祝なろう感想300件キリ番企画。

【ピックアップキャラクター:一ノ瀬梓編】

「はっ? 一ノ瀬の身辺調査を手伝って欲しいって?」


 地獄の集中講義「三好達治-『雪』と日本的モダニズム-」用の大量のレジュメを持ち、エリシェラ学園に向かおうとしていた俺だが、あろうことか廊下で会ったゼラニウム、メーア、ジュリアナ、コンスタンス――あの一ノ瀬の女達に捕まってしまった……いや、俺忙しいんだよ!


 しかも、彼女達は俺に一ノ瀬の身辺調査を手伝って欲しいと言っている。いや、ゼラニウムやメーアやコンスタンスのお願いながら聞くよ? でもジュリアナ、てめえだけはダメだ。


 昔仲間の冒険者に男性恐怖症になるほどのトラウマを植え付けられたってことには確かに同情するよ?

 それなら、自分から男を避ける努力をするべきだ。それなのに、イセルガや進藤達を追放して白崎達をハーレムパーティに加えるだァ?

 いや、別にイセルガにとっては好都合だろうし、進藤達脳筋に同情する気持ちは特に湧かないから別にいいよ? いいけどさ……男性恐怖症を免罪符に他人の仲を引き裂くことがいいことなのかって聞かれたら同意しかねるんだよ。それって違うんじゃない? ってね。


 男尊女卑……「女は闘わせるものじゃない、守るべき存在だ」とレッテルを貼り、そんな女性の力を頼りにしながらも「女性は男より劣るから適当に手加減してあしらって相手が満足するまで付き合ってやればいい」という無茶苦茶な理論を振りかざす男は見ていて反吐が出る……まあ、俺の運がいいからなのか、そこまで破綻した、自分の悪たる点に気づかない男に会ったことはないけど俺が読んだことのあるテクストには、そんな奴もいた。


 男女平等……そんな身勝手な理論だ。当然、女性達は反対し、地位の向上を目指す。それは別にいい。寧ろもっとやれと思う。馬鹿な男共なんて置き去りにしてしまえってね。

 当然、男には男の武器があるだろうし、女には女の武器がある。適材適所という奴だ……だからそれを封印しろとは言わない。

 だが、それを免罪符にして勝手な思想を押し付けることは、自分達が正義だと言い張ることは正しいのか? 「男と一緒にいる女性達が可哀想だから、パーティを破壊して一ノ瀬さんのハーレムに加えてあげる」という理論が本当に正しいのか? ……当人達がいいのならともかく、当人達の意思も確認せずに思想を押し付けるのなら、それはもうキモい男尊女卑の男達となんら変わらないんじゃないか?


 丁度、革命家が革命を成功させた瞬間から今度は搾取する側に回るように、天下を取ったからと言って前の奴らがやっていたことと同じことをしていいのか?

 そんなことをやり始めれば不毛な戦いの連鎖は永遠と続いていく。


 結局バランスが重要だってことだな。

 権利を持てばそれに溺れる者が現れる。拡大解釈やら勘違いやらで一線を越える連中が出てくる。


 まあ、そんな感じで長々と話してきたけど結局言いたいことは一つ。「俺は講義する気満々でレジュメを刷りまくったのに、興をそがれたじゃねえか!!」。


「あのさ、俺は今から講義なの。でもって、今回の内容は近代詩でもかなりの難易度を誇る三好達治の『雪』を取り上げるの。レジュメも作って覚悟も決めて、さあ決戦やー! って部屋を出た瞬間になんて仕事を持ち込んでくれたんだよ。おかげで興をそがれたじゃねえか!!」


「私達だって不本意なんですわ! 男の草子さんに頼らなければならないなんて!」


「いや、なら頼むなよ! 俺は講義で忙しい。お前は俺に頼みたくない……なら今回の件は無かったことで」


「くぅ……なんで貴方なんかを白崎さん達は……絶対に一ノ瀬さんと一緒に居た方が楽しいのに」


「それは偏見じゃない? 白崎さん達にちゃんと話を聞いた? 意思を確認した? お前らの幸せが万人の幸せじゃないんだよ。まあ、俺も白崎さん達に相応しいとは思わないけどな」


