芳山充〜時を駆ける七賢者〜 その2

 異世界生活百七十日目 場所ラグナ・ヴァルタ島、ヴァパリア黎明結社本部


【三人称視点】


「「〝神聖なる輝きよ! 邪悪を貫く槍となれ〟――〝聖光収束極槍セイクリッド・ジャベリン〟」」


「葦屋浦流刀術改・二連空斬にれんそらぎり!」


 夢咲と新田――アイドルコンビが光の槍を放ち、その間を擦り抜けるように飛び出した春彦が二刀の万理斬り伏せブルートガング究極大戦装備アルティメットラグナロクで反動を溜めた状態から、その勢いを利用して居合を行う。

 葦屋浦流刀術の一つを応用した二刀流版の空斬そらぎりを華麗なバックステップで躱し、二本の光の槍を薄く長く展開した〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟で切り裂いた芳山は――。


「〝次元を切り裂く刃よ〟――〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟!!」


 そのまま芳山に接近して大きく斬り上げて相手の体勢を崩した所に、 頭上への斬り下ろしを繰り出す天地あめつちを放とうとしていた春彦の前に〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟を展開した。

 春彦は止まれずそのまま〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟に追突して両断される。


「「春彦!!」」「春彦君!!」


 唐突な親友(葦屋浦にとっては想い人)の死に衝撃を受ける三人。


「…………やっぱり、覚悟はしていたけど……そうよね。戦うということは命を奪われる覚悟を、仲間を目の前で無くす覚悟をしないといけないわよね。……でも、やっぱり改めて現実を突きつけられると、簡単には受け入れられないものね……」


 それをすんなりと受け入れられるということは、仲間の死すら簡単に感情に入れてしまう冷酷な存在になるということだ。

 夢咲は決してそうなりたい訳ではない。寧ろその逆――大切な仲間達と共に目的を果たすために戦える、そんな人間になりたい。


「……何故、そこまでして貴女達は戦うのかしら? 能因草子に任せておけば全て解決するでしょう?」


「私達は全てを草子さんに任せ、その上澄みを掬い取って帰還したい訳じゃないんです! 一緒に戦って、その上で胸を張って地球に帰還したいのです!! 確かに草子さんにとっては足手纏いかもしれません。でも、全てを押し付けたら、ひとりぼっちにしてしまったらあの頃と、地球にいた頃と変わらない……私達は草子さんから沢山のものをもらいました。その恩は草子さんが思っている以上にずっと大きいんです……まあ、大局を見て、それぞれに必要なものを最も必要なタイミングに当然のように用意する草子さんにとっては、私達が恩を感じていることは本当に些細なことなのかもしれませんが。……でも、助ける側が忘れてしまうようなことでも、助けられた側にとっては想いを寄せるようになるほど大切なことになる……白崎さん達がまさにそうです。私は草子さんに恋をするほど一緒にいた訳でもありませんが、それでも感謝しています。……もう、あの頃みたいに一人にしたくはありませんから……それだけ、彼は私達にとって大切な存在になったのですから」


 新田の瞳には固い覚悟の光が灯っていた。

 そんな風に誰かと共に戦える新田達が、芳山には恨めしい。何故、彼女達は助けられて、同じように地球から転移した芳山は一人で地球への帰還方法を巡って少女達と戦わなければならないのか、意味が分からない。

 自分だってそちら側に行けた筈なのに、どうして芳山はまるで悪役のように少女達と対峙しているのだろうか。


「どうして!? 私だって貴女達になれた筈なのに、なんで私だけ悪者扱いなの! なんで、同じように元の世界に帰りたいだけなのに、なんでそれが許されないの。貴女達は狡いわ! 能因草子と出会って地球に帰還する方法が得られて……そんな風にヒロインみたいな表情を浮かべて…………卑怯よ、そんなの。私だって……私だって深町翔君への気持ちは本物なんだから……帰りたいって本気で思っているんだから」


 芳山の願いも、新田達の願いも同じ――理不尽に転移させられた異世界カオスから元の世界に帰還したいというものだ。

 もし草子と出会っていなければ新田達も芳山と同じ側だったかもしれない。芳山と新田達の違いはただ一つ――明確に帰還方法を考察して実行できるような仲間に出会えたか、出会えなかったかだ。


