第3話 決着の合図

 配下に作戦の準備をさせているうちに、私は転移によって、あるところへ飛んだ。

 扉を開けると、そこには麗しい樹妖精の介抱をうける、これまた美形の鬼人が上半身を露出させて寝台に座っていた。


「ケガはどう? 随分ひどくやられていたようだったけれど」


 私の声を聴くなり、アカギリは寝台から傷だらけのまま飛び降りて膝をついて伏せた。


「誠に申し訳ございませんでした! マリ様の配下である私が、このような醜態をさらしてしまい、マリ様の顔に泥を塗ってしまいました。私の力がまだ未熟なうちにあのような余裕に構えてしまったことが敗因です。しかし、敗北という烙印を押された私は、この罪、私自身の命で償わせていただきたく思います!」


「莫迦なこと言わない! それよりも、アカギリの戦闘力を確認したいがために、あんな無茶をさせた私を逆に赦してほしいわ」


「何をおっしゃいますか! マリ様が何かを謝るなんてことありえないのです!」


「もう、まだ傷が癒えてないのに動かないの」


「でも、本当にアカギリが無事で何よりだよ。これからはもっと危険が及ばないように少人数での体制をとっていこうとおもうわ」


「そうなると、傷を負う者が非常に減ってしまいますね。守護者でないものがあそこまで渡り合えるとなると、数人の編成なんてしてしまえば、大抵の相手は私たちに傷を負わせることすらできなくなるでしょうね。そうなったら私の仕事が減ってしまうので少しばかり熟慮していただきたいものです」


 麗らかに笑って見せるメアリーに私は了承を返す。


「今回は全面的に私が悪かったから、何かしてほしいことがあれば、なんでも私に云ってほしい。これは拒むの禁止ね」


 じゃないと私の罪悪感が消えない。大事な配下を危険にさらしておいて素知らぬ顔なんて私にはできない。私が生んだ責任は私で拭う。


「うっ……。でしたら、稽古をつけてほしいです。私はまだ未熟で、相手の動きを全く捉えることができませんでした。もっと鍛錬を積み、あのような失態を起こさないためにも、もっと強くなりたいのです」


 稽古って、私がするの?

 むしろ、戦い方なら私の方が教えてほしい物なんだけれど。いったいどう教えればいいのやら。


「本当にそれでいいの?」


「はい! マリ様とお手合わせできるなんて、これ以上の幸福はございません。現状、守護者の皆さんもまだ誰も経験されていないはずです。だからこそ私がマリ様の初めてをいただきたいのです。これが私の望むものです」


 これを許してしまうと他の配下も順に名乗りを上げていくのが容易に想像できる。

 でも、何でも云っていいと云ったから今更断れない。


 ……これも私が背負う罪かもしれない。そう受けとめるしかないのか。


 想像に難くない苦労が遠くない未来に明瞭として存在する。頑張ろう。


「分かった。時間を作って必ず稽古をつけることを約束するわ」


「ありがたき幸せです!」


「とりあえず、まずは傷を癒すことに専念してね。メアリーお願いね」


「お任せください」


 傷付いた上裸のアカギリは非常に嬉しそうに相好を崩して私を見送ってくれる。

 準備に向かった他の配下は武装を整えて玉座の間で待機している。

 これからの仕事。それは、相手の戦意を喪失させること。ただ、それだけ。

 そのために必要なのは、守護者という圧倒的な強さを誇る存在。そして、それが最弱であると云う現実。それを相手に与えられれば大抵のものは戦意が削がれるだろう。私なら即行で失うと思う。

 そして、その強者である存在が他にたくさんいると云う絶望を与える。それが今回の目的。同じ魔王だから、戦わずに仲間にしたいところ。

 なら、極力穏便に話を済ませたい。もし、それでも諦念に抗い戦いを継続するようなら、全階層守護者を持って、相手を滅ぼすしかない。

 魔王を倒せば、ある程度今後の抑止力としては上々の効果は齎されるかもしれないけれど、他の魔王との共闘は限りなく薄弱になるだろう。だからこの結果だけは忌避したい。

 だからこそ、急遽残りの守護者を生んだわけだけれど、先なんて誰にも予想は出来ない。幸運の結果を後は祈るだけ。

 