「…………あの、白崎さん達に貴方ほど相応しい方はいないと思いますよ? 草子さん」


 メーアは気を遣ってくれているみたいだけど、考えれば分かるよね? 高嶺の花と本好きを拗らせた変態――釣り合う訳がないだろう? そういう気遣いは逆に相手を傷つけるんだよ? まあ、俺は何とも思わないけど。……それよりも、講義に行けないのが辛い。


「……草子さん、私からもお願いします。……お気分を害されたことについては謹んで謝罪致します。ですが、私も一ノ瀬さんがどのような人間かを改めて見つめる機会が欲しいのです。お願いします、草子さんのお力が必要不可欠なんです!!」


「「「お願いします!!」」」


 ……まあ、コンスタンスもゼラニウムもメーアも切実そうだし、仕方ないから手を貸そうかな。

 というか、何気に一ノ瀬パーティって崩壊寸前!? いや、だからなんだって話なんだけど。


「仕方ありませんね。ゼラニウムさん、コンスタンスさん、メーアさんに免じて今回だけは微力ながらお手伝いさせて頂きます。……ジュリアナさん、今回だけですよ。……さて、そうと決まれば準備が必要です」


「草子さん、私は男の人と一緒に居たくないので女体化してください」


「…………ジュリアナさん、もういい加減殺していいよね!?」


 まあ、流石にマイホームを血染めにしたくないから〝ダイレクト・ペイン〟を打ち込んで我慢したけどね。



【三人称視点】


 場所自由諸侯同盟ヴルヴォタット 首都ファルオンド


「それでは、参りましょうか?」


 リボンで飾られたハンチング帽とクリーム色のリボンに彩られたケープ・コート。下はミニスカートと黒のニーソックスの組み合わせで絶対領域を生み出している桃色のショートヘアの少女が向日葵のような笑みを浮かべていた。


「…………あの、草子さんですよね?」


 そんな見慣れぬ少女に、コンスタンスは呆れの表情を浮かべながら尋ねる。

 確かに、ジュリアナは草子に女体化を求めた……求めたが、青筋を立てていた草子がそれに応じるとは考えていなかった。


 まあ、能因草子という人間もよく分からない人物である。些細な理由で性別の壁を超え、様々な姿に変身する変幻自在の存在――時に聖女、時に魔法少女、時に幼女……もし、それが草子だと知らなければ容易に信じてしまうであろう再現度。


 ミンティス教国を騙し通したその演技力には恐怖さえ覚えるが、それをわざわざここで披露する理由は分からない。


「私は能因草子さんではありません。今、草子さんはエリシェラ学園で講義を行っていますから」


「……では、貴女は?」


「私はテリーナ=サーチャー……草子さんの【色慾之魔神】で作られた分身体です。まあ、簡単に言えば超越者デスペラードの力を持ち合わせていないもう一人の草子さんがテリーナ=サーチャーという架空の女性私立探偵を演じていると言った方がいいでしょうか? ちなみに、私と草子さんは意思の共有を行えますが、草子さんは現在講義中ですので本体と連絡を取ることはできません。まあ、私も分身体作成時の草子さんのコピーですので、彼と同じ思考を行うことは可能ですが」


 予想外の話に一度絶句する。……あの草子が完璧ではないとはいえ、二人同時に存在できる。

 それがどれほどの脅威かは能因草子という人間をよく知る四人には痛いほど分かることだ。


「それでは、改めて参りましょう。――一ノ瀬さんは首都ファルオンドの街を一人で歩いているようですよ? ……ナンパの相手を探しているのでしょうか?」


 ゼラニウム達から「あー、やっぱり」というの呟きが上がった。

 どうやら、ゼラニウム達は一ノ瀬が休暇にこうしてナンパをしていたことを知っていたらしい。……なら、一ノ瀬の身辺調査の目的は一体なんなのか?