 そう考えると、草子と合流できた自分達がどれほど恵まれていたのかを強く実感することができる。


「まあ、いいわ。貴女達はここで殺す――それが私が七賢者としてやるべきことですもの。帰還方法だって私一人で見つけてみせる! 私はこの世界でずっと一人だった、一人でなんでもやってきたんだ! だから、私の願いだって私一人で叶えてみせる!!」


 夢咲達は芳山も自分達と同じように元の世界に帰還できるようにしたい。だが、それを芳山は果たして許容するだろうか?

 能因草子に対して激しい嫌悪感を抱き、自分で帰還することに固執している、最後まで一人で願いを叶えると夢咲達と派比べ物にならない時間を帰還のために費やしてきた芳山が、今更草子に頭を下げて「元の世界に帰りたい」という訳がない。


(…………でも、草子君ならきっと芳山さんのことを助けてくれるよね)


 あの目つきの悪い皮肉屋は、イヴやカンパネラ、紅葉やブルーメモリア、皇響夜といった真の悪こそ憎むものの、それ以外の、自らのエゴを叶えるために戦う者には比較的寛容だ。

 例え刃を向けてきた相手でも、その願いに共感する面があれば、知恵を働かせて自分にできる方法で相手をも救おうとする。


 あの傲慢な男なら、手の届くところなら、本人が小さいと評する力で救えるのならきっと両者が望むハッピーエンドに導いてくれる。


 そんな彼だからこそ、白崎は、聖は、リーファは……多くの者達が彼に好意を寄せ、好感を持ち、異世界カオスを変えてしまうような繋がりが生まれたのだから。


 意固地に自分だけで願いを叶えようとする芳山と、そんな芳山すらも簡単に助けてしまうのであろう草子の互いのエゴがぶつかり合う戦いを想像し、新田は薄っすらと目に涙を浮かべた。

 新田達には、その戦いを見届ける力がない……そんな超越者デスペラードにすら至っていない自分の弱さが悔しかった。


「葦屋浦流奥義――天加具山あめのかぐやま!!」


「【水掌握】――水刃乱舞!!」


「〝凍てつく氷よ。槍の形持つ無数の氷塊へと姿を変え、汝の敵の身体を貫け〟――〝無数氷塊大槍アイシクルフルランス〟」


 宍戸が無数の水の刃を、天宮が氷の槍を、それぞれ放ち、葦屋浦が草子からのアドバイスと鍛錬を経て会得した森羅万象全ての動きを感じ取り、僅かな動きだけであらゆる攻撃を受け流す奥義で芳山に接近し、極限までひねった体の力を利用して振るう捻斬ひねりぎりを放とうとする……が。


「〝次元を切り裂く刃よ〟――〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟!!」


 芳山の手から次元を切り裂く刃が放たれ、接近していた葦屋浦を後ろにいた宍戸と天宮を巻き添えにして両断した。

 これまでは設置して罠として利用してきた〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟だが、実際は時空を切り裂きながら敵を切り裂くことも可能だ。芳山はあえて遠距離攻撃としては使用せず、設置罠として使用し続けることで遠距離攻撃はできないと錯覚させようという作戦だったのだろう。


 もう一つ、葦屋浦の天加具山あめのかぐやまが未熟だったのも〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟を真面に喰らってしまう要因となった。

 〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟を遠距離では使えないだろうという無意識的な油断と葦屋浦の剣士としての未熟さ結果として、纏めて三人が両断されて生き絶えるという最悪の結果を引き寄せたのである。


「残り五分……かしら? 相手は四人、楽勝ね」


 夢咲、新田、堰澤、吉祥寺――半減したメンバーでは八人でも到底倒せなかった芳山を倒すことは不可能だろう。

 しかし、そもそも夢咲達は芳山を倒せるとは思っていない。夢咲達は芳山の力を――芳山自身が口にした死に戻りのことを伝えれば、柴田達が……もし、仮に柴田達には無理でも草子ならきっと倒してくれる。


