episode zero『追放勇者は勘違いを正す異能を振りかざす』 肆



 ――やっぱり、一度変わってしまったことはもう変えられないんだ。……優しかったお父さんとお母さんのことは、もう僕しか覚えていない……もうこの世には存在しないんだから。







































【???視点】


 グローレンに続き、レスターまでもが命を落とした。

 しかし、勇者ドレッドノートのリュートはアブラヘル侍女長、狙撃王カスパール・ヴィルヘルム=テル、猿帝ハヌマット――六魔将軍の三人を討伐し、六対六の戦いはリュート側が一歩リードしている。

 果たして、勝利の女神は勇者ドレッドノート側か、魔族側か……どちらに微笑むのだろうか?


























































【???視点→リュート視点】


 ――まあ、既に結果は見えていると思うけどね。



【三人称視点】


「生命を殺す死神の如き凍てつく抱擁に抱かれよ! 《ニヴルヘイム》」


 ウォーロンの放った絶対零度の吹雪の中に対象を閉ざす魔法が魔王軍幹部のルビカンテの焔の体を崩壊させ、その命を奪う。


「土は土に、灰は灰に、塵は塵に、皆等しく回帰する。灼熱の業火よ顕現せよ! 《インフェルノ》」


 続いて灼熱の炎が展開し、魔王軍幹部のワールックが部下諸共丸焦げになって命を散らした。

 高濃度の魔力が溶け込んだ神水おちみずと呼ばれる天然物で高級な魔力回復薬を一気飲みし、ウォーロンは残る魔王軍幹部に向けて次々と魔法を打ち込んでいく。


 ウォーロンはリュートに不死王ノー=ライフキングの討伐を任せられた。にも関わらず、ウォーロンは不死王ノー=ライフキングを避けて魔王軍幹部や配下の魔族の討伐に専念している。

