モブキャラ相手に終始高圧的に出られない皇帝に威厳は皆無だと思う。

 異世界生活七十三日目 武装中立小国ドワゴフル帝国


 武装中立小国ドワゴフル帝国、謁見の間にて……。


「面をあげよ」


 え〜、現在ヴァエルドフ=ドヴェルグ=カイザーの御前で恭しく頭を下げております。

 近衛のドワーフからこの国の礼儀を聞いといて良かったよ。もし、失礼を働いたら俺の首ぶっ飛ぶじゃん。

 ……なんか、近衛のドワーフの俺を見る目に怯えがあったけど、多分気のせいだろう。


「能因草子、発言を許す。そなたがこの国に来た目的を話せ」


 うわ、面倒だな。この堅苦しいの。俺は、形式とかに拘らずにざっToくばbeらんfrank.に行きたいんだけどな。


「発言をお許しくださり、ありがとうございます。ご紹介に預かりました能因草子です。……さて、この国に来た目的ですが……それを話すためにはまず、ここまでの経緯をお話ししなければなりません」


「……許そう。話せ」


 めっちゃ緊迫してる!! というか、俺に向いている臣下の目が完全に恐怖に染まっているんですけどッ!! おれはただのモブキャラだよ!!


「まず、俺達はアルドヴァンデ共和国で旅をしておりました。目的は、共和政府のトップ、アレク=アルドヴァンデの排除です」


「……一国のトップを殺害するだと!!」


 臣下の一人が声を上げた。視線がその臣下に集まり、トドメにヴァエルドフの冷たい視線が注がれる。


「まあまあ、落ち着いてくだされ。独裁者というのは常に自分の命を奪われる覚悟をしなければいけないものだと思います。政府とは時を経る中で腐敗し、それを民主が叩き潰し、また新たな政府を建て、腐敗し、また革命が起こる。破壊と再生が繰り返されることで秩序が維持される……と、これは俺の持論ですが今回はあんまり関係ないので割愛しますし、俺がアレクをぶっ殺す理由はあまりにも個人的なものなので説明を省かせていただきます」


 白崎達から訝しむような視線が注がれるが、気にしない。


「まあ、アレクも大概ですからね。大量の人間を殺害し、そのスキルを奪うことで強くなる【強奪】使い……まあ、殺されても仕方ない人間だと思いますよ? まあ、それは今回あんまり関係ないので閑話休題します。そのアレクを倒そうとアルドヴァンデ共和国の首都を目指していたんですが、その途中でアレクの使者を名乗るピエロと会いまして、アレクから直々の依頼を受けたんですよ。水の街アクアレーティアを拠点に活動する犯罪組織――ヴィッツィーニファミリーの壊滅依頼を。で、渡りに船だったので依頼を受け、ヴィッツィーニファミリーを一晩で壊滅させたという訳です。……いや、本当はやりたくないんですけどね。奴隷解放って。お金が掛かるわ、労力は掛かるわ、で。さて、本題ですが、獣人が千百人、人間が三百五十人、ドワーフが二百六十人、エルフが二百人、海棲族が九十人……このうち、ドワーフ二百六十人を引き取って頂きたいのです。ぶっちゃけ、俺達だけでは面倒が見られませんので」


「勝手なことを!! お前ら人間は我らの同胞を攫い、その家族と他ならぬその子達を傷つけた。それを謝りもせず、自分達の都合で保護しろと? 巫山戯るのも大概にしろ!!」


 あ〜あ、やっぱりこうなったか。まあ、なるとは思っていたんだけどね。

 なんとか人だからって一括りにして見るのは、そりゃ楽だよな。

 偏見だけで、人となりを見ずに判別する。そして、目に見える標的を非難する。


 そりゃ、人間がやったことだよ。だから、非難したい気持ちも分かる。

 でもさ、少しは切り離して、偏見を無くして話しかけてみるのも大切だと思うんだよね。


 人間という集合体ではなく、その個人としてみることで、分かり合えることだってあるんだから。

 それを、俺はイオン、ライア、リーシャの三人から教えてもらった。


「――お言葉ですが!!」


「……リーシャ、もういい。交渉決裂だ。帰るぞ」


 〝移動門ゲート〟を開く。交渉が決裂した以上、この国にいる用はないからね。

 まあ、エルフの時みたいに上手くいくとは思ってなかったよ。寧ろ、あれはあまりにも有利すぎる条件だったから。


「待て!! お前ら人間は、俺達の同胞を傷つけた。その分の賠償を行え!!」


 ……下手に出たらつけあがってきたか。やっぱり強硬に脅しておいた方が良かったか?

