女体化した俺が美女との百合展開を目指したらその兄が釣れた話

エノコモモ

女体化した俺が美女との百合展開を目指したらその兄が釣れた話


細かい過程は置いておこう。

理由はまあ、悪い魔法使いが掛けた呪いが偶然当たったみたいなことだ。何の過失もないのに俺がある日突然女体化してしまった経緯なんて、みんなそんな興味ないだろう。俺も深くは考えたくない。とにもかくにも、目が覚めた時、俺は女になっていた訳である。股間の相棒が綺麗さっぱり消えていた訳である。


泣いた。三日三晩泣き続けた。そして思った。


(百合も悪くないのでは…?)


百合はいい。とてもいい。何て言うか清らかで、純愛な感じがいい。年頃の少女達が和気あいあいとお喋りをしているだけでも、グッとくる。


そしてありがたいことに、女体化した俺は可愛かった。さらさらの黒髪は傷みひとつなく輝き、肌は真珠のように白い。黒目がちな瞳は大きくて、誰が見ても間違いなく可愛い美少女になったわけだ。これはチャンス、チャンスである。美女と美少女の絡みを至近距離で、と言うかそのものになって体験できるのだ。


「おはようございます!」


元気よく挨拶しながら、大きな扉を開ける。趣味の良い調度品が飾られた室内には、同じく美しく部屋を彩る主の姿。


「エミル。おはよう」


俺を視界に捉え、彼女は小首を傾げる。絹のような金髪がさらりと揺れた。


さて。俺が百合展開の相手に是非と望んだ美女は、ミハルチーク家のクリスティーナ嬢だった。エミルこと俺は、両手に抱えていた花束を彼女に差し出す。


「先週希望にあったデルフィニウムを混ぜて…あと良いガーベラが入ったからそれも。どうかな?」

「あら、素敵。もっとよく見せて」


落ち着いた色味の花束に顔を近付ける彼女は美人だ。すごく美人だ。陶器のごとくきめ細やかな肌に青色の瞳、顔の中心をすらりと貫く高い鼻など、文句のつけようのない美女である。


ちょうど女体化して放心状態で町を彷徨くこと1時間。俺は馬車の窓から顔を覗かせる、クリスティーナ嬢を見た。

きらきらと煌めく金糸に物憂げな表情、その瞬間、俺の百合展開の相手は決まった。


そうと決まれば話は早い。幸い俺の職業は花屋の経営者。必死でを辿り、クリスティーナの花の好みを研究。様々なアプローチと入念な下準備の挙げ句に、彼女お抱えの花屋となったのである。


「エミルの作ってくれる花束はいつも素敵ね。ありがとう」


俺の作った花束を両手に抱えて、クリスティーナは柔らかに微笑む。その壮麗な景色にエヘヘと頬を緩ませていると、ふと壁にくっついた鏡が目に入った。女の子の部屋らしく大きな姿見は、俺と彼女を丸々映している。


「……」


それを見て思った。すごくイイ。ものすごくイイ。クリスティーナの美しさは既に前述したその通りだが、彼女の横に立つ黒髪の美少女もまた筆舌に尽くしがたい愛らしさを兼ね備えている。即ち俺のことである。美女と美少女が共に並ぶその絵面は、まるで1枚の絵画のようだ。


そして残る重要な問題は、クリスティーナ嬢が恋愛感情を持って俺を見てくれるか否かと言うことである。だがしかし焦りは禁物。俺もあまり経験豊富なわけではない。今の状況も、それなりに満足なのだ。例えチキンと言われようとも、とりあえずはこの関係を終わらせないように専念すべきだろう。


(今後も彼女の為にせっせと花を運んで…)


「ねえエミル」


ふとお声が掛かった。顔を上げると、クリスティーナと目が合う。すると彼女の青空のように澄んだ瞳が、悩ましげに揺れた。


「貴女って、その…お付き合いしている人はいるの?」

「へ?」


予想外の一言にぴたりと固まる。ぱちぱち瞬きをしながら、呆然と声を絞り出した。


「え、いや。いないけど…」

「まあ、そうなの」


ほっと安心したように息を吐く。ぽかんと口を開ける俺を前に、クリスティーナは俯く。細く長い指を、花束の側面で絡めた。


「急にごめんなさい。確認がしたかったの」


彼女によく似合う花束で口元を隠す。そして頬を赤く染めながら、言った。


「重要な、ことだから…」






(やった…!)