『一ノ瀬さんがナンパをするのは別にいいのです。ただ誠実さに欠けるお付き合いは絶対に許せません』


 ジュリアナのよく分からない尺度では、浮気は認めるが不純で心の篭っていないお付き合いは認められないそうだ。


(……全く違いが分からないけどねぇ)


 しかし、そんなことはおくびも出さず、テリーナは和かな表情のまま気配を消してジュリアナ達と共に一ノ瀬の後を追う。


『ここにカードがあります。こうするとどんどん小さくなっていきます。では、今度は大きくしてみましょう。ほらほら、ほらほら、大きくなっているでしょう?』


「あの……あれは?」


「あれは、奇術師――マジシャンと呼ばれる者ですね。ビッ……柴田さんも一時期所属して腕を磨いたようですよ?」


 トランプを動かすたびに小さくし、今度は大きくしていくシルクハットを物珍しそうに見つめるジュリアナにテリーナは丁寧に説明する。


『では、お次はウンブラ教授の人体切断です!!』


「「「人体切断!?」」」


「人体切断とは、なかなか高度な奇術をするんですね」


 奇術が浸透している地球の出身ではない、ゼラニウム、コンスタンス、ジュリアナの三人には些か刺激が強かったようだ。


 丸いサングラスを掛けた白衣の青年が回転ノコギリを持って現れ、その後ろから二人の黒子の助手と、ボディーラインが強調された衣装を着た妖艶な女性が現れる。

 どうやら、一ノ瀬はこの女性に釘付けにされたようだ。


「あ……やっぱり、そうなりますよね。ところで、草子さん。あの白衣の方は転生者か転移者なのですか? 人体切断のような奇術は確かカオスには無かったと思いますが」


「あっ、彼は私ですよ?」


「「「「私!? ってことは草子さん!!」」」で、でも、草子さんはエリシェラ学園に」


「実は頼まれて持っている資料から奇術もいくつか広めていたのですが、ちょっと実演をやってくれと言われましてね。私も嗜むくらいならできますよ?」


 どこからともなく二枚のコインを取り出し、カチカチと音を鳴らせる度に数を増やしていくコイン。それが十枚ほどに増えたところで手のひらの上に置いてかざすとコインが一枚になった。


 華麗な手捌きでコンスタンス達を驚愕させるテリーナ。一方、舞台上ではウンブラ教授がサングラスを逆光で輝かせながらボディーラインが強調された衣装を着た妖艶な女性を斬りつける……と見せかけて黒子の一人を両断していた。



【三人称視点】


『たく、こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!! 大人しく俺達に従え!!』


『上玉な嬢ちゃん達を傷つけたくはねえんだが。仕方ねえ、ちょっと実力を見せて大人しくしてもらうとするか! その後でちょっぴり味見させてもらうとするぜ』


『おい、お前だけ狡いぞ!』


 治癒師らしき杖を持った少女は、モヒカンと頭に十字の傷を持ったスキンヘッドといういかにもなチンピラA、チンピラBな雰囲気な雰囲気の男達に怯えている。

 そんな少女を守るように黒髪の女剣士が剣を向けているが、その手には震えが伝わり、剣先が揺れている。


「止めなくていいの!? このままだとあの治癒師さんと剣士さん、ヤられちゃうよ!!」


 そんな光景が目の前で繰り広げられている状況の中、助けに入る気配すら見せずに事の成り行きを見守っているテリーナにジュリアナは大声で怒りをぶつけようとして……何故か大声が出せなくなっていることに気づいた。


「【音響聖女】でボリュームを下げさせて頂きました。…………アホなんですか? ジュリアナさんは。このままだと私達が標的にされますよ? こっちもおにゃのこしかいないのですから、襲われたら大変です」


 「お前は男だろ!」と突っ込みたくなったジュリアナ達だが、よくよく考えてみれば今のテリーナは生物学上では女である。

 ついでに言えば、男女以前の問題として今のジュリアナ達なら十分にチンピラを駆逐することは可能だ。そして、それはアリサの状態で鳰を圧倒した草子についても当てはまる。


「……でも、私達なら」


「あのですね。皆様は一ノ瀬さんが軽薄な性格かどうかを確認しに来たのですよね? だったら、わざわざ自分達でチャンスを破壊するような真似はおやめ下さい。それに……一ノ瀬さんに見られたら困るのは皆様も同じでしょう? 私は惚ければそれで済む話ですが、皆様が一ノ瀬さんを疑っていたと知られたら困りますよね?」