 いや、それだと交渉ではなくなるか。良好な関係を築こうとしているのだから、それだと本末転倒か。

 それに、この場にはミュナがいる。いずれ真っ黒な政治の世界に入るとしても、今はまだ純粋でいさせてあげたい……って、これは俺の願望か。他人にイメージを押し付けるのは良くないことだよな。


 面倒だし、報酬に支払うつもりだった虹金貨でも置いてくか。


「何にも関係のない、寧ろ被害者な俺からお前らに金を払う義理は無いと思うけど、賠償金として虹金貨一枚を置いてくよ。同胞? が迷惑を掛けたからな。これで充分か?」


「巫山戯るな! 金を払えば許されると思っているのか!!」


「いや、許せないだろうね。なら、俺達を奴隷に落とすかい? そうすれば満足かい? いいや、満足しないだろうね。そもそも命を金で換算しようとするのが間違いだ。罰金何百万円、禁錮何十年? そんなんで、無くなった命が、奪われた時間が帰ってくるとでも? 元々どの罪だって償い切れるものじゃない。そんなことは分かっているよ。こういうのがあるのは、落とし所を作るためだ。……納得がいかなければ永遠に文句を言える。それを利用して搾り取ろうという輩も出てくる。国際問題ってのは本当に面倒だよ。俺は政治家じゃないから、そういうのは苦手だ」


 狐と狸の化かし合いに、この小市民のモブキャラが参加してどうにかできる訳がない。


「待て……二つ聞かせてくれ」


 ん? まさか、このタイミングでヴァエルドフが話し掛けてくるとは思っていなかった。


「一つは、能因草子……貴様はこの国の協力を得られなくても問題はないのか。もう一つは、この件で我々の国を敵視しないのか」


「……なんか勘違いしているっぽいけど、最悪の場合は俺の力でどうにかするつもりだよ。そんな覚悟もできていないのに奴隷解放なんてできる訳ないじゃん。俺がここに来たのは、元奴隷のドワーフが家族と再会できる可能性もあるし、何よりドワーフ同士の方が気が楽だと思ったからだよ。まあ、違う種族同士絆が芽生えているのなら、それを無理に引き離すつもりはないけど。……この三人は、元々俺が解放した奴隷だった。それが、今や一流冒険者だ。種族の壁を超えて三人は互いに高め合いながら上を目指している。師匠ってほどのことをしたつもりはないけど、やっぱり教え子が成長してくれるのは嬉しいものだよ」


 イオン達、なんだか嬉しそうだ。やっぱり、高め合える仲間がいるっていいよね。

 切磋琢磨は素晴らしい。俺も浅野ゼミに入ったら同期生と、先輩と高め合っていきたいな。……って、まずは地球に帰らないといけないんだけど。


「それと、この国と敵対だっけ? するつもりはないよ。ぶっちゃけ、俺ならこの国瞬殺だし、俺よりも遥かに強い勇者ブレイヴたる白崎さんとその仲間なら、俺よりも遥かに早くぶっ潰せると思うよ。で、それで何になるの? 地球に還してくれるの? 無理でしょ? なら、潰す意味ないじゃん」


 ヴァエルドフすら固まった。いや、本当に興味ないから。


「能因草子、貴様からしたら我々など路傍の蟻ということか」


「俺ではなく、白崎さん達にとってはね。ちなみに、ご注文は、隕石ですか? やらないけど」


「……ははは。何故、それほどの強さを持ちながら下手に出てくれたのか。……随分と優しいのだな」


「まさか? 俺は優しくねえよ。俺は目的のためなら誰だって殺す。願いを叶えるためにはどんなものも踏み潰す覚悟をしないといけないからね。それが、ドワーフの国なら、エルフの国なら、エリシェラ学園なら……まあ、どこでもいいけど。俺は牙を剥くよ。だから、せいぜい気をつけな。自分がカオスにならないことを。俺も殺すの面倒だしさ、お互いWIN-WINに行こうや」


 あの! そろそろ〝移動門ゲート〟に入りたいんですけど!! こんなところで無駄にする時間はねえ!!


