獣人は必ずしも元となった動物の性質を受け継いでいる訳ではないようだ。

 異世界生活八十一日目 場所パジャーシュ連峰、ザグラ山、獣人連合ザゾール


 ザグラ山をひたすら登ること四時間。俺達は獣人第二の国家、獣人連合ザゾールに到着した訳だが……。


 突如武器を持って現れた屈強な獣人の戦士達。女子供を逃がそうと行動を開始しているようで、各所では夫と最後の別れを告げる悲しげな妻の姿、父親にしがみついて離れようとしない子供の姿などが散見される……あの、俺別に襲って奴隷にしようとやってきた奴隷商人じゃないよ! 過去二回奴隷を解放しているんだよ!! ……いや、別に褒めてくれとか、持ち上げてくれとか、囃し立ててくれとかして欲しいって訳じゃないけど。


 仕方ない、ここは交渉だ。俺達が敵意がないということを伝えよう。

 【獣人第二共通語】は持ってないから、【獣人第一共通語】でいいか。


「怪しい者じゃないんで、その槍降ろしてくれませんか?」


「……まさか、人間が俺達の言葉を喋るとはな。しかし、【獣人第一共通語】か。奴隷商人が奴隷にした獣人から聞き出したということか!!」


 まあ、猪突猛進。猪の獣人だからか? ってのは偏見か。偏見ってあんまりいいものじゃないからね。まあ、大体の検討をつけることで動きを絞り込むこともできる訳だけど……。


「これ、説得は無理だな。無理だよな? んじゃ、できそうな人を呼ぶのが建設的か? ということで、〝距離に隔てられし世界を繋ぎたまえ〟――〝移動門ゲート〟」


 獣人の戦士達が身構える中、俺は特に気にせず獣人小国ビーストに〝移動門ゲート〟を開いて飛び込み、そのまま【瞬間移動】を連発して百獣宮廷を駆け巡って女王レオーネとその護衛を拉致、再度〝移動門ゲート〟を開いて獣人連合ザゾールに戻った。


「はぁはぁ……なんですか、草子様。って、ここはまさか獣人連合ザゾール!!」


「Bienvenue chez Beast Alliance Zazole.えっと状況についていけていない獣人の戦士の皆様。こちら、獣人小国ビーストの現女王レオーネ=バステト様です。公務の途中で拉致ってきました」


「「「「「――拉致った!? 女王様を!!」」」」」


「……草子様、現在我々は大量の仕事に追われています。反対派の獣人の制圧と、国家同盟に必要な法律の整備等々……突然拉致されてしまうと仕事に支障が出てしまうのですが」


 女王が拉致されたのにも拘わらず、冷静に仕事の遅れを心配するマーナ女史……流石は、肝が座っていらっしゃる。


「そもそも今回の件は関係が悪化している獣人連合ザゾールに赴き、関係を修復するという目論見ですよね? 俺達を獣人連合ザゾールに赴かせれば当然奴隷商人かと疑って、臨戦態勢が取られる。そうなれば、仲裁のために獣人小国ビーストの権力者――つまりはレオーネ様を呼ぶために〝移動門ゲート〟を開くだろう……そういう筋書きで長旅を短縮しようとした……俺は運び屋じゃないんですよ? 何か勘違いしてませんか?」


「草子様には敵いませんね。その通り、私は関係が悪化していた獣人連合ザゾールに草子様を送り込むことで旅費と時間を短縮しようと思ったのです……あの、正直に話しましたから、そのジワジワ痛くしてくるの、やめてくれませんか?」


 脂汗をダラダラ流しながら、レオーネが抗議の視線を向けてくる。

 【精神魔法】で万力のようにジワジワ精神にダメージを加えていたんだが、いよいよ耐えられなくなってきたみたいだ。……もしかして、身体は強靭でも精神は豆腐なのか!? 獣人!!


「草子様でなければ国際問題ですよ。……まあ、全面的に私が悪い訳ですが」


「これに懲りてもう二度と人を上手く利用してやろうとはしないでください。……やっぱり腹に一物ある政治家は嫌いです」


「草子様は十人に聞けば十人が政治家と答える文句なしの政治家ですよ? 国家同盟の最高権力者ですから。……えっと、遅くなりました。ご紹介に預かりました、獣人小国ビーストのレオーネです。今回は、現在の獣人小国ビーストに関する状況説明と、蟠りの解消のために参りました」


