第4話 戦う術を学ぶ魔王

 まさか、勇者でなく、魔王!? 私が魔王!!?


 ただの人間でもなく、勇者でもない、私の望んだ存在だけれど。でもまさか魔王になるなんて……。

 こんな弱い魔王がいていいの? 

 私何もできないけど。

 眼前で敬服する彼女に対して、私はそんな態度を取るほどのものではないのにと思ってしまう。


「私が……魔王?」


「はい。胸に刻まれた刻印が何よりの証拠です」


 私は自身の胸を覗いてみる。

 普段はブラで隠れる右胸の下あたりに何かの印が確かに刻まれていた。


「それが魔王の印です。この世界には現在7人の魔王が存在し、夫々自分の領土をもって勇者を迎え撃っております。8人目の魔王となられたあなた様にはまず、貴方様の拠点が必要となります」


「ちょっと待ってください。まだ展開が呑み込めていなくて……」


私はいったん落ち着いて考えることにした。私がこの世界でなすべきこと、女神サラエラが云っていた生き残れという意味。そのすべてを考慮し、今の現状を整理する。


「つまり、私は魔王としてこの世界に転生した。その目的は勇者を迎え撃って闇側の勝利をもたらすこと、であってますか?」


「おっしゃる通りです」


「私、見ての通りすごく弱いですけど、大丈夫ですか?」


「問題ありません。魔王としてこの世界に存在した時点で、その力は私たち配下のものとは格が違います。使い方を身に着ければ周りに敵はありません」


 本当かな……?


 何一つ使える気がしないんだけれど。

 ……ん?


「配下って……あなたが?」


 膝をついたまま、胸に手を当て、忠誠の姿勢を作ると彼女は云う。


「私は闇妖精ダークエルフ。コーネリア・ヴィレンツェ。新たなる魔王様にお仕えいたします。我が身の事はコーネリアとお呼びくださいませ」


「えっと、じゃあ、コーネリア。私は何をすればいいんですか?」


「一先ず、このダンジョンを攻略しましょう。ダンジョンを攻略することで戦闘やこの世界に慣れていただきます」


 コーネリアは立ち上がると続ける。


「その前に、魔王様には基本的な戦い方の術を覚えていただきたく思います」


 そうだよね。

 私、今のところ戦力外だし、いくら魔王として強い力をもっているとはいえそれを行使する術を持たなければ意味はない。


「分かりました。ではよろしくお願いします」


 今私たちがいる大樹の切り株は魔物が近寄らない安息所レストスポットで、練習するには最適の場所らしい。


「それでは、まず魔法の発動を行いましょう」


「魔法が私にも使えるんですか?」


「勿論です。魔法は誰にでも使えるものです。魔法は非常に単純で、発動に関してはそれほど問題はありませんが、威力、正確さのコントロールが難しいのです。取り敢えず、手を前に出してください」


 云われるままに、私は右手を前に突き出した。


「そうしましたら、火炎フレアと唱えてください」


 云うだけでいいのかな? 


火炎フレア


 すると、私の掌から勢いよく炎が湧き出てきた。

 まるでそれは火炎放射器の様に真っ直ぐ炎が伸びて、私は思わず手を引っ込めそうになるけれど、その手をコーネリアが瞬時に抑えた。


「いけません! 魔王様! 魔法発動中にその軌道を変えてしまっては危険です。この魔法のように、意思で切らなければ止まらない魔法のようなものは発動中はなるだけ動かさずにいてください」


「ご、ごめんなさい……」


 でも、これめちゃめちゃ怖いんですけど。


「怖いのは分かります。ですが、熱は感じないと思います」


「確かに、熱くないです。どうしてなんですか?」


「魔法発動時に自然と発動者に影響が出ないように壁が発生するのです。この炎も、別に掌から直接出ているわけではありません。少しばかりの隙間を隔てて炎は生み出されてます。ですので、壁のお陰で、掌は熱さを感じていないのです」


 なるほど。彼女のいう通り、私はこんなに熱そうな炎を出しているのに一切その熱を感じてはいなかった。


「この魔法のように、魔力が尽きるまで永続的に発動し続ける魔法は、掌を閉じて仕舞えば止まります。これは魔法のコントロールができるようになれば、意識するだけで止めることができるようになりますので、今回は掌を閉じて魔法を止めましょう」


「はい」


 私は未だ炎を吐き出す掌をゆっくりと閉じていく。その時も熱さは微塵も感じなかった。


「今のは、ただ魔法を発動しただけにすぎません。これはこの世界に生まれたものなら誰でもできるものです。ですが、発動した魔法を自在に操るには相応の鍛錬が必要になります」


 自在に操るというのは一体どういうことなのだろう?


「取り敢えず、実践してみましょう」


 そう言って、彼女は私の方へ手を突き出すと、先程私が発動した火炎フレアを唱えた。


 うそでしょ!?


 この至近距離でさっきのような勢いのある炎を出されたら私は丸焦げですよ!