 最初はウォーロンもノー=ライフキングを倒そうと考えていたのだ。だが、ノー=ライフキングに魔法は効かなかった。


「土は土に、灰は灰に、塵は塵に、皆等しく回帰する。灼熱の業火よ顕現せよ! 《インフェルノ》」


 魔王軍幹部のアウローラを焼き尽くし、魔王軍幹部は全て死亡した。

 ウォーロンは不死王ノー=ライフキングに意識を向けざるを得なくなり、仕方なく不死王ノー=ライフキングに杖を向けた。


「……………………」


 終始無言を貫く黒フードの正体は分からない。

 ウォーロンは当初、不死者の魔術師エルダーリッチの亜種だと考えていたが、今のところは正体不明のままだ。

 レスターもリュートも戦っている。ならば、ウォーロンが為すべきことはただ一つ。


「俺っちにできることは戦うことっす! 土は土に、灰は灰に、塵は塵に、皆等しく回帰する。灼熱の業火よ顕現せよ! 《インフェルノ》」


 《インフェルノ》を発動し、不死王ノー=ライフキングに発動する。


「効いていない……いや、違うっす! もしかして、だから魔術が効かないということっすか!?」


 ウォーロンは自分の発動した魔術の姿をじっくりと観察することで、今まで不死王ノー=ライフキングにダメージが入らなかった理由を理解し、絶望の表情を浮かべた。


「――魔術を魔力に再変換して吸収するとか……反則っすよ」


 全ての魔術を魔力という魔術の発動に必要なエネルギーに再変換して吸収する――不死王ノー=ライフキングはその方法で魔術を無効化しているのだろう。

 リュートは敵が魔術師だと思って同じ魔術師のウォーロンに不死王ノー=ライフキングを任せたのだが、その正体は魔術師ではなく魔術師殺しだったのだ。


「……………………ギィギィ……ギィギィ……」


 不死者アンデットでも生者でも出さない、無機質な音と共に無数の火球が現れ、ウォーロンに殺到した。


「無詠唱っすか!? 俺っち、体力には自信ないっすけど!!」


 それでもウォーロンは奇跡的に全ての火球を躱し……躱し切ったところで絶望した。

 ――無数の炎の弾丸が空中に浮かんでいた。その数――百兆発。


 その弾丸の雨が0.001秒という速度でウォーロンに殺到した。


「み、水よ――」


 呪文を唱えようにも時間が足りない。理不尽な弾丸の雨に晒されてウォーロンは焼死体と化した。



【三人称視点】


 戦場に残っていた魔族達も四方八方に逃げていく。

 既に戦場に現れた四人の六魔将軍の内の三人が死亡し、魔王軍幹部は全滅した。魔族達は絶体絶命だと理解したのだろう――脇目も振らず逃げていく。


 ジェシカとエレインは、かつてウォーロンとレスターだったに駆け寄り、ジェシカがウォーロンの焼死体の近くにレスターの死体を運び、泣き噦るエレインを支えながらジェシカは涙を堪えていた。

 その表情を見て、あの感情は何て言うんだろう? と他人事のように思いながら、リュートは聖剣を構えた。その頬には一筋の涙が流れている。


「……………………ギィギィ……ギィギィ……」


 ――再び無数の炎の弾丸が空中に浮かんだ。その数は今度も百兆発。


 その全ての炎の弾丸がリュートに殺到するが――。


 炎の弾丸がリュートを擦り抜け、不死王ノー=ライフキングに殺到する。


 危機回避モード――リュートの異理の力イミュテーションである世界の勘違いを訂正することであらゆる因果・概念に干渉し、望むままに改変することができる概念干渉系異能|勘違いを訂正する言霊《ソウル・レビジョン》の派生効果で、リュートが死亡するような危機に直面した時、自動で死亡する要因となる理由を勘違いとして改変し、死亡する要因となる理由の対象を発動者に指定し直すというものだ。

 自分が死ぬような危機に直面しなければ発動しない――リュートの防衛能力である。


「なるほど……コイツに魔術は効かないって訳か」


 百兆発の炎の弾丸が全て魔力に改編されて吸収された。

 敵は何らかの魔術無効化能力を持っているのだろう。魔術での攻撃を捨て、リュートは聖剣による不死王ノー=ライフキングの撃破を目指して地を蹴って加速する。


「……………………ギィギィ……ギィギィ……」


 不死王ノー=ライフキングが光が圧縮されたビームで薙ぎ払った。

 勿論、リュートの危機回避モードの効果でその攻撃はリュートには届かない。


 ビームは不死王ノー=ライフキングを薙ぎ払った……つまり、魔法攻撃では無かったのだろう。

 ビームは不死王ノー=ライフキングのローブを焼き払う……ローブに隠されていたその正体は。


「なるほど、死んでいる訳でも、生きている訳でもない……生きる屍の魔術師っていう予想は間違っていたみたいだな」


 不死王ノー=ライフキング――その正体は、魔導人形だった。

 中心部に魔力炉が存在し、大気中の魔力を吸収し、そのエネルギーで半永久的に動く無機質な人形。


 魔法以外にも古代の遺物と思われるビーム砲などのギミックが搭載されていた。恐らく、〝狙撃銃〟や〝拳銃〟が発見された古代文明から発掘されたものなのだろう。或いは発掘されたものを元に作り出されたものか……。


「……………………ギィギィ……ギィギィ……」


 無数の氷の槍衾がリュートに襲い掛かった。リュートはその全てを無視し、聖剣を持ったままゆっくりと近づいていく。

 ジェシカとエレインはリュートの方を向いていない。これなら、本来の戦い方・・・・・・をしても問題ない筈だ。


 無数の氷の槍衾は危機回避モードの効果で不死王ノー=ライフキングに殺到し、再び魔力に変換されて吸収される。その繰り返し無限ループ


「もういい、飽きた。聖剣に選ばれし勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトが命ずる。魔を退け、滅ぼす力を顕現せよ――終焉聖蒼剣」


 ゼロ距離から振り下ろされた聖剣が不死王ノー=ライフキングを溶かし尽くした。



【三人称視点】


「魔王軍幹部が全滅!? その上、狙撃王カスパール・ヴィルヘルム=テル、猿帝ハヌマット、不死王ノー=ライフキングが死亡し、魔族達の統率が取れなくなっただと……と、とにかく、お前はよく報告してくれた。……分かっておる、無理強いはせぬ」