 獣人連合ザゾールは、獣人小国ビーストの実力主義に反対した者達が作った国だ。

 そのため、同じ獣人の国でも獣人小国ビーストとの関係は劣悪だった。

 獣人小国ビーストとは完全に袂を分かったという意味を込めて、獣人連合ザゾールは新たな言語――【獣人第二共通語】を作った。

 ちなみに、その切っ掛けは兎人族が皆殺しにされたイヴ事件ということになる……あれって結局外から見ると同士討ちなんだけどな。


 イヴっていう吐き気を催す邪悪が生まれたことで、兎人族が滅びの道を辿った。

 つまり、兎人族を追放したのは結果論から言えば被害を最小限にしたという意味で良かった訳だけど、彼らは獣人以外の何者かによって惨殺されたと判断していたんだから、その元凶である実力主義に怒りを覚える者が現れるのも仕方ないよな。


「私達は現在、獣人、人間の二国、エルフ、ドワーフ、海棲族の六カ国で構成されている国家同盟に所属しています。それに伴い実力主義の廃止と他種族との交流のために反対勢力を抹さ……いえ、排除の真っ最中です」


 ……今、抹殺って言わなかったか? この女。


「私は、獣人連合ザゾールの皆様と関係を修復したい。私達の過ちに、この国の皆様が怒りを覚え、獣人小国ビーストと袂を分かったことは理解しています。……何を今更と仰るかもしれませんが、今一度手を取り合うことはできないでしょうか?」


 頭を下げるレオーネに、獣人の戦士達は困惑の表情を浮かべていた。


「わ、分かりました! 今、長を呼んできますので!!」


 そう言い残し、戦士の人が集落の奥へと入っていった。


 ……さて、暇になった。戻ってくるまで時間が掛かるだろう。

 スキルの統合もあらかた終わったし……とりあえず、読書で。


 おっ、電子書籍を漁っていたら読本を発見した。そういえば、国立図書館のデジタルデータベースで何冊か拾ってきてたっけ?

 瀧澤たきざわ興邦おきくにの『南総里見八犬伝』だ。曲亭馬琴とか著作堂主人とか蓑笠漁隠とか色々な筆名を持ってたっけ?

 滝沢馬琴とよく混同されて覚えられているけど、それって本名とペンネームを混ぜて覚えているっていう結構洒落にならない間違いなんだよね。

 まあ、世間一般ではそっちの方が一般的だから、本を出す時に「出版社がそう書けと言った」とわざわざ注釈をつけたらしいけど。


 まあ、読み始めてすぐに読書タイムは終了したけど。獣人の戦士が戻って来なすった。


「お待たせしました。ご案内致します」


 蜜獾ラーテルの獣人というあんまりファンタジーでは見かけない……というか、居ないよな。って感じの珍しい獣人に連れられ、長の待つ集落の最奥へと移動する。

 ちなみに、このリュック=ジィーエフという方は蜜獾ラーテル特有の何にでも噛み付く性質を持っていないようで、とても温厚そうな人であったことを強調しておこう。……やっぱり、人は見かけによらないものだな。


「着きました。こちらです」


 木造の家に入ると、そこには大懶獣メガテリウムの獣人がいた……もしや、ここは絶滅生物保護地域なのか!! いや、獣人ではあるんだけど。


「初めまして、獣人連合ザゾールを統括しているジューク=シュエルでございます」


「獣人小国ビーストのレオーネです。こちらは、私の従者のマーナと、そちらの彼が」


「一応、国家同盟の議長をやっている能因草子です。と言っても名前を貸しているだけなので、肩書きだけですけどね」


「と、本人は言ってますが名実共に国家同盟の議長件知恵袋相談役です。国家同盟に所属する全ての国のトップが認めた方ですから、その実力と人望はそれに相応しいものということになります」


 レオーネ、俺に人望はねえよ。謎のコネがあるだけだ。しかも、厄介ごとを増やす類いの。


「獣人小国ビーストと獣人連合ザゾールの今後に関して、俺は一切口を挟むつもりはない。まあ、関係を修復したいというのなら、ゲートミラーを進呈するけど」


 もう国家同盟の各首脳には渡した、今更出し惜しみする必要はないと思うんだよ。ただしイセルガは(ry


「レオーネ様をここにお連れした力は、確か【空間魔法】ですね。まさか、この時代にここまでの使い手がおられるとは」


「いや、俺如きに使えるんだから誰だって使えますよ。モブキャラにできることが世界の主役たる皆様に使えない筈がありません」


「……草子様、失礼を承知で申し上げますが、貴方ほどの剣と魔法の使い手は世界広しといえど貴方一人だと思います」


 またまた、マーナは冗談が上手いなぁ。


 その後、獣人連合ザゾール全体で話し合って結論を出すことになった。

 一方、俺達はというと……。


「実は明日、武術大会が開かれるのですが、勿論参加していただけますよね?」


 あっ、これ拒否権ない奴だ。ということで、表向きレオーネを拉致って仕事の時間を奪った埋め合わせということで俺は武術大会に強制参加させられる羽目になった。

 いや、別にいいんだけどね。なお、白崎達も参加する模様……ただし、俺とは違うトーナメントに出るようだ。


 というか、何気に参加するトーナメントが通常のトーナメントで十勝することが条件のチャンピオンリーグなんだが。


 ちなみに白崎達の応援はしない。いや、勇者パーティだから絶対に負けないでしょう?