屋敷の廊下。俺は心の中で勝利の雄叫びをあげていた。ガッツポーズを取りたい気分だ。いや実際に取っていた。


理由はもちろん、クリスティーナの先刻の質問である。ただのお抱えの花屋に、恋人の有無を聞く。これは脈アリ、脈アリなのではないだろうか。いや、脈アリに違いない。


「…何をしているんですか?」


喜びと達成感、そして溢れんばかりの幸福に浸っていると、声が降ってきた。顔を上げれば、きらきら輝く金糸と青い瞳。よく似ているけれど、クリスティーナじゃない。


「アレクセイ」


名前を呼ぶと、彼の眉が一瞬ぴくりと動いた。


「…また、来たんですか」


アレクセイはすかさず嫌味を放ちながら、わざとらしくため息をつく。俺と言えば、せっかく幸せな気分だったのになあなんて尖らせながらも口を開いた。


「お前こそまたここに居るのかよ。俺はクリスティーナ嬢に呼ばれたんだ」

「俺の屋敷ですから。クリスティーナが勝手なことをしているようですが、我が屋敷の一室を飾る装花です。本来は貴女の店のような、庶民向けの花屋に頼んで良い代物ではないんですよ」


この屋敷の長男。アレクセイ・ミハルチーク。クリスティーナの実兄である。そして兄妹なだけあって、よく似ている上この男も相当な美形ではあるのだが、その性格に置いては雲泥の差が存在する。


「彼女が喜んでくれてるんだから良いんだよ」

「…貴女、俺に対するその態度はどうにかならないんですか?会った頃の従順な態度が嘘のようですね」

「だって嘘だもん」

「……」


アレクセイの眉間に皺が寄る。普段は取って張り付けたような微笑みを浮かべているこいつが、俺を前にした時だけは不愉快な感情を全面に押し出して来る。そして俺がこの屋敷に来る度に顔を突き合わせている気がする。おそらく暇なんだろう。


百合展開の相手をクリスティーナに決めたところまでは良かった。しかしながらいくら美少女と言えど、俺の身分はたかだかいち花屋の店主。深窓のお嬢様である彼女には、そうそう近付けなかった。


そこで俺が最初に接触を図ったのがアレクセイである。仕事の都合上、クリスティーナよりもまだ公の場に出てくることが多かったし、この兄貴、良い感じにクソだった。


アレクセイが仕事の片手間に行っていたのが女遊び。しかも誰彼構わず手を出すのではなく、沈黙を守り通せる女性や遊び慣れたセレブを選んで綺麗に遊ぶ。何せ端正な顔に洗練された立ち居振舞いだ。相手には困らない。同じ男としては死ぬほどムカつく野郎だが、理想の百合展開の為である。致し方ない。


と言うわけで、俺はプライドをかなぐり捨ててアレクセイに近付いた訳だ。美少女と言う立場を利用し、こいつに好意を寄せる女の子に混じって、全力で興味のあるふりをした。そんな涙ぐましい努力が功を奏し、晴れてクリスティーナと仲良くなれたわけである。これがとあるツテの正体だった。


「良いですか。貴女みたいな人が出入りすると我がミハルチーク家の家格が落ちるんですよ。全くこの庶民が…」

「はいはい、お前ほんとに俺のこと好きな」


だから本来なら感謝すべきなのだが、いかんせんこいつはムカつく男だった。


「何を…!その人を馬鹿にしたような態度、改めないことには二度とこの屋敷の敷居を跨がせませんよ」


じろりと睨まれた。クリスティーナと同じ色の碧がこちらを射抜くが、俺はへっと軽口を口にする。


「人は鏡って言うだろ?お前が俺を好きだ~って言うなら、俺も大好き~って返す返す」


それだけふざけたように言って、何か言いたげな彼に背を向ける。また怒られる前に、その場からさっさと逃げ出した。


帰る前に嫌な男に会ってしまったが、俺の心はハッピーだった。

その理由はもちろんクリスティーナのことである。今後どうやったら恋愛関係にまで発展できるか悩んでいたところに、まさかの彼女からの好意ありますよサイン。浮かれると言うものだろう。本音を言ってしまえば性格はツンデレ系がタイプなのだが、欲を掻くのはいけない。クリスティーナは俺には勿体ないぐらいの美人で優しくて、あとおっぱい大きいのだ。


こうして俺の努力と性癖により、ちんちんを失った悲しみは無事におっぱいで癒されようとしていた。




「あ」


そうして意気揚々と玄関を通ったところで気が付いた。腰のエプロンに差している商売道具が、ひとつ足りない。花の茎を切る鋏だ。おそらくはクリスティーナの部屋で花束を花瓶に移しかえる時に使ったまま、置いてきてしまったのだろう。


鋏の代わりは持っているし来週もう一度来るので然して不都合はないのだが、彼女の華奢な指を思い浮かべくるりと踵を返す。万が一怪我でもさせてしまっては大変だ。


そうしてもう一度使用人に挨拶をして、屋敷の中に入れてもらう。クリスティーナの部屋がある廊下に差し掛かった時だった。


「お兄様…わたくしもう、いい加減にすべきと思うのよ」


少しばかり開いた扉から、クリスティーナの声がした。凛と響く優しげな声色は間違いなく彼女のものだ。お兄様と呼んでいたし、アレクセイと話しているところなのだろう。


何か話をしている最中ではあるが、俺の目的は少し顔を出して、鋏を取って帰るだけ。だから扉をノックしようと、手を伸ばす。ところがその瞬間、クリスティーナの口からは予想外の言葉が出た。


「本当はエミルのことが大好きだって、お兄様はちゃんと伝えるべきだと思うの…」


(……は?)