「…….で、あるか。能因草子殿、一度交渉を蹴った身であることは自覚している。しかし、貴方の慈悲に免じ、もう一度チャンスをいただけないだろうか?」


「「「「「「陛下!!」」」」」」


 えっ、交渉再開するの? いや、もう別にいいんだけど? モブキャラでも、二百六十人くらいなら別に面倒見れるし。


「いや、別に態度変えなくていいっすよ。こっちからはもう二度とドワーフの領域テリトリーに関わる気はないんで。あっ、リーシャさん達は関係ないんで、大目にみてくだされ。んじゃ」


「待ってくれ!! ……能因草子殿。貴方は、我々の同胞を救ってくれた。本来、その時点で感謝すべきにも拘らず、不遜な態度を貫き、剰え貴方から賠償を請求しようとしたこと、謹んで謝罪する。……こちらは全面的に能因草子殿に協力させてもらおう」


 あれ? なんか、こっち有利のペースに変わった? あれほど嫌だって言ってたじゃん。どういう風の吹き回しだよ!!

 いや、無理しなくていいんだよ。顔色窺う必要なんて無いんだよ。だって、俺はモブキャラだもの。


「……はぁ、そこまで言うのでしたら交渉を再開しましょう。こちらの要求は、ドワーフ二百六十人を引き取って頂くこと。こちらからは、協力費として虹金貨一枚を出させて頂きます。食費、衣類費、住居費、教育費……まあ、これだけあれば足りるでしょう? 足りなかったら追加で出しますんで。その辺りはエルフと同じ契約です。……ですよね、エルフ族長の娘殿」


「……草子さん、こういう時だけ族長の娘扱いをしますよね。いつもは変態扱いするのに……。私は、エルフの族長の娘、リーファ=ティル・ナ・ノーグです。草子さんの仰る通り、我々エルフは元奴隷のエルフ二百人を受け入れました……って、私が何かした訳でも無いですけどね。私は草子さんと旅をしているので、丸投げです」


「……あの、孤高の知恵種、エルフが」


「いや、コイツら孤高でもなんでもないよ。寧ろ、本当にエルフなのかすら定かじゃなくなっている気がする。……ただの耳長族? ダークエルフの文学研究者、イミリアーナ=ノー・マル・シアさんの方がよっぽど神々しかったよ?」


「……あの人格者と比べないでください。草子さんは、ジェレミド=ジン・ラルク・ズードさんと比較しているんですよね?」


「……? 誰それ? 比較しているのは、お前とだよ」


「はへ? 全然業種が違うので比べられないと思いますが?」


 ……はへ? って何? 新しい表現?

 いや、美人っていう点なら対比できると思うよ。その上で中身の比較に移って一気に不利になるけど。


「まあ、いいや。……で、交渉成立ってことでいいか? なら、今日中にドワーフの元奴隷二百六十人を連れてくるけど?」


「ああ、無論だ。……見たところ、それは【空間魔法】のようだが……それなら、遠く離れた地より大人数を連れてくることも確かに可能だな」


 普通に使っているけど、これって結構難易度高い魔法っぽいからね。たまに驚かれるんだよ。まあ、所詮はど●でもドアなんだけど。


「では、後ほどそちらが指定した場所に全員お連れするので、後はよしなに」


 これで、ドワーフの方とも交渉成立か。後二国、獣人小国ビーストと海洋国家ポセイドン。

 どっちも難航しそうだな。獣人小国ビーストの方は必ず交渉を成立させないといけないし、海洋国家ポセイドンは姫様の件で国際問題寸前だ。


 もしかして、人間と海棲族の軋轢に巻き込まれて、俺死ぬの!! ……というか、人助けしてなんでダメージ負っているんだろう? 毎回。


 その後ヴァエルドフと取り決めをしてから今度こそ〝移動門ゲート〟を使って屋敷に戻る。

 それから、数分後皇帝宮の中庭にドワーフの元奴隷二百六十人を連れてきた。


 ……さて、二つ目のお仕事完了だ。


「それじゃあ、何かありましたらエリシェラ学園の俺の研究室に使者でもなんでも送ってくだされ。〝移動門ゲート〟で飛んできますんで」


 屋敷を教えて押しかけられるのも面倒だし、とりあえずエリシェラ学園の研究室を使うか。


 そのまま白崎達をつれて屋敷に戻る。


「とりあえず、これでドワーフの件も終わったな」


「草子君って本当に仕事が早いよね。もう、ドワーフの元奴隷を預けちゃった」


「〝移動門ゲート〟があるから、一度行った場所への移動はタイムラグ無しでいける。実質、行きだけだからね。しかも、レベルが高いから少々無茶をしても問題ない。まあ、このメンバーだからできることだよ」