 結局他力本願になってしまうのは不服だが、今の夢咲達に勝ち目はないのだから仕方ない。今、夢咲達にできることをすることが、夢咲達の為すべきことだと心に決め、それぞれ覚悟を決めた。


 戦いが討伐戦から持久戦に変わったとしても、依然として夢咲達にとって辛い戦いなのは変わらない。

 相手は超越者デスペラード――そんな化け物相手に五分も逃げ回らなければならないということと、持久戦に切り替えたことを悟られないように立ち回らなければならないということから来る緊張を悟られぬように隠し、夢咲達は戦闘態勢を取った。


「莉乃様、瑞希様……ここは俺達に任せてください!」


「…………分かったわ。ごめんなさい」


「莉乃様……俺達は謝罪が欲しい訳ではありません」


「そうね……頑張って、二人とも!!」


「「はい! 頑張ってきます、莉乃様!!」」


 飛龍刺し貫けハイウィンド究極大戦装備アルティメットラグナロクを構えた堰沢が【竜騎士】を発動して身体を竜人のように身体を硬い鱗で覆われ、翼と尻尾を持つ姿へと変えた。


龍人の咆哮ドラゴニュート・ブレス!!」


 堰沢が大きく息を吸い込み、プラズマ化した白いブレスを放つ。


「〝次元を切り裂く刃よ〟――〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟!!」


 芳山は横に飛んでブレスを回避し、素早く〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟を放った。

 時間操作能力だけで物理的な戦闘の技量は普通の女子高生並みだと考えていた夢咲達は、その瞬間自分達がどれほど甘い考えを抱いていたかを悟った。


 まあ、確かに時間操作能力だけなら七賢者には選ばれないだろう。いくら見た目がセーラー服を着た普通の女子高生だったとしても、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女が普通の女子高生な訳がないのだ。


 堰沢は素早く飛翔し、〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟を回避――そのまま飛龍刺し貫けハイウィンド究極大戦装備アルティメットラグナロクを槍投げの要領で投げた。


「行っけぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「〝森羅万象を分散し、五素を取り出し、顕現せよ。劫火、暴風、冷気、雷撃、水流――五素の力よ、今こそ荒れ狂って破壊をもたらせ〟――〝五素顕現アポカリプス・ペンタ〟」


「〝悪の光に裁かれよ〟――〝邪悪光嵐イビルストーム〟」


 そこに、吉祥寺が【複合魔法】と【複数魔法同時発動】を駆使して固有魔法オリジンと五属性同時攻撃大魔法を発動する。

 空からは槍、地面からは五属性の嵐、そして吉祥寺の大賢者の魔杖スタッフ・オブ・グレイベアード究極大戦装備アルティメットラグナロクから放たれる闇のビーム……絶体絶命の状況で、芳山が口元を歪めた。




「仕方ないわね……自分の言葉を曲げるのは嫌いなのだけど、ここまで私を追い詰めたのがいけないのよ。――止まりし時を歩くは一人-Only I walk in the time I stopped-」




 そして、次の瞬間――夢咲と新田が見たのは上半身と下半身に身体を切り裂かれた吉祥寺と、袈裟斬りのような角度で両断され、床に落下する堰沢の姿だった。



「…………堰沢君、吉祥寺君」


「夢咲さん……二人の分も、必ず柴田さん達に伝えないと」


「……そう、ね。…………神界で二人も見守ってくれている。私達はアイドルなんだから……二人の希望なんだから、無様な姿は見せられないわよね」


 反響の宝石杖ジュエルロッド・オブ・エコー究極大戦装備アルティメットラグナロクを構える夢咲と、紅玉の仕込み黒聖杖ルビー・スタッフ究極大戦装備アルティメットラグナロクを構える新田。


「後、残り二分で二人……最早、貴女達に勝ち目はないわ」


 そんな二人を芳山は見下し、不敵に笑った。


「さて…………それはどうかしらね? 〝真紅の炎よ、弾丸となって貫け〟――〝火弾ファイアショット〟!!」


 夢咲が放ったのは初級魔法の〝火弾ファイアショット〟――弾丸の数こそ桁違いだが、それでも全ての弾丸を合わせても〝灼熱世界ムスペルスヘイム〟に遠く及ばない火力に芳山は笑みを崩した。


