祝『小説家になろう』ブクマ1000件達成記念企画。

「能因草子〜地球での日常の一幕〜」

 これは、俺がまだ異世界カオスに召喚される前のことだ。

 当時、俺自身異世界に召喚され、必死に地球に帰るために旅をするとは思っていなかった。今の日常がどれほど恵まれているかさえ、俺は理解していなかった。


 これは、そんな過ぎ去った恵まれた日常の一場面……当時の俺にとっては特別でもなんでもない、しかし今の俺にとっては何よりも大切な記憶の一つである。



「最近、異世界ものが隆盛を極めていますね。勇輝さんお得意の……私も最近読み始めましたし、今日は異世界ものについて語り合ってみませんか?」


 キャンパスにほど近い喫茶店――その机の一つを占領し、飲み物片手に集まっているのは俺、浅野ゼミに所属してはいるものの本来の専攻は現代文学でライトノベルをネタに卒業論文を絶賛作成中の白シャツさんこと山村勇輝先輩、『源氏物語』で卒業論文を目指す桐壺未来先輩の三人だ。


 「学外文学研究会」……山村先輩と桐壺先輩が発端となり、興味深い人を見つけたら学部問わず誘い、全員で文学について語り合うという研究会とは名ばかりのサークルのようなものだ。そこに何故かご招待された俺は、高校と大学と家の往復という日々を送りながら、この研究会にも積極的に参加している。


 今回は創設メンバー二人と俺という、ゴールデンキャストと新米一人という「本当に俺でいいのか!?」なメンバーだった。

 まあ、現代文学――その中でもライトノベルといえば山村先輩の独壇場だが、俺も多少なりは知識がある。最近読み始めたという桐壺先輩には知識が優っていると信じたい。


「でも、具体的にどんな話にしますか? 異世界ものといっても転生と転移、召喚などなどスタート地点が異なってきますし、戦闘ものと生産もの、男性向けと女性向け、ゲームが元になったものとそうじゃないもの、とかなり幅広いジャンルがあります……まあ、草子君だったら戦闘も生産も完璧にこなしそうですが……」


「山村先輩、俺はただの高校生ですよ? そもそも『学外文学研究会』に呼ばれるような学も特にない素人ですし、例え知識があっても経験とは異なりますから異世界で活躍できるとは思えませんよ」


「……どう考えても草子君って文学チートキャラだと思うのだけど……なんで自覚していないのかな?」


「学内だけに留まらず各地の学会まで震撼させて、新進気鋭の天才児として期待を持たれている筈ですが、なんで本人だけ気づいていないのか……さっぱり分かりませんね。普通気づくと思いますが」


 ……何故かみんな俺の実力を勘違いしているんだよね。ただオープンキャンパスで大学を訪れて、模擬授業に出ただけの公立の男子高校生なんだけどな。


「話を戻しまして……議題はどうしますか? 既存の異世界もの作品について語り合うというのはどうでしょう? ……やっぱり、桐壺先輩は読んでいる数が少ないですから、無理ですか?」


「確かに知らない作品の話になったらついていけないですからね。……様々なシチュエーションで私達が異世界に呼ばれたらどうするか? というのを議題にしてみませんか?」


「それは面白そうですね。ちょっと待っていてください。いくつかパターンを考えてみます」


-----------------------------------------------

シチュエーション1:クラス丸ごとの勇者召喚。

要素1:ジョブは生産系で戦闘面では役立たず。

要素2:召喚者は国家。

要素3:魔族の討伐を依頼される。教会絡む。

要素4:特定条件下で魔獣喰いが可能。


シチュエーション2:少数での勇者召喚。

要素1:魔族の討伐を依頼される。

要素1':魔王の討伐を依頼される。

要素2:魔族を率いる魔神の討伐。

要素2':魔獣転生可。


シチュエーション3:一人〜二人の異世界召喚。

要素1:主人公のみ精霊との契約可。

要素2:同行者は四属性使用可能。


シチュエーション4:クラス異世界召喚。

要素1:残り物を押し付けられる。(よってスタート地点のステータスは確定)

要素2:スタート地点は強力な魔獣が生息する洞窟付近(クラス本隊と切り離された絶望的状況?)