 言い包められたジュリアナ達は、仕方なくテリーナに従った。

 勿論、いざという時はチンピラを倒せるように戦闘の体制は整えている。


『くっ……ここまでか』


『それじゃあ、ちょっとだけ痛い目にあってもらうぜ! ヒャッハー!!』


 モヒカンなチンピラAが棍棒を振りかざす。

 だが、その一撃が女剣士に当たることは無かった。


『大丈夫ですか? お嬢さん達』


「うわ……キザ過ぎる」


 テリーナが一瞬草子に戻った。どうやら、完璧にすら見える演技が崩壊するほど、一ノ瀬のことが嫌いらしい。


『なんだ、この女は!! しかし、上玉じゃねえか!!』


『こいつも一緒に奴隷落ちさせてやろうぜ。まあ、その前に味見させてもらうけどな。グヘヘ』


『…………あまり騒ぎを大きくしたくないんだよね。刃傷沙汰にしたくないから大人しく回れ右して帰ってくれないかな?』


 一ノ瀬は神聖魔煌槍ロンゴミアント終焉カリ・ユガをくるりと回してからチンピラAとチンピラBの間を縫うように壁を一突き――高速突きは壁を大きく抉った。


『ちっ……覚えてろよ!!』


『このアマ、覚えてやがれェ!!』


 一ノ瀬の強さを思い知ったチンピラAとチンピラBは捨て台詞を吐きながら逃げていった。


『大丈夫ですか?』


『あっ……ありがとうございます。あの……貴女は?』


『私は一ノ瀬梓。全ての女性の味方です』



【三人称視点】


「うわ、臭っ。エ●ール・ビュシェ●ベルジェールかよ!!」


 最早ただの草子さんになったテリーナが砂糖を口から零しそうな表情を浮かべながら、女剣士と治癒師と共に表通りに向かう一ノ瀬を睨んでいた。


「大体、あれはエミー●が真の意味で全ての女性の味方だからこそ成立する訳であって、雑念があり過ぎる色欲の権化な一ノ瀬さんにが言うと大きく意味が異なってくると思うんだよね? いや、別に俺はいいんだけどさ?」


「あの草子さ……じゃ無かった、テリーナさん。さっきのチンピラ達がこっちに来ているわ!!」


 危機感を抱いて咄嗟に武器を構えるゼラニウム、メーア、ジュリアナ、コンスタンス。

 一方、テリーナはゼラニウム達を制しながらどこからともなく指輪を取り出し――。


「お疲れ様。ごめんね、こんな面倒な仕事を引き受けてもらって」


「いえいえ、私達もいい経験ができましたので……ただ、今日から始まる能因先生の集中講義に参加できなかったのは残念ですね」


 【性換者】が付与された指輪を発動してチンピラの変装を解いた男装の麗人――シャンデルと白薔薇の姫君――マイアーレに着替えを手渡しつつ時間を停止させ、二人の着替えの時間を取った。

 ちなみに、この場で一番視界を封じねばならない異性である草子だが、何故かシャンデルとマイアーレからは同性……というか同種と認識されているらしく、例え生まれたままの姿を見られたとしても別段羞恥を覚えないらしい……ある意味破綻している二人である。


「……あの、これは一体」


「お二人にはチンピラ役を引き受けて頂いたのですよ」


「実は昨日・・、草子様に依頼されまして。『演劇部のツートップに頼むような話ではないのですが』……と。ですが、演技の勉強にもなりますし、興味があったのでマイアーレ様と一緒に参加したのですわ」


「……私は、黒歴史を思い出しましたわ。……くくくくくっ、豚め、醜い贅肉の塊め。悪夢の化身、おぞましい脂肪の化け物めが。消えろ、消え去るがいいわ、豚はこの世に生きていてはいけない生き物なのよ……必ず殺すと書いて必殺! 残らず駆逐してやるわ! 女の敵の脂ぎったその身体を一片残らずこの世から滅殺してやるわ!!!!」


 マイアーレの形相が親の仇を見るようなものに変わった。このまま半分正気を失ってひゃっはーするのだろうか?