「貴女、馬鹿にしているの? 私をその程度の魔法で倒せると思っているの? それとも、まさか魔力切れかしら?」


「いいえ、そのどちらでもないわ。例え勝てなくても、仲間に託すことはできる!!」


 夢咲が手を振り下ろし、放たれた炎の弾丸は芳山の脇を擦り抜けて壁に命中した。

 次々と弾丸が壁を焼いていき……。


「『芳山充は死に戻りが使える』……ね。例え私を倒せなくても伝えることができる、か。…………夢咲さん、新田さん……私は確かに貴女達を侮り過ぎていた。超越者デスペラードじゃないから、能因草子がいなければ何もできない存在だって……いいわ、貴女が繋げようとしたものは消さない。貴女達はここで倒す――七賢者、芳山充の好敵手として。覚悟はいいわね」


 芳山の【時空魔法】を用いれば壁に文字が刻まれる前の状態にすることも可能だ。

 だが、芳山はそれをしなかった。命を賭してまで伝えようとした言葉を、簡単に消してしまうことに芳山は躊躇を覚えたのである。


 それに、夢咲達がここまで伝えようとした芳山の超越技に関する情報を、柴田達がどう活かし、どう戦うのかを芳山は見てみたい――。


「〝次元を切り裂く刃よ〟――〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟!!」


 芳山は〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟を発動し、夢咲へと放った。


「さあ、未来に希望を繋げてみなさい!!」


「言われなくても!! 〝轟く雷鳴よ、輝く雷霆よ、降り注いで焼き払え〟――〝霹靂領域セレスティアル・サンダー〟」


 〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟を回避しながら雷属性上級魔法を発動し、芳山の頭上から赤い雷が次々と降り注ぐ。


「――止まりし時を歩くは一人-Only I walk in the time I stopped-」


 芳山は時間停止で雷の中を抜けると時間停止を解除し、再び〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟を展開して新田へと放った。


「「〝漆黒の闇を構成する因子よ、溢れ出でよ〟――〝完全暗黒物質ダークマター〟」」


 夢咲と新田が呪文を唱え終えると同時に足元から黒い闇が溢れ、吹き上げる。

 流石の芳山も突如として吹き出した闇を停止させることはできず、真面に喰らってしまうが…………。


「えっ…………もしかして、超越者デスペラードじゃないからダメージを与えられなかったの?」


 芳山は強力な魔法を危険と判断して時間停止の能力を使って回避してきた。だが、もしその魔法が全て芳山に通用しないとしたら……。


「私達の攻撃は物理攻撃のみ芳山さんみたいな超越者デスペラードにもダメージを与えられる。つまり、魔法は効かないのよね……でも、芳山さんはこんな私達を相手に真剣に戦ってくれた……本当に嬉しかったわ」


 芳山は超越者デスペラードに唯一ダメージを与えられる非超越者デスペラードとして夢咲達を強敵と判断して戦った。例え超越者デスペラードに至っていなくても自分を害する可能性があると、自分の立ち位置を理解して戦うことができる存在だと考えて対峙した。


 結果的に芳山の後者の考えは当たっていた。夢咲達は自分達が魔法では決して芳山を倒せないことを悟らせないまま五分間という時間を繋いだのだ。


「…………凄いわね。私には絶対にできないわ。……認めてあげる。――貴女達は今まで戦った相手の中で最も恐ろしい非超越者デスペラードよ」


 五分が経過し、柴田達の姿が夢咲と新田の視界に映る中、芳山の〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟が二人へと放たれた。


「「みんな! 壁を見て!!」」


 それが夢咲と新田の最後の言葉となった。状況を呑み込めていない柴田達の前で、殺した筈の芳山が夢咲と新田を両断する。


「貴女達のお仲間は全員殺したわ。次は貴女達よ」


 呆然とさっきまで隣にいた筈のクラスメイト達が死んだという事実を呑み込めない中、芳山は〝次元の刃ディメンジョナル・カッター〟を発動した。

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