第9話 戦闘能力の確認
102階層へ繋がる階段は城内に合った。
地下へ続く整備された階段を下っていくと、次第に明るい下層が見え始める。
階層全体がクリスタルで出来た非常に強固な階層で、戦闘訓練などに使うために作った階層なのだ。他の用途は特に必要ないので、非常に殺風景な階層となっている。
補佐役のエルロデアを含め、私の配下全員が私の後ろに続き102階層へ入った。
闘技場内には私が創造した
グレゴールの躰は4mの巨体で剛腕剛脚の見るからに強そうな獣型の魔物である。ミノタウロスのような恐怖をそそる形相に威圧感を覚える堂々たる角。両手には巨大な剣が握られ人型を模した獣のグレゴールは私たちの姿を視界に捉えるなり、耳を劈く咆哮を放った。
創造者の私だけれど、実際にその姿と咆哮を受けると、腰が抜けそうなくらい怖かった。
いくら配下の力を見極めるものだからって何もここまで異形の怪物を造らなくてもよかったかなぁ……。
もっと人型の、訓練用ゴーレム騎士とかでもよかった気がする。
魔物の項目は非常に多く、その多さから全然見れていない魔物も多くいるから、そう云った設定の魔物だっていても可笑しくはない。
眼前のグレゴールを見ると私の脚は少しばかり後ろへ下がる。
「じゃあ、えっと……レファエナ、お願い……」
「かしこまりました。主様に認められる力をお見せいたします」
「……一応、メアリーも準備しておいてもらってもいい?」
「私も戦闘を……?」
「いや、もしもの時の治療としてだよ。レファエナが危なくなった時のための準備をお願い」
配下を信じていないわけじゃないけれど、備えはしておかないと。もしもの時、いきなり彼女を失ってしまう。それだけは避けたいから。
修道服を身に纏う可憐な女性が3倍近い魔物の元へその歩みを進めていく。
その華奢な体躯とは乖離した大型の魔物を前に一切の恐怖も見せない彼女は、慄くどころかグレゴールを挑発し始めた。
彼女の挑発に再度咆哮を吐くと、大双剣を構え猛進してきた。大振りの振りかざしをレファエナ目掛けて放つ。大振りだからそれほどスピードも出ないだろうと思っていたけれど、慮外にもその攻撃は俊敏だった。しかし、レファエナはそんなグレゴールの攻撃を容易く躱して見せると、修道服が艶やかに靡き、スリットからガーターとハイニーソが姿を見せる。
そして、片手を前に構えてグレゴール目掛けて唯一の戦闘手段である魔法を放った。
「
「グアァァァ!!!!」
グレゴールの横腹目掛けて爆発的な威力の魔法が炸裂してその巨体を広い闘技場の壁まで吹き飛ばした。壁に叩きつけられ床へと落下するグレゴールに、畳みかけるように彼女は次の魔法を発動させた。
「
一切の抑揚を見せない呪文詠唱に似つかわしくない威力の轟雷の雨がグレゴール目掛けて降り注ぐ。
強固な床盤が容易に砕け散る程の威力の轟雷が降り荒れるなか、既にグレゴールは動かなくなっていた。
まさかの2パンで倒してしまうなんて……。
呪文の詠唱の時の彼女の表情は畏怖の毛色なんて微塵もなく、悠々と堂々に淡白なものだった。そんな躍動とは乖離した淡々たる戦闘の所為か、少しばかり麻痺してしまった。そもそもグレゴールが強いかどうかという、そう云う麻痺を。……ただ、設定上だと、ランクSの魔物なのでそれを倒せると云う事は勇者の配下には勝てることができると云う事なんだろう。
倒され、地へと横たわるグレゴールの遺骸は次第に黒い煙となって空中へ霧散した。
そして直ぐに新たなグレゴールが誕生するだろう。
戦闘を終えたレファエナが踵を返して戻ると私の前で膝を折る。
「いかがでしたでしょうか、主様。私の力は守護者を担うに足るものでしたでしょうか?」
「勿論! まさかこんなあっさり倒すとは思っていなかったから正直びっくり」
「光栄極まるお言葉でございます」
さて、次はハルメナかアルトリアスのどちらに戦ってもらおうかな。アルトリアスは
となれば、優先して戦闘能力を見なければいけないのは……。
「じゃあ、次はハルメナお願いできるかな」
「かしこまりました」
グレゴール復活のインターバルが終わり、何もないところから消滅した時と同様の黒煙が現れ一ヵ所に集積しその形を変えていく。
そして数秒もしないうちに完全なグレゴールと化して、誕生の咆哮をあげる。
ハルメナはグレゴールが復活するのとほぼ同時に動き、腰から生えた蝙蝠の羽を大きく広げグレゴールの元まで一気に滑空していく。相手の間合いに自ら入り込み体制を正すと、グレゴールが殺気を漂わせた眼光を向け、ハルメナに両腕で持っている大剣を同時に切りかかるが、それよりも早く彼女はグレゴールの体に触れると囁くように呪文を唱えた。
「
その瞬間、大きな穴がグレゴールの巨体に生まれた。貫通した大きな穴からはグレゴールの血肉や臓器が顔を覗かせ、円形に空けられた切り口から重力に従うように鮮血がしたり始め、臓器も次第にぼとぼとと落下する。
そして、声を上げる暇もなく、グレゴールは地に伏し黒煙へと霧散した。
優雅に羽ばたきながらこちらに戻ってくると、華麗に降り立ち、満面の笑みを浮かべる。
「終わりました」
ちょっと待って。
この子たち強すぎじゃない?