シチュエーション5:異世界転生(魔獣可)。

要素1:勇者と魔王、天使と悪魔の概念あり。

要素2:魔物が完全な悪存在として設定されていない。


シチュエーション6:異世界転生。

要素1:魔王軍、女神、天使、悪魔の概念あり。

要素2:魔獣の生態系を含めていやらしく発展している。


シチュエーション7:異世界転生。

要素1:悪役令嬢転生。

要素2:属性は土。魔力は弱い。

要素3:転生の際に性格が変わるため、高確率で破滅ルートは回避可能。

要素4:万が一リターンマッチルートに入れば闇属性が獲得できる。

要素5:魔法学園に入学。


シチュエーション8:異世界転生。

要素1:悪役令嬢転生。

要素2:百合展開推奨。

要素3:演劇要素。

要素4:店を購入可能。服屋でお金を稼げる。

要素5:聖女候補。

要素6:学園に入学。


シチュエーション9:異世界転生。

要素1:王女専属侍女転生。

要素2:魔法使用可。魔力は弱い。

-----------------------------------------------


 そうやって山村先輩がルーズに書き出したのがこれだ。

 ……ってか、どのシチュエーションも見たことあるんだが……なんでこんなに趣味が丸かぶりなのだろうか?


「『ありふれ●職業で世●最強』、『必勝の聖眼●神殺しと●女神』、『召●勇者●死にました』、『異世●チート魔●師』、『ひとり●っちの異世●攻略』、『転生●たらスライムだ●た件』、『こ●素晴らしい世界●祝福を』、『乙女ゲーム●破滅フラグし●ない悪役令嬢に転生してしまった…』、『悪●令嬢になりました』、『転生し●して、現在●侍女でございます』……山村先輩、明らかに狙ってやっていますよね!?」


「いや、狙ってなんていないし! ってか、それ全然伏せ字になっていないよね! 隠す気ないよね!! はぁはぁ……ってか、別に前提が同じだからってそこからの展開をどう展開するかは選んだ人次第でしょ? 材料は一緒でもそこから作る料理は人それぞれな訳だし」


 要素が同じでも完成する作品は違う……そうじゃなかったら使い古されたジャンルはとっくに無くなっている筈だからね。

 特にこの山村先輩は「黄昏たそがれ昏黄こんこう」の名前でインターテクスチュアリティを利用した異世界系ライトノベルをネットサイトで毎日連載しているネット小説書きでもある。つまり、本を読んで得た知識を一部改変することで笑いを生むという近世的な手法を得意としているタイプということだ。「重要なのは材料ではなく、それをいかに使うか」という言葉には大きな説得力を感じる。


 ……しかし、何故だろう? 異世界カオスに来てからだけど、この山村先輩って物凄い誰かに似ている気がして無性に殺意が沸くんだよね。【魔法剣】でぶった斬りたくなるんだけど何故なんだろう? 山村先輩自体はちょっと……というか、かなり風変わりだけど悪い人ではないのにな。


「とりあえず、俺はシチュエーション4とシチュエーション6は却下したいですね。シチュエーション4は遥君並みの壊れキャラじゃなければ生き残れませんし、シチュエーション6はロクでもない世界ではカスマさん並の鬼畜さと適応力がないと生存は厳しそうですし……」


「「どっちも草子君は持ち合わせていると思うけど!!」」


 いや、先輩方の中で俺のキャラってどんな風になっているんですか? ただの文学研究を志す男子高校生で、異世界に行けばただのモブキャラ。幸薄い、絶対に主役になり得ず、序盤で名前すら出ずに、ナレ死にすらならずに死ぬか、クラスの糧となって死ぬかの二択しかなかそうな平々凡々な男ですよ? まあ、あんなクラスのために死ぬとか御免被りますけど。