 こんなモブキャラが応援する方が寧ろ迷惑じゃん。身の程は弁えているんだよ。

 ……なんか、物凄い残念そうな顔をしていたけど、気のせいだな。



 異世界生活八十二日目 場所獣人小国ビースト


「レディースエンードゥジェントルメェン〜!! さて、今回のチャンピオンリーグには特別ゲストにお越し頂いております!! 【まつろわぬ孤高の旅人】、【たった一人で殲滅大隊】、【惨虐の偽善者】、【黑の暴君】――その異名は数知れず。まさに生きる伝説、能因草子国家同盟議長様です!!」


「過分なご紹介に預かりました、能因草子です。こんな優男の冴えない男が凄い人な訳がありません。バグっただけのモブキャラなんで、過度な期待はお止め下さい。……しかし、なんかヘイト溜まっているな。あっ、はい、アレですよね。よく向けられるんですよ、嫉妬とか羨望とかそんな感じの視線。いや、なんでそもそも伝説級の白崎さんを筆頭に勇者パーティの皆様方とパーティを組めているのか本当に謎です。ということで、どうせパーティから追放されるんでお気になさらず」


「え〜、思い切っきり空気ぶち壊しありがとうございます。……この方はとにかく自己卑下が強いので言葉を額面通り受け取ると痛い目を見ます……とレオーネ様が仰っておりました。その実力は、是非自分の目で確かめてみて下さい。それでは、今回から導入した新ルールについて、技術提供者の草子様よりご説明頂きましょう」


「はい、またも草子です。もうモブキャラの顔なんて見たくない。はい、お気持ちお察しします。ですよね、俺もモブ顔をわざわざ晒したくありませんが、なんか説明しろって言われたんですよ。ということで、手短に説明したいと思います。今回のトーナメントでは全試合通して特殊な結界を使用しています。この中では一切の傷が夢として扱われますので、外に出れば完全に傷が消えるという寸法になります。魔法を発生させる装置は獣人小国ビーストに寄贈させていただきましたので、もしよろしければお使いください」


 この結界は、機動要塞エレシュキガル・データ戦で張られたダメージを無効化する特殊なものだ。

 元々は超古代文明マルドゥークが潰した文明で神代魔法の一つ、空間魔法に分類されていたものの一種らしい……もしかして、どっかのエセ神様の故郷だったりする?

 正確には結界ではなく、自分の定めたルールが適応される空間に、その空間を変質させるというものだが、詳しく説明するのも面倒なので結界の一種ということにしておこう。


「それでは、第一試合を始めましょう!! 左コーナー、百戦錬磨の剣闘士、ジュラーグ=ジュネージ。右コーナー、ゲスト、能因草子」


 司会の豹人族の女性の声が響き渡る……しかし、一戦目から鷲の獣人か。しかも、めっちゃ強そうなんだが。


「貴様が能因草子か。我らの神聖なチャンピオンシップに過程をすっ飛ばして参戦した、その横暴許すまじ。美少女に囲まれた人生、許すまじ! このジュラーグの力、見せてやる!!」


 会場の各所から歓声が上がる。……うわ、めっちゃアウェー。というか、全ての元凶はレオーネだよ! 俺、無理矢理参戦させられただけだし。


「まあ、グダグダ言っても仕方ないか。じゃあ、初戦は……そうだ。格闘で攻めるか」


「はっ、その小さな身体で強靭な我ら獣人を倒そうということか。舐められたものだな」


 プラーナを使うまで無さそうだな。【魔力纏】でいいか。


「先攻はオレだ!! 喰らえ!」


 ジュラーグだっけ? コイツの得物は槍だ。

 三段突きか。だが、随分洗練されている。素人目には一突きに見えるかもしれないな。


 【魔力纏】を発動し、魔力を収束させた人差し指で槍を受け止める。


「ッ! こんな馬鹿な!!」


「えっ? いや、これくらい普通でしょ? んじゃ、反撃だ」


 【格闘真髄】を使用し、ジャブを放つ。【全身硬強化】を発動して身体そのものを強化した。

 おっ、ギリギリのところで耐えきったか。流石は獣人。しかし、満身創痍な模様。


 畳み掛けるように回し蹴りを放ち、そのままジュラーグを場外まで吹き飛ばす。これで終わりか?


「決着ッ! ジュラーグ、一切何もできずに二撃で沈んだァ!! 勝者、能因草子!!」


「次は……そうですね。剣を使うんで、そのつもりでお願いします」


 ヘイトの篭った視線を向けられながら、結界を出る……いや、なんで出たくもない試合に出させられて、設備まで提供して、恨まれなきゃならないんだろう?

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