 オルフェースに報告を終えた魔族は魔王に一礼すると魔王城から姿を消した。

 もう、あの魔族は二度とこの戦いには復帰しない。魔王のために命を散らせるのではなく、家族と共に生きることを決めた――その決意をオルフェースに責める権利はない。


「これじゃあ勝ち目はないな。儂は退散するので、後はよろしゅう」


「モーガン闇神官様!!」


「良い……オルフェース、お前も早く城から去れ」


「しかし……魔王様」


 オルフェースは魔王の側近であり、最も忠誠を誓っている男だった。だからこそ、最後まで魔王に従い、例え魔王が命を落とすのなら共にあの世に行こうと、そう決意していたのだが……。


「オルフェース……我亡き後、誰が魔族を纏めるのだ。それができるのは、魔王軍一の知恵者、オルフェース……お前だけだ」


「そうよ……オルフェース、貴方はここから逃げて生きなさい。生きて魔族をもう一度一つに」


「…………畏まりました。魔王様の命令、このオルフェース、しかと承りました。……必ず、生きてください。生きて、またご命令ください」


 オルフェースは、別れを惜しみながら魔王城を後にした。


「さて……ミレディ……いや、勇者ラインヘルトよ。お前も魔王城を去るのだ」


「いえ……魔王ヘルベルト様……私は魔王妃ミレディです。勇者ラインヘルトの名は、私が魔王妃に、妻になることを誓った日に捨てました。私はいつまでも貴方と共に」


「…………まるで、私と共に戦わせるために生き返らせてしまったようだな」


「確かに……そうですわね。ですが、嬉しいですわ。ほんの少しの時間でも貴方と共に生きられることが……いえ、違いますわね。勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトとその仲間達を滅ぼし、私達は今度こそ一緒に生きる未来を掴み取るのです」


 かつて、勇者ドレッドノートだった頃のラインヘルトが愛用していた聖剣を手に、魔王妃ミレディは魔王ヘルベルトと共に玉座から立ち上がる。



【三人称視点】


 魔王ヘルベルトと魔王妃ミレディの二人だけが残った魔王城――その最奥の謁見の間に三人の人間が姿を現した。


「…………汝が今代の勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトか」


 魔王ヘルベルトは、その覇気の無さに驚いた。

 ボサボサの黒髪の特筆するところがないほど普通・・の少年、或いは青年が、女騎士ジェシカ女僧侶エレインを侍らせている。


「両手に花ではないか。人様の国で随分なご身分ではないか」


「……そうなったのはそちら様のおかげせいですけどね。武闘家グローレン魔術師ウォーロン狩人レスター……みんな君達のせいで死んだんだよ? 俺の大切な仲間達を殺しておいて、心外なことを言うじゃないか」


 もし、事実を知っていれば「お前にそんなことを言う権利はない!」と反論することができただろう。

 直接グローレンを殺害し、助太刀に入れば結果を変えられたであろうレスターやウォーロンの戦いに介入しなかったのはリュートだ。

 少しでも無茶をすればレスターやウォーロンを助けることができた。グローレンが淫魔サキュバスになることを回避できたかもしれない。


 《勘違いを訂正する言霊ソウル・レビジョン》に唯一できないことは死者の蘇生だ。つまり、淫魔サキュバスに堕ちたグローレンを淫魔サキュバスから人間に戻すことだってできたのだ。

 だが、グローレンは淫魔サキュバスになることを選び、自分を裏切ったから。レスターとウォーロンは、できるだけ《勘違いを訂正する言霊ソウル・レビジョン》を使わず勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトとして魔族達と戦いたいという身勝手な理由で命を落とした。


 確かにグローレン、レスター、ウォーロンの死のそもそもの原因は魔族が存在し、人間と敵対していたからだ。勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトはその理由を前面に押し出し、仲間の死を乗り越えて魔王を倒す勇者ドレッドノートとして魔王と魔王妃を倒し、人間のために戦った勇者ドレッドノートとして人々の記憶に刻まれる。