「乙女ゲーム系は補正さえなければ生存率が高いですからね。ただ、シチュエーション7はステータスが絶望的なので、あの正解ルート以外に選択肢がないのがつまらないですね。個人的には冒険者とかもやってみたいですし……乙女ゲーム系ならシチュエーション8かシチュエーション9で、本編そっちのけで商売とかもやってみたいですね。……女性向けの方の醍醐味はやっぱり知識を活かした商売ですが、生憎俺はファッションとか化粧品とか、そういう女性向けの乙女ゲームに対応可能な知識は皆無なので。ドレスとかメイド服とか、民族衣装とか……そっちは図版とかで読み込んでいたりしますし、ハーブ系とか、花言葉とか、金属加工とか……まあ、金属加工などの技術が求められる知識では知っていても、それを実践できるかは分かりませんが。後、鉱物系は多少知識があるので、錬成師が主人公のシチュエーション1や、ここにはないですが『父は●雄、母は精霊、娘の私は転●者』、ハーブ系の知識が大きな意味を持つ『聖女の魔力●万能です』の世界観なら本編の流れでも多少いけるかな……とは思っていましたが……でも聖女の魔力の発動条件は好きな人に対する強い想いですからね……まあ、そもそも聖女とか絶対になれませんし、薬師一本で食っていくことになるでしょうが」


「タロットとか、魔法系にも相当詳しそうだし、『転生し●ら乙女ゲーの世界? いえ、魔術を極めるのに忙しいの●そういうのは結構です』とかの世界観もいけそうな気がするけどな……というか、錬成師以外は女性か。というか、草子君なら聖女でも通用しそうな気がするけど……いや、草子君の恋人は文学研究! って感じだし、恋愛感情を抱くのは無理か」


 ……いや、絶対にモブキャラに聖女とか無理だよね!? 緋雪さん聖女ス●ウみたいな気品もないし、当然ながら元ブタクサさんみたいな神々しいまでに人間離れした美貌もある訳ないんだから!! ……それに、理系女子リケジョ並みの化学系の知識と経験がある訳じゃないし、所詮は付け焼き刃……科学関連だと各作品の主人公並みの活躍は無理だろうな。まあ、モブキャラは所詮モブキャラだから、絶対にどの世界観でも活躍できないんだけどさ。

 恋愛感情を絶対に抱かないだろうという推論は間違いなく当たっている。


「乙女ゲーム系は一部を除いて危険性が低いからバトルではなく生産系を目指すならいい世界観だと思うけどな……『悪役令嬢レ●ル99~私は裏ボスです●魔王ではありません~』と『乙女ゲーム●攻略法(物理)』の世界観以外は……どっちもバトっているし……まあ、後半の方は明らかに主人公のキャラが壊れているせいだけど」


 一々チョイスが被るな、山村先輩。ってか、ちょくちょく書籍化していない短編とか混ぜるから桐壺先輩がクエスチョンマーク浮かべているぞ! えっ、お前もだって??


「でも、草子君ってどの世界に行ってもだいたい文学研究しそうだよね。……シチュエーション1とか、魔王とクラスそっちのけで文学研究を始めて、その結果を論文として発表とした結果教会と神から狙われて……で、そこでようやく本気になった草子君が神諸共教会を爆☆殺みたいになりそう」


「確かに……草子君ならやりかねないわ」


 だから俺は一体どんなキャラだと思われているんだって……。俺は忍者を従えてる鬼なイケメン相手に「たかが人外ごとき・・・・・・・・」と吼え、「イケメン死すべし」と啖呵を切って、Gの如く這いずってる忍者を盾に即席パイルバンカーで撃破するどこかの乙女ゲーム(詐欺)を物理で攻略する図書館に住み着いている大人しい性格のヒロインの友人のポジションのキャラクターに転生した主人公じゃないから。


「私はなるだけ平和的な世界がいいからシチュエーション7かシチュエーション8のいずれかがいいですね……別に魔法に頼らなければいいだけですから、魔法学園に通いつつフラグの方はきっちり回避して商売をして金を貯めつつ、『源氏物語』の二次創作とかを漫画にして出してみたり、とか? 実は私、文は書けませんが、漫画の方はそこそこ書けるんですよ?」