「……しかし、それなら草子さんが行えば良かったのではないでしょうか?」


「いや、なんでですか? テリーナは依頼されたから仕方なくですし、ウンブラ教授も被っただけであって、チンピラを演じるような余力はありませんし、演劇部のツートップの方が演技力は私よりも上ですよ?」


 ナイナイと首を横に降る一同。困惑するテリーナ。

 つまり、草子は今日も通常運転であった。


「ところで、お二人はもしかしてあの講義に?」


「はい、勿論草子様の講義です!!」


「おっ……それはすまないことをしましたね。とりあえず……このレジュメと講義で話す内容のメモがありますのでお持ちください。今回の講義は出席していたことにしますので」


「でも……こんなこと」


「構いませんよ? 元はと言えば予定も聞かずに急遽仕事を増やした私が悪いですからね。お詫びと言ってはなんですが、お二人の願いを一つだけ聞きます」


「「では、草子様。是非演劇に出てください!!」」


「……こんな三文役者でよろしければ」


 この場にいる草子以外の皆が「そんなに反則的な演技力があるのに三文役者な訳ないでしょ!!」と心の中で叫んだが、当の本人は気づいているのかいないのか、首を傾げていた。



【三人称視点】


『改めてお礼を言わせてください。私どもをお救いくださり、ありがとうございます』


 女剣士の方はターニャ、治癒師の方はクラリスと名乗った。

 二人は駆け出しの冒険者だが、首都ファルオンドで猫探しの依頼をしている途中でチンピラ達に誘われ、嫌な予感を察知して断った瞬間、武器を向けられ脅されたらしい。


 幸い怪我はなかったが、後少し一ノ瀬が現れるのが遅ければ、きっと被害に遭っていただろう……奴隷落ちや娼婦落ちの可能性も十分にあり得た。


『……首都ファルオンドを含め、国家同盟は奴隷の存在を認めていませんが……まさか、この貴族が集まるこの首都に奴隷商人と繋がるチンピラがいるとは思いませんでした』


「そりゃ、いる訳ないでしょう? 国家同盟を舐めないでください!」


 一ノ瀬から離れた席に座ったテリーナが、一ノ瀬の言葉に静かにツッコミを入れる。

 国家同盟は奴隷商人の摘発に動いている。何故か、草子達が魔王領の旅を終えて戻ってくる頃に全冒険者と草子の仲間、国家同盟所属の兵士や騎士に召集を仕掛け、奴隷商人の一斉摘発を始めるつもりのようだ。

 何故かそのリーダーに祭り上げられている草子は、その役割を勇者である白崎に押し付けようとしていたが、その求めは国家同盟代表八人と議長、白崎自身によって一蹴された。


「ところで、こんな堂々と座っていてもいいのでしょうか?」


 空コマだということで付いてきたマイアーレが、テリーナに尋ねる。


『あの……ご注文は?』


『お姉さん、可愛いですね。まずは友達から……』


『いえ大丈夫です。ご注文はお決まりでしょうか?』


 フレンチメイド風の給仕服を着た黒髪ロングの女性はどうやら手慣れているらしく、一ノ瀬を営業スマイルを浮かべたままあしらい、お冷やを並べてから淡々と注文を取っていく。

 給仕は注文を復唱すると、笑顔でその場を後にして一旦厨房に入り、すぐに新たなお冷やを用意してテリーナ達の方にやってきた。


「御来店ありがとうございます。テリーナ様がテネグロ、ゼラニウム様がカプチーノ、メーア様がメロンソーダ、ジュリアナ様がキャラメル・マキアート砂糖ましまし蜂蜜追加ましまし、コンスタンス様がブラッククーフェ、シャンテル様がブラックコーヒー、マイアーレ様がアフタヌーンティーセットのダージリンですね?」


 注文を言う前に頼もうとしていたものを言い当てられたことに驚愕するテリーナを除く一同。


「まだ分かりませんか? ……俺ですよ、能因草子です」


 本日三人目。まさに、神出鬼没。


「まあ、今は給仕のフローラ=アリーシスですが。実はこの店のオーナーさんがナシャンダ=クレエク様なのですよ。……実は縁がありまして、新しい商品のレシピを売却しにきましたら、そのまま給仕になってくれと言われまして……まあカタリナの噂を聞きつけたからですね。私は美人でもなんでもありませんが」