俺の手が止まる。ついでに思考も止まる。何なら時まで止まった。


そしてそんな衝撃的な発言をぶつけられたアレクセイと言えば、しれっと、けれど僅かに震える声を出す。


「…クリスティーナ。何の話を、」

「だって私、知ってるのよ」


妹は、兄の声に被せるように先を口にした。


「エミルが来る時間を確認してその時だけは毎回必ず屋敷にいるようにしてることとか、偶然居合わせてしまったように装うためにずっと廊下で待機していることとか、そんなに努力して話しても嫌味しか言うことができないから、その後数時間は落ち込んで仕事も手につかないこととか、これまで遊んでいた女性全員と手を切ったりしたことだとか」


由々しき事実が矢継ぎ早に出てくる。全てを聞いた後、しばらくして、アレクセイは小さく声を漏らした。


「…き、気のせいでしょう」


そうだ気のせいだ。気のせいに違いない。俺は珍しく兄を応援する。だってそうじゃないと、アレクセイが俺のことが好きなあまり恋する乙女と化していることになる。そんなキモいのは認めたくない。認めないぞ。


必死でアレクセイを応援する俺の心とは裏腹に、クリスティーナは畳み掛けるように続けた。


「エミル。今恋人はいないんですって」

「っ!」

「重要なことだから、確認してあげたわ。お兄様、どうせ直接聞くことなんてできやしないし」


そこで言葉を止めた。彼女は珍しく声を低くさせ、出方を伺うように続ける。


「けれどあれだけ可愛らしいのですもの。ぐずぐずしていたら、彼女。他の人に取られちゃうわね」


俺は顔面蒼白でそれを聞いていた。心中は知ってはいけない世界の真実を聞いてしまった気分でいっぱいである。


(このまま、ゆっくり…)


そろりと片足を引く。幸い屋敷の床には厚みのある絨毯が敷かれている。慎重に後退りすれば、足音も立てずに消えることができるだろう。


「エミル様。いかがいたしました?」

「ヒギャー!!」


ところがどうして、自分の足音が響かないと言うことは他人のそれも聞こえないと言うことだ。いつの間にか背後に立っていた使用人に気が付かず、そしていきなり声を掛けられたことにより、俺の体と心臓は吹っ飛んだ。


俺の背中が当たり、半開きだった扉は軽々と開く。


「エミル!?」


座っていたクリスティーナが驚いて立ち上がる。続いて飛び込んできたのは、アレクセイの顔。


「「っ…!」」


互いに背筋が凍った。何が起きたのか分かっていない、けれど様子がおかしいことは理解している使用人が、おろおろと俺達を見る。


「……」

「……」


地獄のような沈黙がその場を支配した。必死で思考を巡らせてありとあらゆる引き出しを開けて、俺は何とか言葉を発した。


「そっ、そんなわけないよな!」

「!」


ぎこちなくではあるが何とか笑顔を浮かべる。するとアレクセイは乗ってきた。


「あ、当たり前です!誰がこんなガサツで色気の欠片もない貧乳女を好きになるものですか!」

「だよなー!」


クリスティーナはあちゃーとでも言いたげに頭を抱えてはいるが、それは見なかったことにする。棚の上にあった忘れ物の鋏を手に取り、俺はふたりに背を向ける。


「じゃあ俺帰るわ!クリスティーナ嬢!来週もよろしく、」


そうして何事もなく、にこやかに場を後にしようとした時だった。軽快な足取りがぐっと引き留められたのだ。


振り返ると、俺の服の端を摘まむアレクセイの姿。顔は見えない。頭を俯かせるようにして、屈んでそこに立っている。彼はそのまま、顔を上げずに言った。


「好きです…」


金糸から覗くその耳は真っ赤である。そして俺と言えば真っ青になった。


「お、おま、」

「貴女が悪いんですよ!」


アレクセイがぐあっと顔を上げた。


「最初に出会った時は媚びてきたのに、急に冷たくなってまともに目も合わせてくれなくなって、それなのに貴女は顔だけは可愛いし」


彼が言っているのは、おそらくクリスティーナお抱えの花屋になれてからだろう。目的は達成したから、お前は用済みだったんだ。ごめん。


「俺はただでさえも女性にチヤホヤされたことしかないんです!あんな素っ気ない態度を取られて、夢中にならないわけがないでしょう!」


相当最低なことを言っている。アレクセイはそのまま、半ばやけくそ気味に叫んだ。


「何か!問題!ありますか!?」


いや問題しかない。それはもう片手じゃ数えきれないほどたくさんの問題が。それでときめくとかお前終わってんなとか、俺が好きなのは百合であって男同士のそれじゃないとか、ていうか俺の心は男だ。どう罷り間違ったってお前と恋愛関係にはなりたくない。


「それで…」


はあはあ肩で息をしながら、アレクセイが顔を上げる。


「好きと言ったら、大好きと返してくれるんですよね…?」


だがしかし何よりの問題は、真っ赤になりながらも少しだけ期待に満ちた眼差しを向けてくるこの男に、そこはかとないときめきを覚えてしまったことだと思う。

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