第三部第八章「魔王軍と魔法少女〜二つの〝魔〟編〜」

【幕間】魔王の娘の憂鬱

【アストリアリンド視点】


 私、アストリアリンド・ダル=ノーヴェは魔王の娘。

 代々続く魔王を継ぎ、ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国を統治する次期魔王の立場にある。


「一言で魔族と言っても様々な種族がいます。その種族の頂点に立ち、纏める存在がいなければこのジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国は国としての形を取ることはできません。だから、魔王の存在はこの国に不可欠なのです。姫様もいずれ先人達のような立派にならなければなりません」


 異口同音にみんな言うから、私は魔王という役割がこの国にとっていかに重要なものかを理解している。


 それでも、私は外の世界に出てジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国を、その外にあるニンゲンの国を歩いてみたい。

 ニンゲンは恐ろしい存在だけど、私達には無いものを沢山持っている。

 ……別にニンゲンの世界じゃなくてもいい、この魔王城の中から出ることができるのなら。


 魔王になるために、勉強、勉強、勉強……こんな生活、もうたくさん。

 私は籠の中の鳥。代わり映えのしない日々、他の魔族の子供達は楽しく遊んでいるのに、なんで私だけはこの城という牢獄に囚われていないといけないの!


 それにお父様も仕事、仕事で全然遊んでくれない。

 他の子供達のような幸せを得られないのは、私が魔王の娘だから?



「アストリア様、こちらにおられましたか? 皆様、心配されております」


 私は部屋に戻った休憩の時間を利用し、部屋から逃走――魔王城の森の中へと逃げ込んだ。

 魔王城の敷地は広い。まるで私を捕らえる牢獄のようにどこまでも庭が続いている。


 私は必死で走ったけど、結局魔王城を出ることはできなかった。

 私の近衛である淫魔の女王サキュバス・クイーンのリーリス=ヴリュエッタに捕まってしまった。


「……リーリス、ほっといてくれればいいのに」


「なりません……アストリア様は将来魔王としてこの国に君臨されるお方。そのために、沢山のことを勉強し、立派な魔王になって頂かなくてはなりません」


「……私の意思は関係ないの! どうして、私だけがこんな扱いを受けないといけないの! もう、籠の鳥は嫌なの!!」


 もう何度も繰り返しているやり取りだ。勿論、私もこんなことをリーリスに言ったところで無駄なことは分かっている。

 魔王軍四天王の一人【淫王】の名で呼ばれるリーリスは良くも悪くも真面目な人で、融通が利かない。


 リーリスは私の近衛だけど、私のことを見てくれていない。全てはジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国――そういう考えの持ち主だ。

 リーリスは困り顔をしている……どうやって私を連れ戻そうか考えているのよね。


「――リーリスさん、今日くらいは自由に遊ばせてあげてもいいと、ボクは思うんだけどな」


 森の奥から現れたのは魔王軍四天王の一人【鬼王】の六条ろくじょう夜華よるかちゃん。


「……夜華様、アストリア様には本日中にやらなければならない課題が」


「リーリスさん。やる気のない時にいくらやらせようとしても反発されるだけだよ。遊びたい時は目一杯遊ぶのが一番だ。大丈夫、ボクが付いているから。これでも魔王軍四天王の一人だからね」


「……畏まりました。魔王様には私からお伝えしておきます」


 リーリスはそう言うと翼を広げて飛び去った。


「さて、アストリアちゃん。ボクの立場上、貴女をここから出す訳にはいかない。……それに、友達・・として言わせてもらえば今のアストリアちゃんの強さでは外の世界で戦えない。外には怖い魔獣がいっぱいいるからね。ボクはアストリアちゃんに傷ついてもらいたくない。……分かってくれた?」


「……うん」


「よかった。……ボクはアストリアちゃんが魔王になりたくないのなら、ならなくてもいいと思うよ。本当に魔王になりたくないのなら、魔王にならなければいい。でも、自由にこの世界を飛び回りたいのならそのための強さが必要だ。……アストリアちゃんが強くなった時に、自分はどうありたいか、どんな自分になりたいかを決めていけばいいと思うよ。……まあ、それは今後の話として、今はこの時間を目一杯楽しもう!!」


 夜華ちゃんは魔王軍四天王として私の側に居ながらも、私に友達として接してくれた。

 私にとって、この広大な魔王城という牢獄の中で夜華ちゃんだけが心を許せる唯一無二の親友。


「夜華ちゃん、何して遊ぶ?」


「そうだな。鬼ごっこなんてどうかな?」


「え〜、子供っぽいよ! 私、もう十三歳なんだから」


「でも、ほらボクの種族って鬼姫オニヒメだから。鬼だけに鬼ごっこがいいかな? と思ってね」


「……夜華ちゃんは、怖い鬼じゃないよ。優しい鬼だよ」


「そう言ってくれるとボクも嬉しいな。それじゃあ、アストリアちゃんは何をしたい?」


「う〜ん。魔王城の中を探索してみたいな。外に行ってはダメなんでしょう?」


「そうだね。……魔王城の探索か。分かった、今日はそうしよっか」


 私は親友と共に魔王城の森を歩き始めた。


【エルヴァダロット視点】


「……申し訳ございません。近衛としての仕事を果たすことができず……私は近衛失格です。……斯くなる上は魔王軍四天王の立場を返上し」


「待て待て。リーリス、お前は真面目過ぎだ。……我はこのようなことでお前のような忠臣を失いたくない。それに、かつての我もアストリアのように『魔王など継ぐものか!』と言っていた側だ。我もアストリアの気持ちはよく分かる。……昔は我も父と母を恨んだものだよ」


