第13話 魔王様の魔力切れ

 暗闇の中だった。

 夢を見ることなく、ただ暗い中を彷徨うだけの感覚がそこにはあった。浮遊する私の意識は宛も無く、何処に居るかもわからないまま、存在すら曖昧で、少しばかり……怖い。

 そんな感覚だった。

 私が死んだときは殆ど記憶が無くて、気が付けばあの場所にいたけれど、今は何もない光が生まれない奈落へと落ちていくような気持だった。


 ……ま


 そもそも、私はどうなったんだろう。

 ダンジョンの設定をして、最後に料理人の彼女を造ったのは覚えている。そしてそのあとすぐに、意識が途切れたんだと思う。

 でも、なんで?


 …………さま


 ん? 

 何か聴こえる。光もないこの暗闇の中で、誰かの声が聴こえる。


 …………まりさま


 私を呼んでいるの?

 

 ………マリ様!!


 声は次第に大きくなりその語気が強く聞こえた時、私の世界は光を取り戻した。


 重い瞼が開き、視界を確保すると、眼前では今にも抱きかかって来そうな美女たちが映った。


「「「「「マリ様!!」」」」」


 私は鈍重な体を起こして辺りを見回すとそこは見慣れない部屋だった。

 部屋の装飾からして城の一室なのは明白だけれどそれが何処かはわからない。


「どうしてみんな集まっているの?」


「マリ様が倒れられたからに決まっております!」


 ハルメナが潤んだ瞳でそう答える。

 そうだ。


「私はどうして倒れたの?」


「魔力切れによる一時的補給休眠によるものです」


 配下が私の寝る寝台に身を乗り出して囲む中、左側、ハルメナとレファエナの後方で頭を下げるエルロデアがそう答えた。


「魔力切れ?」


「私の説明不足で大変申し訳ございません。魔力とは魔法を行使する際、又は特殊なスキルを行使する際に使用されるエネルギーの事です。魔力と云うのはそれぞれ人によって異なるのですが、使える量が決まっているのです。魔力切れと云うのは、その魔力を使い過ぎて体内に確保されている魔力が底を尽きた時に起こるものです」


「じゃあ、私はその魔力の枯渇で倒れてしまったって事ですか? でも、私魔法もスキルも使っていなかったんですけど、それはどういうことですか?」


「申し訳ございません。管理ボードの使用も魔力を使うと云う事を私が説明していませんでした。本当に申し訳ありません」


 毅然としていた彼女らしくない態度に私は少し困惑してしまう。

 いったいどうしたと云うのか……?


「そう云えば――」


 私を囲う配下の人数が異常に多い事に気が付いた。

 私が倒れたとしても、精々駆け付けられるのなんて階層守護者くらいなのに、今ここにいるのは階層守護者3人だけじゃない。


「どうしてロローナたちもここにいるの? 物資調達はどうしたの?」


「それは既に完了しています。私たちがここへ戻ってきた時には、既にマリ様が倒れられておりましたので、それからずっとお傍に……」


 そんな直ぐに完了できるものじゃないと思うけれど、いったいどうやって調達してきたんだ? もしかして、近隣の村や町を襲ったりしていないよね? 魔王の配下だから、やっても可笑しくないもんね。


「私たちもロローナたちと同時刻にここへ戻ってきました」


 一際大きな巨体が私の正面に座っていた。


「アカギリたちも?」


「はい」


 どういうことだろう? 流石に宣伝は町や村を襲っても意味がないから、彼女たちが仕事をしてきてから戻ってきたのは確かだろう。だとしたら、もしかして――


「私っていったいどのくらい眠ってたの?」


「5日間になります」


 エルロデアが応える。


「5日!!? 本当に!?」


 だとしたら納得がいく。彼女たちが仕事を終えて戻ってきたと云うのも整合性が取れる。

 てか、私はなに配下を疑っているんだ。

 それにしても5日間は長いな。


「魔力切れってそんなに休養が必要なものなの? だったら自分が使える魔力の把握をしておく必要があるね。また今回みたいに使い過ぎて倒れたりなんかしたら、もしもの時対応ができなくなってしまうし。気をつけなくちゃ」


「いえ、本来なら、今回のようなことは起こることが無いのです。魔力切れ5日間も眠り続けるなんて。通常なら半日もせずに、失った魔力が回復しますので然程問題になる事はないのですが、今回は特例に特例が重なったのです」


「特例?」


「一つは貴方様が魔王であること。常人の数百倍もの魔力を持ち合わせているその異常性、そして、そんな大量の魔力を短時間で消費させてしまうこのダンジョンの管理システム。小さな設定ならそれほど魔力を消費しないのですが、とは言っても、常人の3割近い魔力は使いますが、生物の創造という神のような設定は莫大な魔力を消費するのです。それを続けて何人も作られたことで、貴方様の異常なまでの魔力も枯渇してしまったのです。そんな大量の枯渇した魔力を回復するのに、どれ程の時間を要するか」


「そういうことだったの……」


「これでも私たちの魔力をマリ様に送っていたのですが、非力な私たちでは全然お役に立ちませんでした」


 ハルメナが私の手をそっと握り、その頭を下げると、一同が同じように顔を伏せた。


「あ、えっと、別に気にしないでいいからね! むしろ、皆が力を貸してくれたから、私はこうして早く回復できたんだと思うし。本当にありがとう!」


「いえ、勿体なきお言葉です!」


 一層頭を下げるハルメナに私は思わず笑ってしまう。


「ど、どうかされましたか?」


「いや、ごめんね。ただ、ハルメナの謙虚さに思わず。みんなも、心配かけてごめんね。これからは気を付けるから、もう心配しないで」


 私は重い体を動かして、寝台から立ち上がった。5日間も眠っていた所為で少しばかり足が覚束無く、少しよろけてしまったけれど、レファエナとハルメナが咄嗟に肩を貸してくれた。

 5日間も眠っていて、何か問題が起きていなければいいけれど、彼女たちの顔見てみると、特に大きな問題、急ぎの案件はなさそうだ。


「私が眠っている間に何か問題とかはなかったよね?」


「特にはありません」


 ハルメナがそうキッパリと応える。

 よかった。なら、物資調達で何を手に入れてきたかを確認したいな。それに、5日間も休んでしまったんだ。魔力も回復したと思うし、支部の建設人員を造らないと。サボった分、確りと働かなくちゃ!

 自分でも驚くほどに自主性が上がっていた。生前の私だったらこんな考えすら起こらなかっただろう。

 ひとまずここを出て物資の所に行こう。

 だいぶ足のふらつきも回復してきたので、二人に大丈夫と告げて一人で歩くと、一同が規律的に姿勢を正して面を伏せる。

「問題はありませんが、報告がございます。マリ様」

 なんだろう……。


「一体どんな事?」


 ハルメナが面を伏せたまま応える。


「はい。マリ様がご快復なさる2日ほど前の事になります。このダンジョンに移住目的でない侵入者が入りました」


 そんなハルメナの言葉に、私は耳を疑った。

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