 白崎達が強いから成立している話で、普通はもう少し時間が掛かる。

 それに、ドワーフとの交渉も過去の軋轢が問題で難航しそうだったからな。……なんか、俺が脅したような感じになっているけど。別に俺は、俺の覚悟を語っただけだから、嘘は言ってないよ!


「今日の今日で獣人小国ビーストに向かうのは流石にしんどいだろうから、今日は休みにしよう。残った元奴隷の方には俺が行くから、みんなでゆっくりするといいよ」


 俺は〝移動門ゲート〟を開いて水の街アクアレーティア居残り組を呼び寄せ、入れ違いに付いてきたミュナと共に水の街アクアレーティアに向かった。


【白崎華代視点】


 水の街アクアレーティアに残っていたメンバーと合流し、私達は草子君の屋敷の一室で会議を開始した。


 メンバーは、アイリスさん、ミュラさん、レーゲン君、イセルガさん、進藤君、久嶋君、大門君を除いたパーティメンバー。

 議題は、今後の私達の方針。ロゼッタさんはあんまり関係ないけど、本人の希望で参加ということになった。


「……ずっと前から分かっていたけど、そろそろ私達と草子君の関係に限界が近づいてきた」


 決定的だったのは、今日ドワーフの皇帝宮で草子君が口にした一言。


『まさか? 俺は優しくねえよ。俺は目的のためなら誰だって殺す。願いを叶えるためにはどんなものも踏み潰す覚悟をしないといけないからね。それが、ドワーフの国なら、エルフの国なら、エリシェラ学園なら……まあ、どこでもいいけど。俺は牙を剥くよ。だから、せいぜい気をつけな。自分がカオスにならないことを。俺も殺すの面倒だしさ、お互いWIN-WINに行こうや』


 あれは、ドワーフの皇帝に向けた言葉だった。でも、これは私達に対しても向けられたものじゃなかったのか。

 もし、私達が草子君にとって邪魔な存在だと認識されれば、その命すら奪うという意思表示……まあ、当然よね。草子君にとって大切なのは地球に帰還し、浅野ゼミに戻ることなんだから。


 私は今もクラスを再興したいと思っている。そして、そこには草子君に居て欲しいと思っている。

 地球にいる家族とは勿論会いたいけど、この世界でも色々な人と出会った。その人達と別れるのも辛い……だから、私は別に帰還に拘っていない。この世界で一生を終えるのも、それはそれでいいかもしれないと思っている。


 この温度差が、私達の今の関係を引き裂くかもしれない……ずっと、その予感はあった。


「……草子さんと“精霊王”の試練巡りをしている時に、もう一度共に旅をするつもりなのか問うって言っていました」


 「もう一度、問う」、か。それが、いつになるかは分からないけど、その時が私達と草子君の別れになるのかもしれない。

 草子君を納得させられる答えを用意しないと、今度こそ見捨てられる。


 草子君と共に地球に帰れるようにお願いしてみるか。……でも、それだと草子君に負んぶに抱っこだし……。

 とにかく草子君と一緒に居たい、その気持ちは確かなんだけど……この先、戦いが激化したら、私達は本当に草子君の力になれるのか。このままだと本当にお荷物になってしまう。


「白崎さんは……いえ、みんなは草子君と一緒に居たいのよね? ずっと旅をする中で、そう思うようになったのよね? なら、その気持ちを正直にぶつければいいと思うわ。それが、みんなの答えなんだから」


「志島さん、ありがとう。確かにそれしかないわ」


 結局、言葉を飾ったところで草子君に見透かされてしまう。

 それくらいなら、今の気持ちを正直に言う草子君にぶつける方がいい。


 私達は、情報を共有してから解散した。志島さん達はリーファさんとBLについて語り合うようだ……なんとなく、志島さん達が加入したらこうなることは分かっていたけど、案の定だった。


 さて、私も今日中にやれることをやっておかないと。

 明日は獣人小国ビーストを目指さないといけないからね。

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