるために相手に協力してほしいと云っているのだから同じだろう。


「諦めんのか?」


「勿論です。可能性があるならそれに縋りますよ、私は」


 満面の笑みで私はそう答えた。

 オバロンの顔から鋭さが消え、笑みが見えた。


「貴様もなかなかにくせ者のようだな。流石は魔王なだけはある。……貴様の望みは理解できた。だが、貴様の置かれている状況がそれを容易にしないだろう。このダンジョンが貴様の楔になっている以上、他の魔王との共闘以前に出会う事も出来んだろうに。そこはどうするつもりだ?」


「そうですね。今現在、私の配下がダンジョン外へ出て、世界の情報を探し回ってくれています。それで他の魔王の情報や、敵である勇者の情報が入れば、それに従い動こうと思っています。私自身、このダンジョンを離れられないので、配下を遣いとして出すしかないんですけれど、それで、ほかの魔王が話を聞いてくれるかは不安ですね」


 カテラがオバロンのグラスにワインを注ぐ。


「大概の魔王は話を聞かないだろうな」


「……ですよね」


 どうすればいいのかな。私自身が赴いて話をすればある程度は聞いてくれそうな気がするけれど、共闘してほしいと話を持ち掛ける者が遣いを通してだと反感を買ってしまいそうだ。


「一人だけ、話を聞いてくれそうなやつに心当たりがある」


「本当ですか?」


「ああ。だが、タダでそれを教えるほど俺がお人よしだと思うか?」


「教えてくれないんですか?」


 にたりと彼は笑う。


「条件がある」


「条件、ですか」


「貴様が俺の配下に加わるのだ。そうすれば、俺が知りえる情報をお前に開示してやろう。別に配下になるからと云って理不尽に突き落とすことなどしない。俺としては貴様ほどの強者が味方についてくれるだけで十分なのだ。貴様の戦力があれば俺は大いにこの世界で力が振るえる。勇者なぞに負けはしない、この世界のトップとして君臨できる。それが俺の出す貴様への条件だ。どうだ? これが飲めないのなら、これ以上貴様の話に付き合いはしない」


 私がこの戦いで勝ったはずなのに、随分と上からのものいいだな。

 私の後ろで立ち並んでいる配下がオバロンの言動に怒りを覚えたのか、すごい剣幕で戦闘態勢に入ってしまった。

 やばい。せっかくここまで穏便に話が進んでいると云うの、彼女らが手を出してしまえばこの機会が無駄になってしまう。

 彼の顔を今一度伺ってみる。

 そこには余裕の表情が見えた。そして、もう一つ。

 そうか……。


「構いません。オバロン様が提示された条件を受けます。私は貴方の配下に加わります。それで情報や私の保身が約束されるのなら問題はありません」


「マリ様!!」


 ハルメナが叫んだと同時だった。


「はははははっ!!!」


 オバロンが高らかに笑ってみせた。

今にも襲い掛かりそうな配下を制して私は彼を見据える。


「俺の負けだな。完敗だ。貴様の実力があれば、俺の配下に加わって情報を得るよりも、自ら情報を得て、強力な見方をつけることなど容易なはず。それでもなお配下の道を選ぶのだ。全てを理解したうえでそれを選んだ貴様に、俺は完敗した」


「やっぱり試されていたんですね。オバロン様はお優しいかたです」


「何を言う。相手を試した時点で俺は優しくはないだろう。……まあ、それはいいとして、俺は改めて貴様に提案する。貴様の配下に、俺を加えろ」


オバロンは厳つく優しい顔をして頼む。

そしてそれに応えるように、私もまた優しく。


「断ります」


 私の言葉に、耳を疑ったのかオバロンが吃驚の眼を向ける。


「な、何故だ!?」


「配下ではなく、対等な立場が良いのです。ですので、同盟はいかがしょうか?」


 やれやれと云った風に表情を和らげるオバロンは快くそれに同意した。


「よかろう。その同盟に賛成だ。して、同盟と云うからにはどういった内容なのだ?」


「私は安全な暮らしが欲しい。そのために必要な物資や情報をオバロン様から頂きたいのです。その代わりに私の街で生産した物をそちらに贈らせていただきます。また、抗争時に私からいくらか戦力の援助をいたします。ただ街の生産物とは言いましても、まだ街の概要すらままならない状況ですので、それは当分先の話になりそうですが。それでどうでしょう?」


「悪くない。むしろこちらが非常に美味しい話だな。先の戦いで、負けたものとしては幾分か割に合わない気持ちが大きいが、貴様の恩恵を無碍には出来ない。ありがたくその条件の同盟を改めて結ばせていただこう」


 そうと決まれば、書面が欲しい。何においいても証拠を残すのが人間だ。証拠がなければ約束が反故となってしまいかねない。そんな危険は出来るだけ避けたい。

 私がそう思った時、後方からエルロデアが歩み寄り一枚の羊皮紙を差し出した。


「こちらが同盟の書面になります。こちらに双方のサインをいただくことで同盟の締結となります」


 事前準備をさせていた書類を彼女が持ってきて、彼と私に説明をした。


「ありがとう。では私から」


 そして彼へと書面を渡す。

 魔王オバロンと魔王マリの名が書面に記載され、それぞれの名前の隣に血判が押される。

 人生初の血判。少し怖かったけれど、同盟相手の前だからそんな姿は見せられない。だから、頑張って耐えたけれど……なかなかだった。


「これにて同盟の締結となります」


 書面を掲げるエルロデア。

 私もオバロンも席を立ち、握手を交わした。

 なんだか、本当に日常離れしてしまったな。私はいったい何をしているのだろう。新しい人生は随分と仰々しいものになりそうだ。


「早速、先ほどの話に戻ろうか」


「話を聞いてくれる魔王に心当たりがあるって話でしたっけ?」


「そうだ」


「お願いします」

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