 能因草子の特徴である過剰な謙遜という特徴を見て、やはり彼女も能因草子なのだと納得する一同であった。


「ちなみにメニューはセーフェルに推測させたものですが、正しかったでしょうか?」


「「「「「「間違いありません」」」」」」


「ということで大丈夫です。フローラさんはとっとと仕事に戻ってください」


「はいはい、分かりました。テリーナさん、くれぐれも失敗なされぬよう」


 フローラは営業スマイルを浮かべると、再び仕事に戻っていった。


「しかし、凄いですね。同一カップリングもできそうですわ?」


 目を輝かせるマイアーレにテリーナは若干顔が引き攣らせている。

 そんなマイアーレの姿にシャンテルは溜息をついた。


「例えば、カタリナ様と草子様のカップリングとか……素晴らしくありませんか?」


「いえ、全く? 釣り合う訳がありませんよ?」


「自分が女体化した姿なのに?」


「そもそも、自分が自分を愛でるって意味が分からないじゃないですか? 要するに自分が大好きって話でしょう? そんな寂しい人間になったつもりはありません!!」


「なら、カタリナ様とフローラ様とテリーナ様のハーレムとかいかがでしょう?」


「それなら、アリサちゃんと魔法少女カリエンテさんと魔法少女ルナムーンさんも!!」


「マイアーレ様、おやめください。ジュリアナさんも……それ以上言うと痛みを知らしめせますよ?」


 殺意の篭った鋭い視線を向けるテリーナに、ジュリアナは目を開けたまま気絶した。

 そんなジュリアナを見ながら満足そうにテネグロを飲むテリーナに一同戦慄を覚えた。



『ターニャさん、クラリスさん。もし良かったらボクのパーティに来ませんか? 決して不幸にはしません。気難しい人もいますが、きっと納得させてみせますから』


『ごめんなさい……私達は初心者の冒険者ですし、ゆっくりと二人で強くなっていきたいので』


『それに一ノ瀬さんにご迷惑をおかけする訳には参りませんから』


『そう……ですね。変なことを言って申し訳ありませんでした。もし、どこかでまた会ったら遠慮なく声をかけてくださいね。ボクも一応冒険者なので』


『『ありがとうございます』』


「……無理矢理勧誘しませんでしたね。性欲の権化だという草子さんの指摘は間違っていたということです!!」


「そうですかね……単に優先順位が低かった……是が非でも手に入れたい相手ではなかったからだと私は思うのですが」


 とはいえ、これで依頼は達成だ。ジュリアナ達が満足してくれたのであれば、それで十分。

 そもそも不本意な依頼だった訳だし。


 ちなみに、シャンテルとマイアーレには先にエリシェラ学園に戻ってもらった。

 後日、二人から演劇への招待状が来るだろう……クワハラクワバラ。


「それじゃあ、お疲れ様。俺は用事があるんで」


 女体化を解いた俺はジュリアナ達と別れて裏路地に向かう。


「よっ、ターニャ、クラリス。一ノ瀬梓はどうだった?」


 そもそも、都合よくチンピラに襲われる冒険者がいるだろうか?


 それに、チンピラが偽物だった場合、そんなチンピラに襲われている冒険者は一体何者なのか? こんな問いはチンピラの正体が分かった瞬間に自ずと浮かび上がってくるものだ。


「そうですね。案外誠実な方だと思いましたよ? ただ、時々下心が見えましたが……草子さんの言うような性欲に忠実な方には見えなかったですね」


「う〜ん、どうしても手に入れたいもののためには少々強欲になってしまう性格というところでしょうか? もしくは、草子さんに対抗心を燃やしているのかもしれませんね。美少女ハーレムは一ノ瀬さんの理想のようですから」


「……俺はハーレムなんて作ったつもりはないし、あれは盛大な勘違いだから」


「「いやいや、絶対にあれはハーレムだよ!!」」


 全く……まさかこいつらまで目が節穴だったとは。


「とりあえず、二人ともお疲れ様」


 魔法を解く。瞬間、地面に二本の純白の剣が転がった。


「それじゃあ、帰るとしますか」


 二本の純白の剣を抱えた俺は、屋敷へと続く〝移動門ゲート〟を開いた。

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