 いや、桐壺先輩。漫画の方が大変だと思いますが……というか、『源氏物語』の二次創作ってドロドロしそうだな。あれが通用するのは側室が認められて、男尊女卑の風潮が根強い……そういう特殊の状況だからこそ可能な話で、切り口を変えたら光源氏って最低な奴ですからね。……あっ、中世風異世界ならいける……のか? いや、流石に無理がありますよ。


「『王子の取巻きA●悪役令嬢の味方です』の乙女ゲームの主人公に転生したOLの末路みたいになりそうですね……」


 まあ、確かにあり得るかも。主人公に転生しても悪役令嬢に転生しても、結局漫画描いていそうだよね。

 桐壺先輩は大学院に進んで修士を取って、そこから博士を目指すつもりのようだし、将来人気漫画家兼大学教授っていうとんでもない大物になりそうな気がしないでもない。


「……俺はこの中ならシチュエーション3かな?」


「てっきり山村先輩はもっとチートな世界を選ぶと思っていました」


「昔は多次元破壊とかオムニバース消滅とかカッコいいと思っていたんだけど……そこまで強いと収拾がつかなくなるんだよね。もうあいつ一人でいいんじゃないか状態になっちゃうし……シチュエーション3くらいの世界の方が応用も効くし、とんでもないインフレも起こらないだろうし、ほどほどのチートを満喫できるんじゃないかって」


 確かに即死チートだと異世界を本当に満喫はできないだろうし、ア●ヴィナスやメガ●ィッチクラスの強さがあっても余程意味不明な連中が集まっている世界とかじゃなければ活かされない……ってか、そういうのに限って制限が設けられそうだし。例えば……過去や未来からは切り離された完全なる個になるとか……流石にそんな異世界モノ読んだこともないし、ないと思うけどな……そう思いたい。


「草子君はどのシチュエーションがいいかな?」


「とりあえず、どの世界に行っても結局文学研究をすると思いますし、面白い文学作品がある世界がいいですね。ただ、シチュエーション4の世界は真っ平御免被ります。絶対に生き残れませんからね」


 冷房の掛かった喫茶店の店内でアイスコーヒーの氷がストローにあたって小気味いい音を立てる中、俺達のもしもの話は続く。



 あの頃はまさか俺が最も望んでいなかったシチュエーションに酷似した方法で要素を詰めに詰め込んだ世界に流れ着くことになるとは思わなかった。

 何気なく話していた異世界に飛ばされ、そこであの頃の何気ない日常が最も大切なものになるとは思わなかった。


 桐壺先輩、山村先輩……あの全てのシチュエーションを叶えられそうな世界で、俺が結局選んだのは文学研究であって文学研究ではなかったようです。

 いずれは離れ離れになる。それぞれの人生を送る人達が一瞬にも思えるほんの少しの時間、共に高め合い、時には反発しながら成長していける場所。俺は、あの暖かい場所に……文学を研究することを通して先輩方や教授方と楽しい時を過ごしたかった……結局、俺の旅はそういう刹那の、奪われた時間を取り戻す旅なのでしょう。


 山村先輩はきっと笑うでしょう。「異世界でだって文学研究ができるのに、なんでそんな貴重な経験ができる場所を離れて戻ってくるのか?」って。


 きっと、その答えが正しい……異世界に召喚されたのなら、異世界に転生したのなら、もうそれを受け入れるべきだって……だからこそ数多の主人公達はその世界に留まって骨を埋める決意をしたんだと思う。

 でも、やっぱり俺にとってはあの暖かい場所こそが、唯一俺のことを認め、受け入れてくれたあの場所が俺の原点であり、帰るべき場所なのです。


 地球に帰る目処は立ちました。もうすぐ地球に、皆様の元に帰ります。


















 ――例え、そのために数多のエゴを踏み躙ろうとも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る