 玉座の間に付くと、各々武装を整えた様相で守護者一同整列していた。

 まあ、武装とはいっても、ゴテゴテの鎧やらを身に纏っていると云うわけではない。

 むしろ彼女ら自身の攻撃に対する耐性が高いため、鎧に身を包む必要がないのだ。だから、新たに何かを着ると云う事は誰一人していない。武装というのは彼女らが戦闘時に使う得物の準備だ。魔法職の守護者に関しては手ぶらの状態だけれど、剣や斧、鎌と云った武器を手に持つ者もいる。ただ、全体的にみれば武器を持たない守護者の方が過半を占めているけれど。

 アカギリの様に魔法によって得物を創造する者もいる。


「お待たせ。それじゃあ、早速始めよう」


 タイミングはバッチリだった。

 レファエナがオバロンに少しばかり押され、相手の方に少しの余裕が生まれたときだった。転移の指輪にて、守護者一同が第12階層へと転移し、オバロンの前にその姿を見せる。その光景は圧巻だっただろう。魔王オバロンも狼狽をあらわにしていた。


 さて、魔王オバロンはこの後どう動く。

 最良の結果へ動いてくれるか。


 私はそれを祈りながら見ていた。

 そして、画面の向こうで、魔王オバロン・リベル・エラ・ジルファニスはそっと手を挙げた。


 その瞬間、私は安堵の息を零す。


 降参の合図がオバロンによって齎され、この無為な争いにようやく終止符が打たれたのだ。

 ただ、ここからが一番重要になってくる。彼女らが、ここへ魔王オバロンを連れてくる。そして始まる対談。この対談で、魔王オバロンが味方になってくれるかが決まるのだ。下手なことはできない。相手の心をつかむ方法なんて、全く知らないけれど、素直な気持ちを打ち明ければ何とかなるだろう。逆に深く考えずに、失敗しないことだけ考えていれば大丈夫。……と、思う。

 玉座に座り、他の配下をここに集め、待機させる。その時、アカギリは既にメアリーによって傷を完治させていた。完全復帰を成した彼女は毅然と立つ。

 あれほどの傷を負ってもなお、メアリーの魔法で治ってしまうとなると、彼女がいれば私の配下がやられることはないのかもしれないわね。

 そうこう思案しているうちに、アルトリアスからメッセージが入った。事前に準備しておいた特設転移門にて魔王オバロンがこの城内に入ったらしい。 先導をハルメナがしていて後方をアルトリアスがしている。

 その知らせと同時に、玉座の間に第12階層へ向かった他の守護者が戻ってきた。


「レファエナ、お疲れ様。ありがとう。傷の方はメアリーに見てもらってね」


「かしこまりました」


 そう云って彼女は直ぐにメアリーの元へ行き、少しばかりだけれど、負った傷を癒してもらった。

 傷が癒えたレファエナが列に戻り配下が一堂に会するその光景を見て、私は少しばかり胸が躍る。なんて綺麗な光景なんだ、と。

 だって、そこにいるのはみんな端麗で妖艶で愛らしい者しかいないのだ。これを見て胸躍らない者がいればそれはきっと病気だろう。同性の私ですら高揚するのに。

 そうして、ようやく玉座の間の扉が開く。

 非常に重そうな岩鎧に身を包む長身の男と、傷だらけの異形なる存在ゲシュペンストが三人。入るなりハルメナとアルトリアスは私の元まで歩み寄り、傍に立つ。

 私の姿を彼は見た。

 その瞬間、狼狽が見て取れる。


「ようこそ御出でいただきました。初めまして、魔王オバロン・リベル・エラ・ジルファニス様。私はこのダンジョンの管理者であり、貴方と同じ魔王でもあります」

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