本当にグレゴールって強いの? 設定上は強いはずだけれど、こうも立て続けに倒されてしまうと、少しばかり疑わざるを得ない。
「確かに強いですね」
エルロデアが不意にそう答えた。
「これは管理者であるあなた様の能力が影響しているのでしょう」
「私の能力? それはどういうことですか?」
「管理者によって生み出される配下は、管理者の能力によってその強さを変化させます。管理者が強ければ配下も強くなる、そういうことです」
私が魔王だから、配下の子たちも強いわけ?
一応アルトリアスの戦闘力も見ておくとするけれど、もはや見る必要もない気がする。
再びグレゴールが復活して、アルトリアスがその力を見せてくれたけれど、やっぱりハルメナ同様に1パンで終わってしまった。速さとしてはアルトリアスの方が断然速かった。グレゴールが復活して彼女が踏み込んだと思った時には既にグレゴールの躰はバラバラの肉塊と化して、刹那に黒煙に帰していた。
その異常な速さに私は動きをとらえられなかった。ほんの一瞬の瞬きの間の出来事だったのだ。
「……凄い」
アルトリアスの力がこれほどとは……。
そんな閃光の如き華麗な攻撃が終わり、私の感嘆の声が漏れると同時に、私の隣で一緒に見ていたハルメナが悔しそうに舌打ちをした。
「私もこれほど強いとは思っていませんでした。魔王様のお力がこれほど影響されるとは。流石という言葉以外見当たりません」
コーネリアの称賛を浴びたけれど、私は特に何もしていないので、なんとも掻痒感が湧いてしまう。
万が一のために待機してもらったメアリーに私は声を掛ける。
「メアリーも準備してもらってごめんね」
「いえ、何事もないに越した事は御座いませんので。皆さんが無事で何よりです」
躰から植物を生やしている
「魔王様! もしよろしければ私もグレゴールと戦わせていただきたく思います! 私も魔王様に実力を見ていただきたいですし、私自身、自分がどれほどのものなのかも今一度確かめてみたいのです!」
コーネリアが再び復活したグレゴールを見据えてそう告げる。
固く結ばれた彼女の口からは、認められるに足る力を見せなくてはいけないと云う決意が伝わってきた。
「わかったわ。それじゃあ、貴方の力を見せて。くれぐれも気を付けてね」
再び私はメアリーに準備を頼む。
グレゴールへと真っ直ぐに進んで行くコーネリアは魔法職。
私がこの世界で初めて出会った者が彼女であり、助けてもらった命の恩人でもある。そんな彼女の事はできるだけ私も知っておかなければいけないし、これから色々頼むことになるのだろうから、確りとしておかなくちゃいけない。
歩み寄るコーネリアに気が付くグレゴール。
彼女が徐々にその間合いを詰めていくと、グレゴールの雄叫びが鳴り響き、その慄きそうになる咆哮と同時にグレゴールは彼女へと駆けだした。みるみる間合いがなくなり、グレゴールの剣戟の間合いに入った。巨椀からは想像できない素早い右手の一薙ぎを華麗に躱して見せると、数歩後退ってコーネリアは距離をとる。だけれど、そんな事すら許さないように続けて左の大剣が振るわれる。しかしそれもまた綺麗に躱すと愈々コーネリアの攻撃となった。
距離は非常に近い中で、彼女はまず相手の防御力を試すために一発で倒せるほどの威力はないけれど、そこそこダメージを与えられるだろう魔法を正面から強靭な筋肉の塊へ放つ。
「
爆裂の轟音と激しい熱風が辺りに拡散して、グレゴールは後方へとよろめく。
直撃した腹部は外皮が焼け、全身を覆っていた短い体毛は黒く焦げていた。
しかし、グレゴールには有効なダメージには成っていないらしく、直ぐにコーネリアへ飛び掛かる。両椀の大振り攻撃が彼女目掛けて振り下ろされる。その勢いと威力から、風を切る鈍い音が聴こえた。それを躱すことができなかったのか、コーネリアは咄嗟に魔法で壁を作り攻撃を一時的受け止めた。