 魔王と魔王妃の仕事は多忙を極める。それ故に、魔王とその子の間には軋轢が生まれやすい。

 かつての我も父と母を恨んだ。「もっと俺のことを見てくれ。仕事よりも俺を大切にしてくれ」と思った。

 だが、年を経るにつれ魔王の役割がいかに大切なものかを本当の意味で理解していった。


 アストリアの場合は、かつての我よりも辛い立場にある。アストリアは幼い時に最愛の母を喪った。

 我には父と母がいた。例え、会える時間が短かったとしても、立場に隔てられていたとしても、アストリアよりも遥かに恵まれているのだと今になって思う。


 本心ではアストリアには魔王の重圧を感じることなく自由に生きて欲しい。

 だが、その願いは叶わぬものだ。その願いは、この広大な国にいる大勢の民達を見捨てるのと同義。

 アストリアにも、いずれそのことを理解して欲しい。


 ……ある意味において、我々魔王という存在は魔族全体の奴隷なのかもしれないな。


「リーリス、お前はアストリアにどう生きて欲しいと思っている? ……安心しろ、ここには我とお前しかいない。魔王軍四天王リーリスではなく、アストリアの友人リーリス=ヴリュエッタとしてお前がどう思っているのか、教えてもらいたい」


「……私はアストリア様に幸せになってもらいたい。そう思っています」


「良かった。……やはり、お前のような者になら安心してアストリアのことを任せられる。これからもアストリアのことを護ってやってくれ」


「仰せのまま、魔王様」


 リーリスの思いを確認してから下がらせた我は、魔王の間に【智王】オウロウを呼び出した。


「オウロウ、例の件はどうなっている?」


 例の件とはこの国で暗躍する何者かに関する調査だ。


 つい先日、突如トロルの中からオログ=ハイが誕生した。

 そのオログ=ハイはトロルの群れを率いて敵対する人間の国――ミンティス教国に進軍した。

 そこに、謎の仮面を被った者が関わっているのを偶然その場に居合わせた魔族が見たらしい。


 その仮面の者達は、その事件以前から不可解な行動を取っている。

 以前からこの国では複数人の魔族が姿を消しており、その影に仮面の者達の存在があるのではないかと囁かれている。


 魔王としては自国民に危険を及ぼす仮面の者達を放っておくことはできない。

 そこで、この国の頭脳ブレインであるオウロウに調査を依頼していたのだ。


「残念ながら未だ進展なしでございます。……オログ=ハイ事件の情報源だったシャドウレイの森付近を管轄する魔王軍幹部ヘズティス配下の魔族についてはその後失踪してしまったようで、これ以上情報を得ることは不可能かと」


 シャドウレイの森とその一帯を守護するヘズティス=ソードルケーターは魔王軍内でも実力の高い首無しの騎士デュラハンだ。

 彼の男が守護する魔王領バチカルはミンティス教国との国境。そのため、幹部の中でも猛者を配置する必要があった。

 その部下達も精鋭揃い。最低でもその精鋭を捕らえるほどの強さが仮面の者達にはあるということだろう。


「……魔王様、一つよろしいでしょうか?」


「なんだ、オウロウ?」


「魔王様の気分を害されることであることは承知の上でございます。確証がある訳でもありません。あくまで私、オウロウの憶測ではございますが」


「……勿体ぶらずに申してみよ」


「はっ。この仮面の者達ですが、背後に魔王軍においてかなりの地位にある者がいるのではないでしょうか?」


 なるほど……オウロウの意見は我と合致しているな。

 オウロウは我が魔王軍の者達に全幅の信頼を乗せていることを理解しているが故に、この可能性を口にするのを躊躇したのだろう。


「この国は我の支配する魔王都市ジュドヴァ、魔王軍四天王が管轄する四天王領、そして魔王軍幹部が管轄する魔王領によって構成されている。ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国において、魔王軍の支配が及ばない地域は存在しないと言っていい。そのジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国で行動するということはその支配者のいずれかの力を借り、拠点を持つ必要があると、お前はそう考えているのだろう」


「流石は魔王様……その可能性も念頭に置かれていたのでございますね」


「ああ……信じたくはなかったがな。だが、その可能性は無きにしもあらず。寧ろ、そうでなければこれほどジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国で活躍するのは難しい。……勿論、幹部以上の視線を掻い潜り、それぞれの地に潜伏している可能性も考えたが、裏切り者がいないことを念頭に置いて考えていては見えるものも見えなくなってしまう。……オウロウ、今度は各地の魔王軍幹部、魔王軍四天王について怪しい行動が無いか調査せよ」


「畏まりました」


 ここまで来るとオウロウが裏切り者である可能性も無い訳ではないが、そういうことを言っていたらできる調査もできないので、今回はオウロウが裏切り者では無いと仮定した上で調査を行うことにする。

 ……我の仲間に裏切り者はいない。そう信じたいのだが、そうも言ってられない状況だからな。


 魔王とは全ての魔族のために存在する。魔王は常に冷静な判断を下し、魔族全体の利益のために生きなければならない。

 例え、他の魔族から恨みを持たれたとしても。


 ああ、為政者というのは本当に辛いものだ。アストリア、辞められるものなら辞めてしまって、我もお前と一緒に普通の暮らしをしたいものだよ。

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