 でも、そんな私の心配も杞憂のごとし。

 炎は確かに勢いはあったものの、それが私に降りかかることはなく、私の前でその軌道を変え、まっすぐ伸びていた炎は不自然に折れ曲り明後日の方へ伸びて行った。

 そのあとも、炎の軌道はクネクネと曲がり、私の周りをクルクルと螺旋を描いていく。


「こんな感じで、魔法の軌道を変えたり、出力を変えたりすることが、魔法のコントロールというものです」


「すごいですね。そんな自在に操れるんですか?」


「魔法のコントロールはその魔法に意識をかぶせる感じで行います。ですので、イメージによって様々な応用が可能になるのです」


「イメージですか」


「はい。これはなんとも抽象的なものになりますので、言葉で説明するのが難しいのです。ですので、コントロールの方は経験を積みながら覚えていきましょう」


「そうですね」


「では次に、スキルというものについてお伝えします」


 スキル。

 確か私は美女サラエラからいくつか授かっていた気がする。


【言語理解】【錬金】


 言語理解は今現在発動中ものだろうけど、錬金の方は未だになんなのかよくわかっていない。様々なものを掛け合わせて新しいものを生み出すみたいなスキルだと聞いたけど、そもそもどうやって掛け合わせらのかがわからない。

 サラエラさんは実践して身につけろ的なことを言っていたけど、初期知識が不足しすぎてスタートすらできないですよ。


「スキルというのは、個々に持ち合わせている特別な能力のことで、経験を積むことで多くのスキルを身に付けることが可能なんです。ですが、それも個人差がありまして、生涯のうちに会得できるスキル数には上限があります」


「個人差ですか?」


「はい。まあ、魔王様でしたらその保有可能数も桁外れでしょうが」


「自分がどんなスキルを保有しているかを確認することはできるんですか?」


「可視化するには必要なアイテムが無いとできませんが、自身で確認するだけでしたら、意識するだけで分かると思います」


「意識するだけでいいんですか?」


「感覚なのでこれもまた説明しずらいものですが、例えば今会得しているスキルは何だろうと思考すると頭の中で不自然に明瞭なスキルの記憶が思い出せるんです」


 忘れていたものが急に思い出せると云った、本当に感覚的なものだった。

 コーネリアが云うようにスキルの事を考えるだけで、私は気持ちの悪いくらいにスキルの事を把握していた。

 私が持っているのは【言語理解】【錬金】のほかに【風爪斬ふうそうざん】という馴染みのないものがあった。

 スキルはどうにも、所有しているものを把握することは出来ても、その使い方が明確に分かるわけではなかった。だから、この【風爪斬】の使い方が分からない。そもそもいつそんなスキルを会得したのか謎過ぎる。


「すみません、いつの間にか身に覚えのないスキルがあるんですけど、どう使うのかわからなくて」


「どんなスキルですか? こう見えて、私はある程度知識には自負がありますので、応えられるかもしれません」


 コーネリアがそう云うので、私は件のスキルの名前を云う。すると、彼女は目を丸くして驚きを露わにした。


「それは先ほど倒した一角熊の技ですね。あの凶悪な鋭爪で風を切って鎌鼬のような斬風を起こす技ですが……、どうしてそれを魔王様が会得しているのかがとても不思議です」


「もしかして、倒した魔物の技を極稀に習得できることがあるんですか?」


 しかしコーネリアはかぶりを振った。


「魔王様、それはありません。魔物の技を会得するのは不可能です。不可能というよりは、過去に例がないためなんですけれど。そもそもスキル自体、魔物と私たちとではものが違いますので、会得すると云う事はないはずなんですけど……」


「そうなんですか?」


 でも確かに保有はしてるみたいなんだけど。

 この技ってさっきみたいに唱えるだけで発動できたりするのかな?

 私は適当な方へ先ほど魔法を使ったみたいに技名を唱えてみたけれど、残念ながら不発に終わってしまった。

 どうやら魔法とスキルとでは使い方が違うみたいだ。


「スキルの発動には2種類ありまして、動作と想像を合わせた発動方法と、常時発動しているものとになります」


「たぶん、常時発動しているスキルは身に覚えがあるのでなんとなくわかるんですけど、動作と想像でスキルを発動する方がイマイチ分からないです」


 常時発動スキルは、今現在進行し続けている《言語理解》のようなスキルだろう。


「動作と想像というのはつまり、そのスキルがどう言ったものなのか、想像をしてつかうのが一般的なスキルになります。例えば、剣士のスキルで閃光のような剣戟を繰り出すのに、その動きをイメージして剣をふるうと、スキルが発動して自然と動きを補正してくれるのです。それが技のスキルの特徴です」


 なら、今度はさっきコーネリアが説明してくれたスキルの攻撃をイメージして、鋭い爪で風を切り裂いて鎌鼬を生み出すイメージで――。


【風爪斬】


 私に鋭利な爪はないけれど、爪でひっかく様に空を斬りながらスキル名を唱えてみると、驚くことに想像以上の斬風が私の手から放たれ、森の方へ飛んでいった風は堅牢に聳え立つ木々を一瞬にして粉砕していく。その規模と力はどうやら普通ではないらしく、スキルの一部始終を見ていたコーネリアが吃驚と感激の表情で、私の事を恍惚と見ていた。


「やはり魔王様は素晴らしいお方です。これほどのお力をお持ちになられるとは……」


「そうなんですか?」


「本来、先ほどの技は木の表面に深い傷を刻む程度の威力しかありませんが魔王様が放たれた威力はそれを十分に凌駕しております。木の表面どころか周囲の木々もろとも粉砕してしまいました」


「たしかに威力が全然違いますね。スキルと云うのは発動者によってこんなにも力の差が生まれるものなんですか?」


「発動者の力が高ければそれに見合う威力となります。魔王様ほどとなればさきほどの威力が当然と云えます。寧ろ、まだまだ威力が足りないくらいです。これで一先ずは戦い方を学べたと思いますので、早速ダンジョンの攻略へ向かいましょう」


 戦い方と云っても魔法とスキルのつかいかたしか学んでないけど、私役に立つのかな。スキルだって攻撃に使えるのも《風爪斬》とかいうものだけだし。


 そんな私の杞憂を払拭するようにコーネリアは万遍の笑みを浮かべる。


「ダンジョン攻略は私にやらせて戴きたく思います。魔王様は高みの見物でもしていてください。こう見えて、私はかなり強い自負がありますのでご心配なく!」

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