 勇者ドレッドノートの立場というのはなかなか面倒だが、やろうと思えば勇者ドレッドノートであることをやめ、ただのリュートに戻ることもできる。


 平穏を破壊した者達を殺した後に訪れる平和はさぞや素晴らしいものだろう。


「闇の結界で閉ざせ、《キリング・フ――」


 魔王ヘルベルトは《キリング・フィールド》と呼ばれる魔王の秘術でリュート達三人の退路を絶った上で戦おうと考えていた……が。


 闇の結界で閉ざす《キリング・フィールド》の次に発動されたのは、音を遮断する結界で閉ざす《インシュレーション・フィールド》だ。

 そのどちらも魔王ヘルベルトと魔王妃ミレディではない。


「な、何故! 何故勇者ドレッドノートのお前が魔王の秘術を使える!?」


「まあ、そりゃ使えるでしょう? 何を勘違いしているの・・・・・・・・・・か知らないけど・・・・・・・俺は魔王だからね・・・・・・・・


 「馬鹿な」と言おうとして、魔王はリュートの言葉が事実であることを思い出した。

 「そうだ、リュートは勇者ドレッドノートにして魔王……何故そんな重要なことを忘れていたのだろう」……その明らかな矛盾に魔王ヘルベルトと魔王妃ミレディは気づかない……いや、気づけない。


「聖剣に選ばれし勇者ドレッドノートラインヘルト=ティヴォリッシュが命ずる。魔を退け、滅ぼす力を顕現せよ――星煌燦然撃」


 ラインヘルトは聖剣を袈裟斬り、逆袈裟斬り、唐竹、逆風、左切り上げ、右切り上げ、薙ぎ払いを放ち、七つの光り輝く斬撃をリュートへと放った。


「聖盾に選ばれし勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトが命ずる。魔を斥ける、聖なる盾よ、守護せよ――護煌神聖盾」


 リュートの勇者の盾が青白い光を放ち、顕現された盾がラインヘルトの七連撃を全て無力化する。


「魔剣に選ばれし魔王ヘルベルト=シューベァトが命ずる。光を退け、滅ぼす力を顕現せよ――終焉邪赫剣」


「聖剣に選ばれし勇者ドレッドノートラインヘルト=ティヴォリッシュが命ずる。魔を退け、滅ぼす力を顕現せよ――星煌燦然撃」


 魔王ヘルベルトと魔王妃ミレディの同時攻撃がリュートに殺到する。


『『リュートリュートさん!?』』


 内部の状況は分からないが、ジェシカやエレインにもリュートが危機的状況に陥っていることが分かった。

 絶望的な状況を前に、大切な人リュートの名を叫ぶジェシカとエレイン――しかし、二人の声がリュートの耳朶を打つことはない。


「聖盾に選ばれし勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトが命ずる。魔を斥ける聖なる盾よ、守護せよ――護煌神聖盾」


 魔王ヘルベルトの最大威力の攻撃を光の盾で防ぎ、魔王妃ミレディの攻撃を重ね掛けした結界師の障壁バリアで防いだ。

 元勇者ドレッドノートと現魔王――二人の実力者の攻撃を防いだというだけで勇者ドレッドノートとしてリュートの実力が並外れたものでないと言える。

 だが、リュートの凄さはここで終わらないことにある。


 無詠唱で《アイスランス》を、右足を使って綴ってスペリングして《サンダーヘリックス》をそれぞれ発動して、魔王ヘルベルトと魔王妃ミレディに放った。


「何ッ! 足で呪文を綴って魔術を発動するだと!?」


 魔王ヘルベルトと魔王妃ミレディは半ば不意打ちで放たれた氷の槍と雷の螺旋を既の所で躱し、それぞれ魔剣と聖剣を構え直す。


「やっぱり一筋縄ではいかないか……それじゃあ、これならどうかな?」


 ――リュートは魔王城の床が割れるほどの力で地を蹴り、大きく加速した。

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