「障壁魔法を会得しているとはなかなかに興味深いですね」
隣でエルロデアがにたりと独白した。
「その障壁魔法ってそんなに珍しい物なんですか?」
「本来は一般的には会得出来ない特別な魔法なんです。ある特定のものしか、あれは会得出来ないんです。貴方様にはこの世界の理をお話ししたと思います。この世界にはダンジョン以外で魔物は存在しないと云う事を」
「はい……」
「つまり、普通に生きる上で障壁魔法なんて必要ないんですよ。だから、一般的には認知されていない、手段を知らないから会得出来ない。それがこの世界に常識です。ただ、この世界での唯一の争いごとである国家間の戦争や魔王と勇者の争いではその魔法が使われるのです。障壁魔法は他の魔法と違い、会得者からしか学べない魔法なのです。そして、勇者と魔王は生まれながらにしてその障壁魔法を会得しているのです。配下となられるものはそうして魔王や勇者から魔法を会得して戦争時に身を護る術を得るのです。しかし、彼女はまだ魔王である貴方様からその魔法を教えてもらってはいないはずです」
確かに。私は抑々そんな魔法が使えるなんて知らないし、存在も知らないから教える事なんてできない。
「ですので、彼女があの魔法を会得している訳はつまり、国家間の戦争として駆り出される軍人か、あるいは……」
「勇者の配下……?」
それってつまり……。
バリンッ!!
硝子が割れるような音が聴こえコーネリアの方を見やると、先ほど出した障壁魔法がグレゴールの一撃で砕け散っていた。少しの動揺を見せるも、一応それも想定内だったのか、コーネリアは砕け散る直前に魔法でその場を回避した。後方へ飛退けた彼女はグレゴールが次の攻撃をする前に続けて魔法を打ち込んだ。
「
グレゴールの足元に黒煙が薄っすらと立ち込めるとそれは次第に無数の蛇の方とへと変化し、グレゴールの躰へと絡みつく。その力が凄まじいのは、剛腕の巨獣であるグレゴールが一切のみ動きができないほどだ。
必死に絡みつく蛇を引きはがそうとするも、束縛は一層に強くなるだけだった。その度に苦痛の怒号を叫ぶ。
一定の距離をとった彼女は次で終わらせるつもりか、先ほど放った魔法よりも数段強力な魔法を放った。
「
その威力は凄絶で、先ほどとは毛色の変わった黒い炎が彼女の元から放たれ、荒れ狂う炎の奔流がグレゴールへと衝突し、轟音と階層全体を揺らす震動と共に、天蓋まで突き抜ける大きな火柱がグレゴールを包み込んだ。炎が黒いだけにその光景は異様なものだった。
獣の絶叫は心が氷つくほどに恐ろしいものだ。
火柱の中で、身動きも出来ず灼熱に体を焼かれていくなんて、流石の魔物も絶叫するだろう。次第にグレゴールの躰は黒煙と帰して黒い炎と同化して消滅した。
少し張りの息を零すと、コーネリアは私の元まで戻ってくる。
「いかがでしたか魔王様?」
「コーネリアも十分に強いね。これなら安心して任せられるよ」
そうはいってみるものの、先ほどエルロデアと話したことが頭から離れない。障壁魔法の件、彼女に直接聞けばいいのだろうけれど、なかなかどうして聞きにくい。
「これで全員の戦力も確認できたことですし、城に戻り、今後の方針を話し合いましょう」
「そうですね。これから何をしなければいけないのか。一先ずは防衛基盤と生活基盤を作る事ですかね?」
再び復活したグレゴールを放置して、私たちは再び城へと戻る事にした。
コーネリアの事はひとまず置いておくとして、今やるべきことを先に済ませることにした。
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